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呪縛に気付く兎は睨む

 扉を弾くように開けて、扉にぶっ、とかうめき声が聞こえた。

 ドアにどうやら、狼をぶつけたらしい。

 抹茶は慌ててドアを閉めて、顔面痛みで真っ赤にしている狼をおろおろと気遣う。

 「お前な……ッ、もうちょっと王女様と一緒に居るんだから、上品なもんを覚えろよ……!」

 顔を押さえている。押さえている鼻から流れているのは、鮮麗な血。

 人間や、他の魔物、そして自分に逆らう動物から、自分の手でなくそれが流れるのを見るのは好きだ。だけど、狼から、例え鼻でも血が出ているのは、血の気が引くほど、厭だ。

 彼女が血を流すとしたら、自分のためや、王家のためだけであってほしい。


「ろ、ろーくんッ」


「……あーっと、上に向くんだっけ?」


「それは逆効果! 四十五度の角度!」


 抹茶はそう言うと、自分の服の袖で、狼の鼻から流れてる血を拭う。早く、早くこの赤いのが見えなくなるといい。

 ……でも、それは叶うことはないんだろう。狼は、暗殺者。何時、血が流れても可笑しくない。現に片腕を失っている。それは仕事上のミスではないが。

 ふと、思いつく。厭なことに。真雪が居るからこそ、今の暗殺業を休めさせられている。

 真雪を殺した後、彼女はどうなるのだろう?

 真雪の全責任をとって、ギロチン行きか? そうなる前に、攫ってしまおう。もし、あの子供を殺したのなら。攫ってしまう時間を、きっと王女は作ってくれるだろう。

 その後は? 何処かに監禁? きっと、狼は、今のままの狼は自分に懐かないし、きっと無理矢理食事を取らせても、吐くだろう。衰弱死と決まっている、先が。

 ……やはり、真雪を殺すわけにはいかないのだ。




 ――血の鎖を、何でオレが断ち切ることが出来ないのだろう?


 ――血の呪い、テメェは受けなくてもいいのに。テメェは普通の人間でもいいのに。


 ――でも、普通の人間だったら、こうして会うことも、好きとか迷うことも無かったのだろう。


 ――不思議だね。ろーくん。オレたち、敵対することで関係保って居るんだよ。


 ――利害一致でしか結ばれない、主従関係。真雪が死ねば、それは終わる。




「……ろーくん」


「何だよ」


 狼は抹茶に鼻の血を拭われる、奇妙な体験に素でびびりつつも、胡散臭い相手を見遣る。

 すると、相手は胡散臭い顔なんかしていないで、とても、とても綺麗な動物の瞳で自分を見ていて。


「真雪保護、頑張る」


「……今更」


 言葉ではそう言いつつも、狼は、抹茶が本気でこの軍に取り組むわけが無いと思っていたのだ。ただ、彼の、好奇心だけが頼りで。それなのに、何が彼を、今本気にさせたのだろう?

 王女と何か、あったのだろうか?



「……抹茶?」


 訝しげに呼ぶ彼女。抹茶は、偽りの笑みではなく、優しくはにかんだ顔で、部屋に帰ろう、と口にした。

 ……本当に、何があったのだろうか?



「ろーくん」


「何だ?」


「自分の血に塗れンなよ、馬鹿女」


「……? だから、僕は獣人語が判らないと言っているだろうが」


「ろーくんだけ、勉強しないです」


「判らないままでいろってか。何だ、聞かれちゃ拙い取引でも、誰かと獣人語でしてるのか?」


「のらくんとの会話、聞きたい?」


 それまで半笑いだった狼は、げっそりとした顔をして、ぴょこぴょこと横を歩く抹茶をそのままに部屋に戻った。


 その夜だった、抹茶が野良に怒鳴り込んでいったのは。



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