表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/57

騎士と魔女は、穏やかに笑い合う

 沢山の資料が集まった部屋に、庵は居た。千鶴は、ローブの微妙な色合いだけで、庵を数秒で見つけるのを得意としていた。魔法使いが他に十人居たって見つけられる自信もあった。


 何やらぶつぶつと復唱して勉強している。自分には判らない言葉なのか、鳴き声なのか判らない声。凄いな、と内心感心しながら、自分の上司が認めていることを思い出し、頬の筋肉が一瞬緩んだ。だけど、それを少し引き締めながらも顔は笑みを――抹茶のような偽な愛想的な笑みでなく、自然な笑みで――浮かべながら、庵へ声をかけた。


 庵は、ゆっくりと振り返り、自分を呼んだ相手が千鶴だと判ると、朗笑を浮かべた。

 いつも他の者へはただの妖艶さを含ませた笑みなのに、自分に向ける笑みはただの可愛い女の子の笑みで、その笑みを見るだけで千鶴はいつも顔を赤くする。この赤くなってしまう原因は、女性に弱いからだろうか。それとも、相手が……。


「千鶴?」


 庵が呼びかけても、今度は抹茶のような愛想笑みで誤魔化して、隣の席へ座る。

 庵はその様子に苦笑して、それから狼の野良への反応を聞いてみる。

 千鶴は真剣な顔に戻して、庵の顔をじっと見つめる。


「お互い、命の危険を心配しなけりゃいけないとさ」


「……やはり、同業者なのね」


「見張れって言ってた。だけど、危険だから、二十分に一回は安否を確認しろとも」


「……あの方がそう言うってことは、あの方にとっても恐い存在なのね」


「うん、多分な。推測も、正論って言うだけ。そこはやっぱり魔物に詳しい……頼りたくないけど、野良に聞かないとな」


「……能力を利用できるだけ利用して、こっちが操られないように気をつけましょう。あの野良っていう男、抹茶並みに厄介かも知れないわ」


「あー、警戒態勢も抹茶扱いだった。それに、その人、御大将に勝ったことあるみたいだ」


「それなら隙を見せたら、一瞬で私たちは死んでしまうわね」


 溜息をつく、庵。自分の力に、今までは自信を持っていたが、それも彼らの前ではこんなにも呆気ないのか、と少し庵は落ち込んでしまった。落ち込んでしまった瞬間、この目の前にある魔物の言語に関する書類をすぐさまどかしたかった。

 だが、そんな庵の様子を悟ったのか、千鶴は庵の頭を軽く叩くようにぽんぽんと撫でた。


「御大将がさ、根を詰めるなって。それと、有難う、だってさ」


「……――あら」


「庵はさ、こうしてすぐに危険を察知出来て対処法を導き出すから、凄いな」


 千鶴は真剣な眼差しで、頬笑むことなく、真面目にそう呟いた。

 そして自嘲のつもりではないが、自分には剣だけだと苦笑して、それからまた庵を撫でる。


「最初、あの人の何が危険なのか、判らなかった。抹茶だって、ただ王女様が気に入ってるいけすかないだけのペットとしてしか見られなかった」


「……千鶴」


「御大将に言ったら、怒られそうだな」


 そう溜息をつくと、庵はくすっと笑ってから、今度は背の高い千鶴には手は届かないので、背中を撫でてあげる。その瞬間に彼の体が固まる。女性に弱すぎる、と庵は内心呟いて、笑った。


「あの方は、きっと次から観察して、自分の思考で判断すればいい、って言ってくださるわ」


「そうかな。だと、いいけど」


「あの方の言葉が、恐いの?」


 庵の言葉の方が、恐かった。心境をずばり言い当てられて。でも、言い当てられた相手が庵だから、何となく苦笑するだけで、反応を返せた。


「御大将は、大きいから。凄く。剣士の腕も、この間の会議で見せられた。止めたのになぁ……血の臭いは厭だけれど、やっぱり凄いなって思ったよ。魔法使いの庵は判らないかも知れないし、判るかも知れないけれど、同じ剣を使う者としての目で実際見ると、改めて凄い人だ。だから、もしも今の評価が下がって、期待に添えなかったら厭なんだ」


「……千鶴。私は貴方も凄いと思うわ? 国認定の殺し屋。そう判ったとき誰もが恐れて、私も最初は警戒した。私の実力を見抜いて、部隊長にしてくれるまではね? でも、貴方は彼女のちゃんとした能力が判ると、誰よりも忠実に働いて、誰よりも狼様へ体当たりしていた。物怖じしたり、機嫌伺いなんてしないで。騎士ってプライドが高いって聞くのに。……相手は殺し屋。それでも貴方は、彼女を私と同じで理想の上司と見た」


