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第八十八話目~きのこの炊き込みごはんとなめこの味噌汁~

 夕方、ディシディアはパソコンと睨めあいっこをしながらハロウィンのことについて調べていた。このご時世だ。ハロウィンと検索すれば、あっという間にその詳細が出てくる。

 相変わらずのテクノロジーに驚嘆しながら、ディシディアは伊達眼鏡をクイッと指で押し上げた。


「なるほど……ハロウィンとは、こういうものなのだね」


 今では仮装をしてお祭り気分を味わうのが主流だが、元来は違ったらしい。

 その起源は古代ケルトにまでさかのぼり、元々は秋の収穫を祝って悪霊などを遠ざける祭りの役割を担っていたらしい。

 だが、時代が移り変わっていくのにつれてそれも変化していき、今では民間行事となっている。


「ここら辺は、どこの世界でも同じ、か……まぁ、否定はしないがね」


 彼女も長い生を経てきて、このような行事の変遷を目の当たりにしたことがある。もちろんそれには理由があるし、否定することはできないが……少し物寂しくはあった。

 彼女は少しだけ憂い気な視線を浮かべたかと思うと伊達眼鏡を外し、目頭を指で押さえ始める。やはりこういった電子機器にはまだ体が慣れていないので、すぐに目が痛くなってしまうのだ。


「よし、今日はこれくらいにしておくか。リョージ。何かすることはあるかい?」


 パソコンを閉じつつ、厨房に立つ良二に問いかける。彼は「う~ん」と小さく唸った後で、棚を指さした。


「とりあえず、コップを出しておいてください。もうすぐできますから」


「了解。ところで、君はハロウィンに参加したことはあるのかな?」


「えぇ。大学に入ってからですけど、数回ほど。ちょうど大学祭が被っていたので」


「大学祭?」


 聞き慣れぬ言葉に、ディシディアの耳がピクッと動いた。良二はお玉で鍋の中をぐるぐると撹拌しつつ、


「俺の大学がやる……まぁ、お祭りみたいなものですよ。出店を出したり、展示をしたり、後は外部から芸能人の人たちとかを呼んだり……結構楽しいですよ」


「おぉ……是非行ってみたいな」


「もちろん。来てください。というか、誘うつもりでしたし」


 良二はニパッと輝くような笑みを送ってくれる。すでに二人は浅からぬ仲だ。互いの考えていることなどは少しずつ理解できるようになってきている。

 ディシディアもそれを感じつつ、ポンと彼の腰を叩いた。


「ありがとう。まぁ、楽しみにしておくよ」


「はい。待ってますよ」


 良二は彼女を一瞥した後で調理を再開。味噌汁の塩加減を確かめてからあらかじめ出していた椀に注ぎ、トレイに載せる。と、コップを並べ終えてきたディシディアがすぐにそれを持っていってくれた。


「そうだ。出店といったが、リョージのところは何をやるんだい?」


「焼き鳥屋です。今回はゼミでやることになったんですよ」


「焼き鳥か……つかぬ事を聞くが、ビールは売っているのかい?」


 その言葉にずっこけつつ、良二は首を振る。それを見たディシディアは残念そうに肩をがっくりと落とし、わざとらしくため息をついて見せた。


「そうか……焼き鳥とビールは合うと思うのだがなぁ……」


「俺もそう思うんですけど、大学側がダメだって言ってるんですよ。なんでも、昔お酒関係でトラブルがあったらしくて」


「ふむ。嫌な話だな。その誰かのせいで規制がかかったというわけか。ここも向こうと同じだな」


 その時の彼女は、珍しく怒っているように見えた。軽い口調だったが、目はまるで笑っておらず冷ややかなものだ。そのただならぬ様相に、付き合いの長い良二ですらゾッとしてしまう。


「っと、気にするな。ちょっと昔のことを思い出しただけさ」


 ディシディアは努めて明るく言い放ちつつ、お茶などを運んで食事の準備を整えてくれる。良二はまだ何か言いたそうだったが、炊飯器の方によって中身をお茶碗に盛り付けていく。

 その時、箸を配膳していたディシディアの鼻がぴくぴくと動いた。


「……む? 何やら変わった匂いがするね……」


 それを聞いた良二は目をギラリと輝かせ、しゃもじをビッとディシディアにつきつけ、さながら武士が口上を述べるように声を張り上げる。


「ふっふっふ……それもそうでしょう。なにせ今日はキノコの炊き込みご飯ですからね!」


「おぉ! ……で、炊き込みごはんとは何だい?」


 またしても良二はつんのめる。そう言えば、ディシディアはまだこの世界に来て日が浅い。料理名など知らなくても不思議ではないのだ。


「炊き込みごはんって言うのは具とか出汁を入れて炊いたご飯のことですよ。まぁ、食べればその美味さがわかるはずですから」


 珍しく、良二は自信ありげだった。と言うよりも、今日は良二の方が食べるのを楽しみにしている気がする。思えば、調理中はずっと鼻歌を歌っているような気がした。

 彼は手際よくご飯を置き、座布団に腰掛けてディシディアを見つめる。彼女も見つめ返しつつ、


「いただきます」


「いただきます」


 二人は手を合わせ、同時に箸を取ってまずは炊き込みご飯に手をつける。

 出汁の豊かな香りが立ち上り、食欲をダイレクトに刺激する。具材は油揚げとシメジというシンプルなものだが、ディシディアにとっては十分物珍しいものだったらしい。彼女は耳をピコピコさせて喜びを体で表現していた。

