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アイナトリーの空の下  作者: メテム
悠久の時の流れに安らぎは眠る
9/14

第二話

 週末の私は相変わらず第一広場にいた。

 というよりも基本的に毎日入り浸っているので、今日も第一広場にいる、という表現のほうが正しいか。

 いつものように行商人の威勢のよい声を聞きながらくつろいでいる。

 今日はいつもに増して往来が多い。

 週末だからだろうか。

 まあ活気があるのは良いことだけれど。


 そういえばここに来る前ウィーで取れたリンゴを購入してたっけ。

 私は思い出し紙袋を漁った。

 ウィーで取れるリンゴは丁度シーズンで良い感じに熟れている。

 一つ口に含むと果肉の酸っぱさの中に蜜の甘みがあり、頬全体に刺激が伝わってくる。

 これはなかなかにして当たりだ。

 そう思っていると枕にしている愛馬が私の顔を舐めてきた。

 訝しって振り返るとどうやらリンゴを食べたいようだ。

 苦笑しながら私は愛馬の口にリンゴを放り込んだ。

 愛馬がリンゴを噛む度に頭をつけた腹がゴロゴロと動く。

 いいよ、いいよ。リンゴぐらい味わって食べてくれ。見上げる空は今日もまた晴天。これは愉快だ。

 

 しばらくぼんやりしていると、不意にリンゴの紙袋を漁る音がした。

 目を開けてみるとそこにはリンゴを手にニンマリと笑うレモンがいた。


「へっへー、メテム、美味しそうなもの持ってるじゃん」


 そう言うやいなやリンゴを頬張るレモン。

 食欲が旺盛で良いことだ。


「メテムさん、今日はこれから無名市ですよー」


 レモンの後ろからひょっこり現れたミストが告げる。


「あーなるほど、だから人通りが多かったのか。何かと思ってたのよ」


「ですです。メテムさんも行きましょうよ」


「そうだね、んじゃいっちょ見学にでも行こうか」


 そう返しながら私は起き上がり馬の背にまたがった。


 無名市は第一広場より距離が離れた東にある第二広場で行われる。

 ここは普段は出店などは無いけれど、近くに綺麗な池があるのでデートスポットとしては有名だ。

 今日は半年に一度の無名市ということでさぞかし賑わっているだろう。

 時間前に到着してみると出店の準備は終えているようで、すでに取引が始まっていた。

 私達も馬を近くに止め、掘り出し物が無いか物色し始めた。


 無名市にある商品は様々だ。

 この時期がシーズンのリンゴやオレンジ、それにパンやソーセージなどの日頃から見る商品は勿論、冒険者達の半年間の狩りで手に入れた戦利品やトレジャーハントの財宝などが集まってくる。

 中には本当に希少なお宝があるのでしっかりと見る価値はある。


「メテムさん、あっちにアクセサリーがありますよ」


 そう言って袖を引っ張りながらミストが案内した出店には、ところ狭しとアクセサリーが並んでいた。

 女性らしいミストがアクセサリーというので誤解されるかもしれないが、これらは日常のオシャレなアクセサリーではなく、戦場で役に立つマジック効果のついたアクセサリーのことだ。

 インビジビリティやテレポートなどが付与されていてとても戦場では役に立つ人気商品だ。

 試しに一つ手に持ってみたが、なるほどこれは確かに十分魔力が残っている。


「おや、メテムさん。こんにちは」


 手にとって見ていると、些か恰幅が良すぎる店主が声をかけてきた。


「これは結構貴重な品物なんですよ。ドレッドスターでドラゴンやワイバーンを一ヶ月の間集中して狩りをしていたパーティーがいて、彼らから卸された物なんですよ。だからマジック効果も高いんです」


 腹をさすりながら店主が告げる。


「ドレッドスターでドラゴンですって?」


 若干驚きながら答えた。


「そうなんです。最近の若いものは怖いもの知らずというか無鉄砲というか。何やらトレジャーハントでドラゴンスレイヤーのモールを手に入れたみたいで荒稼ぎしてたみたいなんです」


