血の鎖に捕らえられている
「御大将、一つ目の代償は判ったのですが、もう一つの負けた代償はその時は何だったのです?」
千鶴が少し話題を逸らそうとしてみた、が……狼の動きが止まったような気がした。抹茶は訝しんで、顔を覗き込んでみる。
すると、あの日のような、真っ赤な真っ赤な顔で、屈辱的な表情を浮かべていた。
「……女としての僕」
その言葉を聞くなり、抹茶は未だ見ぬ野良という男を脳内で、処刑していた。
「おめー、ばっかじゃねぇの!!」
嫉妬心から、思わず獣人語も出てしまう。
獣人語で物凄い剣幕で説教されても、千鶴も狼も判らないが、千鶴は溜息をついて「もうちょっと大事にご自身を扱いましょう」と叱っていた。
例え大事な上司でも、もうすぐ三十路なのだから、それは経験が無ければおかしいし、自分は昔の男に関して口出す権利は無いが、それでも少し口出ししたかったので、千鶴は一言だけで叱った。
居心地が悪くその話題から離れたかったので、狼は、庵のもう一つの報告の話題を切り出した。
「真雪は二人の……黒蜜と蜂蜜の庇護下にあるって?」
「え、あ、はい。庵の推測では、もしかしたら育てたのが自分を人間と偽った魔王二人ではないかと。そして、その魔王の脅しで真雪に何かしたら死者を大量に送り込むとか、幽霊の世界へ脅したのかも知れない、とのことです」
「お前はどう思うんだ?」
「残酷との言葉に理由がつきますね。餡蜜が逃げたのも判ります。でもそれならば、普段の冒険で魔物を殺しているのは残酷ではないのかと、問いただしたいです。つまりは親の同族を殺させているってことでしょう? それは道徳的問題ではないのですかね?」
「正論だな。多分魔王達の意志は、こうじゃないのか。自分たちと同じ地位にある者を倒せば、自然と次の狙いは自分たちとなる。その行動が、残酷、なんだろ。他の魔物は、どうでもいいんだ。直接関係ないから」
その言葉にあんまりだ、と言おうとして、千鶴は狼の何処か、自分を見ているようで自分を見ていない何とも言い難い笑みを見つめ、嗚呼、と唸り、すみませんと、それ以前の言葉を口にする前にそれを考えたことを謝った。
否、考えるくらいはいいのだろうけれど、口にする相手が、それこそ「残酷」だ。
(他の、同じ種族がどうでもいい結果の職業だ、殺し屋は。御大将は環境の所為か、それとも自分で選んだのかは知らないが、その職業を選択した。そんな人に、残酷だと文句を言うのは、この人を批難しているのと同じになってしまう)
千鶴は殺し屋が別に好きではない。正直に言うと、恐い。それが正常だろう。だが、目の前のこの人が何年後かに殺しに来たとしても、自分はきっと昔話をして最後には笑って死ぬだろう。貴方の下で働けて幸せでした、御大将、と最後に彼女へ敬礼して受け入れるのだろう。それとも、その後のこの人を心配するのだろうか、泣きはしないかと。
殺し屋をやめて此方の職業や冒険者に本格的につくほうが、きっと自分には嬉しいこと。騎士になりたいのなら、義父に相談して養子にして貰い、彼女に修行をさせることも可能だ。もし、同職になったのなら、きっと楽しいし、心強い。
だけど、この人はそれを言ってもやめることはしないのだろう。苦く笑って、考えておくとだけ言ってすませるだろう。
暗殺業が一番、自分の腕を生かす職業だから。
輝けるときだから。
抹茶の言葉を思い出す。
血に呪われている。血の鎖で縛られている。
その意味が、何だか今初めて理解出来たようで、悔しいので、抹茶を睨み付ける。
――もし、仮に、その血の鎖を断ちきれるとしたら。
――それは、自分でも、庵でもなく。
――真雪、なのだろうな。
真雪保護軍という存在があって、狼は殺して奪う側から、守って生かせる立場に回った。
真雪という存在は、幽霊にも魔物だけでなく、自分や、きっと同じ目線の庵にとってもこんなに影響力があるのかと、少し戦慄いた。
(御大将を普通の人間に出来るのは、あの子供だけだろう)




