第六話 シルヴィアの恩返し
「ふぅ……。ようやく落ち着けるな」
ダンジョンから帰り、長い一日が終わる。
俺は寝る準備を済ませてベッドに横たわった。
明日は教会で中級冒険者任命の式があるらしい。
それが済んだら、この家ともお別れだな。
三日間だけだったけど、住み心地はわるくなかった。
感慨にふけっていると、小さくドアをノックする音が聞こえてきた。こんな夜中に誰だろう。
ドアを開けると、そこには薄い白のワンピースを着た女の子が立っていた。
「――シルヴィア!? こんな時間にどうしたんだ?」
いつもと違う格好に少しどきっとしながら俺は言った。
シルヴィアはなにか思いつめたような顔をしている。
「……ユートに……用があって」
俺に用だって? 大抵の事なら近くに住んでいる姉のアリサに頼めばなんとかなるはずだ。
わざわざ俺のところにまでくるなんて差し迫った問題でもあるのだろうか。
「外で話すのもアレだし、とりあえず中に入りなよ」
俺はシルヴィアを部屋の中に案内する。
「ココアでいいか?」
「……うん」
二人分のカップにココアを注ぎ、机の上に並べた。
「それで俺に用事ってのはどんなことなんだ?」
カップに手をかけ、ココアを飲みながらシルヴィアに聞いた。シルヴィアは少し間をおいてから口を開く。
「わたし……体……売りに来た」
ブッ――!! 俺は驚いてココアを噴き出してしまった。
「ごめん、何を言っているのかよくわからないんだけど……?」
「ユート、体を売れって……お姉ちゃんに言ってた。わたし……ユートにお礼がしたい。でもわたし、何も持ってない……だから……体……売る」
情報屋と話していた時のことだな、シルヴィアにも聞こえちゃってたのか。
「あのな、あれは冗談で言ってただけであって――――」
「……本当?」
「勿論だよ。……本気で言ってると思われるなんて、もしかして俺の印象って最悪?」
「……そんなこと……ない……ユート……かっこよかった」
シルヴィアは上目遣いで目をぱちくりとさせて俺を見つめている。
「ははっ、それならよかった。ついでに俺は仲間を売る程外道じゃないと認識を改めてくれるとありがたいな」
「……うん……わかった」
素直な返事に、改めてシルヴィアはいい子だなと感じた。
「そういうわけだ、体を売るなんてもう言わないでくれよ」
俺は笑顔でシルヴィアの頭を撫でた。
「でもわたし……ユートや……お姉ちゃんみたいに活躍出来なかった……。だから……」
いつも通りのたどたどしい喋りで言葉を紡ぐと、シルヴィアは目をつぶりながらスッと背伸びをして俺に顔を近づける。
「――シルヴィア!?」
俺が驚いて声を上げると同時に、シルヴィアはそっと俺の頬に口づけた。
「これで……おしまい……。わたし……売り切れ……。もう体売るなんて……言わない」
シルヴィアは顔を俯けて言った。
その顔はかすかに紅潮している。
きっとこれはシルヴィアの精一杯の感謝の気持ちなんだろう。俺はもう一度シルヴィアの頭を撫でてお礼を言う。
「ありがとな。シルヴィア」
再びシルヴィアは顔を赤らめ、照れくさそうにしている。
「……うん……わたし、そろそろ帰るね」
その後、俺はシルヴィアを家まで送り届けた。
「さて、今度こそ本当に一日が終わりだな」
雲一つない夜空を見上げて俺は一人で呟いた。
なんだか可愛い妹が出来たみたいな嬉しい気持ちを抱えながら自宅へと帰ったのだった。