第四話
道を塞いでいた一行の先頭には、黒い三角帽子を被り青のガウンを身にまとった人物がいた。
隣には黒いローブを着て、手に呪文書を持った人物も確認できる。
「これはこれは、誰かと思えばメテム様じゃないか。まさかこんな僻地までご足労をかけるとは申し訳ないね」
黒い三角帽子を被った人物が声をあげる。
「エドマンド! やはり貴方が」
黒い三角帽子の人物、エドマンドに向けてデュラックが話しかける。
「おや、これはデュラック、お前までか。はっは、これは傑作だ。戦いはおろか人の血すら見慣れない真面目なお前が、何のためにここへ?」
「き、き、決まってるでしょう。オーブを、と、と、取り戻す為です」
「オーブを取り戻す為、か。それはしかし歓迎できんなあ。そのオーブは我々の目的の為に必要なものでな。メテム様、こんなところで申し訳ないが、オーブ、返していただきますよ」
「はっ、エドマンド、お前誰に言ってるのか分かってるのか? たったこれだけの人数でこの私に勝てるとでも?」
「勿論私たちでは無理ですよ。しかし彼ならどうかな?」
エドマンドがそう言うと、傍らに立っていた黒ローブの男が一歩前に踏み出した。
「シャニムのメテムか。ここでお前を打ち、私の名を上げるとするか。喰らえ、ファイアーボール」
そう言うと黒ローブの男は私たちに向けて問答無用で詠唱を開始した。
それに呼応するようにエドマンドの後ろのならず者達が一斉にこちらへ向かってくる。
「レモン、エナジーパペットの用意を。ミストはスリープクラウドを使って」
二人に指示を出すと、私はすぐに反射魔法マジックリフレクションの呪文を唱えた。
私の詠唱ならば黒ローブの男より早く完成出来るはずだ。
目論見通り黒ローブの男の詠唱が終わる前に私はマジックリフレクションを張ることに成功した。
そしてすぐにファイアーボールの魔法が飛んで来る。
向かってくるのは予想よりかなり大きいファイアーボールだ。
そしてファイアーボールが着弾すると、強い威力を感じる。
まさか私のマジックリフレクションが破られるとは思わないが、どうやら炎系統の魔法には自信があるようだ。
そしてこれなら確かにオーブを奪える魔力はあるかもしれない。
しかしまだ甘い。
私は魔力を最大限に使い、敵のファイアーボールを弾き飛ばした。
そして即座にならず者たちへと目を向ける。
すると向かって右側の群れに黒いガスが浮かび上がるのを確認でき、同時に左側の群れには紫のエネルギー体エナジーパペットの姿を見て取れた。
二人共流石に阿吽の呼吸が出来ているようだ。
「よし、それじゃ皆、アイスアロー!」
そう言うと私たちは炎魔法ファイアーボールに対抗するため、氷魔法アイスアローを詠唱した。
右側の敵はスリープクラウドで眠ってるし、左側の敵はエナジーパペットの相手で手一杯だ。
ここだと言わんばかりに私たちは中央へと駆けていく。
中央にいるのは黒ローブの男とエドマンドだけだ。
私は最大限の魔力を込めて黒ローブの男にアイスアローを放った。
ガキッ。
敵に魔法が届くかどうかというところで、魔法の壁に私のアイスアローが阻まれる。
敵の詠唱したマジックリフレクションだろう。
が、甘い。
私の魔力を込めたアイスアローは、敵のマジックリフレクションを砕き、敵へと向かっていった。
「ぐはっ」
黒ローブの男の左肩にアイスアローが突き刺さるのが分かる。
「レモン、ミスト、畳み掛けるよ」
そう言うと私の背後から二つのアイスアローが飛んでいった。
一つはエドマンドに、一つは黒ローブの男にだ。
すでに黒ローブの男にはマジックリフレクションは無い。
アイスアローは今度は腰に命中した。
膝から崩れ落ちるように地面に伏すのが見える。
