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第七十三話目~変幻自在のお茶漬け~

 秋の風が窓から吹き込んでくる。うだるような暑さもだいぶなくなり、過ごしやすくなってきた頃、良二は黙々と大学の準備を開始していた。

 カリキュラムと睨めっこをして時間割を決め、成績表を見ては少しだけ不安げな顔をする。

 ディシディアは茶を啜りながら、そんな彼の一部始終を眺めていた。


「リョージ。大学は上手くいっているのかい?」


「えぇ、まぁ……とりあえず、落第はなさそうです」


 彼の声は少しだけ沈んでいた。チラ、と成績表を見てみれば確かに落第するような成績ではない。が、突出していい成績であるともいえないようだった。

 中の上――もしくは上の下。それが良二の評価である。

 地頭は悪くないはずだが、いかんせん頭が固いところがある。だから、たまに要領が悪い時があるのだ。おそらくは、今一つ突き抜けられないのはそれが原因でもあるだろう。

 もちろん良二も自覚はしている。だからこそ、悩ましげな吐息を吐いた。


「後期の授業は頑張らないと……」


「いい心がけだ。が、リョージ。いいことを教えてあげよう。学生の時分というのは、とても貴重なものだ。勉強もいいが、それにも目を向けなさい。せっかく、これだけ時間があるんだからね」


 と、ディシディアはスカスカの時間割をトントンと指で叩く。まだ完全に決めたわけではないだろうが、それでもかなり余白があった。


「……そうですね。社会人になったら、たぶん自由もなくなるでしょうし」


 良二は目を伏せながら、パタンとカリキュラムを閉じて部屋の時計に視線を寄越す。

 すでに時刻は夜の八時。まだ夕食を食べてなかったことに気づいた彼はハッとしてディシディアに頭を下げる。


「す、すいません! 俺、自分のことで手いっぱいで……お腹、空いたでしょう?」


「いやいや、いいんだよ。私も色々と面白いものを見せてもらったからね」


 ディシディアはひらひらと手を振りながらお茶を啜る。

 その時、グラスの中で氷同士がぶつかってカラン、と音を立てたのを見た良二は何かを思いついたかのように目を開き、やがて穏やかな顔つきになって静かに立ち上がってぐ~っと背伸びをした。

 ボキボキと背中から快音が響くのを感じながら、彼は台所へと向かう。

 すると、後ろからディシディアがちょこちょことついてきた。


「どうしたんです?」


「いや、君が大学に行っている間は私が家事を担当することになるだろう? だから、ちょっとだけ料理の勉強もしなくては、と思ってね」


 とは言うものの、良二は昼時には帰ってくることがほとんどだ。しかし、もし彼に何か会った時や急に帰れなくなった時のことを考えておくと、作れて損はない。

 決意を持った眼差しを向けてくるディシディアの視線を受け、良二はニコリと微笑んでまるで偉い教授のようにスッと背筋を伸ばし、ピッと人差し指を立てた。


「わかりました! じゃあ、俺が簡単に作れる料理を教えましょう!」


「おぉ! して、それは?」


「ズバリ……お茶漬けです」


「お茶漬け?」


 聞き慣れぬ言葉にディシディアは首を傾げた。良二はそんな彼女を横目にさっさと準備を開始する。やかんに水を入れ、コンロの火をかける。そして、冷凍庫からあまりもののご飯を取り出してレンジに投入。


「これで、準備は大体終わりです」


「本当か? 君たちの技術が優れているのは知っているが、これだけでできる料理とはにわかには信じられないな……」


 ディシディアは懐疑的な視線を良二へと向ける。良二はそんな彼女に対して笑いかけながら次は食器棚から箸を取り出し、テーブルに並べに行く。

 ディシディアはまだ不思議そうにしていたが、それでも冷蔵庫からお茶を取り出してテーブルに持っていった。

 そうこうしているうちにやかんからは湯の沸く音が聞こえてきて、レンジからはチーンッという小気味よい電子音が響く。それを受け、良二はパタパタと台所に駆け寄ってレンジからご飯を取り出してお茶碗に入れた。


