第二話
慈悲の神殿はそこまで遠いわけではない。
私達が跨っている戦争用の赤い軍馬ならば、最短距離で四時間ほどで着く。
が、少々厄介な事があって、神殿に着く道中には深い森と陰鬱な沼地がある。
どちらもモンスターが住んでいるし、馬で移動するのにはあまり向かない。
更に厄介な事がもう一つあって、神殿がある場所そのものが広い砂漠になっている事だ。
そしてその砂漠の最深部に神殿はある。
わざわざ説明するまでもないが、砂漠というのは、凶悪なモンスターもさることながら、その気候や足場等、進むだけで非常にストレスだ。
何の酔狂からこんな所に建てたのか本当に気になるところだ。
が、まあ今愚痴ってもあるものはあるわけで、何も変わらない。
仕方ない。
歩を進めるとしよう。
「メテムさん、今回の件、この人数で大丈夫ですかね」
森に向かっていると後ろからミストの声が聞こえてきた。
「うーん、どうだろうね。まあどこかの国ぐるみで陰謀を企んでる、とかなら改めて戦力整えないといけないけど、ある程度なら私達でいけるんじゃない?」
「ふむふむ。でも今回はデュラックさんもいるし、無理できませんね」
そう言うとミストは最後列にいるデュラックに視線を移した。
見れば馬に乗るのも慣れてないのか、落ちないように必死になってしがみついているデュラックがいる。
「まあ、あいつはさ、やばそうなら帰らせればいいよ。チョロチョロされても困るし」
「そうですね、まあ無理しないでいきましょう」
そんなやり取りをしながら進む。
森に入った頃から辺りへの警戒を強めたが、時折オーガの咆哮が聞こえてくるぐらいで、幸い特に遭遇することは無かった。
この感じならば、異変があるのは慈悲の神殿ではないのかもしれない。
もし慈悲の神殿ならば、この森にも影響が出ているだろうからだ。
おそらく他の神殿なのだろう。
そう思っていたのだが、森を抜けて沼地に入る頃になると、辺りの様子がいつもと違うことに気づく。
「メテム、これって……」
後から来たレモンが口を開いた。
無理もない。
目の前の沼地には、ジャイアント・トードやワニがひしめいていた。
勿論その二種類に関しては普段からいるのだが、それにしてもこの数は尋常ではない。
極めつけはいつもはほとんど現れないリザードマンの姿までチラホラ見える事だ。
「デュラック、これはもしかしたら一発目で当たりかもね」
「そ、そ、そうかもしれません。以前、調査の時に訪れた時は、こ、こ、こんな感じでは、ありませんでした、し」
「うんうん、まあ考えようによっちゃ、良かったよ。八徳全部回るだなんて大変だからね。そんじゃ皆気を引き締めて進軍するよ。殿はレモンに変えて、デュラックは中頃に移動しな」
「は、はい……」
隊列を変えると、私たちは少し速度を落として沼地を進んだ。
分かっていたことだが、沼地を進むのはなかなかきつい。
ヌチャ、ヌチャ、と、一歩歩く度に軍馬が足を深く沈ませる。
その都度また泥を蹴上げながら足を上げる。
このタイミングで交戦すると、小回りの効いた動きが取りづらいので厄介だ。
少しでも歩きやすいように、山沿い付近を進む。
この山の反対側に砂漠が広がっているのだ。
そしてその最深部に神殿は眠る。
やれやれ、なんだか気の遠くなるような話だ。
沼地での戦闘は特段変わったことは無かった。
確かにいつもに比べてジャイアント・トードとワニは増えているが、こいつらはこちらが刺激しないかぎり襲ってくることはない。
唯一気がかりなリザードマンだが、数匹戦闘になりはしたが、威嚇の意味を兼ねたファイアーボールの魔法を三人で撃ちこんだら、どれも蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。
まあ襲われたところで、ほとんど労力もなく倒せるから大丈夫なのだが。
