断罪され系令嬢の、華麗なるヒミツ!
テスト勉強のストレス発散に書き殴った。むしろ、後悔しかしてない。
今日からなのに……どうしよう。
ここは、とある剣と魔法の世界にある、比較的中堅どころの某王国が運営する学園。生徒のほとんどは十二~十五歳の貴族たちで、約一割ほど金持ちの商人の子や教会の成績優秀者が在校している。この世界では、ありふれた形態の学園だ。
そんな学園で、今、一つの事件が起きている。
現在の季節は夏。
辛かった期末テストが過ぎ去り、悲鳴と怒号が飛び交う地獄絵図的なテスト返しが終わった日。茹だるような暑さに頭が半分ほど溶かされ、あと数日で待ちに待った夏季長期休業期間を迎えようかと言うとき、それは始まった。
「ルナティア=ヴァナルガンド、貴様は身分を笠に着て特定の生徒に対して危害を加えたそうだな?
訴えを得て、先日の生徒会で議論した結果、処罰投票にて賛成多数で“学園追放”が決定した。
よって本日より三日間を猶予期間とする。出来るだけ早く荷物をまとめて学園から出ていくように!」
放課後、図書室でのんびり読書を楽しんでいた私の目の前で、生徒会長──もとい、第一王子殿下が声高々にそう宣言なされました。ここ図書室ですよ、煩いです。
ちなみに殿下は傍らに子猫のように可愛らしい令嬢を一人、背後に他の生徒会メンバー引き連れておられます。皆様美形過ぎて目に痛いです、あと三メートルほど離れていただけないでしょうか。
あと、後ろの方々──不思議なことに今期の生徒会は全員男性です──の視線がとても威圧的です。むしろ射殺さんばかりに睨み付けておられます。何故でしょう?
確かに、私はルナティア=ヴァナルガンドで間違いありません。……ありませんが、“特定の生徒に対して危害を加えた”とは一体何のことやら。そもそも、私はあまり他人と関わってないのですが。
「お前、何とか言ったらどうだ?」
今、発言なされたのは書記の方、たしか宮廷魔導士長のご子息だったでしょうか。淑女に向かって“お前”とは、言葉がなってませんね。ペケ1です。
そして、私は何も言わないのではなく、言えないのですよ。声を出すといけないので。まぁ、それを伝えるのは簡単ですが、もう少し様子を見てからにしましょう。
「とぼけたって、ムダムダ~」
「そーだよっ!しょーげんだって、いっぱい集まってるんだっ!」
次に元気よく叫んだのは庶務と広報のお二人、どっちがどっちかまでは分かりませんが。現在の騎士団長には双子の息子がいると聞き及んでいるので、おそらく彼らのことでしょう。鏡合わせのようで、正直似すぎです。
あと発言の内容はさておき、その間の抜けた口調はどうにかできないのでしょうか。将来、騎士団を背負っていく(かもしれない)者のとしての自覚と威厳が足りないですね。
「いえ、きっと驚きのあまり言葉を失っているのでしょう。まったく、愚かにもほどがあります」
銀縁眼鏡をクイ上げしながら私を罵倒したのは副会長、宰相様の弟君です。おそらく、冷徹そうな言い回しやピンッと伸ばした姿勢は宰相様の模倣なのでしょう。
なかなかクールに見えるのですが、言ってることが的外れなので減点です。残念ですが。
「────我らが神はいつも全てを見ておられるのだ。罪人が、罰を逃れることは叶わぬ。観念せよ」
最後は会計、この方は教皇様の養子(我が国の国教では、聖職者は清らかな身である必要があり、結婚などは出来ないのです)だったと記憶しております。ですが、彼が盲信(?)している神はどこの神でしょうか?少なくとも、我らが神たちは自然神ですし、天罰を与える類いのことはなさらなかったはずですが。
……あぁ、余談ですが、我が国は多神教です。
全く見に覚えがないことで散々言われているお陰で、いつもの半分しか読書が進んでおりません。もうすぐ長期休業期間なので、この図書室が利用できなくなる前に読み溜めておきたいのです。つまり、邪魔するのは止めて欲しいのですが……。
「ひ、ひどいわ!また無視するのですね!
