狙った邂逅は、計画通りに。
……ちゃんと、噂が流れて真雪のパーティに届いたと確認して、三日目。そろそろ行き先を決める頃合いだろう。情報によると、悩んでいるらしい。千鶴曰く「あとは誰かが背中を押せば大丈夫」だそうだ。
片手に兎を抱えて……。本当なら、この兎を地面に叩きつけたい。甘えてすり寄ってくるこの兎を砲丸投げのように投げ飛ばしたい。腕の中を心地よさそうにして目を閉じているこの兎をサッカーボールのように蹴り飛ばしたい。他の動物や、抹茶でさえなければ動物に対してそんな歪んだ考えは持たぬのに。とか、物騒なことを考えている、総司令官。そんな内面を見せず、とりあえず庵から学んだペット愛好家の抱き方をして、街をふらつく。
真雪が一人で外をうろついている時に出歩いたので、当然……真雪と出会うことになるのだ。
「狼さん!」
声をかけてくるのは、向こう。そうでないと、自然ではないと皆で決めたので、真雪が数回自分を呼んでから、漸く気づくフリをする。
振り向くと、頬を紅潮させて、必死に此方へ向かってきているのが判る。
手をふってきて、健気に、そうこういうのを健気というのだろうと狼はうっすらと思いながら、エセ健気の手元の兎をちらりと見遣る。兎は素知らぬ顔だ。
「狼さん、偶然ですねっ」
「嗚呼、君はこの間の……助けてくれて、有難うな、この間は」
にこり、と恐くないように見える愛想笑いを浮かべてみる。真雪は、えへへと純粋に照れて笑う。庵の言葉を思い出す、こういう反応をしてきたら、憧れていると言うことだ。
何だか申し訳ない気分だった。本当は、暗殺者なんだ。本当は、真雪を守る軍の総大将なのだ。それが言えないもどかしさは、堪えるくらい出来る。感情を出さないように努めるのは、手元の兎を撫でるより容易い。
「あ、今日はペットが一緒なんですね。名前、なんですか?」
「あーっと……」
なんだっけ。あまりの憎らしさで忘れていた。事前に決めた名前を。
視線を彷徨わせる。その先にあったのは、肉屋の屋台だった。
「肉」
狼は口にしてから、微かに思い出す。そう、確か肉っぽい名前だ。あ、にっくん、にっくんだ。
「え……? しょ、食料、ですか?」
「え、あ、いや、違う、違うんだ、にっくん。にっくんだ」
くんってことは雄かー、と興味津々な目の前の子供を見て、どう対処したらいいのか少し躊躇うが、事前に考えていた台詞を口にする。
「此処では何だし、この間のお礼もしたい。何処かで、食事かお茶、しないかい?」
「え……?」
真雪はその言葉に、目を見開き、少し顔を赤らめた。庵が言っていた。こういう反応をしてきたら、好きということだ。
(ショタコンじゃないから、大丈夫だ)
それに三十路だし自分。笑顔が眩しく見えるのは、きっと今まで邪悪な笑顔(※この兎とか兎とか兎とか)ばかり見てきたからだ。
神聖。そう、神聖なのだ。何かが輝いて見える。幽霊達が庇護したくなる理由が、何となく判った気もする。この子供は、神聖だ。……かといって、世界を脅して良い理由になるとは思えない狼は、溜息をつきかけてから、自分を見つめる真雪に苦笑を向ける。
「厭かな?」
「いえっ、全然! あの、実は、俺、貴方と話してみたいって思ってて……あ、別に変な意味じゃ……ナンパじゃないですよ!?」
慌てふためくこの子供が可愛くて、思わず自然に笑っていたら、兎が蹴ってきた。
軽く兎に殺意を感じつつ、子供に行こうか、と声をかけた。
そして、後ろの方にいる部下へ視線を一瞬向ける。その意味は、「第一試練成功」だ。
部下は頷きはしなかったものの、それは他の部隊へと伝わるだろう。そして店員が全員自分の軍の人間という店へと案内する。
勿論、庵や千鶴は、居るわけがない。彼らこそ、絶対に存在を臭わすことすらしてはいけないのだ。
店は甘さが控えめのデザート類を売りにしている店だった。
今日は貸し切ってそしてそれを内密だと店主には言ってある。貸し切りの際に、狼と真雪、そしてもしかしたら来るかも知れないので彼のパーティメンバーだけは来ても追い返さないように言ってある。
中には様々な年格好の偽客と、偽店員がいた。
「わぁ、なんだか素敵なお店ですね」
「子供には甘いものだろ」
