力尽くで黙らせろ、という意志
明朝の会議で、狼は責められっぱなしだった。
「何故姿を見せた」「何故そのまま死ななかった」「何故真雪に助けられた」「それでも、暗殺者か」。暴言の嵐。それも仕方がないので、狼は甘んじてそれを受けて、ただ苦くタバコを吸った。
その度に庵と千鶴が状況説明をして、彼らを説得しようとしたが、今こそが自分が総大将になり彼女を蹴落とすチャンスだと見たのか、ここぞとばかりに狼は責任追及された。
「じゃあ、聞くが――」
千鶴が普段の威厳のある騎士らしい態度と口調で、彼らを睨む。
「この中で、御大将を殺して、魔物に立ち向かえる勇気のある者は?」
「自分なら殺せます」
「自分も魔物なんて斬れますよ!」
「嗚呼、そうか。じゃあ、餡蜜も倒せるんだな?」
その言葉で一気に静かになり、重い空気が舞い降りる。それに狼は苦笑する。庵は千鶴を少し見直してから、千鶴に続けて言葉を発する。
「餡蜜、黒蜜、蜂蜜の、三大魔王が向こうには居りますわ。此方には、抹茶と、人間の有名どころでは何方が居るのかしらね?」
にこりと妖艶に笑い、そう言葉を続ける彼女。誰も何も文句は言えなくなった。
「裏家業の方と話す機会が多いけれど、狼様は伝説級の噂でしてよ? 狼様ほどの有名さに立ち向かえる?」
「勇者」が居る、と言いたいが、それは此方の軍勢ではないし、王も許可しないだろう。
魔物が相手となるのなら、勇者が向いてると誰もが思う。だがそれと同時に、勇者でも未だ倒せていない魔王を相手に生き延びた狼の強さを思い知る。
「責任は、辞任でもいいけどな、その後誰が指揮を執りたい?」
執る、ではなく、執りたい? と訊くことで、誰が魔王を相手にしたいかと問うているのだ。
勿論、誰も何も言えない。
自分が魔王を相手に生き延びる自信が無いからだ。狼でも苦戦するのに。それまであった自信は儚く消え散った。と、思ったが、一人の部隊長が手をあげた。
「自分が執りたいです」
誰も手を挙げないと思っていた千鶴と庵は狼狽えたが、狼はふぅんと頷いて、席を立ち上がる。
「じゃあ、僕と殺し合うか、お前」
「ええ、何事もやってみないと判りませんから。もしかしたら、噂だけの人物かもしれませんし? 運がいいだけなのかもしれません。よくあるじゃないですか、小さな喧嘩が大きな喧嘩に見られるって」
「嗚呼、そうだな。そうかもしれんな。それに、男と女だ、力の差があるかもしれんしな」
「いい加減にしろ! 王が頼る程の人材に、自身が敵うと!? 自惚れだ! やめておけ! 御大将、貴殿も煽らない!」
千鶴が即座に立ち上がり、机を叩き怒鳴る。それを目線で狼は制する。久々に鬱憤晴らしが出来る。人を殺せる、そう思うと、狼は凶悪的な笑みを浮かべて、此方へ、と会議していた部屋から内部が見える別の部屋へと連れて行った。
その部屋は、数秒で血生臭い匂いがしてきた。
狼はタバコを吸ったまま。それも、息切れもしてないし、呼吸を大きくしていたわけではない証に、タバコは通常の減り方をしていた。片腕だけで切り倒し、タバコを吸ったまま切り倒した。
――自分に私的に反発するものは殺せ、と言っていたな、と千鶴は思い出した。
まさに、この光景が、それを本気で言っていたことを象徴している。
身の毛がよだった、千鶴。庵は、またしても死者への祈りを呟きながら、自業自得だと思った。人間の中で誰よりも恐ろしいのは、この二人が判っている、一番。
きっと、会ったときから。でも、この人のほんの少しある優しさにも縋りたかった。統率力もきっとこの中では一番にあると思った。
「なぁ」
会議室に戻ってきた狼に、千鶴と抹茶と庵以外の部隊長達は怯えた。
「この話はこれで終わりでいいと思うのだが、どうするか? あいつ、確か物理攻撃対策部部隊長だったよな?」
つまりは、この中で一、二を争うほどの攻撃面での達人だったと。それが赤子扱いだ。
狼は、溜息をついて、どうする、と一同を見遣る。
「……魔物を斬れるとか、皆言ってたよな? 任務、誰がつく?」
これぐらいの嫌味は言って良いだろう、千鶴は一同を睨む。牽制する。この方を怒らせるな、と。
重々しい空気で一人だけ喜々として見遣っていた人物が居た。抹茶だ。抹茶は、笑いを抑えるのに必死だった。
滑稽だ。酷く滑稽だ。先ほどまでは皆でこの雌の血生臭さに気づかず、蹴落とそうと必死に罵っていたのに、今では血生臭さに気づくと怯えて命令に従う。
劇は、やはり楽しいものであるべきだ、と抹茶は内心毒づいた。
「ぶ、物理担当者は後で検討しますッ」