ワタクシに……あ、あんなに恐ろしいことをしたって言うのに!」
子猫令嬢が突然嘆きだしましたね。……いえ、そもそもこの方は令嬢なのでしょうか?私は同年代の令嬢には一通り会ったことがあるのですが、この方は見覚えがありません。
それならば、教会の推薦入学者か金持ちの商人の子でしょうか。そういえば、第一王子殿下が最初に“身分を笠に着て”と、言っておりましたし。たぶん合ってると思います。
ですが、やはり私はこの方に会ったことがありません。……私、何かしたでしょうか?
「こ、この期に及んでまだ何も言わないの!?────なら、いいです。ワタクシが教えて上げますわ。
貴女はワタクシの教科書を破き、私物を棄て、ドレスを引き裂きましたわ!その上、ワタクシのっ……ワタクシの大切なブローチを……」
「あぁ、すまない。……辛いことを思い出させてしまったな」
……はぁ、やはり分かりません。
王子殿下は慰めておられますが、この方の言ったことに一つも身に覚えがないのです。そもそも、私には無理です。だって──
「はい、そこまで。
……いい加減、茶番はお仕舞いだよ」
グダグダになりかけた場に響いた明朗な声、少し甲高い幼さを残すそれは、学園に所属する者なら誰でも知っているものです。……いえ、ちょっと言い過ぎかもしれません。身内贔屓です。
ですが、それも仕方ないのですよ。
なぜなら、何を隠そう声の主──アースティル=ヴァナルガンドは私の弟なのです。まだ八歳なのですが、あまりの天才っぷりに特別に入学を許されています。今年からなので学年はまだ一年生ですが。
入学以来、常にテストは一位ですし、風紀委員でもすでに副委員長を務めています。う~ん、さすが私の弟。偉いです。
今もにっこにこの笑顔を張り付けて、周囲に冷気を振り撒いてます。あ、比喩ではなく、本当に冷たいです。……ここが図書室なのを忘れてしまっているようです。本が傷みます。天才で大人びているとはいえ、まだ子どもですから。ちょっと冷静さが足りなかったようですね。仕方ありません。
[こら、ティル。魔力を抑えないと、本が傷むでしょう]
「────っ!ごめんなさい、姉上。頭に血が上っていたようです。
……ですが、それほどに今回の件は目に余るのです」
すかさず私が念話を送ると、ティルは素直に答えてくれます。やっぱり良い子です。
ちなみにその頃、生徒会メンバー+謎(おそらく平民?)の少女は魔力だだ漏れのティルに戦慄し、震え上がっておられました。……魔力を抑えたのに、彼らの身体に付いた霜が消えてないのはわざとでしょう。
そうそう、念話はティルだけに送ったので他には聞こえてませんが、端から見れば突然私に謝ったように見えるティル対して反応がないと言うことは誰も気づかなかったようです。なら、このまま続けても大丈夫かしら。
[ところでティル、私……全然状況を把握出来ていないのだけど]
「……あ、そうですね。姉上、鈍感ですから。ここまで気づかないと、いっそ残酷なのですが。
では、改めて。
いいですか?姉上は、そこの女に陥れられようとしていたのですよ。
そいつは自分が“悲劇のヒロイン”になるために、姉上のことを“悪役令嬢”といって、実際には無かったことをさも本当のことのように吹聴して回っているのです。普段の姉上を知る者は鼻で笑って信じてませんが、よく知らない者────特に、平民の生徒は噂を鵜呑みにしがちです。
さらに、うちは公爵家ですから、他の貴族家が泥を塗るため火に油を注いでいるようですよ」
あ、そうですか。