「そう、それはすごいのね。ドラゴンスレイヤーだなんてなかなか手にはいらないわよ」


「へへ、そうですね。それでどうです? 幾つか購入しませんか?」


 そう言ってアクセサリーを一つ嬉しそうに手に乗せる。

 普通の人より一回り大きい店主の手のひらに乗るアクセサリーは、相対的に小さく見えながらもしかし確かな輝きをみせていた。


「魅力的な品物だけど、今日は遠慮しとくわ。予備がまだ随分残ってるから」


「そうですか、それではまた頃合いを見て第一広場へ出店に行かせてもらいますよ。その際はどうぞよしなに」


 にこやかに笑う店主を背に残し私達は次の品定めへと足を向けた。


 それにしても本当に無名市は多種多様な商品が並ぶ。

 ターキーの丸焼きからデコレーションケーキに、ガーデニングの種から盆栽、果ては魚の看板やら動物の剥製まで様々だ。

 それにつけてもグリズリーベアーの剥製なんて一体誰がどのような用途で買うのだろうか。

 売れる見込みが無いのに持ってきて飾るほうがはるかに手間だと言うのに。

 そうこうしているうちにレモンが後ろのほうで熱をあげて何かを見ていた。


「レモン、何か良いものでもあったの?」


 そう話しかけた時には、すでにレモンはその何かを手にとって店主に交渉をしていた。

 傍から見える限りで判断すると何かの飾りのようだ。

 首にでもかけるのだろうか。

 程なくして交渉がうまくまとまったのか、幾ばくかの小銭を店主に握らせレモンが戻ってきた。


「へっへー、メテム、ミスト、見てよこれ」


 嬉しそうにレモンが掲げているのは、革で出来た袋のようだった。

 こぶし大ほどの大きさで、ドラゴンのような刺繍が入っている。


「何に使うの、そんなもの」


「んー、腰にぶら下げて小物でも入れようと思ってさ。鍵とか小銭とか色々あるじゃん? それにテレポートリングとかも入れられるし」


 そう言うや否やレモンはフックを使ってズボンにかけた。


「それ、フックだけだと無くしそうだから気をつけな」


 一応忠告をしてはおいたが、レモンの耳にはあまり入っていないようだ。

 それからも私達は無名市をあてもなく彷徨っていた。

 特にお目当ての物というのはないのだけれど、こうしているだけで顔なじみに会うことができるのでコミュニケーションになるし、有用な情報などが入ってくる。

 気分転換にもなるので割りと貴重な時間だったりする。

 そうぶらついていると今度はミストの姿が消えた。

 前や後ろを見てもすぐには見つからない。


「レモン、ミストは?」


「知らないよ。どこかで何か見つけたんじゃないの?」


 と、先程買ったポケットのことで頭がいっぱいなのか、素っ気なしにレモンが返答した。


「しょうがないな、ちょっと戻ってみてみようか」


 そう踵を返し元きた道を辿ってみると、メインの通りを曲がった小路の辺りに見覚えのあるピンクのマントがはためいていた。

 あのくすんだピンクの色を使うのはミストだろう。

 そう決めつけ向かうとやはりミストだった。

 何か箱のような物を手に取り難しい顔をしている。


「ミスト、何してるの?」


 後ろから声をかけると、何故か神妙な顔をして箱を差し出してきた。


「メテムさん、見て下さいよこの箱」


 そう突き出す箱を見てみると、木彫の鳥が縁取られ見るからに高級そうな箱だ。


「これ、家の雰囲気に合うので買おうかなと思ったんですが、なんとびっくりこれ開かないんです!」


「開かない?」


「そうなんですよ。ねー店主さんー」


 意味がわからず声の先に顔を向けると、気まずそうな顔をした店主がいた。


「ああ、メテムさんのお連れ様でしたか。これはこれは。いやね、恥ずかしい話なんですが、そこのお嬢さんが言うとおり、この箱開かないんですよ」


「開かない……って? どういうこと? ちゃんと説明してよ」


「いやね、この箱、とある貴族の館の掘り出し物セールで購入したんです。連れが気になってセンスオーラの魔法をかけたら反応するんできっとお値打ちだと思って飛びついたんですよ」


「センスオーラに反応したの?」


「そうです。センスオーラを使うと私のようなものでも魔力がかけられているっていう最低限の事が分かるじゃないですか。しかもお値段も安かったからホイホイ買ったんです。そしたらこの始末ですよ」


