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第七十一話目~パクチーハウス東京~

 ガタンゴトン、と電車に揺られながら良二はスマホの画面を見つめていた。そこに映し出されているのは『パクチー専門店』の文字。サイトにはあまたの料理の写真が載っており、しかもどれもが美味そうだ。


「にしても、パクチーというのはどういうものなんだい?」


 ふと、ディシディアが語りかけてくる。彼女は余所行き用のローブに身を包み、興味深そうに目を瞬かせながらスマホを覗き込んできた。

 良二はピコピコと揺れる彼女の耳を横目で見つつ、


「パクチーって言うのはセリ科の一年草のことですね。国や食べ方によって呼び名も違うみたいです」


「ほほぅ。面白いな。ちなみに、リョージは食べたことはあるのかい?」


「何度かありますよ。でも、ここまでパクチーを前面に押し出している料理はないですね……」


 まぁ、それは仕方ないだろう。パクチーはあくまで料理にアクセントを加えるものだ。

 しかし、これから行く『パクチーハウス東京』においては少しばかり違う。ほとんどの料理にパクチーが使われており、メインとして扱われている。

 その物珍しさに引かれ、二人は来店を決心したのだ。


「あ、もう着きますよ」


 言うが早いか、電車は目的地である経堂駅へと到着。ドアが開かれるなり、二人はすたすたと外に歩み出し、改札口へと向かっていった。


「ここからどれくらいかかるんだい?」


「五分程度ですよ。まぁ、ぼちぼち行きましょう」


「それもそうだな。見知らぬ土地を歩くのは楽しいものだ」


 二人はクスリと笑い合い、改札を潜って農大通りを道なりに突き進んでいく。道の両脇には様々な料理屋が立ち並び、中々に賑わっている。ちょうど会社帰りのサラリーマンたちなどは近くの居酒屋に入っているところだった。

 鼻をひくつかせればそこかしこからいい匂いが漂ってくる。うっすらと灯る街灯の灯りに目を細めつつ、ディシディアは大きく息を吐いた。


「いい所だな。活気があって、どこか親しみ深い」


 そう思えたのは高層ビルが立ち並んでいないということも大きいのかもしれない。下町じみた雰囲気を漂わせる通りは良二にとっても好感度が高いものだった。

 そんな彼は一旦道の脇に寄り、スマホを確認。そうしてきょろきょろと辺りを見渡した。


「えっと……ここら辺だと思うんですけど」


「あ、もしかしてあそこじゃないか?」


 と、ディシディアが指差す先には三階建てのビル。その二階には確かに『PAXIHOUSE』と描かれた窓があり、客たちの姿が見てとれた。


「よかった。じゃあ、早速行きますか」


「もちろんだとも」


 二人は早速二階に繋がるエレベーターの元まで歩み寄り、ボタンを押す。そして数秒もしないうちにやってきたエレベーターに乗り込んで二階のボタンを押した。


「見たまえ、リョージ。マットにパクチーの絵があるぞ」


「あ、本当だ! 壁にもいろいろ広告が張ってありますし、結構推してるみたいですね」


 そんなことを言っているうちに二階へと到着。二人は入り口を潜り――ハッと息を呑んだ。

 専門店、と言うとどうしても堅苦しい印象を受けがちだが、店内はとても賑わっていた。老若男女、誰もが笑い合っている。活気に満ちたその様子に、自然とディシディアの頬も緩む。


「いらっしゃいませ、ご予約の方ですか?」


 やってきた店員に問われ、良二は首を振る。と、その女性店員は申し訳なさそうに首を傾げた。


「すみません……今日は非常に混み合っており、席はあそこしか空いておりませんが、大丈夫ですか?」


 彼女が指さす先には――樽型のテーブル。それが三つ連なり、円を形成していた。

 立ちながら食べることにはなるだろうが、樽型のテーブルで食べるという珍しい経験ができる機会は中々ない。良二とディシディアはほぼ同時に頷き、それを受けた店員はパァッと顔を輝かせてテーブルを指さした。