 庵は今まで見てきた騎士を思い出しながら、そう呟く。誰もが変にお上品で、男の自分を敬えと言わんばかりだった。騎士という立場を、ただの名前を飾る道具として見ていて、あるいは人を見定めする地位だと思っていて。

 でも、千鶴は、最初に自分を案内してくれたとき、自分に見惚れはしたが、嫌味のない上品さで面接の会場へ案内してくれた。最後に、同僚へするような一礼と敬礼を送って。

 千鶴は優しすぎる、その時に感じて、少し不安になったりもした。

 だけど、軍という名とはいえ、目的が保護なら優しさは必要だ。大将である狼に無いのなら、余計にその補佐となる副将には。

 まぁ、今話してる内容とは関係ないが、そんなことを思い出して、庵はにこりと微笑みかけた。


「私に剣を扱えと言っても私には無理。私に副将となれと言っても私には無理。千鶴、貴方は可能なの。何故? ……狼様が、その腕を買っていて、その忠誠心を信じているからでしょう。オオカミが牙を剥かないのなら、その言葉は怖がらなくて平気よ。動物は判らないけど、私たちのオオカミは一度内側に入れたら、信じ切ってくれるわ」


「庵だって! 庵だって、忠誠心ならあるし、御大将は腕を買っているからな?! だから、心配するなよ?! 自分を過小評価するな。でないと、あの方は根を詰めるななんて心配はしない方だ! どうでも良くて、でも役に立つ相手は使い捨てタイプだ! 俺ら凄いじゃん、縄張り内じゃん!? 心配されてるよ、愛されてるよ!」


「……――凄い言い方」


 慌ててフォローする千鶴に、庵は破顔して、うん、と頷いた。その顔に見惚れ、また千鶴は顔を赤くするのだ。そして、視線を逸らして、文字なのかただの線なのか判らない資料をちらりと見て、強く頷く。



「まぁ、お互い頑張って全力で子羊とそれを守る狼を守ろうぜ。あの子羊が居ないと、御大将はまた感情と人を殺すだけの人間に戻る。俺達が二人揃って、あの方が立ってられる。だけどあの方を普通の人間に戻せるのは、俺達じゃなく、あの子供だ」


「……真雪クンは、本当凄いわ。あの子に感謝するわ、私。あの方の下で働ける機会に出会えたし……何より、ただの魔法使いの私には、この軍がなかったら、騎士である貴方とこんな上司について話せる機会は無かったわ」


 嬉しそうに笑う庵を見れば、千鶴も嬉しくて、そうだなと笑って、激しく同意した。


「ただ、凄くあの方にとっては泥沼な軍になってしまったけれどね?」


「? ……嗚呼、真雪の思いに、抹茶の執着、野良の賭け、か……」


「ねぇ、千鶴、お願いだから、死なないでね。狼様も殺さないように、真雪クンも殺さないように、守って、それでも死なないでね」


 その庵の願いに当たり前だと頷く前に、庵は言葉を続ける。


「どんなことが起きても、副将の地位から降りないで」


「……は?」


「野良は総大将の地位を狙っている。今は部隊長の地位。それなら次に狙うのは、貴方の地位よ。貴方の地位を奪ってから、それから総大将の地位を狙うわ。何が起きても不思議じゃないの。どんな些細なことでも、大きな事でも、なるべくミスはしないよう気をつけて、今の地位を守って。貴方に何があっても、誰に何があっても……」


 此処で自分に何かあっても、と言えたのなら恋人同士のようだな、と庵は少し乙女心を疼かせて、少し切なくなった。

 だけど、次の千鶴の言葉に、庵はただ顔を真っ赤にするだけだった。



「それは自信ない! 俺、庵と王女様に何かあったら、絶対取り乱す!」


 自分の扱いが、王女と同じ扱いになったことに喜ぶべきか、自信がないと宣言されたことに怒るべきか、庵は悩んで少し頭を痛ませて、返答に困った。

 少し歪んで複雑な表情の庵に気づくと、千鶴は首を傾げて、何だよ、と問いかけた。



「とにかく、絶対にその地位を守ってね。……私も、此処を守るから。この地位を」


「……ああ。庵が格下げされたら、俺、誰に相談していいか判らないし。事前の報告。っと、最終会議まであと二時間だ、邪魔してすまなかったな、勉強、頑張ってくれ。だけど、俺からも頼む。根は詰めるなよ」


 そういって、千鶴は立ち上がり、庵に優しい微笑みを向けてから、椅子の物音を立てないように気をつけながら、去っていった。かつこつと少し聞こえる足音が寂しく感じる庵は、気を取り直し、また魔物語の勉強に励んだ。


 それを、遠くから一人の女性が見ていた。

 それは、副将になってからなった千鶴の取り巻きの一人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