 そう答えながら店主は肩を落とした。

 視線をミストの方に移しても確かに開かない素振りを見せている。


「ちょっとミスト、それ貸して」


 そう言い放ちミストの手から箱を奪った。

 手に持ってみると見た目では想像出来ないようなズッシリとした重みが感じられた。

 よくよく見てみると魔力でカバーされている為か損傷がほとんど無い。

 色から察するに随分前の箱だとは思うのだが。

 試しに開けてみようとしても頑として開こうとはしない。

 中から鍵でもかけられているようだ。

 次に私はセンスオーラを試すことにした。

 スペルを詠唱し箱にかける。

 すると程なくして箱の内部から広がるように強い光が漏れてきた。

 なるほど、これは確かに魔力でこの箱自体に保護がかかってるようだ。

 しかも光の度合い具合から見るに、中にも相当なマジックアイテムが眠っていると見れる。


「さすがにメテムさん程になるとセンスオーラのレベルが違いますねえ」


 魔力の光で満ち溢れた箱を感嘆しながら店主が見つめる。


「ミスト、これどうするの?」


「うーん、さっきアンロックを唱えたんですがそれでも開かないんですよね。開かない箱持っててもしょうがないですし……。あーでもそのデザイン気に入ってるんですよね。どうしましょう……」


「メテムさー、それメテムがアンロックしたら開くんじゃない?」と、横からレモンが割って入った。


「そうですね。メテムさんちょっとやってみてもらえません?」


「やってもいいんだけど……」


 そう言いながら私は店主の様子を伺った。


「いいですよ、いいですよ。どうせこの国で一番魔力の高いメテムさんで開かないんじゃ誰も開けられないってこったし、無事開けられたら値札に書いてる通りの金額でお売りしますよ」


「ありがとう。それなら少し集中して開けてみるわ」


 そう答えると、私は改めて箱を手にした。

 魔力で光り輝くこの箱からは二重に光が出ている。

 おそらく何らかのマジックアイテムが入っていて、箱全体を覆う外側の魔法がロックだ。

 中の魔法は何かはさすがに分からないが、ロックの魔法だけならどうにかなるかもしれない。

 そう思い意識を集中する。

 周囲にざわめく大衆の声を耳から外し、目を閉じ箱の魔力を感じ取った。

 そして集中を研ぎ澄まし魔力を目一杯に込めてスペルを唱える。


「アンロック」


 詠唱が終わると同時に、箱の中からカチリとした音が聞こえてきた。


「おぉ――――」


 一同の驚嘆する声があがる。

 私は魔力を込めたせいで少し頭がフラッとしながらも、箱に視線を落とした。

 皆が見守る中、ゆっくりと箱を開ける。

 すると中には拳程の赤いクリスタルの結晶が入っていた。

 クリスタルを手に持ってみると、やはり随分な魔力がこもっているのが分かる。

 気になる魔法の種類だが、後からセンスオーラを使えば分かることだ。


「やりましたね、メテムさん」


 幾分興奮しながらミストが声をあげた。


「いやー、お見事。さすがメテムさんです」


 満足気味に店主がそう伝えた。


「では中のクリスタル込みでこの値段で購入させていただくよ?」


「いいですよ、いいですよ。どうぞ持って行ってください。こちらとしても箱の中身が分かって嬉しいですよ。お値段はりそうなクリスタルってのが気にかかりますが、一度言ったことですしね」


