千鶴の意志
「御大将、はっきり言います。貴殿の右腕になりたくはあるのですが、……自分には情に弱いところがあると思うのです」
考えに考えて出し抜いた答えだった。
考えた割りには、何処か情けない言葉だったが、それでも狼はそれを励ましたりはしなかった。
ただ、自分の思った言葉を伝える。
「お前と会ったのは、何時だったかな」
「え、あ、数年前かと……」
突然の問いに千鶴は首を傾げて、それがどうしました、と少し戸惑った。
戸惑う彼に狼は我関せずといった感じで話を続ける。
「最初に会ったとき、お前は一番下っ端の騎士だった。異国の出だから、と、舐められていたな」
「……よくご存じで」
千鶴はそう苦笑する。千鶴は、浅黒い肌が何よりの証拠で、騎士の修行をしたとはいえ、元は庶民の出なのだ。それを理由に辛い風当たりを痛感していた時期だったと思う。その頃は。今では、その誠実な人柄で少し慕われるようになったものの、最初この城に来た頃は小さないびりが続いていた。そもそも騎士というのは、剣の腕だけではなれず、顔の良さと、教養と、「家柄」があるのだ。どうしても騎士になりたかった千鶴は、自分の知ってる貴族達に何回も養子にしてくれと頼み込んで、養子にして貰い、騎士の修業をした。だが、手に入れた家柄を偽物と罵られ、元から持っていた剣の腕も未熟だと言われ続け自信を無くしていた。
そんなとき、声を王女のモネにかけてもらったのだ。
優しい声で、柔らかな笑みで。泣きそうになったことを覚えている。王女はもう覚えていないだろうが、あの時のことを自分はハッキリと覚えている。
それ以来、女性という者に弱くなってしまったのが、情けないところだが。
“異国のこと、故郷のこと、話したくなる時があったら、話してくださいましね?”
……母国のことを懐かしむ気持ちをどうして見破られたか。それは未だに判らないが、それでも確かにそれは嬉しかった。
少しの回想も、すぐに現実に返り、狼を見遣る。
狼はタバコを吹かせていた。
「僕はな、その時のお前の力をよく知っている。騎士は全員暗殺リストにも入っているからな」
……自分が、狼の暗殺リストに? 今知ると、ぞっとする事実。皆には内緒だ、と狼はその後で付け足した。
「だから、今のお前の成長が、目に見えて判るんだ」
「……御、大将」
「剣の素振りも早くなったし、動きも礼儀正しいお坊ちゃんから本能で動くようになった」
あれほどの腕の主、そして同じ剣士として認められ、これだけ嬉しい褒め言葉があるだろうか。
狼は、実力に関しては嘘は言わない。それを知っているからこそ余計に嬉しかった。
「暗殺者に向いてるとは言えないけど……まぁ、言われたくないだろうけど、でもまぁ、うん、お前の腕は僕が保障する。この軍の中で、僕の次に良い剣の使い手だ」
「……ッ有難う御座いますッ」
感極まり、千鶴は思わず椅子を倒しながら立ち上がり、狼に敬礼をしてしまった。
狼は、それを見て苦笑して、敬礼はするなと言ってから、行こうか、と立ち上がる。
千鶴の返答は、聞かずとも判る。
きっと、自分の下で、誰よりも一番身近な場所で働きたいと申し出るだろう。
狼は、最初に此処で千鶴と出会ったときのことを思い出す。彼はきっと覚えてないだろう。
それは確か身長は今よりも彼と差が出ていなかった頃だろうか。
その時は国認定になりたてだった。そして、部屋で待たされ紅茶を飲んでいたのだ。
“狼様ですね、初めまして。此方で仕えることになりました、千鶴と申します”
“僕に挨拶せんでもいいだろう”
“……え、あ、その、すみません…。あ、じゃあ僕は行きますね。あ、それと、そこに置いてある紅茶、早く飲んでください。今が美味しい頃合いですから。香りも味も”
この男の瞬時にタイミングを見計らう目に、目をつけた。
タイミングが何より大事、それはきっとこの軍の支えとなろう。そんな男を副将にせず誰を副将とする? あの大臣は慎重すぎて、考えに決断が遅い。遅すぎる。それは大臣としてはいいのだが、現場を動く副将としてはどうかと思うのだ。