 良二はそんな彼女を視界の端に入れてから、今一度炊き込みご飯を凝視する。

 我ながら、完璧な出来栄えだ――。

 米には色むらがなく、均等に色がついている。油揚げやシメジなどの具材の下ごしらえもバッチリで見た目的には完璧。


「んじゃ、早速……」


 ふぅっと息を吐き、気持ちを整えてからご飯を掻きこむ。すると、具材の旨みがこれでもか! と凝縮された米が口の中で踊る。

 味付けは抜群。濃すぎず、薄すぎない。油揚げやシメジにも十分味は染みており、噛むとじゅわっとエキスがしみだしてきた。そしてそれがご飯と絡み合い、得も言われぬ快楽となって押し寄せてくるのだ……ッ!


「~~~~~~っ!」


 あまりの美味さに、良二は身震いする。炊き込みご飯の旨みが秋の到来を告げるように体中を駆け巡っていく。それによって体中の細胞が活性化していくような錯覚を得ながら、良二は続けてなめこの味噌汁を啜る。

 トゥルトゥルとしたなめこがツルンっと喉を滑っていく感覚が実に心地よい。赤だしの味噌汁の塩加減も絶妙で、炊き込みご飯の味を邪魔しないものとなっていた。


「リョージ。これは美味しいね。いくらでも食べられそうだ」


 どうやらディシディアも気に入ってくれたようで、ガツガツと炊き込みご飯を掻きこみ、合間合間で味噌汁を煽っていた。

 自分の好きなものを好きになってもらうというのは誰にとっても嬉しいものである。特にこの炊き込みご飯は良二の大好物だ。


「よかった。まだまだおかわりはありますから、いっぱい食べてください」


 などと言いつつ、当の本人がおかわりに立つ様を見てディシディアは思わず噴き出してしまう。良二はそれを自覚しながらも、ご飯を山盛りにして帰ってきた。

 その時、味噌汁を飲み終えたディシディアが憂い気に目を伏せて首を振った。


「にしても、秋というのは嫌な季節だな」


「え? どうしてです?」


 その言い分に、良二は驚きを隠せない。

 ディシディアは「好き」と言うことはあっても「嫌い」と言うことは滅多にないのだ。

 その彼女がそこまで言うとは何か重大な理由があるのだろう。

 そう思い、良二は箸を置いて姿勢を正して耳を傾ける。

 ディシディアも箸を置き、額に手を置いて苦々しく口を開いた。


「……美味しいものが多すぎてつい食べ過ぎてしまう」


「……え?」


 予想していた言葉と違いすぎて、変な声が喉の奥から漏れる。しかし、ディシディアはそんな彼に構うことなく、恨めし気な視線を炊き込みご飯に向けた。


「考えてみたまえ。きのこや栗、かぼちゃにサンマ……太らせる気満々じゃないか。今日もたい焼きを十匹食べてしまったし……」


「ディシディアさん? その話ちょっと詳しく聞かせてもらえます?」


 さりげなく爆弾発言をしたディシディアに制止をかけたが、彼女は尚もぶつぶつと呟く。


「秋は美味しいものが増えすぎる……いや、嬉しくはあるのだが、太るのはね……」


「ディシディアさんディシディアさん。たい焼きのくだりをもっと詳しく」


「まぁ、いいか。とりあえず、今はこれを存分に楽しむとしよう」


 ディシディアはこれ以上追及されることを恐れてか、炊き込みご飯を掻きこむ。彼女は口いっぱいにご飯を頬張り、喋れないことを無言でアピール。

 良二は何か言いたそうにしていたが、彼女のハムスターのごとき愛らしい仕草を見て表情を緩和させ、髪を掻き毟る。


「……まぁ、美味しいものが多すぎるって意見には同意です。でも、食べ過ぎは本当に毒ですから気をつけてくださいよ?」


「わかっているとも。あ、そうだ。商店街のたい焼き屋で『栗たい焼き』なる新商品が出ていたんだが、それが中々美味だったんだ。よければ、今度一緒にどうだい?」


「ちゃんとわかってるんですか……?」


「わかっているとも。まぁ、一応自分の中でラインは決めているから大丈夫さ」


 しかしその数十秒後、彼女は炊き込みご飯を山盛りにして戻ってくる。

 そして夕食を終えるまで、良二が懐疑的な態度を崩さなかったのは言うまでもない。


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