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【短編集】気ままに新たな自分を探して

在りし日に平穏を

作者: 春風 優華

 彼が、死んだ。

 事故だった。それも、誰を恨んで良いのかわからない、悲しい事故。

 運転手が急に発作を起こし、ハンドル操作を誤って街路樹に衝突。側を歩いていた彼も、それに巻き込まれた。

 運転手、彼、そして後部座席に座っていた子どもはすぐに病院へ運ばれた。間も無く、運転手の死亡が確認される。子どもの、母親だったそうだ。

 子どもは幸いなことに、軽傷とは言えないが打ち身と骨折で済み、脳にも異常はなかったという。その子どもは今、私の傍で泣いている。私の手を握りしめ、離さない。子どもの側にいるのは私だけだった。シングルマザーで、いわゆる身寄りがないというやつらしい。

 私だって、泣きたいさ。

 心の底で黒く渦巻くものを必死に抑えて、無表情を装いおとなしく子どもに手を貸してやる。

 彼は、病院に運ばれた当時まだ息があった。しかしそれも僅か、数時間後には呆気なく死んでしまった。その間私は、ずっとこの子どもに寄り添っている。

 なぜ、赤の他人の子を気にかけるのかって?

 そんなんじゃない。これはあくまで、私なりの責任の取り方というやつだ。

 この子は私が助けてしまったのだから。

「ママ……」

 小さな声で呟き、しゃくりあげ、嗚咽を漏らし、体力のある限り涙を流す。子どもは素直でいい。私も彼の手を握りながら泣きたいよ。でもね、そんなことしたって現実が変わるわけはないんだ。無駄なんだよ。

 頭の中では、未来をどう生きていくかを必死に考えているんだから。

 そうして、私の出した結論は、この子を引き取ることだった。母を亡くし、親戚のいないこの子の行き着く先は容易に想像できる。可哀想な子ども。いっそ助けないほうが良かったのだろうか。あの燃える車内に残しておいた方が、この先の辛い未来を思えばよほど幸せだったんじゃないだろうか。

 分からない。けど、この子が施設より私の側を選ぶなら、少しでも幸せな未来を与えるべきではないだろうか。

 実家を飛び出し都会に出て、なんとか今までやってきた私。大勢の人に揉まれながらも、職を持ち、それなりに頑張って日々を過ごしていた。そんな中で、彼とは出会ったのだ。付き合い始めて二年弱、結婚の話も出ていた。ただ、彼の両親は田舎者の私を嫌っており、折り合いが悪かった。この事故は、駆け落ちすら考えていた時の出来事だった。

 彼が目の前で跳ねられ、すぐさま警察と消防に連絡した。頭から血を流す彼に寄り添おうとして、ふと悲惨な姿の車に視線を向けると、恐怖に怯えきった顔の子どもがこちらを見ていた。なぜか体が自然に動いて、ドアノブに手をかけ叫ぶ。

「危ないから、早く出て来なさい!」

 子どもは動かない。動けなかったのだろう。思い切って、ドアノブを引いてみた。開く。鍵が開いていた。視線を運転席に向けると、運転手の手が後部座席のドアロックに触れている。咄嗟に、ドアを開いたのだろうか。もしくは衝突した後、朦朧とする意識の中で子どもだけは助けようという意思が働いたのか。

 なんだっていい、とにかく、車内は危険だ。さっきから嫌な臭いがする。私は座席に身を乗り出して震える子どもを抱え上げ、すぐに避難した。間も無く、車から火が上がる。運転手まで助け出すことは、私一人の力では不可能だった。子どもを抱いたまま、私は立ち尽くす。それから数分もしないうちに消防が事故現場に到着し、火はあっさり消し去られた。

 その後のことは分からない。私も、子どもと一緒に病院に来たのだから。

 彼には、事故以来会えていない。手術中に駆けつけた彼の家族が、私を見て一言、疫病神と言った。近づくな、寄るな、汚れる。そんな目で睨まれて、平然としていられる人間はいるのだろうか。

