王女からの寵愛を受ける獣人の本性
「抹茶、何処に居ましたの?」
王女が走り寄ってくる抹茶を見て、にこりと頬笑む。
花よりも麗しいその容貌は、見る者を虜にするだろう。側近の騎士でさえ、顔を赤くしている。
そんな自分の魅力溢れる笑顔。
それは一切、目の前のこの獣人には通用しない。
「内緒」
抹茶は、タバコを口に咥えたまま、ふわりと笑いかける。
柔らかな、それでも何処か一線引いている笑みだ。この笑みを見る度に、王女は苛立たしくなる。
何故未だに自分に懐きはしないのか、外からの客、狼には懐くのに。
彼の望みを何でも叶えている、彼の甘えを何でも受け入れている、彼に危害を与える者へは罰を与えている。
一番に懐いても良いはずの存在だ、自分は。
「そのタバコは……? 体に差し障る物は与えてない筈ですよ」
王女は瞳を光らせ、彼の口元を見遣る。すると、抹茶は、嗚呼、と何かに気づいたような反応をして、それからタバコを口から離して、それをあらゆる角度から見る。
それを見て可愛いと思う王女の反応、それすらも計算で、抹茶は内心鼻で笑う。
「ろーくんに、会ったです」
「狼から貰ったの?」
王女の目に宿る、陰りの感情。それが判ると、抹茶は益々愉悦を感じ、ただ愛らしい笑みを浮かべて頷くのだった。
抹茶は人の負とされるものを見るのが大好きだった。
人間の汚さを見れば見るほど、楽しくて、今にも笑い出したいくらいだった。
そんな抹茶の心に気づいてるのは人間では一人だけだろうな、と心に浮かんだ人物へ思いを馳せ、苦笑を浮かべる。
(まぁ、他の人物ももしかしたら、気づいてそれで虐めているのかもしれないけれど)
「抹茶、それをレミオールへ」
レミオールは王女の側近で、今彼女の後ろに控えている騎士のことだ。
抹茶は、不思議そうな顔をして、頷いて、それから騎士へタバコを渡す。
未だ少し体に害のある物を味わってみたかったが、否定するのは「キャラ」ではない。
レミオールが取る。それを確認すると満足そうに頷き、王女は抹茶を撫でて、抹茶にまた自由を与える。抹茶が背中を見せると同時に、王女の「燃やしなさい」という冷たい声が聞こえ、抹茶は笑いを堪えるのに必死だった。
この生活には、慣れた。
人に飼われ、人に虐められ、人に優しくされ、人に殴られ。
ただ、自分の本性を知る動物、そう例えば鳥たちの噂が、少しプライドを疼かせる。
“兎の皮を被ったライオンが、人に飼われてる”
“しかも、甘んじて殴られている”
“あの方なら、この場にいる人間達、全員を内部分裂させることすら可能なのに”
“魔王でさえ、恐れているのに”
“何を考えて、此処にいるのだろう”
“王女に惚れたのか”
心から叫ぼう、あんな雌、大嫌いだ。
綺麗なふりして、醜さは人一倍、どうしてそれに皆気づかないのだろう、と抹茶は不思議で仕方がない。
同じ醜いのなら、あの血の香りのする雌のがマシだ。
「あー、だりぃ、この口調」
人間には理解出来ない、獣人の言語で抹茶は呟いた。
それは他の獣人が聞いたら、明らかに口調が悪い、と窘めるだろう。尤も、そんな度胸があれば、の話だが。
……抹茶は、戦えないが、巧みに人の心理をついてくる。
人には誰しも弱みがあり、そしてそれを見抜くのが抹茶には手足を動かすより簡単なことで、殺し合いをさせるのも容易い、遊ぶより楽しいこと。
だから、獣人の中では恐れられ、兎の獣人なのに獅子とまで言われるほどなのだ。
そんな抹茶がどうして捕まったか。面白い噂を聞きつけたからだ。
近々、幽霊達が人間を脅すらしい。そういう人間の長的存在の傍にいれば、面白い劇を見られるだろうと思い、抹茶はわざと此処へ捕まった。
だが、未だに何かが起きる気配は無いし、王女は相手にしないと拗ねるし、此処の暮らしは中々に退屈な物だった。
「人生の無駄遣いは、駄目だねェ」
またしても人語ではない呟きを、抹茶はした。そして、丁度その時に、動物が庭に居るのを見つけて、話しかけた。これも、暇つぶしであり、人生の無駄遣い。の、筈だった。
「何してんだよ、おめーら」
「あ、ジャム様」
「……前に言っただろ、もう名前は抹茶になったから、抹茶ってよべって」
「ちっとも似合わないですね」
「オレもそう思う。ンで、どうしたん?」
「あのですね、鳥の澄子が此処の王様と雌が話してるのを聞いて、その内容が一人の人間を徹底的に守ること、なんですよ。おかしな話だねーって話していたのです。僕らも気をつけなきゃって。その人間攻撃したら、僕らが殺される」
「……へぇ?」
抹茶は眼鏡の奥の瞳を光らせた。そして、口に弧を描く。
先ほど、あの血の臭う雌と会った。あの雌が来るときは、大抵王が何かしら血の臭う話をするときだ。
あの雌は、血から離れられない。血の鎖に繋がれ、刃物で出来た手をしていて、人を傷つけ殺すしかできないのだ。
そういう運命なのだ、と抹茶は思っている。
それなのに、壊すしか出来ない相手に、壊すな、守れだなんて言うなんて……。
(なんて、可哀想)
心ではそう思っているのに、顔は思いっきり頬笑んでいた。思い出し笑いをしているように。
これ以上、王女の傍に居るだけでは何も出来ないし、劇も見られないだろう。
抹茶は、少しだけ考えた後、血の臭う雌、独特の足音を聞きつけ居場所を特定し、其処へ近づいた。
彼女が居たのは、流石は暗がりの者、というべきか、薄暗い階段の下だった。
そこで、溜息をつき、頭を抱え唸って座り込んでいる。
抹茶はそれを見て、爆笑したかった。
だが、笑いを抑えて、笑みを携え、彼女に近寄る。