いわゆる冤罪のと言うものですよね、それは。確かに普通の貴族家なら他家を陥れる手段としてはそこそこ有効ですが、うちはその限りではないのです。契約がありますからね。
「……っ!ウソよウソよ!!ひどいわ、ティル君!ワ、ワタクシは……ホントに……っ」
「……煩い、僕を“ティル君”と呼ぶなと何度言ったら分かるんだ。馴れ馴れしい。
こっちはあんたが立てた根も葉もない噂の火消しで、疲れてるんだ。姉上との話に割り込むな、礼儀知らずめ。恥を知れ」
あらあら、ティルが久しぶりに本気で怒ってますよ。ちょっと怖いです。表情も笑顔仮面が剥がれて、暗殺者みたいですね。
でも、確かに平民が公爵家の者の会話に割り込むのは、マナー違反です。授業でやったでしょう。……あ、そういえば、私が念話なので会話になっているように見えないのでした。すっかり忘れてましたが。
生徒会メンバーは未だ黙ったままです。……もしかして、調査とかしていなかったのでしょうか。ただ、生徒からの訴えを鵜呑みにして。それで、今更冤罪の可能性に気づいて固まってらっしゃるのだとしたら、もう手遅れです。馬鹿ですね。
「だいたい、なぜ姉上があんたのような女に嫌がらせしなきゃならないんだ?意味わからん」
「そ、それは……っ、ルナティア様が、嫉妬しているからですわ……」
嫉妬……嫉妬ですか、ますます分かりません。私は確かに嫉妬したことはありますが、少なくともそれがこの方に向いたことはありません。勘違いも甚だしいです。
そもそも、私はこの方の何に嫉妬したと言うのでしょう。
あ、ティルも鼻で笑ってます。かわいいです。
「ル、ルナティア様は……ワタクシが殿下たちと仲良くしているのが気にくわないのです。
────殿下のことを、好いてらっしゃるから!」
「「「「「「「……はぁっ!?」」」」」」」
え、えぇと……何がどうしてそうなったのでしょう?私、実は学園内で殿下と会うのは本日が初めてなのですが。三年通っててです。
それ以外の茶会や夜会では、お姿を拝見したことはありますが、私の中での殿下の存在価値は庭の薔薇と変わりません。つまり、アウト・オブ・眼中ですよ。想いを抱くことはないです。
って、殿下……何故そこで顔を赤くしておられるのですか?まるで、「き、気づかなかった……」みたいな顔なされても、勘違いですから。後ろの方々もこっちをチラチラ見ないでください。鬱陶しい。
さすがのティルもこの発言には驚いたようで、思考停止状態になっているようです。口が半開きになって、目が真ん丸です。かわいいですが、直しなさい。
あぁ、誰か何とかしてくれないでしょうか。
「……くくっ、くは、くははっ!
────あぁ~、アホらし。ルナがアンタ程度の女に嫉妬するわきゃねぇだろ。なぁ」
き、ききき救世主の登場です!お、遅いですよ!!まったくもう!
でも、今日も彼はカッコいいです。サラッサラのアッシュオレンジの短髪に冬空のように澄んだ瞳、世界中の乙女が歯軋りして羨むような真っ白な肌をしておられますが、身体はしっかりしてとても力強いのです。素晴らしい。
彼は私の後ろに回ると背面から覆い被さるように抱き締めてくれました。ついでに頭に顎をのせています。ちょっと苦しいですが、嬉しいです。
なぜかティルが若干苦々しい顔をしてますが、いつものことなので大丈夫でしょう。
「ソ、ソルフレイム殿下っ!?何故、ここに……」
「何故?
そりゃアンタ、俺のかわいいルナが変な輩に絡まれてるって聞きゃあ、飛んでくるのは当たり前だろ?」
きゃあぁ!もう、素敵です!ソル!!
