第三話
グノーは三階構造になっている。
一階はならず者たちの生活スペースで、小部屋が復数並んでいる。たしか台所なんかも併設されていた記憶がある。
二階には、邪神を祀る神殿と祈祷室がある。
三階は非常に大きなスペースがあり、そこでは訓練や会議など、多目的に使われていると思われる。
私が先程頭に浮かんだ情景と、オーブの存在価値を併せて考えると、オーブはおそらく二階に安置されているのだろう。
皆にも情報を共有し、私たちは入り口の扉に立った。
確か、入り口の扉を開けると、そこはまた小部屋になっていて、奥に扉があったはずだ。
なのでこの先には敵が何名か待機している可能性がある。
出来る限り事を荒立たせたくないので、先程同様スリープクラウドの魔法を詠唱する。
念のためミストとレモンにも同じ魔法を詠唱させておいた。
そして扉を開ける。
が、幸か不幸か入り口の扉を開けた小部屋には誰も待機していなかった。
「ふぅ、緊張したね」
レモンが口を開く。
「レモン、これから戦闘が起きるから、油断しないで進みな」
「分かってるって」
レモンに発破をかけて私たちは小部屋の奥の扉を開けた。
扉を開けた先は道が左右に分かれている。
というか、一つの通路がもともとあって、その中間に出口へと通じる部屋もある形だ。
厄介な事に、出口のある部屋の隣には多数の部屋が他にも並び、どこが出口の部屋かパット見分からない作りになっている。
「メテムさん、なんて面倒な作りなんでしょうね」
「そうね、何度も来たことはあるけれど、侵入者を簡単に出させない作りになってるのよね」
「どうするの、メテム。これ一つ一つ開けて調べる?」
「ん、いや、それはしないでいい。おそらくオーブがあるのは二階よ。真っ先に二階へ向かいましょう」
そう言うと私は再度スリープクラウドの呪文を詠唱し、慎重に歩を進めた。
入り口を背に右手に向かう。
この先には確かならず者たちが暮らす小部屋が多数あったはずだ。
そしてその小部屋の通路の先に二階へと向かう階段がある。
ただでさえ警戒している上に、呪文の詠唱を崩さないようにしなければならないので、自然に歩が遅くなる。
ようやく小部屋の扉が見えてきた。
そして音を立てないように小部屋の前を通り過ぎ、通路を進む。
この様子なら戦闘を交わさず目的地まで行けるか。
そう思っていた矢先、目の前から何者かが歩いてくる音が聞こえる。
すぐにレモンとミストへ詠唱を開放する仕草を出した。
そしてタイミングを見計らって飛び出す。
すぐに見えたのは二名のならず者たち。
特にこちらに警戒していたわけではなく、突然現れた私たちに明らかに驚き戸惑っている。
「スリープクラウド」
あちらの準備ができていないをゆっくり待つほどお人好しではない。
すぐに魔法を開放した。
その直後、黒いガスに包まれたならず者たちはすぐに地面へと臥した。
「危なかったですね」
「まあ、相手が油断してて助かったよ。デュラック、大丈夫かい?」
「は、は、はい。大丈夫で、で、す」
「そう、それは良かった。それじゃサクサク進むよ」
そう告げると私たちは一気に奥の階段へと向かった。
階段を登ると通路は三方向へと分かれる。
向かって正面が邪教の神殿、左右が祈祷室だ。
「メテム、ここはまっすぐかな?」
「そうね、オーブは正面にあると思う。んじゃ皆呪文の詠唱準備をして」
「準備するのはスリープクラウド? それともエナジーパペットやファイアーボール?」
「んー、可能な限り物音を立てて戦闘はしたくないのよ。だからスリープクラウドにしてもらえる?」
「分かった」
詠唱を完成させると私たちは神殿へと向かった。
神殿の入り口には扉は存在しない。
必然的に両方から見通すことが出来る。
そして厄介な事に神殿付近には三名ほどの見張りがいるのが分かった。
勿論相手からも見えているのだろう。
こうなったら警戒しても仕方がない。
私たちは詠唱を崩さないよう注意しながら足速に向かった。
「おい、おまえら、そこで何してるんだ」
近づいてくる私たちに見張りの一人が声を上げた。
しかしそれに返答するほど阿呆ではない。
私は返事とばかりにスリープクラウドを打ち込んだ。
すぐさま見張りの頭上に魔法が開放される。
が、三人のうち一名だけ離れた位置にいた為、魔法がかからなかった。
しかし心配することはないだろう。
私の詠唱のすぐ後に、最後の一名の頭上に新たな黒いガスが出現する。
そしてすぐに見張りが三人とも横たわった。
「良いね」
ミストかレモン、どちらが開放したのか分からないが、二人に声をかける。
そして私はデュラックを引き寄せ神殿へと向かった。
探していたオーブは果たして想像通り神殿の祭壇に設置されていた。
本来ならば赤く光る輝きを見せているのだが、今目の前にあるオーブからはどす黒い血のような輝きが発せられていた。
「メ、メ、メテムさん、こここ、これは、ギリギリ間に合ったかも、し、しれません」
「そのようね」
「は、はい。このまま、こ、こ、ここに放置されていると、オーブの聖なる力が、か、か、完全に失われてしまっていたでしょう」
「それで、どうしたらこれを取れるわけ?」
「は、はい。この状態ならば、特に神聖文字で絡みつかれているわけでも、な、ないので、単純に魔力をオーブに同調、さ、さ、させるだけで、す」
「それだけ?」
「は、は、はい。し、しかしですね、言うは易しと、いうように、膨大な魔力が必要と、されるので、他の人は、分かってても、これを、取り出せないのです」
「そう、ならちょっとやってみるわ。皆、辺りを警戒してて。私は集中するから」
そう言うと私はすぐに祭壇に置かれていたオーブを、両手で包むようにして触れた。
そしてすぐに魔力をそのオーブへ向けた。
魔力を最大限に上げ、慎重に、少しずつ浸透させる。
なるほど、やってみて改めて分かったのだが、たしかにこれはデュラックの言うとおり、誰でも出来る事ではない。
何とか魔力を浸透させようとするのだが、そもそも汚され始めている為かなかなか同調することができない。
それでも時間をかけて内部へ内部へと魔力を進め、ようやく芯となる部分に魔力を届かせた。
それからまたさらに時間をかけて全体に魔力を広めていく。
気の遠くなるような作業だが、状況が状況だからウカウカもしてられない。
私は慌てず急がず、ただ最大速で事を進めた。
しばらく経った頃だろうか。
ようやくオーブに私の魔力が隅々まで行き届いたのを感じた。
そして最後に魔力を込めて祭壇から引き離すと、無事にオーブが手元に残った。
「お――、やるねえメテム」
「いやあ、流石に疲れたよ」
そう言いながらオーブに目を落とす。
すると先ほどまではどす黒かったオーブが、通常のように光り輝いているのが分かった。
「よし、それじゃ皆、すぐにここを離れよう」
そう言いながら、踵を返そうとしたその時、帰りの道が塞がれていることに気付いた……。