「では、こちらへどうぞ! お荷物はあちらの棚にお願いします」


「じゃあ、俺が入れてきますよ。その間、ディシディアさんはメニューを見ていてください」


「あぁ、どうもありがとう」


 ディシディアは彼にポーチを渡し、その後でメニューを見やる。手書きのメニューはどこか温かい感じがして親しみが持てた。可愛らしい絵なども描かれており、中々にポップである。


「お待たせしました。まずはドリンクを頼みませんか?」


「それもそうだね。どれ……って、これにもパクチーが入っているのかい?」


 ドリンクメニューを見たディシディアは表情を強張らせた。そこにはソフトドリンクや焼酎など、比較的ポピュラーなドリンクも書いてあるが、パクチーのカクテル――パクテルやパクチーのお茶――パクティーなど、物珍しいものも存在した。


「どこまでパクチー尽くしなのだ……まぁ、私はとりあえず水をもらおう」


「じゃあ、俺は……すいませ~ん!」


「は~い!」


 良二はやってきた店員にドリンクメニューを見せ、


「俺は『パク酒ブラッディメアリー』を一つ。で、ディシディアさんは水ですよね?」


 ディシディアがそれに首肯を返すと店員はさらさらと伝票に注文を書きこみ、その場と後にしようとする。が、そこでディシディアがスッと手を上げた。


「すまない。ついでにメニューも頼んでいいかな?」


「はい、どうぞ」


「ありがとう。では『ほおばるサラダ生春巻き』を一つと『パクソースのパスタ』を一つ。それから『パク天』を頼む。とりあえず、これでいいかな?」


「俺は構いませんよ」


「じゃあ、それで頼む」


「かしこまりました!」


 店員はサッと機敏な動きで厨房の方へと消えていく。一方、ディシディアたちは部屋の内装を見やっていた。

 全体的にオシャレな雰囲気で落ち着いた感じだ。壁にはおそらく店主と思われる男性が旅をした時の写真やそこで得たお土産などが飾られている。

 店内は中々に広く、テーブルもたくさん並んでいる。ただし、今日に限ってはほとんどが埋まっていた。


「ふぅむ……かなり人気の店みたいだね」


「最近はパクチーブームが来てるみたいですからね。このお店はパクチー好きにとってはたまらないと思いますよ」


「確かに、これだけあれば十分だろう」


 と、肩を竦めながらメニューを掲げてみせるディシディア。

 その時、先ほどの女性店員が飲み物を持ってきてくれる。


「お待たせしました。『パク酒ブラッディメアリー』とお冷です。どうぞごゆっくり」


 彼女はグラスをコトン、とテーブルの上に置きまたしても厨房の方へと駆けていく。良二とディシディアはそんな彼女には目を向けず、テーブルの上のブラッディメアリーを注視していた。

 細長いグラスにたっぷりと注がれたブラッディメアリーにパクチーがトッピングされている。しかも、刻んでおらず、茎もついているほどだ。

 もちろん、ただ見た目のインパクトがあるだけではない。赤と緑の対比は美しく、見ているだけで惚れ惚れするほどだった。

 良二はそれを持ち上げ、ふっと口元を吊り上げた。


「じゃあ、乾杯」


「乾杯。お疲れさま」


 カチン、とグラスを打ち合わせ、二人は同時に飲み物を煽る。ディシディアはグラスから口を離すなり、良二のリアクションを待った。

 彼はごくごくと喉を鳴らして飲んだ後でゆっくりと口を離し、満足げに息を吐く。


「……ディシディアさん。これ、すごいです。パクチーが前面に出てきます」


「ちょ、ちょっともらってもいいかな?」


「どうぞ」


 差し出されたグラスを受け取り、おそるおそる口にする。

 ピリッとしたブラッディメアリーの味わいを感じたのも束の間、パクチーが顔を出してくる。シャキシャキのパクチーはかなり風味が強く、ブラッディメアリーを押しのけて前面に出てくるほどだ。

