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兎は恋の自覚に眩暈を覚える

 抹茶はぴょこぴょこと、一歩一歩大きな足で狼の隣を歩く。


 狼が少し疲れて見えるのは、庵と千鶴に見張りがついたからではなく、ライバルのように現れてきた野良のせいではなく、一緒に眠ることになった誰よりも危険な存在、抹茶のせい。

 その原因と言えば、物凄く嬉しそうな顔で、えへへと笑っている。裏ではどんな笑顔をしているのだろうと、狼は城の廊下に唾をはきたくなった。此処がもし城でなかったら、抹茶にどういうつもりだ、と怒鳴りつけて、剣を抜いていただろう。


「……――はあ」


 溜息をつく。相手していると疲れる抹茶、その上更にこれから抹茶を可愛がっている王女に許しを貰いに行くのだ。王女はただでさえ、自分を好いてない。それなのに、抹茶を彼女から取り上げたら自分はどうなるのだろう。

 そんな心配を予測していたかのように、抹茶は王女には自分だけでおねだりしにいくと言ったが、当然のように王女の部屋まで自分を付き合わせる抹茶。何を考えているのか、全く判らない。自分だけで、とは部屋かららしい。

 笑みを浮かべ続けている抹茶を睨み付けるように見遣っていると、抹茶はふりかえり、鼻で笑う。それを見る度に狼は、この兎を今すぐ切り捨てたくなるのだ。そして、そんな心理を見抜いているからこそ、「鼻で笑う」という行動を取るのだ、抹茶は。

 (昔は冷静に対処出来ていたのに……、人間は感情に弱いなァ。まぁ、オレも人のこと言えんがね。もし、ろーくんはオレが心からはしゃいでいるのを知ったら、どう思うンだろうなァ?)


「何をにやけている?」


 射抜くような強い視線は、居心地良く、抹茶は半目で首を振って、何でもないという意思表示をする。

 あと少しで王女の部屋だというところで、狼が切り出した。身を、ではなく、話を。


「抹茶、お前は本当にどうしたいんだ?」


 そんなことを言われても、抹茶の表情は変わらない。ただ、ふりかえり、にこにことした人専用の「仮面」を外さない。

 でも、言葉の「仮面」は外せる。相手には、その言語は通じないのだから。



「欲しい人間が一人、殺したい人間が一人、操りたい人間が一人」


 順番に言うと、狼、真雪、野良。野良も殺したいのだが、殺さずに操って彼女の目の前で苦しませて、彼女が苦しむ姿を見る方が楽しめそうだと思ったのだ。

 獣人語で言われても、顔をしかめるだけの反応しか出来ない狼。獣人語が判ったら、この時何かを読み取れていたのかもしれないのに。

 この遠征? が、終わったら、庵から獣人語を教わろう、と狼は密かに決心をする。

 そして、その決心が固まったときに、王女の部屋に着く。部屋の外で待っていてと意味する言葉を精一杯に人間の言葉で狼に伝えると、抹茶は愛想たっぷり、邪気なんて全くありませんという姿で、茶目っ気たっぷりの姿で、王女の部屋へと入る。

 廊下で、狼はタバコに火をつけながら、くだらない茶番だ、と思った。






「モネちゃん?」


 室内に入ると、お香が匂う。動物にとっては異臭以外の何者でもない。抹茶には、未だに何故こうやってお香や、香水を庵や王女や、女性が炊くのか理解出来ない。

 草木や花に似せようとしても、それはただの異臭以外の何者でもないのに。

 室内は明るく、すぐに王女は抹茶が入るなり、綻んで抹茶へ此処へ来るように手招きした。素直に応じて、抹茶は王女に笑いかけようとしたが、今日は普通の態度をしていたらただ相手を怒らせるだけだろう。抹茶は、笑いかけようとしたすぐその後に、態度を悲しげなものに変える。その変貌っぷりといったら。


「抹茶……?」


「モネちゃん、ごめんです」


「え?」


「……抹茶、モネちゃん、一番。でも、ろーくん、上司、護るです」


「……どうして?」


「のらくん、ろーくんを狙ってる。抹茶、傍にいないと、危険」


「…………抹茶、抹茶は、狼が好きなのね?」




 好き?