「子供扱いしないでくださいよー」
けらけらと不満げに笑いながらも、真雪は偽店員に席を案内されそこへ席を着く。
自分も……つきたいのだが、このままでは不自然だろう。飲食店に、動物。
「あの、この店は動物が居ても大丈夫ですか……?」
そう思い、店の偽店員に少しだけ心配そうに聞いてみる。
「大変申し訳ありませんが」
そう、これが当たり前の反応。仕方がない、と頷き、真雪ににっくんを外へ出しておくよ、と言って、外へ放り出す。そして、真雪には聞こえない声量で「抹茶、会話を記録しろ」と命じる。
瞬く間に人の姿へなった抹茶も、何処か不満げな顔をしていた。
「もうちょっとろーくんの胸の暖かさ、知りたいです」
「四回死ね、エロ兎」
小さな声で、それでも特大の殺意を込めて短くそう言うと顔を切り替えて、真雪の方へ向かって、微笑みかける。
「――ふーん」
抹茶は親しげな二人を見ているだけで、苛立たしかった。いっそこの作戦をばらしてみようか。
それによって困る狼の顔を見たいし、真雪の怒るであろう姿も見たい。
だがその際にばれたと責任追及で、自分は免除されるし魅了技で操って逃げ出せばいいだろうが、ただの人間、ただ血生臭い人間の狼は処刑されるだろう。……彼女が死ぬのは厭だなァと思ったので、大人しく会話を獣人語でメモることにした。……その途中でふと、思いついた事柄は内緒だ。
一方店の中、何を頼もうか、任務を忘れて真剣に悩んでいる狼の姿があった。
真雪の方もどれも素敵なデザートが多そうで、真剣に悩んでいる。
「季節限定か、タルトだなぁ……」
「……このチョコクリームも美味しそうですよね」
「最近の菓子は、贅沢だな」
「決まりましたか、狼さん?」
「うん、僕は季節感より常日頃にあるものを選ぶ」
「リンゴ風味クリームタルトですね? じゃあ、俺は……うーん、やっぱりチョコクリームのショートケーキで!」
決まりだな、と頷き店員に注文する。そしてその際にお冷やを出されたので、タイミングが遅いと視線だけで軍兵に叱る狼。店員は畏まりましたと、それはメニューをなのか、ただ謝罪を受け入れた意味なのかそう言うと、立ち去って厨房に歩んでいった。
「……その、この間、の、殺された方は、大丈夫ですか? 供養なされましたか?」
言いにくそうに、だけど気になったのだろう、真雪が真剣な顔をして、首を傾げた。
率直だ。やはりこの子供は、純情なところがあると自分の見抜いた性格に頷いて、嗚呼、と少し顔を俯かせて人の死が悲しい顔をする。
本当は、代わりなんて幾らでもいるので、悲しいわけではない。人はいずれ死ぬし、この軍が解散した後、もしかしたらこの軍の一味だった者を暗殺しに行くかも知れない。だけど、居なくなるのは寂しいが、死ぬのは悲しいとは思えなかった。千鶴と庵を抜かせば。
嘘は嫌いの癖に何やってるんだか、と思いつつも演技を続ける。
「彼は、ね。長年の僕の友人でね……昔から二人で育ってきて、僕は彼を兄のように慕っていた」
「……お悔やみ申し上げます。あの、話しづらかったら、無理しないでくださいね?」
「……いや、誰かに聞いて貰った方が楽だ。……この街には、彼を知っている人は居ないから」
そういって、笑うのも計算。その計算高さは、抹茶から教わった。
尤も、ただ観察していただけだったが。本人は、真雪を相手にする演技だと判った途端教えなくなったのだ。何を拗ねているのだろう。
「葬式を、ちゃんとしたい」
「……出来ないのですか?」
「……僕は、金が、あまり、その……」
嘘だ。なかったら、暗殺者などしていない。有り余るほど金はある。はっきり言おう、そこらの成金よりは金はある。
ただ、その金の殆どは暗殺の必要経費に費やしているのだが。
「……だから、誰か魔物を討伐してみたいんだが、誰かと組むのが苦手なんだよ」
「……――ふむ」
「それに、賞金も高くないと山分けで十分な金を得られないだろう?」
「……――そう、なのですか」
彼はきっと心の中で、噂を思いついているのだろう。でも、そう簡単に魔物殺しを勧めるようなタイプには見えない。危険だからだ。一般人には魔物退治は。だから、自分はあまり一般よりではないことをすり込ませなければ。