 だから私は、子どもの側にいる。もしかしたら、病院の者には兄弟か何かのように見られているのかもしれない。

 私は、一人ならばこの先も生きていけるだろう。今の仕事をそのまま続け、彼と同棲していた家は出て安いアパートを探す。新たな出会いだって、まだ期待してもいい年齢だ。焦ることはない。

 しかし、どれもこれも‘一人ならば’の話だ。

 腹部に軽く手を添え、目を閉じる。彼の両親には伝えていないが、私の体には生命が宿り始めていた。そして今、彼の両親にはもう告げられないことも悟っている。私はこの子を育てなければならない。

 幸いなことに、実家の両親は、何も言わずに家を飛び出した私を、見捨てず、いつでも戻って来いと言ってくれている。今がその時だろう。本当は、彼を連れて挨拶に帰る時が、次に田舎を訪れるその瞬間だと思っていたのに。そう悠長なことも言っていられなくなったな。

 この子と、この子どもと、田舎でなら二人とも育てられる。都会よりもずっと空気はいいし人々の心も豊かだ。物価だってここにいるよりは多少安いし、部屋はたくさん余っている。仕事は、両親が経営している印刷所を手伝えばいい。まだまだ現役だったはずだ。難点といえば、車がなければどこへも行けないとこくらいか。元は田舎育ちの娘、そのくらい大した問題ではない。

「お姉さん、ごめんなさい」

 子どもが、私を見上げて呟いた。まだ辛いだろうに、しかしもう泣いてはいなかった。

「どうして謝るの」

 そんなに怖い顔をしていたのだろうか。

「だって、僕のママが、お姉さんの大切な……」

 こんな子どもに気を遣わせるなんて、情けない大人だ。この事故は、誰も恨めやしないから、みんな辛いんじゃないか。

「お姉さんなんて、もう言われないと思ってた。ありがとう。けど私ね、もうすぐお母さんになるの」

 わざと大げさにお腹をさすって見せると、子どもは少し目を丸くした。

「君は、この町に何か思い残したことはある」

 尋ねてから、こんな難しいこと聞いても分からないかと自分に突っ込む。

「気にしないで。君、名前は」

「健司だよ。健康を司るんだって、ママがよく言ってた」

「そう。ねぇ健司、この町じゃなくてもいいなら、私と一緒に暮らさない?」

 そうして私と健司、お腹の子は、はるばる電車を乗り継ぎ、五時間かけて私の田舎へやって来た。

 両親にはあらかじめ連絡を取り、全て事情を説明している。駅では車で迎えに来た母親が、笑顔で私たちを受け入れてくれた。

「あんたが一人で抱え込まず、すぐ私たちに相談してくれて良かったよ。本当に、ずっと心配してたんだから。しばらくは家のこととか気にしないでゆっくりしなさい」

 母が私に耳打ちする。その言葉に、私はやっと安心できた気がした。田舎を出てからずっと不安で、やっと幸せを掴みかけたと思った矢先の事故。心は気付いていなかっただけで、もうとっくに限界を迎えていたのかもしれない。泣きはしないものの、体には被さった様々なものがすっと消え去る感覚に、自然と力が抜けた。

「ありがとう、お母さん」

 そんな言葉も、素直に発せる。

「何言ってんだい。大切な娘のことだから、私たちだって全力だよ」

 私よりよほど生気にあふれた母が、にかっと笑ってまっすぐ前を見つめる。都会では、常に何かに追われ擦り減っていくような気がしていたのに、田舎へきた途端、力を与えられた。私は生来、都会より田舎向きだったのかもしれない。