「そう、ありがとう」


 店主にそう告げるとミストが店主にお金を支払った。

 チャリっとしたコインが重なり合う音が響く。

 その小気味よい音を後にし私達はお店を離れた。

 広場の外れにあるテラスへと向い腰を落とすと、早速レモンが話しかけてきた。


「メテム、メテム! そのクリスタル何かな!」


「なんだろうね。見たところこれにも相当魔力が込められてるけど……」


 そう答え、箱からクリスタルを取り出した。

 箱はミストに手渡す。


「メテムさん、ありがとうございます!」


 喜ぶミストを尻目に私達はクリスタルを観察した。

 よくよく見るとおそらくこれは上位精霊のブラッドエレメントから取れる純度の高いレッドクリスタルの一種だというのが分かる。

 そしてそのことは同時にそれに込められている魔力の高さを表す。

 魔力を宿すクリスタルは質が高くなければ込められる魔力もたかだかしれている。

 ブラッドエレメントのクリスタルともなれば期待できると言うものだ。

 そういうわけで二人が期待して見守る中、私はまた集中してセンスオーラを唱える。

 ゆっくり時間をかけてスペルを詠唱し、力を込めて完成させた魔法をクリスタルに向ける。

 するとクリスタルがまたしても明るい輝きを放った。

 さて、一体どんな魔力が込められているのか。

 期待して感知してみると……意外なことになんとテレポートの魔力のようだ。

 ただよく深くまで感知するとただのテレポートではない事が分かる。

 同時に頭のなかに地図が浮かんだからだ。

 おそらくこれは通常のテレポートではなく、どこかの場所で使うテレポートの一種のようなものだろう。

 何かの鍵になると表現したら良いのか。


「ふぅ……」


 魔法を終え、私は一息ついた。


「メテム、何だった? 何だった?」


 私の回復を待ってる間がもどかしいようにレモンが聞いた。


「テレポートだよ」


 額に浮かんだ汗を吹きながら、そっけなく、そしていじわるく答える。


「テレポートだって? そんな馬鹿な!」


「最後まで聞きなよ。単なるテレポートではなく、おそらくどこかの場所へ飛ぶためのテレポートだよ。頭のなかに地図が浮かんだからさ」


「え? まじ? まじ?」


 興奮しながらレモンがクリスタルを私の手から奪い取るようにして掴んだ。

 そして矢継ぎ早にセンスオーラを詠唱した。

 が、クリスタルは軽い光を放っただけだった。


「ダメだ。僕の魔力じゃ地図まで関知することはできないよ。ねえ、メテム。地図ってどこらへんだったの?」


「そうねえ、ここから北西のダンジョンウミーシュの近くの森みたい」


「そこに何があるの? 何か分かった?」


「あー五月蝿いなあ。そこまでは分かんないよ。行ってみないことにはさ」


「んじゃ行こうよ、行こうよ! すぐ行こう!」


 レモンが今からすぐにでも旅立たんばかりに私の腕を掴んできた。


「痛い痛い。レモン、ちょっとあんた落ち着きなよ。分かった、分かったからさ」


「ほんと?」


 目を輝かせながら私を振り向くレモン。

 思わず私とミストはお互い見つめ合って苦笑した。


「しょうがないなあ。こうでもしないとあんた静まらないでしょ。んじゃそういうわけでちょっとこれから向かおうか。レモン、ミスト、準備して第一広場に集合ね」


 そう伝えるとレモンが嬉しそうに声をあげた。

 そして一声かけるまもなくおそらく準備を整えに行ったのだろう。

 視界から消えていった。


「メテムさん、大丈夫なんですかね、これ」


 後に残ったミストは少し不安そうにつぶやいた。


「レモンさんは興奮してたけど、飛んでみたらアビスだったとか、そんなの嫌ですよ」


「んーこればかりは飛んでみないと分からないからねえ。まあ危なくなったら帰ればいいさ」


「飛んでから戻ってこれたらいいんですが……」


「まあなるようにしかならないよ。今更辞めるとは言い出しにくいし」


 不安性らしいつぶやきを口にするミストの背中を押しながら、私達も準備をするために銀行へと足を向けた。


 銀行で準備を整える。

 万が一長期戦になっても良いように、大量の秘薬、そして戦闘があるかもしれないのでマジックアクセサリーを用意した。

 食料に関しては水を中心に幾許かのハムとパンだけにとどめておいた。

 必要ならばクリエイトフードで作り出せば良い。


 愛馬に残っていたリンゴを食べさせながら待っていると、程なくしてレモンとミストがやってきた。

 秘薬などは十分持ってきているようだが、服装は私同様に軽装だ。

 まあ激しい戦闘さえなければ問題ないか。


「よし、それじゃあ向かおうか!」


「おーっ!」


 元気よく声をかけると、レモンが興奮気味に返事をした。

 本当に調子の良いやつだがこれぐらいのほうが長旅は楽かもしれない。

 そう思いつつ私達は街から離れた。


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