程なくして沼地を出て、私たちは砂漠の入り口に立った。
見渡す限り広大な砂漠には、ジャイアント・スコーピオンやジャイアント・スネークだけでなく、普段ほとんど見ないようなデザート・エレメンタルまでいるのが分かる。
この時点で疑惑は確信へと変わった。
確かにこの奥にある慈悲の神殿で異変が起きている。
他の三人も同様のことを感じ取ったのは、確認しなくても分かる。
幾分緊張を伴いながら、私たちは砂漠の内部へ足を進めた。
沼と違って砂漠のモンスターは好戦的な種類が多い。
幸いなことにいつもより数は多いといえど、やはり本来生命が住むには適さない地なので、そこまで集団で襲われることはない。
しかしながらそれでも少し歩を進める度に襲われるのは辛い。
ジャイアント・スコーピオンやジャイアント・スネークは、恐るべき毒を持っているので油断は出来ないし、デザート・エレメンタルは動きが俊敏で魔法耐性もあるので相性が悪い。
可能ならば交戦なしに進みたかったところだが、それは流石に虫が良すぎるか何度か襲われる事になった。
が、その度に生命エネルギー体エナジーパペットを召喚し対応することで、特に進軍には問題はなかった。
そして幾度戦闘をした後に、ようやく慈悲の神殿へと辿り着いた。
慈悲の神殿は小さなオアシスに囲まれる様に建っている。
入り口は狭いが、逆に言うとここだけ抑えておけば敵に後ろからやられることもない。
「ふう、ようやく着いたね」
そう言って周りの安全を確かめた後、私は水筒から水を一口飲んだ。
「さて、早速デュラックにチェックしてもらわないとね。デュラック、神殿を見てもらえる?」
そう言って促すと、デュラックは神殿へと向かった。
「ミスト、レモン。あんたらは入り口で待機。敵が来たらエナジーフィールドで進撃を食い止めつつすぐに私を呼んでね」
「わかりました」
ミストとレモンに指示を出すと、私もすぐにデュラックの後を追った。
神殿に入ると、デュラックは中央にあるアンクの前にいた。
「どう? デュラック、何か問題あった?」
そう聞きながら顔色を伺う。
すると、明らかに動揺した顔つきのデュラックがそこにいた。
「メ、メ、メテム、さん……」
「どうしたの?」
異常を察知し、慎重になる。
「こ、こ、この、アンクを、見てください」
すぐに視線をアンクに向ける。
だが別段変なところは見られない。
「注意深く、み、み、見てください。ア、ア、アンクの中央部分に、つ、つ、つけられていた、オーブが、なくなっているのです」
言われて見てみると、確かにアンク中央部分にはくぼみがある。
普段アンクなんぞ意識して見ることはないが、言われてみればここにオーブがあったような気がする。
「デュラック、これは……」
「は、はい、まさしく、エドマンドの、し、し、仕業だと、お、思います、はい」
「でもこれ、オーブを取るには魔力が必要って言わなかった?」
「は、はい、高い魔力と知識が必要で、です。お、おそらく、は、エドマンドとは、べ、別に、魔法使いが、仲間に、いるのでしょう」
「そうなるわね。参ったな、オーブを探す旅になるのか。どこから探せばいいかな」
「メ、メ、メテムさん、それは、追跡が、か、可能です」
「そうなの? どうしたらいいの?」
驚いたようにデュラックに聞き返す。
「アンクに、セ、セ、センスオーラを、か、かけるんです」
「センスオーラを?」
「は、はい。そうすると、リンクされていたオーブの場所が、わ、わかります」
「なるほど、ちょっとやってみるわね」
そう言うと私はセンスオーラの呪文を唱えた。
ターゲットは目の前にあるアンクだ。
速やかに詠唱が完了する。
と、確かに頭の中にオーブの方向と、オーブが配置されている場所が浮かび上がる。
「ど、ど、どうですか?」
「うん、オーブはここから北東の方向にあるようね。そして現在はどこかのダンジョンに置かれているみたい」
