褒められ慣れてない狼
「次の冒険先が判りました」という明朝の会議の報告を受けて、総大将は頭を抱えた。
「あのパーティは自分の力を過信している!」
狼は深い深い溜息をついた。
皆も溜息をつきたかった。何せ、次の冒険先は、餡蜜の居る縄張りと目と鼻の先なのだ。
あわよくば、他の魔物を狩りまくって賞金を手に入れようと考えているのだろう。
「表向きの目的は、その付近にいる中堅クラスの魔物でしょうね」
「……護衛が大変だな。真雪が餡蜜に会っても、餡蜜は逃げるだろう。……だがなぁ、僕らの存在に気づき、僕らが誰を目的に動いているかばれる。向こうにとっても、真雪が特別な存在ならば」
「……ばれるのを覚悟で行くしかありませんよ、御大将」
副将となったと皆へ報告したら、認められ、皆からその地位を大切にするように言われ、頷いた千鶴は、その足で、上司と二人だけで話し合いを。
「……僕と抹茶を単独行動で餡蜜討伐しにいって、千鶴達でその間に真雪達を護衛するか……」
悩んでいる彼女に、声を荒げて、千鶴は反対をした。
抹茶は危険だと、既に脳にインプットされているし、餡蜜相手でさえ大変だ。
「抹茶は危険すぎます」
「危険だが、恐れられている。真雪も恐れられている。真雪が恐れられているのなら、お前らに向かおうとはしまい。真雪が居るのなら。そして、単独の方には抹茶が居るから、向こうは抹茶を恐れている、抹茶の方に注意が行く。自然、戦い合うことになるわけだ」
「その作戦は、無茶しすぎです。抹茶を信用しすぎています。抹茶が向こうへ裏切らない保障がありますか!?」
「……ないな、全く」
「裏切った瞬間、御大将だけで対処出来ますか?!」
「……無理だな」
それは先日思い知った。首を絞められ、死ぬかと思った。それは普通の人なら、油断していたからだ、と言い訳をするのだが、狼は自分の力量不足だと既に思っている。
自分の力量を補うには、軍全員でリンチするしかないのだ。それも一人の時に。
真雪を保護しつつ、尚かつ餡蜜へも注意を引きつつ、リンチする方法……。
狼は考え込み、天井を見上げた。
「……自分を過信してるパーティ……その過信を利用出来ねぇかなぁ」
「……――失礼ですが、今何と?」
「……あいつらは」
そういって、天井から千鶴へ向き直る。まだ、考え途中なのであまり口にしたくない提案だが、興味を持たれては仕方がない。千鶴も真剣に此方を見ている。
「あいつらは、自分を過信している。その過信を上乗せして、餡蜜を討伐……させることは出来ないだろうか」
「……――うーん」
「それなら、真雪を守りつつ密かに餡蜜を共にぼこぼこに出来る。そして彼らは自分の力で倒したと思うだろう。抹茶も居るから、何かしら行動を制限出来るだろうし」
「……策は?」
「……考え途中だ。ただの戯れ言のようなものさ」
「……いえ、戯れ言にしては、中々良い案だと思います。流石、我らが御大将!」
犬のような目で、きらきらと此方を尊敬の眼差しで見られている。
そんな目を向けられても、考え途中の提案で、そんな目をされても、困るのだが。
未完成の作品を褒められている感じで、どことなく厭だ。
狼は顔を顰めて、まだ考え途中なんだぞ? と、首を傾げた。
すると、千鶴は、噴き出して、それから立ち上がる。他の者へ通達し、相談すべく。
「何のための自分たちですか。御大将一人の作戦ではないのですよ。あとは自分たちで何とか策を練ってみます」
少し、その言葉に感動したと言ったら、この男は驚くだろうか。
自分が一人ではないと言われるのは初めてで。そして、一緒に作戦を考える人物達が出来るのも初めてで。考え途中の物を形にしてくれようとしてくれる者が居るなんて初めてで。
心の奥が、痒い。
「……御大将?」
「う……」
「顔が赤…」
「うわぁあああああああ!」
狼は真っ赤な顔を片手で隠し、立ち上がり、照れくさいのか、物凄い勢いで部屋を出て行った。
ぽつんと残された千鶴は、どうしたのだろうか、と首を傾げたという。そしてそれを庵に相談して、庵は笑ったという。
駆け抜けて、庭先にまで来た。何処から此処まで辿り着いたかなんて覚えていない。
ただ、通り過ぎる度に会う人たちが自分を不審な目で見ていて。
其れもそのはず、あの狼が耳まで真っ赤にして、そして叫びながら走っていたからだ。
庭先にまで来ると、滅多にしない息切れをして、動悸を静まらせようとした。
どうしてだ。
どうしてなのだ。
何でこんなに嬉しいのだ。