エドマンドはというと、こちらも肩に命中したようだ。
唸り声をあげて肩を抑えているのが分かった。
「よし、それじゃレモン、先頭に立って入り口へと戻って。ミストはデュラックと一緒に真ん中へ。殿は私がやる」
そう指示を出して急いで帰路へとつく。
殿を務めたから分かるのだが、敵もさることながらすぐに態勢を整えて追ってくる。
これは急いで場を離れたほうが懸命だ。
直進し階段を降りてすぐに一階へと向かった。
それからならず者たちの居住区を通り過ぎる。
てっきり敵が待ち伏せているかと思ったが、ありがたい事に殆ど無人に近かった。
どうやら先程通路を塞いできた連中が大部分の様だ。
しかしそれでも何名かのならず者達が異変に気づいたのか外にいた。
先頭に立つレモンと、後から続いてきたミスト達がアイスアローで応戦する。
まあなんだかんだ言ってもこの程度の連中ならば二人にまかせておくので問題ない。
私は後ろからくる連中と小競り合いをしながら戦闘が終わるのを待った。
程なくして、ならず者達のくぐもった声が響き、前を向くとどうやら戦闘が終わったのを確認できる。
即座に私たちは居住区を抜けて、最後の小部屋群へと向かった。
後はここを出るだけだ。
私は後ろを抑えながら、前を確認した。
するとレモン達の足が止まったのが見えた。
「どうしたの?」
すぐに声をかける。
「メテム、ごめん、どこが出口か分からない……」
震えた声でレモンが返す。
確かに来た時からわかっていたことだが、グノーは出たものを簡単に外に出さない厄介な作りになっている。
今改めて前方を確認したが、なるほど、どれも全く同じな作りの扉が並んでいた。
これは難しい。
一つづつ開けるしか手がないのか。
「メ、メテムさん!」
そう思っているとミストが緊迫した声を上げた。
慌てて目の前を見ると、前方の方からも敵の群れが近づいてくるのが分かった。
反対側の居住区に住んでいるならず者達もこちらへ来たというのか。
「ど、どうしよう」
レモンが狼狽えながら声を上げる。
「レモン、落ち着いて、確か四つ先の扉よ、出口は」
何とか記憶を頼りにレモンに声をかける。
「わわ、分かった」
何とか気を持ち直したのか、レモンは前方のならず者達に注意しながら先へ進んだ。
急いで出口の部屋へと向かう。
が、不幸なことに前方のならず者達のほうが近い位置にいたのか、出口と思わしき部屋の前が固められてしまう。
「へっへ。そう簡単にはいかないぜ。行きては出れぬ荒くれ者の住処グノーだ。おめおめ返したんじゃ体裁悪いからな」
先頭に立っていたならず者が下卑た笑いを浮かべながら声を出した。
「メ、メテムさん、どうしましょう?」
ミストが泣きそうになりながら話しかけてきた。
後方を見ると、追ってきたならず者達が追いついてきたのが分かる。
さらに後方には黒ローブの男までいる。
前方には新しいならず者達、後方には追手、か。
くそっ、確かに状況が悪い。
「デュラック、とりあえず戦闘になるからあんたは適当な部屋に入って身を守って。終わったら声かけるから」
「わ、わ、分かりました。ご武運を!」
そう言うとデュラックは近くにあった部屋へと向かった。
「さて、レモン、ミスト、腕の見せどころだよ。しっかりと気合いれな」
「は、はい。まあ頑張るしか無いですね」
「そう、レモン、まずはエナジーフィールドを前方の敵の前に張って。ミストは後方の敵を私と二人で倒すこと」
そう指示を出すと、私たちはそれぞれ詠唱を開始した。
……その時だった。
「メテム様、メテム様!」
先程小部屋に入ったデュラックから声が聞こえる。
くそっ、もしや敵が中にいたのか。