 若き日に意地を張って飛び出したあの頃の私は、随分と幼稚だったのだと今更思い返し苦笑する。本当に、私を愛し続けていてくれた両親に感謝しなければ。

「健司、私のお母さんよ。これからお世話になるから挨拶は」

 私の背中にひっついて離れない健司の背中を押し、無理やり前に出す。

「よろしくお願いします。山口健司、小学三年生です!」

 山口、それは私の名字であり、今は健司の名字でもある。これを聞いて母は、嬉しそうに目を細めた。

「あらあら、もうすっかりうちの子ね。よろしく、健司くん」

 そして、持ち前の明るさと会話力で、母と健司はすぐに打ち解けた。人見知りなところがある健司だが、母に対してはすぐに心を開いてくれたのでほっとする。

「健司くんは、養子にしたの?」

「うん。手続きとか色々大変だったけど、でも健司が施設より私の元が良いって言ってくれたからね。審査を抜けるのは案外楽だったよ」

「そう、良かった。私は、あなたがこういうことのために手間を惜しまない子に育って、本当に嬉しいの」

 母はまた微笑む。つられて私も、頬を緩めた。

 健司を真ん中に、三人で手をつないで歩く。幸せだと、そう思えた。

 きっとこの先も、たくさん苦しいことがある。私の選択のせいで、健司が辛い目にあうことも、きっとある。それでも育てよう。授業参観は何があっても行こう。本人が望むのなら大学まで出そう。家を出るというその時まで、私が面倒を見よう。

 お腹の子には、父がいない。かわいそうなことをしてしまった。それでも負けないくらいの愛を注ごう。健司も、この子を愛してくれるはずだ。そういえば、健司もこの子も父がいない。痛みを分かち合える、素敵な関係になれるだろう。私は両親に溢れんばかりの愛を今でも注いでもらっている。だから、たとえ我が子でも、父の無い者の気持ちを全てわかることはできない。だけど、健司がいれば、大丈夫だ。

 身重の私は、母の助けをふんだんに借りた。子を産んだその時から、全力で返していくことを誓って。父もまた、印刷所を手伝おうとする私を制し、健司の勉強でも見てやりなさいと安静にすることを勧めてくれた。

 だから、よく健司と近所を散歩した。健司はとても優しく、私の手を引きゆっくりと歩いてくれた。本当に辛くて動けない時は、私の世話まで焼いてくれた。健司の母親は、病弱だったのだろうか。小学生とは思えないほどしっかりしているし、なにより人の労わり方を知っていた。他人にも気を使える子どもだった。人の痛みを、本能で感じることのできる力を持っているのだろう。それで自分を、殺していないと良いのだけれど。

 しかし、そんな私の心配はよそに、健司はみるみる成長した。お腹の子を出産する頃には人見知りもしなくなり、印刷所の仕事まで覚え、また自分の意思ははっきり言えるようになっていた。

 産まれた子の名前は、健司につけてもらった。

 美香、女の子だ。

「お姉さん、かわいいね。僕、妹ができたみたいだよ」

 病室のベッド脇で私の抱く美香を見つめながら、嬉しそうに言う。だから私は、いたずらに微笑んだ。

「健司、妹‘みたい’じゃなくて、美香はあなたの本当の妹よ。仲良くしてくれる?」

「もちろんだよ! なんたって僕は、名付け親だからね」

 素直にはしゃぐ健司を見ると、なんだかとても落ち着けた。美香は、いい子に育つ。だって、こんなにいい子の健司が兄なのだから。私の父と母は、普通とは少し異なっている私たち親子の関係を、何も言わずあたたかく見守ってくれていた。

 喧嘩もした、叱りもした、うまくいかない現実に涙する日もあった。でも、不思議と後悔だけはしなかった。健司のいない生活は考えられなかったし、美香も健司がいなければ寂しい思いをさせることになっただろう。

 印刷所の仕事は、私が加わったことで活気が出たのか、他にも若い新人が何人か入り、前より忙しくなった。更に大学で学んだデザインの知識を活かせないかと色々試しているうちに、少しではあるが広告なんかも作るようになり、仕事の幅も広がっていった。あくまで田舎の小さな印刷所。それでも、町のみんなには重宝されているらしかった。

 仕事に子育てに、充実した日々を送っていた。美香はあっという間に小学生になり、今はまだ愛らしいけれども、将来美人になる面影をすでに見せている。そして健司は、今年二十になった。立派な大人だ。ありがたいことにこの年まで田舎を出たいとは一言も発さず、大学にも車で一時間半かけて通っていた。経済について学びながら、サークルは新聞部に入ったそうな。未だ、将来何をしたいかは聞けていない。それでも、いつか教えてくれるだろうと、私は黙って待つのみ。