「ダンジョン、で、ですか?」
「ちょっとまって、ここは見覚えがあるわ。自然にできた洞窟ではなくて、人口建築物のダンジョンで、ここから北東といえば……そう、ここはダンジョン・グノーよ」
「グノーですか……」
「うん、間違いない。ならず者たちの巣窟グノー、オーブはここに保管されているわ。よし、まずはミストとレモンのところへ戻るわよ」
そう言うと私はデュラックを連れて外へ出た。
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「しかしダンジョングノーとはまた厄介な所だねえ」
事情を説明すると、渋りながらレモンが口を開いた。
「私も、あそこ気が乗らないです……」
と、か細い声でミストも呟く。
「あそこに巣食っている連中は一癖も二癖もある犯罪者ばかりだからね。まあ今回はそんなこと言ってる場合じゃないけれど。よし、んじゃグノーへ行きましょう」
「え、メテム、ちょっと待って。この人数で行くの? 増援も無しに?」
「ちょっと様子を見るだけよ。やばそうならブルージュへ戻るわ。それに大人数で行くとそれはそれで小回りのきいた動きが出来ないから大変なのよ。無駄に犠牲を出したくないしね」
「わ、わ、私も、すぐに、む、む、向かうことに賛成です。一刻も早く、オーブを、と、と、取り戻さないといけませんから」
「ほら、デュラックも言ってるし、観念してすぐに向かうわよ」
そう言うと私は軍馬に跨がり、神殿を後にした。
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ダンジョングノーは慈悲の神殿からさらに北東に四時間ほどの距離にある。
背後を山で覆われていて、グノー自体も半分山を掘りながら作られている人工ダンジョンだ。
中にいるのは、国を追放されて居場所が無くなった犯罪者や、山賊などの荒くれ者ばかりがいる。
リテン国の領域ということで何度か討伐に出たことはあったが、一部逃げられて完全に駆逐することはできず、放っておくとまた集まりだすという質の悪い場所だ。
馬を走らせるとしばらくして山沿いの麓にグノーの入り口が見えてきた。
人口的な柱が幾つか置かれ、まるで巨大な神殿のような門構えをしている。
そして入り口には松明が煌々と灯されていた。
「メテムさん、何だか入り口に見張りがいますよ」
グノー入り口の外から身を隠し様子を伺うと、確かにミストの言うとおり入り口に見張りがいるのが分かる。
普段は見張りなんていないので、明らかに様子がおかしい。
「ご苦労なこって」
「メテム、どうする?」
「うん、とりあえず眠らせよう。皆そのまま隠れてて」
「え、ここから届く?」
「なんとかする」
そう言うと私は意識を集中して詠唱をした。
目標は遠くにいる見張り達だ。
「……スリープクラウド」
詠唱が完了すると、見張りの頭上に巨大な黒いガスが現れる。
すぐに異変に気づいた見張りが抵抗を試みるが、すでに体内にガスが取り込まれたようで、程なくすると膝から崩れ落ちるようにして地面に横たわった。
「おー、流石メテム、やるねえ」
「レモン、あんたもこれぐらい出来るようになりな。よし、んじゃ皆、軍馬をここに置いてグノーの中に入るよ。あとデュラック、あんたもここにいること。一日経っても私たちが戻らなかったら、異変だと思ってすぐブルージュへ戻るんだよ、いいね?」
「メ、メ、メテムさん、そ、それは、だ、だめです」
「ん?」
「わ、わたしも、中へ入ります。オーブに何か細工を、されてるかも、し、しれませんし……」
「うーん、正直あんたの子守が出来るか分からないけれど? まあ死ぬ覚悟があるならついておいで」
「は、はい、頑張ります」
そう言うと私たち四人はダンジョン・グノーへと向かった。