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第九十一話目~アメリカから来たミックスナッツ~

 テーブルの上にあるのは巨大な段ボール。それを囲む良二とディシディアはニコニコと笑いながら中から取り出した手紙を眺めていた。


「なぁ、リョージ。何と書いてあるんだい?」


「待ってください。えっと……『愛しい家族、リョージとディシディアへ』……」


 良二はたどたどしくも手紙を読み上げる。その差出人はカーラとクラーク。かつて、アメリカに行ったとき最もお世話になったと言っても過言ではない二人だ。

 ディシディアはチラ、と良二が眺めている英和辞典を見やる。比較的平易な単語が使われているが、独特のスラングや慣用句などが使われているためやや翻訳には時間を要する。

 良二とて英語が苦手なわけではない。が、直訳ではなく意味が通るような役にするのは中々に骨のいる作業だ。

 しかし、やはり家族同然の二人からもらった手紙というのは嬉しいもので、苦労はあっても嫌な気はしない。むしろ、胸の中は喜びでいっぱいだった。

 良二は「よし」と満足げに頷き、再び手紙に目を落とした。

 そこには、綺麗な字でこう書かれている。


『二人とも、元気にしてる? 私たちはあなたたちがいなくなってとても寂しいわ。だって、クラークは二人みたいに「美味しい」ってご飯を食べてくれないんだもの』


 その後ろには別の筆跡で『そんなことはないよ』と書かれている。相変わらずの二人の様子に安堵を覚えたのか、自然と二人の口からは笑いが漏れた。


『もう十月だから、学校も始まったわよね? ディシディアちゃん、リョージのことをよろしくね。まぁ、リョージは真面目だから単位を落とすことはないでしょうけど。あぁ、そうそう。ちょっと面白いものを買ったからそれも食べてみて。あなたたちの家族・カーラとクラークより』


「……二人とも、元気そうですね」


 手紙には二人の写真も付属されていた。愛車に乗ってサングラスをかけ、カッコつけているカーラたちがどことなくひょうきんに思えてしまい良二はぷっと吹き出してしまう。


「本当に元気そうで何よりだ。さて、贈り物というのはこれだよね?」


 彼女が指さすのは大きな段ボール。それは日本のものの数倍以上の大きさを誇っているものだ。アメリカンサイズの段ボールに圧倒されつつも、良二はガムテープを剥がしにかかる。

 びりびり、と音を立ててガムテープは簡単に剥がれていく。そして十秒もしないうちに包装を解いた良二は手をわきわきとさせながら段ボールに手をかけ――一気に開いた!


「おぉ……おぉ?」


 ディシディアは一瞬歓喜の声を漏らしかけるが、すぐに首を傾げて段ボールの中を覗き込んだ。良二もつられて中を見て、目を丸くする。

 なぜならそこに入っていたのは巨大なチーズ……の、被り物だったのだから。

 良二はおそるおそる穴あきチーズ型の被り物を持ち上げる。材質はゴムでできているらしく、微かな弾力があった。


「これ、何でしょうか?」


「帽子……じゃないかな?」


 持ち上げて見てみれば、確かにかぶれるようになっている。良二は「あぁ」と頷き今一度手紙を見つめて肩を竦めた。


「本当……あの二人らしい贈り物ですね」


「あぁ。だが、見たまえ。ちゃんとチーズやお菓子も入っているぞ」


 確かに中には大量のミックスナッツやチーズが詰め込まれていた。どうやらこの奇怪な帽子だけ、ということはなかったようだ。

 二人は中のものを取りだしつつ、改めて帽子を見つめる。


「なぁ、リョージ。ちょっとこれを被ってみてくれないか?」


「え!? 俺ですか!? ディシディアさんの方が似合うでしょう!」


「いやいや、君の方が似合う。ほら、被ってみたまえ」


 ディシディアはサッと帽子を取り、有無を言わさず良二の頭に被せ――後ずさった後、破顔する。


「ク……ハハハハハッ! りょ、リョージ! 中々似合ってるじゃないか!」


 良二は何気なく窓を見やる。と、そこにはチーズ型の帽子を被って間の抜けた顔をしている自分が映っていた。彼はそれを理解するなりか~っと顔を赤くして、勢いよく帽子を取り、