 未体験の味覚にディシディアはブルリと体を震わせ、幸せそうに頬に手を当てた。

 変わっているが、不味くない。いや、むしろ飲めば飲むほど癖になるようだ。


「これはいい。結構美味しいね」


「ですね。まぁ、ちょっとびっくりしましたけど」


 苦笑しつつも良二はブラッディメアリーを飲み進めていく。彼も気に入ったようで、徐々にペースを上げているようだった。


「お待たせしました。こちら『サラダ生春巻き』でございます」


 次の料理は生春巻きだ。それには二つのソースが添えられている。一つはマヨネーズベースの様なもの。もう一つはビネガーベースと思わしきものだ。


「これは意外にシンプルな感じだな。じゃあ、早速頂きます」


 ディシディアは生春巻きを一つ箸で掴み、マヨネーズベースのソースにつけて口に運んだ。

 刹那、まろやかかつスパイシーな風味が口の中に広がる。

 生地はモチモチ、エビはぷりぷり、中に入っているパクチーや野菜たちはシャキシャキで食感の違いを堪能できる。パクチーの風味はソースによって高められ、さらに深められている。


「うん、美味い。これはイケるな」


 次はもう一つの方にちょいとつけて口に入れる。やや甘酸っぱい味わいが口の中に広がり、それが無性に食欲をそそった。前菜としては合格点以上の品である。

 パクチーの風味は独特で好みが分かれるところだが、ディシディアも良二も大丈夫だったようだ。二人は一心不乱に生春巻きを頬張っている。

 その時だ。


「すいませ~ん! 追パクお願いします!」


 誰ともなく、そんな声を上げたのは。

 ディシディアはごくんっと口の中のものを嚥下してから不思議そうに首を傾げた。


「今のは、何だろう?」


「あ、これじゃないですか?」


 良二が指差すのはメニューが書かれている紙だ。そこには確かに『追パク』の文字があった。どうやら、追加のパクチーは無料らしい。

 それを知ったディシディアはすぐさま手を上げた。


「すまない。追パクを頼む」


「は~い!」


 声が返ってくるのとほぼ同時、また女性店員がやってくる。彼女が抱えているのはパスタの皿だ。

 パッと見はジェノベーゼのようにも見えるパスタにちょこんとパクチーが乗っている。ニンニクの香りが腹の虫を刺激し、ディシディアは思わず生唾を飲んでしまった。


「これも美味しそうだな……」


 ディシディアはフォークを取り、クルクルとパスタを巻き取って頬張る。その瞬間、彼女のパッチリとした目がさらに見開かれた。

 麺はキチンとアルデンテに茹でられており、ソースとしっかり絡んでいる。パクチーの風味とニンニクの香ばしい風味が混じり合い、舌にガツンと響いてくるような洗練された美味さだ。


「あ、俺この味好きです」


 良二はハッとしたように呟く。それにディシディアも頷きを返し、再びパスタを口にした。

 来店当初はパクチーの香りと味に対して多少抵抗感があった二人だが、数品を経てもうそれはなくなったらしい。むしろ、パクチーの風味が欲しくなってきたくらいだ。


「お待たせしました~」


 そんな二人の心情を察したかのように追パクが到着。小鉢にこんもりと盛られたパクチーは威圧的だった。が、ディシディアはすぐにそれをパスタの中に投入し、麺とよく絡めて口に入れる。