ちょっと見ないうちにまた逞しくなりましたね。筋肉の厚みが増してます。ガッチリしてて、頼り甲斐がありますよ。
これで昔は病弱王子なんて呼ばれていたと、誰が信じるでしょうか。
あ、ソルは第二王子殿下だったのですよ。第一王子殿下とは、腹違いで庶子なため公では“弟”ということになってますが、実際はソルの方が兄です。半年差ですが。
最近は彼の風紀委員長としての仕事が忙しすぎて会えなかったのですが、予定より早く会えましたね。今回の事件のお陰でしょう。
「“俺の”……?ソルフレイム、一体どう言うことだ?」
「どうもこうも……レイ、ルナは俺の嫁だからな」
「「「「「「よ、嫁ぇえ!?」」」」」」
皆様、またもや声がハモってらっしゃいます。
ですが、これは本当ですよ?私はソルの妻です。入籍したのは、ほんの二ヶ月前ですが。
この国の法では、十五歳を成人として結婚や飲酒が許可されるのです。そして、私たちは現在十五歳。ソルも私も運良く早生まれなので、ソルが誕生日を迎えて十五歳になった三日後に結婚しました。まだ式は挙げていないのですが、学園を卒業したら挙げる予定です。
「そ、そんな……私は、私は聞いてないぞ!ソルフレイム!!」
「はぁ?俺がレイに言うわきゃねぇだろ。馬鹿か。
そんなことしてみろ?オマエ、俺を心配するあまり、小舅よろしくルナに張りついて、そのままルナの良さに気づいて変な好意を持つに決まってるだろ!
てか、俺が婚約者の存在を隠した時点で察しろよ!」
「ぐうぅ、私のソルフレイムが……」
これでお分かりかと思いますが、第一王子殿下は極度のブラコンでいらっしゃいます。現場を拝見するのは、私も初めてですが。
ソル曰く──とある事件の後、体調を崩してしまったソルのお見舞いに来た第一王子殿下が、その様子に大変心を痛められ以後、過保護になったことが始まりのようです。
まぁ、幼い頃のソルは深窓の姫君も真っ青なほど神秘的なか弱さがありましたからね。そんな弟を見れば守ってあげたくなるのも分かります。実際は兄ですが。
今ではワイルド系……とまではいきませんが、高貴な獣のような強さがあります。なお、神秘性は失われてません。凄いです。
「な、何でこんなことに……。ワタクシはっ、アタシは……
────はっ、分かった!あなた、闇の魔法を使かったのね!それでティル君とソル殿下を操ってるんでしょ!?」
……言い掛かりです。そして、口調が変わりましたよ。
あ、補足ですが、この世界には魔法というものが存在します。貴賤に関係なく、大抵の人は一属性ずつもってます。どれくらい使えるかは個人差がありますが。
属性の種類は火・水・土・風・光・闇の六種です。ちなみに私は珍しく風と闇の二種持ちです。ついでにティルも水と風を。……私たちの場合、風の方は正確には魔法とは違うものですが、基本原理が変わらないので“魔法”ということにしてます。隠していないとはいえ、我ら一族の秘密ですから。
あら、でも……私は二種持ちであることは隠してませんが、風と何の二種持ちかは明かしてませんよ。何故知っているのでしょう?
「ふふっ、何故って顔してるわね。
アタシには分かるのよ……だって、光属性だもの!」
六属性うち、光と闇は稀少種です。
闇の方からは分からないのですが、どうやら光の方からは闇属性の持ち主が分かるようです。初耳ですが。あれ?それなら何故、彼は……まぁ、これは一旦置いておきましょう。
しかし、闇の魔法で人を操るとはどう言うことでしょうか?
「……おい、アンタそれマジで言ってるのか?」
「マ、マーレ?君はまさか……本当に」
「嘘……だろ?マーレ、冗談だと言ってくれ」
「マーレちゃん~、変なこと言わないでよ~」
「そーそっ!ここは、ふざけるとこじゃないってっ!」
「マーレ嬢。貴女の明るい性格は美点ですが、少々場を考えましょうね」
「────無邪気なる天使も罪なものだな」
「ソル殿下!もう大丈夫ですよ、アタシの魔法ですぐに解放して差し上げますからね!
