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雪は穢れて

「狼さんっ!」


 一同が休憩を取ってのんびりとした時間を過ごして、その間にタバコでも吸おうと思っていた狼は、美闇の元へ火でも借りに行こうかと動こうとしていた。

 丁度その時に、真雪が自分の元へやってきたので、何だろうかと思いつつ、真雪へ視線をやる。

 話せとは言わないのに話を要求している横柄な態度に真雪は怒ることはなく、言葉を続ける。


「にっくんが逃げちゃったんです! その、ちょっと抱かせて貰おうと香苗から……」


「ははっ、気にするな。そう言うときは放っておいてやってくれと言っただろう。気にするな。それより、火、持ってないか? 嗚呼、ライターとか……」


「あ、マッチがありますよ。嗚呼、タバコ吸うんですか?」


「ああ、吸うよ。僕はこれがないと、やっていけないさ」


 そう愛想の笑みを浮かべてから、真雪のマッチを貸して貰い、擦って貰った。一瞬だけの強い火力に動じることなく、狼は咥えタバコをしてそのまま点火させた。

 点火させるとマッチには用済みで、火を消してから、自分の持ってる携帯灰皿に擦った後の頼りない小さな木を入れて貰い、マッチの礼を真雪に。

 真雪は、粉雪のような儚い笑みを浮かべて、首を振る。


「いいえ。貴方の役に少しでも立てたら嬉しいんです」


 悪寒がした狼は引きつった顔のまま真雪を見ないようにして、そうか、と呟いて、一服する。


「その、片腕がないって、やっぱり……不便ですか?」


「ん? あー、そりゃ、片腕よか両腕だろう。さっきみたいにマッチは擦れないし」


「……例えば、何が不自由ですか?」


「そうだなぁ……例えば、剣なんて普通片手で持てないだろう? そこに大変な努力を投じたというわけさ」


 嘘は言ってない。それなのに、子供はじっと此方を見つめて、庵の言うような感情とは別の目で、何かを言おうとしている。

 長い間沈黙があったが、それを待ってやると、真雪が口を開く。


「……人を切ったことはありますか?」


「……剣士だからね、傭兵として昔は動いた。だから、ある」


 言い訳にしては苦しいが、切ったことをないとする嘘よりかは見抜けにくい嘘だろう。

 自分の切り方はあまりにも切るのに慣れすぎている。技量を抑えても、剣のちょっとした癖からばれるかもしれないと思ったのだ、人を切ったことがあることは。

 なので、そのための嘘をついた。


「……人を切ったときの、感触を覚えてますか?」


「忘れる奴なんているのか? プラスだろうとマイナスだろうと、忘れる奴は居ないだろう?」


 なぜだかそれを言ったときの真雪が安堵したように見えたが、すぐに別の質問がきた。


「じゃあ、誰を切ったのか、とかは?」


「……傭兵は、どうしてかり出されると思う?」


 その問いかけに分からないと真雪が答えると、狼はタバコの吐息を真雪に吹きかけて、副流煙でガンになってしまえと思いながら、無表情に答える。


「名前も知らない兵士を斬り殺す為の国の道具が足りないからだ」


「……じゃあ、覚えてないんですね?」


「……覚えてないとは言ってないだろう? もしそこに自分の知ってる奴が敵側に雇われていたら、それを切るだろう。忘れるわけ無いじゃないか」


「……覚えてることもあるということですか」


 ……その言葉には、はっきりとは応えられない。なので、狼はタバコを自分の剣の柄に押しつけて火を消し、携帯灰皿へ入れる。


「魔物殺しはどうなんだ?」


「え?」


「魔物を切ったことは覚えているか?」


 その言葉には、一瞬、真雪は固まるが、すぐに笑みに変わり、やだなぁと笑い声をたてる。



「魔物を切るのは美闇で、俺は魔法じゃないですか」


「それでもお前は殺してる者の一員だろう? 勇者を目指しているかもしれないお前らに言うのは、残酷な言葉だが、やってることは傭兵と変わらん。国の、世界の邪魔虫を排除してるだけじゃないか」


 少し昨夜の夢を真雪の質問で思い出して嫌な気分を味わったので、そう言い放ちこの場所を離れて、誰もいないところへ行き、軍と連絡を取ろうと移動しようとしたのだが、真雪に腕を捕まれた。


 「……――ん?」


 常人だったら怒る言葉だろう。なので、こういう行動は予測していたので別に戸惑わなかったが、自分の体が固まり、一切動けないことに少し不安になる狼は真雪の様子を観察した。


