幽霊からの脅し
「待たせたな、すまない」
室内に入り数十分経った頃合いに、王がやってきた。
自分が来たと知らせが入って数十分、多忙な王にしては急いで来た方だろう。
狼は、立ち上がり胸に手を当て一礼してから王の許可が得られるまで、そのままの格好だった。
「今日、来て貰ったのは、実は……なぁ」
言いにくそうな相手。毎回、王は殺しを頼むときはこんな困った顔をしているが、今日は何時にも増して頼みにくそうな顔をしている。
不審に思い、如何なされました、と自分から依頼を伺ってみる。時間の無駄遣いは嫌いなのだ。
「……この世界の種族は、判るか?」
「……――未だ未確認の者も居ると思うので、何とも言えません」
「……うむ…。ではな、狼よ、天国と地獄を……信じているか?」
唐突すぎる質問に、片眉が思わずつり上がった。表情を表に出すことは、王の前では自分では禁じている。それなのに無意識に出てしまったと言うことは、それほど驚いているのだろう。
殺し屋である自分への、皮肉だろうか? もしかして、暗にリストラを宣言されているのだろうか?
「死んだことがないので、何とも言えませんが、あればいいと思います」
そうでなければ、死者は何処へ行くのだろう。消えるのだろうか?
この返答は、狼の密かな希望、でもあった。死者の世界があるなら、そこで死者は生きればいいのだ、そう考えてないと、考えていないと……。
「……狼よ、私が言うことを信じられるか?」
「……今まで陛下の意に反したことがありましたか?」
それは信じる、という言葉の代わりだった。素直に言うよりは、気恥ずかしくはない。何より、狼は信じるという言葉が嫌いだった。
王は、それを言うと有難うと溜息をついてから、何処か遠くへ目をやり、話し出す。
「世界中に、世界中に、それぞれ村や町、国を束ねる一番の責任者へ、警告が出された」
「魔物からですか」
狼は、何だ、と安堵して問うてみた。こんなに言いづらそうにしているから、どんな大国の偉人を暗殺するのだろうか、と少し緊張していたからだ。
魔物ならば自分に依頼しなくても、冒険者達が何とかしてくれる。「勇者」を目指して。
人外の姿をして、人間に危害を加える者を、この世界では「魔物」と括っていた。
そして、「魔物」は無条件に殺して良くて、名の知れた名前の「魔物」なら賞金も出るという。一番の「魔物」殺しを、「勇者」と呼び、崇めている。
「魔物」を殺す冒険者と、「人間」を殺す自分、どう違うのか、等考えるほど狼はナイーブではなく、ただ、魔物なら、自分ではなく冒険者へ頼め、と思っていた。
だが、王が紡ぐ言葉は、狼の範疇外だった。
「幽霊の世界には、地獄か天国か、があってな。両方の世界でも、ある人間に肩入れしているらしく、もしその人間が寿命以外で死んだら、地獄も天国もその人間以外入れさせないと、警告が出されたのだ」
今、何かを喋ったら、王を罵って侮辱罪で死ぬ予感がした。
有り得ない。そんなの有り得ない。ただ、狼は目を見開き、首を傾ける。
「……その警告は、他の民に知れてはいけない、と言われている。戦闘員、以外には。魔物も、「以外」に入る」
「……誰かの嫌がらせでは?」
「……肩入れされてる人間を調べたのだが、対象者を殺しかけた者達は、全員「呪い」殺されている……」
呪い、殺される?
全員、殺されてる?
まるで……。
(自分のようではないか)
別に、呪われて殺されたわけではないが。自分に関わって自分が手を下していない者は、事故か病気か、てんでばらばらに死んでいる。
呪い、というのも、あやふやで、様々な種類があるので、断定出来ないのでは、と聞いてみる。そんな発言も出来るのも、かつて自分が呪われかけたことがあるからだ。その時は、気づき、呪詛返しを同職の呪い経験者に頼み命を助けて貰った。その経験で少し呪いについて調べたことがあった。その経験者からは、色々学んだ。
だが、王は白髪の交じった黒い頭を抱えて、深い深い溜息をついたのだ。
「死んだ者には、全員、雪の結晶のような痣が出来ている」
「……証拠、代わりですね。普通爪痕は見せないのですが……見せしめですね」
「そう、これはつまりあり得るということだ」
溜息をつく王に、狼は考え事をする。
死んだ後の世界。興味はあるが、信じる気には、……あまりにも唐突すぎて。
仮に、仮に受け入れられなかったとしても、それが自分たちにどう影響するのだろうか?
「もし、その人間を殺したら? 死者はどうなるのです? ただ、天国か地獄に行かないだけ、でしょう?」
王は、狼がそう何気なく口にすると、ぎろりと睨み付けてきた。
別にそれで怯えるわけではないが、心の琴線に触れる行為はあまりしたくない。
それで死ねと言われるのは少々困る。
王は、何かに怯えていた。
「幽霊に出来ることは何だと思う?」
「呪う、祟る、肝試しのネタ、そんなところでしょう」
「……人に乗り移れるのだ」
「……つまり、陛下は死者の安息ではなく、この世界の行方を案じている、と」
人に乗り移ることが出来るのなら、平和条約を破るのも容易く、戦争なんて簡単に勃発するだろう。それに、統率者を弱らせて他の国にねらい目だと見せることも出来る。
戦乱の時代になるだろう。
それだけは、他の国も、この国も恐れていた。
自分が生まれる前のことだから知らないが、以前訪れた戦乱の時代は人がいなくなるのでは無いだろうかと思うくらい殺し合いをしたらしい。
それが、漸くこの食料にも少し困る程の人口、へと増えた。
再びそれを減らすことはしたくないのだろう。
その判断は、正しいと思う狼だった。ただ、死者がどうなるかより、世界がどうなるかを考える方が、国の王としては、相応しい。
狼は、口の端をつり上げて、大きな口元だけで笑い、穏やかな声で尋ねる。
「で、陛下は僕にどうして欲しいのですか。そこで、僕が出てくる必要はないでしょう」
「……君の力は、今まで見た暗殺者の中を見て、一番、否、歴代一の能力だ」
王の自分を持ち上げる発言に、狼は特別何かを感じたこともなく、有難う御座いますと口だけの礼を告げた。
暗殺者としては喜ぶべきところなのだが、別に狼にとって最早それは当たり前なのだ。
自分以上の、暗殺者など居るわけがない。そう自負している部分が少なからずある。
王は、そんな狼の態度も気にしたこともなく話を続ける。
「暗殺者、つまりは秘密裏に行動するのが得意なのだな?」
「ええ、でなければ、今陛下にお会いは出来ないでしょう」
笑みを交えて狼はそう答えると同時に、厭な予感がした。
王はその返答で、満足そうに頷いて、微笑みかける。
「その人間を守る軍隊を作った。狼、君を真雪保護軍の総指揮官、及び総大将と認定する」
「…………ま、ゆき?」
「その人間の、魔法使いでの名前だ」
「……え、っと、ちょ、ちょっと待ってくださいよ? 陛下、僕は暗殺者です。今、保護、保護軍と仰いました?」
狼は静かに近づいてくる混乱に珍しく動揺し、それを表に出す。
オオカミが、幽霊が庇護するヒツジを守るお話の始まり。