皆も心配しないで、アタシが守るから!」
「────本当にこいつ、授業聞いてたのか?僕もう、いっそ帰りたいのですが。
あ、もちろん姉上を連れてですよ」
私も帰りたいです、ティル。
ですが、そろそろ誤解を解いておかないと実家に帰ったときに迷惑がかかりそうですね。まったく、困ったものです。
[あの、皆様。少々よろしいでしょうか?]
「「「「「「「……っ!?」」」」」」」
「あぁ、姉上。全員に繋げたんですね。やっとですか」
「ルナ、すまんな。俺らだけじゃこの場は収拾できんかった」
[大丈夫ですよ、ソル。貴方も疲れてるのに、ごめんさない]
「いんや、ルナに久しぶりに会えたからな。こっちも大丈夫だ」
私の夫は優しいです。そして甘々です。なので、頭頂部が顎でグリグリされて痛いのは見逃してあげましょう。
さて、読書時間を削られた恨み。晴らさせていただきましょうか!
[まず、初めに。私はこの方と面識はありません。本日が初対面です。生徒会の方々も、学園で直接会うのは初めてですよね?
そこのところからよろしくお願いします]
「……ウソよ!アタシたち、廊下でいつもすれ違ってたわ」
「わ、マジありえねぇ。まず初っぱなからダウトかよ」
「まったく、どうやって廊下で姉上とすれ違うのだか。不可能です」
[はい、その通りです。私、廊下は歩いてないので会えませんよね。
教室移動は“瞬間移動”を使っているので、同じクラスにでもならない限り、貴女と接触する機会はありません。残念ですね。
そして、次ですが。私が貴女に嫉妬していると言う事実はありません。第一王子殿下に懸想をしていると言うことも。私の愛は九割ソルのものですから]
「おい、ルナ。全部じゃないのか?」
[しょうがないでしょう。残りの一割の半分はティルに、そして四分の一ずつ両親にあげちゃいましたから]
「姉上、僕にももう少し振り分けてください。ソル義兄上の十八分の一とか、泣きそうです」
「まぁ、それじゃ仕方ねぇか。ヴァナルガンド公爵たちには、いっつもお世話になってっし。
というか、レイを第一王子殿下って呼んでるっつうことは……もしかして、名前覚えてねぇのか?」
「……えぇっ!?」
[えぇと、その……さっきからソルが“レイ”と呼んでるから……たぶんですが分かります。推測ですが。
ちなみに、その他生徒会の方々とかは分かりません。もちろん貴女もです]
「「「「「……ぐはっ!!」」」」」
「な、何でよ!」
[私、家族以外はソルしか興味ないので。あ、でも第一王子殿下は、義兄(いえ、義弟?)になるので覚えなくては。
そして、最後に。闇魔法ですが、人を操ることはできないですよ?]
「え?」
「その通り。闇属性は稀少だが、同じく稀少な光属性と違って大したことは出来ないんだぜ。なぁ、セヘル」
「あ、あぁ……闇属性でできることは影移動と認識妨害、誘眠だけだ。それも、そこまで大きな効果はない。
世間で闇属性の邪悪と呼ばれる所以は、この三つが暗殺に向いているかもしれないから、というのを父上が言っていたよ。
しかし、あのヴァナルガンド公爵家が暗殺を必要とすr……」
「そこまでです、セヘル様。そこから先は、事態をややこしくしますので。
……というわけで、姉上に人を操る力などないのですよ」
「そ、そんなぁ……」
あら、へたり込んでしまわれましたね。
この方は案外メンタルが弱いようです。ついでに頭も。おそらく裕福な商人の娘なのでしょう。教会推薦者がこの事を知らないわけがないので。
生徒会の方々も視線があっちこっちを彷徨っておられます。勘違いに今更気づいてばつが悪いのでしょうね。しかし、この事は後で各家に報告するので、お説教などを覚悟しておいた方がいいと思います。もしかすると、それ以上に恐ろしいことが起こるかもしれませんが。
「ふ、ふふ、うふふ……っ!そうよ、これはバグ。アタシは悪くない、ヒロインだから。何も、何も間違ってないの……!