「こ、今度はディシディアさん!」


「おわっ!?」


 お返し、とばかりにディシディアに被せ、彼もまた大声で笑う。

 彼女は良二と同じように窓を見て自分の姿を確認し、苦笑する。


「ふふふ……でも、案外似合ってないかい?」


「ま、まぁ、可愛くはありますね……」


 良二は目尻に浮かんでいた涙を指の腹で拭い、チラとお菓子の山を見やる。そうして頷いてから、手近にあったミックスナッツを手に取った。


「よし、じゃあ早速食べましょうか!」


「その言葉を待っていた。さぁ、食べよう!」


 良二はすぐさま首肯し、古チラシで手早く即席の箱を作り、そこにミックスナッツをざらざらと流し入れる。これもやはりアメリカサイズであり、山盛りにしたはずなのに半分も減っていない。

 それになぜだか懐かしさを覚えながら、二人は静かに手を合わせた。


『いただきます』


 二人は同時にミックスナッツを口に放り込み――にま~っと口元を緩ませる。


「あぁ……なんだか懐かしい味だね」


「アメリカの味を懐かしいって思うのって中々レアですよね」


 言いつつ、良二も同じ感覚を抱いていた。

 あそこはまさしく第二の故郷――二人にとっては思い出深い場所だ。


「そうかもね。また行きたいものだ」


 ディシディアはミックスナッツを口いっぱいに頬張っている。

 ピーナッツやカシューナッツといったナッツ類がふんだんに使われ、ポリポリとした食感が舌にも心地よい。キリッとした塩味が効いており、食べやすい。


「そういえば、ビールがありましたよね。取ってきますよ」


「おぉ、頼むよ」


 良二は「俺が行ってる間に食べ終えないでくださいよ」とくぎを刺しつつ、冷蔵庫からビールを取り出して戻ってくる。ディシディアはそれを受け取り、缶を開ける。


「じゃあ、乾杯」


「乾杯」


 カチン、と缶を合わせ、一気にビールを煽る。

 ほろ苦さの余韻が残っているうちにナッツを放り込み、またビールを煽る。

 ただそれだけで絶大な旨みが生まれ、無限ループできそうだ。


「あ、これチョコも入ってますね」


 確かに、粒チョコがゴロゴロと入っている。その表面にはナッツ類に使われていたと思わしき塩が付着している。

 塩キャラメルや塩チョコというものがあるように、塩と甘味の相性は思ったよりもいい。塩があるからこそ甘味が際立つ――スイカに塩をかけると美味いのと同じ原理だ。

 まずいわけがない。

 チョコを合間に挟むことでまろやかな味が口いっぱいに広がり、ナッツとビールの風味がより鮮明になった。


「く~~~~~~っ! やっぱりいいね。ビールと合う」


 ディシディアは口元に付いた泡を手で拭う。頭にはまだ例の帽子を被っているが、脱ぐ気配はない。なんだかんだ言いつつ、気に入ったようだ。

 良二はそんな彼女をジト目で見つつ、


「なんか、今ビール飲んだ時おじさんみたいでしたね」


「む、それは聞き捨てならないな。それを言うなら、口元をチョコで汚している君だって赤ん坊のようだよ」


 ディシディアはニヤニヤと笑いながら口元をティッシュで拭ってくれる。それが気恥しく、良二は顔を背けようとしたが、彼女は彼の頭をがっしりとホールドして口元をゴシゴシと拭いた。


「よし、綺麗になったよ、リョージ」


「……ありがとうございます」


 仮にも自分の面倒を見てくれたのだ。良二はぼそりと感謝の言葉を述べる。と、ディシディアは何かを思いついたようにポンと手を打ちあわせ、良二のスマホを持ってきて彼に手渡した。


「なぁ、リョージ。いいことを考えたのだが、一緒に写真を撮らないかい? カーラたちに送ってあげようじゃないか」


「あ、いいアイデアですね! そうしましょう!」


 良二がそれに賛成の意を示すと、ディシディアは満面の笑みで彼の横に身を寄せた。そうして、力の限りぎゅうっと抱きついてくる。

 良二は苦笑いをしながらもスマホを掲げてディシディアに目配せを送った。


「じゃあ、いきますよ。セイ……」


『チーズ!』


 一拍置いて、カシャリというシャッター音。スマホの画面にはとても幸せそうな顔をした良二とディシディアが映っていた。


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[気になる点] アメリカの夫婦の名前は、カーラとケントでは?
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