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抹茶の密かな異変

 どうだろう、と言葉にするよりも先に、狼の腕のない、だけど銃弾が入っているという短すぎる片腕が即座に向けられ、距離を詰められる。


 どんな刃物よりも鋭利で、どんな氷よりも冷たいくせに何処か熱くて、どんな娼婦よりも艶めいて見えるこの寒気すら感じる殺意の籠もった目が、とても野良は好きだった。

 弱い彼女も好きだけど、基本的に強い彼女が好きなのだ、自分は、等と冷静に分析しながら、野良は何? と、狼に問いかける。


「庵部隊長は駄目だ」


「何故?」


「命は勿論、庵部隊長には思い人が居る。そして其れを僕も祝福している」

 つまりはその人たちの関係を崩したくないということだ。狼が大事にしているものを壊し、彼女が絶望に追いやられる姿は酷く美しく見える。それは腕を代償にしたときに、経験したことだ。あの時の悲壮をまた見れるというのだろうか。此処まで大事にしているのなら。

 あの時の狼は、対戦相手の自分を頼るほど酷く弱っていて、滅多に見られない自分への頼り、それをまた味わえるのなら、悪くないと野良は不敵に笑う。


「……僕の女の子を口説ける確率、覚えてる?」


「そこがまた、むかつくんだ。庵部隊長は駄目だ、彼女を誘惑したり殺したらお前の脳をスプーンでかき混ぜてやる」


「だって、あの子可愛いし、綺麗だしー?」


「だからこそ、幸せになってもらいたい」


「まるで、僕相手じゃ幸せになれない言い方デスネ?」


「庵部隊長を幸せに出来るのは、ただ一人だけだ」


 抹茶は威嚇する狼の腕にしがみついて、狼を慕う彼女を思い出し、その思いは無駄ではなかったのだと感心し、にやついた。

 人間は面白い。こうして、思い思われ、大事なものを増やしていく。

 そしてそれを失ったときの後悔を知っているはずなのに、また学んでいないように増やしていく。

 切り捨てていけばいいのに。きっと、この野良という人物はどんどん切り捨てていくタイプだろう。そのうち狼相手でも、切り捨てるだろう。追いつめられれば。

 それが正解だとは思うのだが、野良に共感するのはなんとなく厭なので、中立でいようかなどと思った。


「じゃあ、亭主権利しかないよね?」


「……判った。それでいいよ、それでいいさ! ようは負けなきゃいいんだ。僕がこのまま総大将でいりゃいいんだからな! 僕を下ろすには、相当な時間がかかるだろうよ! 一番の右腕は僕を信頼しきっているからな!」


 それはきっと千鶴のことだ、抹茶は気づくと、ふと狼が他人を信頼し始めていることに気づく。心から、信頼していることに。

 弱みが増えちゃったなー、なんて溜息をつく抹茶。本来なら、暗殺者は大事な人など作ってはいけないのに。私的に動いてしまうから。冷静な判断が下せなくなり、ただの機械から人へと戻る。


「その右腕、本当に信用できるかな?」


 にーっこりと頬笑んでそう言う野良に、狼は憮然とした視線を投げたまま、標準を外す。そのまま外さないで、撃ち殺してしまえばいいのに、と抹茶は密かに笑った。

 そんな抹茶の様子にはもう大分慣れてきたので、狼は気にせず、何となくむかついたのでもう一度野良の金的を蹴り上げて、救護班の者に手当を願う。

 少しの間悶絶してから、野良は別の救護班から沢山の救急手当てのグッズを貰い、礼を言ってから、狼を振り返る。

 儚い笑みを浮かべてから、表情を冷たいものに一変させて抹茶を見遣る。抹茶は抹茶でその笑みに一切動じず、ただにこりと笑いかける。


「またね、ジャム」


「何だ、知ってたの、その名前。精々これじゃなく別の雌おとすの、頑張ってよ。面白そうだから」


「だって、そりゃ職が職だもの。獣人だって僕は殺した。……流石は皆の恐れるジャム様。どんな状況でも楽しむんだね? でも彼女の傍にハエみたいに飛び回っていると、うざいからハエ叩きしちゃうよ?」


「それが出来るのか、おめーに。動物と魔物相手にしてきたなら、この名前の意味、判るだろ?」


「……敵に回したくないけど、彼女の隣に居て良いのは、僕だけだ」


 これらの会話は一切獣人語なので、狼には判らないし、狼はもう興味を失っている。

 野良に目をやることもなく、ただ救護班の者の問いに答えて、手当を受けている。


「内部分裂は兎色の獅子だけの特技じゃないんだよ?」


 負の感情を見せたまま微笑み、それから手をひらりとふって、野良は救護室を出て行った。

 その背を居なくなるまで見届けると、抹茶は、獣人語で呟く。


「……同胞、同類大量殺しをそのまま見過ごせるほど、こっちだって甘くねーんだよ。人間より、同族を大事にするんだ、こっちは」


「抹茶? どうかしたか? いい加減離れてくれないか?」


 狼が迷惑そうにそう問いかけると、抹茶は目を潤ませて、甘えてみるが、狼には通じない。救護班の狼の手当をしているものは、可愛いと呟いて悶えているのに。

 こういうところが、面白いのかも、と抹茶は微笑み、内心呟いた。


「何かないです」


「……抹茶、あのな、……その、言いにくいが」


 狼が何処かばつが悪そうな顔をして、自分から視線をそらしながら自分へ言葉を投げかける。何かを頼もうとしているのは、……普通の人間相手になら勘づいただろうが、狼相手では予想もしなかった。狼は最初に会ったときから警戒心が強かったから。


「……うん?」


「冒険中、動物から情報を貰え。今軍が何をしてどんな状況にあるか。……もし、アルテミスが少しでも変な動きをしていたら、……教えてくれ。ただで、とは言わんから」


「……――え?」


 狼が、自分を頼ってる。

 一気に全身鳥肌が、抹茶を襲う。恐い。恐い。それほど、狼にとって野良という人物は油断ならない人物なのだろう。それと、よほど負けたくないか。そりゃ、抹茶にとってその賭けは厭なものだけれど、まさか自分を頼るなんて。

 疑り深そうな視線を送ると、狼は憮然としたまま溜息をつく。


「僕だって、お前に頼むのは厭だよ。でも、陛下が直々に命ぜられたのなら、舞台から降ろせないし、彼には能力が備わってるのは事実だ」


「……報酬は、何になるです?」


「そうだな、キャベツ一玉ってのはどうだ」


 自分を完璧動物扱いしている。否、確かに動物だし、キャベツは大好物なのだが。

 狼が思いっきり嫌がることでも、頼んでみようか。


「……冒険中兎のまま、いいです。一緒寝る、するです」


「……千鶴と庵に止められてるから、もう胸元には入れんぞ」


「抱きかかえるです、枕元で一緒に寝るです」


「……――うーん」


 必死にそれを否定する理由を考えている狼。その顔が見たくて提案したことだ。

 兎は気づいていない。


 その提案も、心から望んでいることに。


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