「……貴方は……」


「……――何だ」


「貴方は、いい人なんですか?」


「は?」


 わけのわからない言葉。何を言いたいのだろうか、このくそガキは。離せと訴えても一切耳に入ってこないようで、相手は涙目で見上げる。


「貴方はどうして、そう、意外なことばかりするんですか!?」


「離せ、ちゃんとした通じる言葉を話せ」


「俺は……俺は、……もう判らない。貴方を思い、貴方のことばかり、頭に……」


「……行きずりの恋など忘れろ。僕は恋愛する思考回路はない」


「……行きずり。そう、行きずりの恋、なんでしょうね。でなければ、この十八年が無になる……」


「は? お前、今……」


 刹那、場に涼風が、立ちこめる。


 真雪は今までの神聖さが一切消えるような、凄艶な笑みを浮かべて捕らえている狼の片腕に抱きついた。

 鳥肌が立っている様子も、今の真雪にとっては嬉しさの一つのようで、真雪はふふっと声だけ先ほどの無邪気なまま笑い声をあげた。



「貴方をお城へ招待してあげる。二人で暮らしましょう? そうすれば、行きずりの恋にはならない。片腕が不便でも安心して? 俺が世話しますから」


「…………真雪?」


「……俺のことは、あなたとでも呼んでよ、パプリカさん。俺と貴方の仲じゃないですか」


「……何故本名を?」


 わざと動揺させるために、本名の、それも苗字で呼んだのに、狼は動じることなく、自分を睨むだけ。

 そのつま先から凍っていくような鋭い視線が、自分を支配していき、嗚呼とうっとりする真雪。

 この冷たい目が好きだ、強いところが好きだ、姿勢を変えないところが好きだ。



(なんて皮肉なんだろう。この人は、今まで出会った冒険者で唯一魔物を殺すのを、人殺しと同じだと、評価してくれた、人と同じ扱いを考えてくれた人だなんて)



「貴方はもう動けませんし、これから軍から見えるところでは喋れませんよ? 俺の思い通りに動く幽霊を憑依させますから。思考以外の貴方の自由は与えません。でも、餡蜜のお城に行ったらそれも解放してあげますから、安心してください」


「……お前の罠か。何故、こんなことを?」


「……貴方を攫えば、三つ美味しいことがあるんです。一つ、人間に例として示せる。二つ、貴方と共に過ごせる、三つ……なんだと思います?」


「……さぁな。僕は学がないから予想つかない」


 狼は変なところで素直なのだ。だが、そこに好感を持てる真雪は自分の中で燃えたぎる熱を冷やそうと努力しながら、微笑む。薄暗い炎を沈めるための、笑み。

 その笑みに狼は底冷えすることはなかったが、何処か用心ならないものを感じた。



「俺の本当の両親の仇の、貴方とアルテミスの自由を奪えるんです……あなた方が、暗殺者の暇つぶしにした賭け事の……」


「……は……?!」


「ねぇ、言ったでしょう、パプリカさん。俺と貴方の仲じゃないですかって。僕の家は、最後にアルテミスに殺されて、俺は貴方の手で河へ流されて助かった子供なんですよ? もっとも、義母さんが言うには、貴方は手を滑らせて河へと落としてしまったそうですけれどね? でもそのお陰で今日の俺が居るんです。詳しい話は、餡蜜の城でしましょう? 彼女はきっともうこの世には居られなくなりますから。貴方の手によって。貴方の最高の暗殺技術、剣の腕によって……」


「……真雪、僕は詫びるつもりはない。詫びたらお前も惨めだろう?」


 狼がきっぱりと言い切る。何の感情を込めることなく。否、感情を込めたとしてどんな感情を込めればいいのだろうか?

 真雪はその言葉に……苛立ちを隠せないのか、今までの健気な姿など最初からなかったように、加虐的な笑みを浮かべる。


「――今の時点で惨めだ。さっき嫌な奴だと判ったら、何と助かったことか! 貴方を殺せた! あの日、貴方が盗人を捕らえるところを見なければ、貴方は完璧に悪人として殺せたのに! 行きずりの恋なんてなかったのに……ッ!」


「僕はお前の好意を利用して、この軍を……」


「今更何を言おうと無理ですよ。俺の中では、貴方への憎悪と共にあるのは、悔しいことに、愛情なんです。……どうしても、何を考えても、貴方を考えてしまう。寝ても覚めても貴方のことばかり。俺はまるで、会うまで貴方に取り憑かれてるような感情でした。憎しみだと思いました。事実憎んでいました。ですが、貴方と会って、一気に目覚めて確信したんですよ……憎しみだけでない奥底の思い。貴方を憎みながら、愛してるのだと」



 真雪は心底愛おしむように、だが憎しみが溢れ力を僅かに込めてから、離れて、幽霊を憑依させる。これで、思い通りの人形のできあがりだ。



「じゃあ、僕、美闇と香苗……黒蜜と蜂蜜の所へ、行ってきますね、待っててください、俺の可愛い猟犬?」


 狼は、真雪の思い通りの返事を。


「待ってるわ、あなた」



 殺したろうか、このくそガキ、と何故自分が総大将になったか理由を忘れながらも、狼は内心で苛々とした。


 あの日、だから、全てを白く覆い尽くす雪の話なんかより、おおっぴらに平等に愛情をくれる太陽のもとで眠りたかったのだ。


 今更の遅い後悔。

 雪は壊れて消える。太陽の方が強くていつまでもある。一時の雪の話なんて、いらなかった。



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