間違ってるのは、あなた────ルナティア=ヴァナルガンド!あなたさえいなければーーーっ!!」
ついにおかしくなったようです。この方、まさか自分を本当にヒロインと思っているのでしょうか。だとしたら、かなり恐ろしい思考回路を持っておいでです。
って、構えてる魔法。もしかして“光線”じゃないでしょうか?
……こんなところであんな魔法を使うなんて、許せません。もう、頭にきました!
「っ、ちょっ!ルナ、ストッ────」
『δВαΨε、βη´ηЛο´Χ´!』
「くら────ぇ?」
「あぁ、やってしまいましたね、姉上。一応、そいつは稀少な光属性なのですが……もう、使い物になりませんね」
あ、つい喋ってしまいました。
……えぇと、実は私の声にはなにやら強制力?のようなものがありまして。発言した全ての言葉が別次元の言語に変換されて、言葉の通りのことが起きてしまうのです。これは我が国では“神言”と、そして異世界では“言霊”と呼ばれる現象だそうです。こうなったのは十一歳の頃、入学前からです。
今回は“δВαΨε”が効いて、自称ヒロインさんの魔法が消えたようです。……というより、彼女の魔法能力そのものが消えたかもしれません。
つまり、二度と魔法を使えないと。
「ルーナー?“神言”には、気を付けろって言ったよなぁ?」
[ご、ごめんなさい!ソル!!つい、やっちゃったの!
後で何でもするから、許してぇえーーーっ!!]
「……ふぅん?まぁ、今回は不可抗力だしな。それで許してやるさ。
それはさておき、ルナ。耳と尻尾が飛び出てるぞ」
[へ?────うひゃん!]
あぁもう、恥ずかしい……。つい興奮して耳と尻尾を出してしまいました。
一度出してしまうと、半日は戻せないのですよ……。
「な、何それ……まさか、獣人!?」
「ちげーよ、アホ女。ヴァナルガンド公爵家は、幻獣の一族だろーが。
……まさか、これも知らねぇのか?」
「この国の常識なんだが……マーレ、君は一体学園で何をしてきたんだ?」
「レ、レイ殿下まで……!」
[やっぱり、知らなかったのですね。
……ティル、貴方さっき試していたでしょう?]
「さっすが姉上!良く分かってらっしゃる!
セヘル様の言葉を遮ったのは、これが確認したかったからですよ!」
そう言ってティルもぴょこっと耳と尻尾を出しました。尻尾が全力で揺れてるので、機嫌が良いようです。かわいいです。
ティルは私より幻獣としての血が弱いようで、耳と尻尾の出し入れがすぐにできるのが羨ましいです。ちなみに先祖返りのせいで私は原初の幻獣とほぼ変わらない力を持っています。正直、制御が大変です。だからこそ“神言”が降りてきたのかもしれませんが……。
「てかよ、レイ。ルナは“学園追放”が決定しちまったんだっけ?生徒会がろくすっぽ調査もしなかったせいで」
「う……そ、それは、その……だな」
「どーせ、例の証言とやらもでっち上げだろーがな。……んでもって、宣言した以上、撤回もできないわけだ。アホすぎる。
なぁ、ルナ。だからさ、いっそもうこれを機に、学園を卒業しちまわねぇか?俺と一緒に」
「「「「「「「「えぇぇっ!?」」」」」」」」
なるほど、妙案ですね。
そもそも普通、学園に在学中に結婚した他の令嬢方は中途退学していますし。私はソルに頼んで国王陛下の許可を得たので通ってましたが、正直ソルと一緒にいるためだったので、ソルが辞めるなら辞めてもいいのです。
……あ、ティルの耳と尻尾が垂れてます。その上「せっかく一緒だったのにっ!」って顔してますよ。かわいいですが、罪悪感が……。
コホンッ、それは後で本人と話すことにして……ソル、学園を“辞める”なら分かるのですが、“卒業”とはどう言うことでしょう?