「皆、仕方ない、一旦部屋へ入って。レモンは詠唱したエナジーフィールドはそのままで、私たちが中に入ったら入り口に張って」
そう指示を出し、私たちは部屋へと向かった。
デュラックの身を案じ勢い込んで入った部屋は、果たして敵ではなく大量の物が置かれた倉庫だった。
「デュラック、これは一体どうしたの? 敵なんていないじゃない。ここは倉庫よ。ここで待っときゃ良かったのに」
「は、は、はい。メテム様、ここは仰る通り倉庫です。色んな物が置かれてますね」
「そうよ。何、武器になりそうなものでも見つけたの?」
「違うんです、これです、これを見てください」
言われた先に目を落とす。
そこには小麦粉の袋が山積みに置かれていた。
「小麦粉? これがどうしたの?」
「は、はい、時間が無いので手短に言いますが、この小麦粉を大量に空中に撒き散らすんです」
「小麦粉を空中に?」
「そ、そうです。そしてそこにファイアーボールのような……」
「よし、とりあえず意味がわからないけれど、あんたを信じるわ」
時間がなかったので私はデュラックの言葉を遮るようにして言った。
「ミスト、聞いてた? とりあえず小麦粉を袋から出して大量に空中に撒き散らして。レモンはエナジーフィールドを何重にも張りながら敵を抑えておいて」
「はい!」
そう言うと私たちは大量に置かれていた小麦粉の袋を無造作に引きちぎり、中身を空中に向かってばらまき始めた。
「メテムさん、こんなことして一体何があるんですかね」
「さあね、まあでもここまでの旅では確かにあいつの言うことは正しかったからね。今回も何かあるんだろ」
そう言いながら小麦粉をばら撒く。
気づくと辺り一面小麦粉の粉だらけになっていた。
「ケホッケホッ、デュラック、あんたの言うとおり小麦粉を撒いたわ。これからどうするの?」
「は、はい。これで十分です。空中にも散布されてますし。まずレモンさん、入り口のエナジーフィールドを解除して敵を中に入れてください。私たちは隅っこにいきましょう」
そう言うとデュラックは部屋の隅、小麦粉が届ききっていない所まで身を移動させた。
「レモン、とりあえずエナジーフィールドを解除してこっちへ来て」
「わ、わかった!」
そう答えるとレモンはエナジーフィールドを外し、部屋の片隅へと移動した。
同時にガヤガヤと喧しい音を立てながら敵が部屋の入り口へと向かってきたのが分かる。
そしてならず者の一人が声高らかに喚いた。
「はっは、おまえら、遂に観念したか。まあどうしたって死んでもらうがよ」
その言葉が合図のように敵が部屋の中央へと向かってくる。
「デュラック、敵が来たぞ。これからどうするんだ?」
「はい、メテム様。こうするんです!」
そうするとデュラックは地面に置かれた花瓶を一つむんずと掴み、それを思い切り部屋の中央に吊り下げれていた火の灯ったランプへと投げた。
デュラックが渾身の力を込めて投げた花瓶は、綺麗な弧を描いてランプの傍を通りぬけ、そのまま落下し、近くにいたならず者の頭にヒットした。
「ぐはっ」
運の悪いならず者はうめき声をあげその場にうずくまる。
「どういうことだ?」
私は意味がわからないまま暫し立ち止まった。
が、すぐに一つの事実に突き当たった。
「そうか、ミスト、レモン、今がチャンスだ。あいつら小麦粉の中心にいて、こちらが見えてないんだ。こっちからは丸見えだから、攻撃しろ。な、デュラック、そういうことだろ?」
「え、いや、あの……全然ちが……」
「二人共、アイスアローで敵を打て」
そう叫ぶと私たちはひたすらアイスアローを敵の集団に向けて放った。
各所で悲鳴が上がり、一人、また一人とならず者達が床に伏せる。
そんな中、敵の後方に待機していた黒ローブの男が呪文書を抱えて前線に飛び出してきた。
