第五話
それからの私は、ついぞこの別荘のことは頭の中から抜けていた。
と言うのも現在開催中の無名市でちょっとしたトラブルがあり、それの仲裁役をしていたからだ。
何やらエレメントスレイヤーの剣を購入した古参の戦士がいたが、耐久度が聞いていたほど残っていなく、すぐに使い物にならなくなったようだ。
それを店主に抗議したところ、お互い言い分が違い揉めた、とのことだ。
仕方ないので見せてもらったエレメントスレイヤーの剣だったが、確かに刃こぼれはすごく、かなり傷んでいるようだった。
が、私が意識を込めてセンスオーラをしてみたところ、エレメントスレイヤーの魔力はまだ随分と残っているようだ。
この分なら鍛冶屋で刃こぼれさえ直せばすぐにまた効力を発揮するだろう。
そう告げると戦士は幾分か安心したようだ。
そして刃こぼれの修理代金を売主が負担すると提案してからは、破顔の笑みを浮かばせた。
これで一件落着といったところか。
頭を深々と下げてこちらに謝辞を述べる戦士を背に、私は街の喧騒へと戻った。
大きな祭りやイベントがあるとこういうトラブルがよくある。
ブルージュの顔役をやってる身としては街の治安維持の為にもこういう事もしなければならない。
無名市も後一週間で終わるし、まあそれまでの辛抱だ。
改めて無名市にも活気が戻ったことで、私は広場で体を休めた。
今日の夕飯は何しよう。
無名市で何か焼串でも買おうかな。
それとも久しぶりに黄金のペガサス亭で茸のアヒージョでも食べようか。
そんな平和な考えが頭をよぎる。
まあ仕事も片付いたのだから、今日は遅くまで食を味わうとしよう。
そう考えて一人ニヤニヤしていると、後ろから声が飛んできた。
「何、一人でにやついてんの……」
振り返ってみるとレモンが立っていた。
「いいでしょ、別に」
見られていた恥ずかしさを誤魔化すようにぶっきらぼうに答える。
「で、何? なんかあったの?」
そう聞くとレモンは決まりの悪そうに顔をそむけた。
「あのさ……、こないだのクリスタルまだある?」
「クリスタル?」意味が分からないので私は首をかしげた。
「ほら、こないだウミーシュの近くで別荘見つけたじゃん? 変なテレポーターに乗って」
「あー、あれね。持ってるけどどうしたの?」
「いやもう一度行ってみたいなって」
「んー、悪いけどもう遅いしまた今度にしようよ」
「大丈夫。僕一人で行くよ。たいして危険のある場所じゃないし」
「一人で?」
「うん。地図の場所は覚えてるし、モンスターもいないしね」
「そう……。ちょっと心配だけれど、分かったわ。ちょっと待っててもらえる? 銀行の倉庫にいれてるの」
そう告げて私は銀行へ向かった。
幾分整理が行き届いていない私の倉庫だが、手前の方に光り輝くクリスタルがあった。
「はい、レモン」
クリスタルを手渡す。
「ありがとう、メテム!」
元気よくレモンが答えた。
「危ないことは無いと思うけれど、一応気をつけなね。何があるかわからないから」
「大丈夫だって。ちょっとまたあそこに行きたいだけだから」
そう返事をすると勢い良く踵を返し、近くにとめていた馬に跨った。
そしてこちらを振り返ること無く消えていった。
少し心配ではあったが、もうこちらが心配をする年ではない。
それにある程度の力量はあるからまあ一人でも大概のことは何とかなるだろう。
そう思い、頭の中に燻っていたレモンへの不安をかき消した。