「ソルフレイム、卒業とは?まだ、今は時期じゃないだろう」
「いんや、出来る。我らが親父殿に頼めばな。
なにせルナも俺も成績はぶっちぎりだし、単位が足りない分は、いままでの“ツケ”を返せと脅せば足りるだろう」
ソル、貴方……陛下を脅迫するつもりですか。
確かに私たちはそれぞれ個人で陛下に“貸し”がありますが、このために使ってしまうのはちょっと……。
あ、ちなみに不敬罪の方は気にしなくてもいいのです。ぶっちゃけ我が家の方が、王家より格上だったりするので。表向きは臣下として従ってますが、我ら幻獣は初代国王との契約の下、この国の守護をしているに過ぎないのですよ。
「(ルナ、早く卒業すれば長く新婚旅行に行けるぞ)」
[────っ!分かりました、卒業します!]
「待て待て待て!ソルフレイム、ルナティア嬢。“成績は~”とはどう言うことだ!
君たち、いままでに一度も十位以内にも上がったことがないだろう!学年一位は、ずっと私とエルダーがとっていたしな!」
「え、えぇ……確かにそのはずです」
「あれ?気づいてなかったのですか、殿下にクルエルダー様。
成績が発表されるのは、入学前に“成績公開”を許可した生徒の分だけですよ。ちなみに姉上たちは入学以来、ずっと満点です」
「「なっ……」」
「ってことで、問題ねぇわけだ。……ルナ、荷物は後で送らせるから。今日から家に帰っちまおうか。
あ、次の風紀委員長はアースティル=ヴァナルガンドを推薦しとくわ。頑張れよ、ティル」
「……くっ、仕方ありません。姉上の幸せには代えられませんからね」
「うし、交渉成立だな。
細けぇ指示は後で家から送るから、俺らはもう帰るわ。じゃあな」
[皆様、さようなら。お元気で]
「お、お待ちください!ソルフレイム殿下!」
「……あ、言い忘れてたが、今の俺はソルフレイム=ヴァナルガンドだ。
ヴァナルガンド公爵家に婿入りしたからな。もう“殿下”じゃねぇんだ、あばよ」
「「「「「「「はあぁぁぁっ!?」」」」」」」
その後、ルナティアとソルフレイムは馬車に乗って、速攻で公爵領の家に帰っていった。そして、宣言通り卒業をもぎ取り、ついでに国王の毛も毟り取った。
後日、ルナティアを犯人に仕立て上げようとした平民の娘・マーレは、退学処分。実家には帰れず、娼館行きとなった。
その他の生徒会メンバーは自宅に帰った後に説教からの自室軟禁。通常の五倍の量の宿題を課せられ、終わった後は各自実家のある領内にて無料奉仕活動をさせられた。休業期間中、ずっとである。
アースティル=ヴァナルガンドは、夏季長期休業期間が始まるギリギリまで委員会の仕事に明け暮れ、実家に帰ると同時に義兄・ソルフレイムに決闘を挑んだ。
ちなみに結果は、偶然通りかかったルナティアを怒らせたことによる痛み分けだった。
そして、あれから半月後──
[ねぇ、ソル。私、けっこう本気で“何でもする”って言ったのに、これで良かったの?]