「二人共、あいつの攻撃は結構重いぞ。私の後ろに隠れろ」
そう指示を出すのと、黒ローブの男が詠唱を開始したのは同時だった。
「甘いぞメテム、今度こそ全ての魔力を振り絞ったファイアーボールを打ち込んでやる。如何な貴様と云えど、跳ね返せるなら跳ね返してみろ」
「くっ」
思わず身を守る姿勢が出てしまい、マジックリフレクションの詠唱が遅れる。
まずい、このままだと……。
最悪な想像が頭に浮かんだまさにその時……。
「喰らえ、渾身のファイアーボ……げほっげほっ」
なんと、魔法を唱えていた黒ローブの詠唱が止まった。
「そ、そうか。小麦粉で敵は目が見えないだけではなく、詠唱すら出来ない状態なのか! 二人共、ここが押し時だ。小麦粉に近寄らないで一気に行くよ」
そう言うと私たちはありったけのアイスアローをならず者達へ放った。
同時に黒ローブの男には昏倒させる為に精神魔法マインドブラストを直接打ち込む。
「うがああっ」
声にもならないうめきを上げて黒ローブの男が完全に気を失ったのが分かった。
そして周りを見るとならず者たちが皆倒れているのが分かる。
「よし、それじゃ一気に出口へと駆け抜けるよ。皆ついておいで!」
そう言うと私たちは倒れている者たちを避けて、出口へと向かい、無事外へと脱出することに成功したのだった。
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ならず者達が倒れ、小麦粉まみれになった部屋に一人の男が入った。
黒い三角帽子を被っている事からエドマンドという事が分かる。
「ふん、粉塵爆発でも試みたか。そんなチープな手など誰が乗るか。しかしオーブを奪われたのは痛かったな。まあいい、また別の神殿から奪えばいいだけだ。今度はメテムが来ないよう隣国にでも行って研究するさ」
そう言うとエドマンドは憎々しげに手前に倒れていた黒ローブの男の頭を蹴った。
「はっ、ここはどこだ? ええい、油断した。メテム、どこだ、俺のファイアーボールを喰らえ!」
気を取り直した黒ローブの男は、すぐに立ち上がり、先程唱えようとしていたファイアーボールを唱える。
慌てるエドマンド。
「ま、まて、もう敵はいない。と言うかお前一体何を唱えてるんだ!」
必死で詠唱を止めようとするエドマンド。
だが黒ローブの男は錯乱し、それ以上に必死でファイアーボールを唱えるのだった。
「喰らえ、ファイアーボール!!!」
バッゴォッォン!
男の手から炎の塊が生まれ出たのと同時に、辺りの空間を全て吹き飛ばす大爆発が起きたのだった……。
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バッゴォッォン!
私の後方のグノーから、耳をつんざく様な大爆発の音が聞こえてきた。
「メ、メテムさん、あれは一体……」
心配したようにミストが聞いてくる。
「はっは、あれはな、メテムが去り際に施した時限爆弾魔法の効果だよ」
「時限爆弾!?!? メテムさん、すごい魔法を使えるんですね!」
「あっはっは、凄いだろ!」
そう高らかに笑う私の横でデュラックが呟く。
「あ、いや、アレは多分粉塵爆……」
「あぁ? おまえ何か言ったか?」
「あ、いや、その、あの、いやなんでもありません……」
「そうだろうそうだろう。文官共にはこの度のメテムの成果、活躍ぶり、しっかりと伝えておくんだぞ」
「あ、僕の活躍も忘れないで伝えておいてね! 金一封はこのレモンまで!」
「デュラックさん、私の分もお願いします! 新しい財布が欲しくて!」
矢継ぎ早にデュラックに畳み掛けるように皆が言う。
「は、はぁ……」
心底疲れたように馬の背にもたれかかるデュラックだった……。