「お姉さん、今いい」

「すぐ行くからちょっと待って」

 大学が休みでサークルもない日は、いつも印刷所を手伝ってくれる。この日も、大学は夏休み中だと言うのに、よく働いてくれた。本人曰くバイト代わりなそうだが、しかしバイト代もろくに受け取ってくれない。

「美香は?」

「学校行ってるよ。世の小学生はすでに夏休みは終わってます」

「そっか、今暇なの大学生だけか」

 そんなくだらない話をして、健司は急に改まり私に向き直った。

「お姉さん、僕は本当に、お姉さんに感謝してるんだ」

 ついにこの時が来たか。

 そう思い、覚悟はしていたものの急に寂しくなる。

 そして、最後まで‘お姉さん’だったなと悲しくなった。私はどんなに一緒にいても、健司の母親にはなれなかったのだ。あくまであの時助けてくれた‘お姉さん’のままなのだ。

「もう、三十過ぎのおばさんにお姉さんだなんて恥ずかしいよ」

 冗談めかして言ってみるも、健司は真剣な顔で答えるのだ。

「そんなことない。お姉さんはまだ若いし綺麗だよ」

 違う、そうじゃないんだとは、口が裂けても言えなかった。これは健司なりの気を利かせた言葉なのだから。

「それで、話って?」

 促すと健司は、少し緊張した面持ちになる。大丈夫、私はどんな言葉も否定したりしないから。

「僕がいることで、お姉さんは、忘れる幸せを感じることができなかった」

 思いつめたような、少し視線を下げて告げられた言葉は、あまりに私の予想に反していたため理解するのに時間を要した。

「僕を見るたびに、お姉さんはあの事故を思い出し苦痛を感じていたんだと、思う。僕がお姉さんに、辛い記憶を刻みつけていたんだ」

 そこでやっと、健司が何を思いこんな話を持ち出したのか分かった。

「何言ってるの。健司は大切な私の家族でしょ。あなたがいるから苦しいなんて、思ったことないわ」

「でも忘れられなかったのは事実だろ」

 それは、そう。私はこの十年、一度もあの事故を忘れたことはなかった。どんなに忙しくても、頭の片隅にはあの記憶があった。けど、それは決して辛いことばかりではない。確かに、跳ね飛ばされる彼の姿がふと再生され涙したくなる日はあったけれど、車の中に取り残された子どもを無心で救い出したことを思い出し安堵する日もあったのだから。あの時は、何が正しくて何が間違ってるなんて分からず行動していた。けど、今になってやっと私は間違ってなかったんだと思えたのだから。あの日の自分に、よくやったと心の中で呟いたこともある。

「健司、よく聞いて」

 私はこの思いを伝えるべく、真摯に向かい合い語りかけた。

「彼が亡くなったのは、確かに悲しいことよ。でもそれは、誰が悪いわけでもない、いわば運命だったの。私はもうその時のことを思い出し嘆くことはないわ。悲しいって気持ちは、あるけどね。でも彼は、ちゃんと私にも形見を遺してくれたじゃない。美香っていうとてもかわいい命ある形見を。だから、悲しい心はそのまま、大切な記憶として胸にしまっておくべきだと思うの。忘れることは確かに幸せかもしれない。けれどこの記憶を忘れるのは、寂しいことだわ」