「あちちちち……さぁ、後はこれを入れてお湯をかけるだけですよ」


 といって彼が取り出したのはお茶漬けの素。袋に入っているそれをご飯の上にかけ、続けてお湯をかける。徐々に緑色の粉瘤が融ける様を見て、ディシディアはお、と目を丸くした。


「ほほぅ。なるほど……こういうことか」


「はい。簡単でしょう? ほら」


 差し出されたお茶碗を受け取り、ズズッと啜る。と、香り高い海苔と出汁の香りが口の中に拡散していく。米はサラサラと掻きこめるし、調理の手間もかからず食べやすい。

 ディシディアは得心を得たように頷いた。


「これなら私でも作れそうだね」


「でしょう? 後、トッピングも豊富なので色々と味を変化させられますよ」


 言いつつ、良二は冷蔵庫から鮭フレークや明太子、はたまた塩昆布などを取り出していく。


「これを入れるとまた味が変わるんですよ……って、立ち話もなんですから、座りましょうか」


「それもそうだね。つまみ食いはここまでだ」


 二人はお茶碗を落とさないようにしっかりとホールドしながら居間へと向かい、テーブルを囲むようにして腰かける。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 ディシディアは近くにあった鮭フレークを手に取り、パラパラとお茶漬けにかける。一方の良二は梅干をひょいとお茶漬けに放り、続けて塩昆布を入れた。


「あ、待ってください。確かたくあんを買ってたはず……」


 良二はふと思いついたように立ち上がり、冷蔵庫からたくあんが入ったタッパーを持って帰ってくる。ディシディアは彼を横目で眺めながら、鮭茶漬けをサラサラと掻きこんでいた。

 鮭フレークの力強い味わいがお茶漬けの中でキラリと光る。さらにお湯をかけることで出汁が出てきて一層のコクが出てきた。

 鮭フレークは入れすぎるとくどくなることがあるが、適量だとこれ以上ないほどお茶漬けに合う。ディシディアは大層気に入ったらしく、口元に微笑を張り付けていた。


「箸休めにたくあんを食べると美味しいですよ」


「む。なら、頂くとしようか」


 一旦箸を止め、たくあんに箸を伸ばす。そうしてお茶漬けの上でワンクッション置いてから口に運ぶと、スッキリとした味わいが口内を満たした。

 ポリポリカリカリとしたたくあんは歯ごたえもよく、箸休めにはちょうどよい。やや脂っぽい鮭茶漬けを食べ続けると飽きていたかもしれないが、たくあんを挟むことで逆にその脂っぽさがよく感じるようになる。


「俺のもよかったら食べてみませんか?」


 差し出される良二の茶碗を受け取りつつ彼女は首肯を返し、またしても勢いよくかっ込んだ。


「ッ!」


 刹那、鮭茶漬けとはまた違う味わいを感じる。

 塩昆布の出汁が効いた茶漬けはやや濃いめの味付けになっているが、梅干をほぐしていくうちにいい塩梅に塩加減が調整されていく。

 この梅干しのキリッとした酸味もまた、茶漬けの味をグッと引き締めてくれている。

 芳しい梅干しの香りはスゥッと胸がすくようで、さらに食欲が湧いてくる。が、彼女は名残惜しそうにしながらも茶碗を良二へと返す。彼もディシディアの茶碗を返しつつ、


「結構トッピングで味って変わるでしょう? 昨日のジェラートじゃないですけど」


「確かに。しかも、これはあちらよりも顕著だ。基本は一緒なのに、ここまで変化が生まれるとは……やはり、君たちの文化は食に対する好奇心と探究心に優れているね。感心するよ」


「ディシディアさんがそれを言いますか?」


 良二が言うと、ディシディアはふっと口元をゆるめて肩を竦めた。そうして、照れ隠しのように茶碗を傾けて茶漬けを豪快に掻きこんでいく。

 その時、彼女の耳がまた元気よく動いているのを見て、良二はうっすらと微笑を浮かべた。


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