 はて、そんな言葉、判らない。

 いや、意味としては判るけど、それを抹茶は自覚していない。

 なので、結果、素できょとん、としてしまう。


「好きです?」


「そう、好きだと思わなければ、護りたいなんて、思わないでしょう?」


「…………え?」


「だって、抹茶、狼はもう成人していて立派な大人よ? 放っておいても大丈夫、それなのに貴方は護りたいと言う」


「…………好き、……? オレが? 有り得ない」


 抹茶は思わず獣人語を口にするが、顔にしている「仮面」は外れない。きょとんとしたまま、「愛らしい」兎の姿だ。

 王女は、その姿がとても好きだった。でも、もう悟ってしまったのだ。それは、きっと本来の彼の姿ではない。彼の思い人になれなかったのは残念だけど、それならばせめて、彼の本来の姿を目にしたい。

 王女は弱々しい笑みを。


「抹茶、私には獣人語は判らない。でもね、貴方の心は貴方よりも判っているつもりよ?」


 それは狼への心、だけの話なのだが。抹茶の内心は、計り知れない。それでも、純真な彼の姿も、本来の彼の中にあるのだと思いたかった。

 王女は抹茶を手招き、彼の頭を膝に載せる。そして彼の柔らかな髪の毛を梳いて、彼はその心地よさを感じながらも、好き、という初めての単語にそわそわと居心地の悪さを感じていた。


「モネちゃん、抹茶、もねちゃ、一番」


「……それなら、狼は放っておけばいいじゃない?」


「…………や」


 素直に眉をよせて困っている様子の抹茶を見て、王女はくすくすと笑い声をたてた。

 そして、嫉妬心を棄てて、本来のあるべき皆へ対する自分の姿を、抹茶に向ける。

 悲しい結果だけど、これも仕方ないかも知れない。一国の王女が、獣人に恋するなどあり得てはいけない。それならば、せめて彼の恋路を、許されない恋路を見守ろう。

 せめて、自分との恋路よりかはきっと叶いやすいだろうから。狼は鈍そうだけれど。


「抹茶、他の女性と狼、比べてご覧なさい?」


「…………ろーくん、血生臭い雌です。それだけが違うです」


「……じゃあ何故貴方は狼に、執着するの?」


「……だって、面白いから」


「他の子は、面白くないの?」


「ろーくん、一番面白い。だって……」


 ダッテ?


 理由が見つからない。


 脳裏に過ぎるのは、彼女のしかめっ面と、あの日見た可愛い真っ赤な顔。


 思い出すのは、彼女に、二回もしたキス。


 あれは、ただのじゃれあいだ。馴れ合いだ。からかいだ。


 判らない。何だって、あんな雌。ただの血生臭い雌じゃないか。

 ただの、ただの。


 ――脳裏に過ぎるのは、王に総大将を命ぜられ、落ち込んで頭を抱えていた彼女。


 ……孤独に見えた。ただ、一人で強がりで立っていたのが、倒れた気がした。

 今更だが。本当に、今更な話。

 強がりは、強く見えるだけで、本当は弱くて。

 今すぐに、傍に寄り添いたい気分に、猛烈になった。


 ……そこで、気づく。強がり、それは王女も、だ。


 抹茶は、心を弄ぶことの罪悪感を、たった今知る。

 狼が好きかどうかは、判らないけれど。王女の心は、本音を求めている。

 例え、からかうのが面白いからとはいえ、一番、ではない、王女は。

 からかうのが一番なのは……最初から、決まっている。



「ごめんです」


「……え?」


「本当は、一番、ろーくん、かもです。でも、抹茶、モネちゃん一番言ってます」


「……――うん、それを教えてくれただけで、良かったわ。ねぇ、抹茶、私、約束するわ。狼と抹茶、貴方達に何か起きても、私が後ろ盾するって」


「…………モネちゃん、好きです。友達、なれます?」


 少しだけ起きあがり、下の角度から見上げる抹茶。不安そうなその顔を包むように、王女は暖かな笑みを浮かべて、頷き、頬にキスした。

 そして、それから、いってきなさい、と片頬笑む。

 抹茶は、恐らく初めて本心から見せる笑みを、王女に向けて王女がその笑みに心囚われている間に、室内を飛び出た。


 王女は、どくどくとする心臓を静まらせ、静かに瞳から涙を流す。

 最愛のペットへの、恋愛感情を、この涙ごと棄てるために。




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