「あぁ、ずっと待ってたんだ。ルナと、外の世界を見て回るのを」
──半月後、二人は新婚旅行で隣国に来ていた。お供も監視もつけない、正真正銘の二人きりの旅行である。
今、二人は少し高い宿に泊まっており、明日はどこを回ろうか決め終えたところだった。
[そう、なんだ……何か照れるな]
「……ふ、ルナが俺に言ったんだろう?『外に出たいか』って」
[え、嘘……分かってたの!?]
「気づいたのは、半年ぐらい前だったけどな。……ルナは昔から変わらないな」
[そう……そう、なのね]
「嬉しいか、ルナ?」
『────φφ¨、Жπ¨ωЙ』
二人の時間は、これからもゆっくり流れていく。
たまにおかしなことに巻き込まれることもあるが、それもまた人生の醍醐味なのだ。
いつか来る最後のときに「幸せだった」と笑えるなら、それで全てである。
閲覧、ありがとうございました。
↓↓↓以下、蛇足↓↓↓
☆キャラ説明☆
・ルナティア=ヴァナルガンド
今作の主人公、きっと国内最強女子。
髪は青銀で、目は金と黄緑のオッドアイ。昔は目も髪も別の色だったが、大分色が変わってしまった。
色が変わる前にソルフレイムと会ったことがあるが、本人は気づかれていないと思っていた。
・アースティル=ヴァナルガンド
主人公の弟、かなりのシスコンだが天才。
髪は水色と藍色で目は金色、昔のルナティアと同じく現在髪色が変色している途中である。
ソルフレイムは義兄として認めているが、やっぱり姉にとっての一番の座を奪っているので、反発したくなる。
・ソルフレイム=ヴァナルガンド
主人公の夫、もはやルナティア至上主義。
オレンジアッシュの髪に、空色の瞳。昔は女の子ようだと言われていたが、今では男前。
子どもの頃に誘拐されたことがあり、そのとき助けてくれた子を心の師として、次に会ったときに恥ずかしくないように鍛えていた。
・レイフレイム第一王子殿下
主人公の義兄(弟?)、極度のブラコン。
金髪碧眼。ありがちな王子さまタイプだが、ところどころが残念すぎる人。
弟を溺愛するあまり主人公のことはノーマーク。知っていたら恋をしていたかもしれない。
マーレのことは気にかけていたが、好きだったわけではない。
・クルエルダー副会長
冷徹ぶってる銀縁眼鏡男子、宰相の弟。
銀髪翠眼。レイフレイムとは乳兄弟で、公私ともに支えている状態。そんじょそこらのカノジョより献身的。
マーレのことはレイフレイムの癒しになればと放っておいたが、失敗だったと猛省している。
・セヘル書記
若干ヤンキー(笑)っぽい奴、宮廷魔導士長の息子。
赤髪灰眼。マーレのことは割りと好きだった。理由は口調が荒くても気にしなかったから。
・アオソス庶務
マイペース系騎士見習い、騎士団長の長男。
茶髪紫眼。マーレことが好きだった。だが、最後に狂ってしまったところを見て、最近は女子が怖いと思っている。
ちなみに怖いランキング一位はマーレ、ルナティアは殿堂入りをしている。
・イピオス広報
溌剌系騎士見習い、騎士団長の次男。
茶髪紫眼。マーレことは嫌いではなかった。最後に狂ってしまったところを見て、その人間らしさに僅かに好意側に動いた。
たまに娼館に行ってマーレを指名しているようだ。
・フィエル会計
厨二病狂信者……と見せかけた天然男子、教皇の養子の一人。
紫髪赤眼。マーレの傍にいたのは、生徒会の皆がいるから。マーレに限らず、女子のことは“天使”と表現する。事件の後からルナティアのことは“獣姫”と呼ぶようになったそう。
・マーレ
実は転生者な自己中女子、今世は豪商の娘だった。
桃髪茶眼。この世界を乙女ゲームの世界と信じて疑わず、最初から違う部分があったのにも関わらず、全て無視していた。
今は娼館では、そこそこ売れて楽しく暮らしているらしい。