 健司は、わずかに瞳を潤わせながら、おとなしく私の声に耳を傾けていた。私も、静かに続ける。

「それに、健司からもらった幸せもね、たくさんあるのよ。美香があんなにいい子なのも、健司のお陰。だから、忘れることが全てじゃないの。それを分かってほしい」

 ゆっくりと、しかし確かに頷いて、健司は私をじっと見つめた。

「お姉さん、ありがとう。僕、お姉さんに引き取ってもらえて、とても幸せだった。だから、その思いを、受け取った恩を、一生かけても返したいんだ」

 思わぬ申し出に、私は呆気にとられた。なぜなら、そんなつもりは一切なかったから。恩返しだなんて、そんな、むしろ私こそ健司には感謝しているというのに。

「私は、健司がしたいように、自由に将来を選んでいいと思ってる。だから無理して、恩返しなんて」

「これが僕のやりたいことだよ、お姉さん。この先もずっと、美香を見守り、お姉さんを助けていきたいんだ」

 嬉しくて、涙が出そうだった。こんなにも健司が、美香だけでなく私のことまで気にかけてくれてるなんて。でもそれが、命を救ってくれた‘お姉さん’に対する使命感なら、私は甘えてはいけない。健司を縛る枷には、なってはいけないのだ。

「それに、ここでの仕事は本当に楽しいんだ。だから今日は、お姉さんにその許可を貰いたかったんだ」

 屈託のない笑みを浮かべ、楽しいと言う。その言葉は、他のどんな言葉より素直で、そして全てだった。

 たとえいつまでも‘お姉さん’だとしても、健司が幸せならそれでいい。

「好きにしなさい。私はなんでも応援するわ」

 そうして二人で笑っていると、玄関から慌ただしくこちらに駆けてくる足音が聞こえた。

「ねぇママー、ちょっと聞いてよー」

 美香だ。小学校が終わって、走って帰ってきたらしい。

「どうしたの」

「作文! 今日発表だったの。ほんっと男子ったら失礼しちゃうんだから」

 今年小学四年生の美香は、どこでそんな言葉を覚えるのかなかなかに女らしく、また気も強かった。割とおとなしかった健司とは大違いだ。けど、優しいところはよく似ている。

「なに、なんか言われたの?」

 あまりの美香の怒りように、健司も気になったらしく続きを催促する。

「そう、そうなの、お兄さん!」

 美香の言うお兄さんとは、健司のことだ。健司が私をお姉さんと呼ぶのを真似して、幼い頃からずっとこの呼び方である。

「男子がね、国語の授業の後に話してたの。山口んとこはにいちゃんと血が繋がってないから、よそよそしい呼び方すんだろ。作文もどうせ嘘ばっかだって。酷すぎるでしょ?

だから言ってやったのよ。呼び方にいちいちこだわってるなんて馬鹿じゃないの。大事なのはなんて呼ぶかじゃない、私が相手をどう思ってるかだ! って。そうしたら噂してた男子がね、目見開いて固まってるの、もう最高に笑った。はーすっきりしたぁ」

 美香はそこまで一気にまくし立てると満足したのか、先程とは違いやけに上機嫌で二階の自室にランドセルを置きに行った。しかし、美香の言葉に目を丸くしたのはその男子だけではなかった。

 視線を健司に向けると、笑っていた。その笑みはまさしく、肯定を表していた。

 そして私はやっと気づく。なんだ、そういうことだったのかと。

 呼び方にこだわるなんて、この二人にとって、どんなにか阿呆らしいことなのだと。

 胸中でわだかまっていたものがすっと消え、新しい風が舞い込んだ。

「覚えてる? お姉さん」

「ん、なにを」

「あの日、ずっと握っていた手のひら」

 すぐに思い当たり、ああと頷く。

「僕、あの手があったから、悲しくて辛くて苦しくても、僕でいられたんだ。小さな僕は、泣くことでしか気持ちを表すことができなかったけど、それでも、泣いてとにかく発散することで、ちゃんと現実を受け入れ、母の死を乗り越えることができたんだ。だから、今の大切な家族になれたんだと思うよ」

 どたどたと階段を踏み鳴らし下りてくる音がする。そして背中に、小さな衝撃。

「ママ、今日の夕ご飯はなに?」

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 これは前期の課題で提出した短編になります。残念ながら成績は振るわなかったものの、せっかくなのであげさせていただきます。アドバイス等々ございましたら、またお聞かせください。

 正直書いたのがかなり前なので、今書けることは特にないですね。いつもみたいに後書きで語れない……。


 この作品を提出するにあたり協力してくださった方々、こうして読んでくださった読者様、誠にありがとうございました。


 それではまた。


2016年9月21日(水) 春風 優華

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