「ん~~~~~~っ!」


 あまりの美味さに体が震える。パクチーというものに、ここまでの可能性があったとは。

 単なるアクセントとしてだけではなく、こうして料理の主軸をなすだけのポテンシャルを秘めている。パスタとも、生春巻きとも相性がいい。

 風味が独特なだけで、かなり応用が効く食材なのかもしれない。

 二人がパスタに舌鼓を打っている間にも、次の品が到着する。

 皿の上に乗っているのは極厚のパクチーのかき揚げ。その厚さたるや、五センチはあろうかというほどだった。見た目のインパクトだけならば、今日一番だ。


「と、とりあえず割ってみるとするか……」


 かき揚げに箸を突き刺すとカシュッという快音が鳴り響いた。しかも、見た目に反してかなり軽い。ディシディアは器用にそれを真っ二つにして、半分を取り皿に移した。

 彼女はそれをさらに半分に割り、まずはそのままパクリ。

 パリパリのパクチーは揚げられているおかげか独特の香りがやや中和されている。そのため、初心者でも食べやすい仕様になっていた。

 が、すでにパクチーの虜になりつつあるディシディアには物足りなかったようだ。

 そのため、彼女はかき揚げの乗っていた皿に盛られている緑色の塩――パク塩をちょっとだけかき揚げにつけてかぶりつく。

 パク塩はその名にたがわず、口に含んだ瞬間パクチーの香りを炸裂させた。絶妙な塩味のかき揚げは揚げられているというのに後味があっさりしていて飽きることがない。口当たりも軽く、これならばいくらでも食べられそうだ。


「……さて、そろそろ締めに移るか」


 ディシディアはチラリとメニューを見やり、サッと手を上げて店員を呼んだ。


「この『パク塩のアイス』をくれ。リョージはどうする?」


「俺はいいです。あ、ブラッディメアリーを追加で」


「了解しました」


 店員はまたしても颯爽と去っていく。良二たちはそれを視界の端に納めてから、再びパクチーを貪る。

 すでにパクチーの魅力に取りつかれているらしき二人は一心不乱にパクチーを食べ進めている。

 よくよく見れば、店内はそういった人々で溢れかえっていた。

 あらゆる料理にパクチーが使われ、追パクというシステムもある。ここはまさに人間をパクチー好きにするためだけにあるようなレストランだ。実際、その効果は見て取れる。もしかしたら、すでに重度のリピーターもいるかと思うほどだった。


 良二はブラッディメアリーで口の中を洗い流してから、ディシディアに視線を移す。


「そういえば、ディシディアさんって案外好き嫌いありませんよね?」


「確かに、そうだな。まぁ、ないわけじゃないよ。サルミアッキなどはもう二度と食べたくない……このパクチーも匂いが独特で少し腰が引けたが、食べてみると中々にイケる。いや、正直今はすごく好きだよ」


「よかった。来た甲斐があります……あ、また来たみたいですよ」


「お待たせしました~」


 その言葉に応じるように店員がやってきてブラッディメアリーとアイスを置いていく。

 アイスはやはり緑色でパクチーらしさを前面に押し出している。上にはパクチーの蜂蜜――パク蜜がかけられ、さらにはパクチーの種子もまぶされていた。


「では、いただきます」


 スプーンを手に取り、アイスを頬張る。

 濃厚なミルクの風味と共に香り高いパクチーの味わいが口内に満ちる。かかっているパク蜜が全体の味をまろやかにし、さらに奥深さをプラスしていた。

 ここの品全てに言えることだが、ただ闇雲にパクチーを入れているわけではない。

 どの食べ方ならパクチーを美味しく食べられるか、よく考えられているものばかりだ。

 ひんやりとしたアイスは口当たりもよく、種子を噛み潰すとパクチーの旨みが爆発する。アメリカで食べたバジルアイスクリームのように中にパクチーの葉が入れられているが、完成度はこちらの方が上だ。


「あぁ……これはいい。食事の締めにはピッタリだ」


「……というか、パクチーを食べた口直しにパクチーを食べるって相当ですよね」


「言うな。それは無粋というものだ」


 ディシディアはぴしゃりと言い放ち、アイスを口にしていく。

 その時の彼女の目は何かに憑りつかれているようであり、どこかぼんやりとしていた。


さて、今回書いたのも実際にあるお店です。経堂駅から歩いて数分のところにある『パクチーハウス東京』さんにお邪魔してきたので、書かせていただきました。

本当にいいお店でしたよ。私もパクチーが大好きになりましたので、興味がある方は行ってみてください。中毒になること間違いなしです。

念のため、パクチーハウスさんのリンク(http://paxihouse.com/blog/acces/)を貼っておきますので、興味がある方は是非行ってみてください。

それでは最後に、パクチーハウス様。そして店長さん。掲載許可を下さってありがとうございました。美味しい料理と楽しい時間を楽しめてとても嬉しかったです。またお金を溜めたら行きたいので、その時はまたよろしくお願いいたします

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