↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/57

餡蜜の来襲

 目を覚めて気づいたことがある。


 一つは、窓に魔物、否、魔王餡蜜がいること。


 二つ目は、餡蜜の羽衣が自分の首を絞めていて、生死を彼女が握っていること。


 更に三つ目は、餡蜜からは殺気が感じられないこと。


 狼は起きあがろうとせず、横にごろんとなって、窓へと視線を向ける。窓はすぐそばにあるのだ。


「……ロウ、久しぶり。貴方の返事は、イエスかノー。首をふるだけでいいの。それ以外のことをしたときは、判るわね? 利口なロウなら」


 こくり、首を縦に振り、狼は目覚めの悪いこの光景が一刻も早く解放されるのを願う。

 このような状況になってもきゃーきゃー騒がない度胸に、餡蜜は苦笑してから顔をひきしめて、少女は子供から大人の顔つきをする。否、魔物を纏める頭領としての顔つきを。


「ジャムを呼んできて」


 二人きりで何かを企むつもりなのだろうか。そうだとしたら、それは困る。なので、狼は首を横に振った。縦に振るほうが命拾いする空気だが、朝日の位置を見て、そろそろ誰かが迎えに来る頃合いだと思ったので、その誰かの気配に運を任せようと思った。

 騒ぐことも許されないのなら、きっと人には見つかりたくないのだと悟った。

 案の定、餡蜜は殺す気配もなく、そう、と静かに頷いて、自分を解放した。


「私、貴方達のこと調べたの。でも、動物が邪魔をして情報は来なかった。ただ情報は、貴方と真雪が接触したことだけ。ジャムが此処にいることだけ。だからね、貴方に教えておくわ」


「……けほ、なんだ?」


 狼は解放された喉に痕がついていることを確認もせず、ただ少し咽せて、冷静に尋ねた。

 その落ち着き払った性格は人間にしては中々で、流石暗殺者と餡蜜は感じながら、一言残して、姿を空に混ぜる。


「あの仔は、貴方の手に余るわ。あの仔どころか、あの仔の仲間も。ジャム以上に危険分子よ」


 一瞬、理解が出来なかったと言えば嘘になるだろう。

 元から危険分子だと思っていた。存在は、何せ、此方の世界全てに影響する。

 それなのにそれを改めて言う意味も判らないし、何より彼の仲間を含める意味が判らなかった。



(整理しよう。真雪の親は、蜂蜜と黒蜜という推測がある。もし、これが本当ならば、何故冒険者などという職業を許したのだろうか。それは勇者を目指す行為であって、いずれ自分たちの元へくるというのに)



(そもそも餡蜜を彼らに倒させる必要があるんだろうか。こんな時期に。早すぎる、成長速度から見ても。まだそんな強さはないのに、ただの自信家だとしてもそこまでいけるか?)



(僕は冒険者というものを知らない。……一つ、気になることがある)


「冒険者は、本当に皆、勇者を目指して居るんだろうか……」



 ぽつりと呟きを漏らしてから、片手でぽりぽりと頬を掻く。

 冒険者の性質というものを、もう一度最初から考え直す必要がある。そんな気がした。庵に相談しに行くのはきっとまた不審がられるので、副将という地位の千鶴ならば大丈夫だろうと、シャワーを浴びて、着替えをする。皆が心配するだろうから、普段の服装と代わり映え無いけれど、首の痣が見えないような服を選ぶ。

 旅支度を調えるなり、その足で千鶴を捜した。

 その途中の廊下で野良に出会う。やぁ、と狼は挨拶してから、再び捜索を開始しようとしたが、それは野良に腕を捕まえられ、止められる。

 狼は不機嫌そうな顔をこれ見よがしにするが、野良は気にも留めない。



「首、どうしたの?」


「……ちょっとな、忠告を受け取ったんでね」


 少しの声の調子で首を絞められたと気づかれた。まぁそれは想定内だった。ただ千鶴の所へ行く前に会ったというのが予想外だっただけで。

 野良は、ふぅんと首を傾げる。


「それより、副将を知らないか」


「嗚呼、王様と何か話していたよ。僕が王様の所へ案内したんだ」


 そう言って野良はにやんと頬笑んだ。何か毒気を含んだような笑みだ。女を堕とすときに使う笑みではなく、どちらかというと、何か罠を張ったときの笑みだ。

 その笑みを見て、野良を問いつめるべきか、千鶴の元へ行くべきか悩んだ末に、結局は千鶴の元へ行った。何かが起きるのならば、その場に居合わせた方が早い。

 狼は野良から無理矢理解放してもらい、じゃあな、と言った後に遅刻するなよと付け足した。

 廊下を駆け抜け、玉座へ行くと、そこには困惑しきり、それでも何も言えない千鶴が居た。

 狼は足音を消して、話を盗み聞きしようか迷ったが、別に自分の部下という名目が既にあるのだから、構わないだろうと玉座へ歩み寄り、千鶴と話している王様へ、跪く。


「陛下、ご機嫌麗しゅう。ですが、出来れば今は副将には頑張っていただきたい時期。動揺するようなお話ならば、僕も伺って宜しくて?」


「狼か。今日は朝から立て込むそうだな。冒険を頑張りなさい」


「はい、それで、どうかいたしましたか? ご無礼お許しを」


 王様は、狼を見遣り頷くと、千鶴へ視線を移動させる。王様は別に意図的では無かったが、その視線は強者のもので、重みがあった。と、いっても、所詮は、権力者としての強者の視線だが。

 千鶴はその視線は忠誠を誓う主のものなので、より重みを増して受け止める。


「陛下……」


「狼、千鶴に良い縁談があがっていてな、隣国の貴族の姫だそうだ。千鶴の家柄を考えれば、今より家名も地位もあがる。だから薦めていたのだ。帰ってきたら、ゆっくり考えてくれ」


「……陛下、自分は……」


 言えなかった。その時心に浮かんだ人物の名なんて。

 紫の髪の毛の、妖艶なのに自分には可愛く見える、あの女性の名なんて。

 千鶴は養子で、その養子にしてくれた家にも恩がある。その恩を返すチャンスなのだ。


「……考えてみます」


「千鶴……では、陛下、用件はこれでお終いですね? 少し彼と確認したい事柄がありますので、これで失礼いたします」


 そういって王様が頷くなり、狼は千鶴についてこいとでも言うように、何も言わず、玉座の間から出て行く。

 千鶴は王様を見遣ってから、狼を見て、一礼してから、慌ててついていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。