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第七十話目~Cafe Bar Kirinとキャラクターカクテル~

以前箸休め、として投稿していたものです。ちょっとナンバリング整理のため、いったんこちらへ移動させました。どうぞご了承くださいませ

「リョージ。今日はどこに行くんだい?」

 駅の改札口を抜けながらディシディアが問う。彼女はきょろきょろと不思議そうにあたりを見渡しながら顎に手を置いていた。

 そんな彼女に良二は優しく微笑みつつ、スマホの画面を見せつける。そこにはあるバーのホームページが映し出されており、地図が載せられていた。


「今日行くのは『CafeBarKirin』ってところですよ。なんでも、変わったカクテルが楽しめるらしくて」


「変わったカクテル? むぅ……それは使う材料が変わっているのかい? それとも、グラスかな?」


「たぶん、行けばわかりますよ。って、俺も行くのは初めてなんですけどね」


 などと肩を竦めつつ良二は西荻窪駅の北口へと向かっていく。ディシディアは彼に遅れないようにやや小走りになってその後を追い、横に並んだ。

 バーというのに行くのも初めてなのだろう。良二は大学の入学式に着て以来タンスの肥やしとなっていたスーツを身に纏っている。クリーニングに出したばかりのそれはパリッとしていて社交的な雰囲気を醸し出していた。

 一方のディシディアはと言うと――この世界に来た時に身に着けていたローブを纏っている。ドレスを買う、という手もあったがやはりローブこそが大賢者である彼女にとっての正装なのだ。

 彼女は耳にかかる髪を払い、チラと辺りを見やる。裏路地は狭く、しかし活気に満ちている。道の左右にある店舗は多種多様で居酒屋、ラーメン屋、はたまたスペインバルなど統一性はないが、それらからは絶えず笑い声が響いてきている。

 それが妙に心地よくて、ディシディアはわずかに目を細めた。


「ふふ、少しばかり楽しみになってきたよ。しかし、バーか。酒は飲めないかもしれないな」


 普段は酒を飲めるが、それはあくまで家の中での話だ。彼女は良二の親戚ということで話を通しているし、見た目は完全に子どもだ。酒は飲めないと考えた方がいい。

 が、彼女は特に気にした様子はなく目をキラキラと輝かせる。


「そのカクテルというのは、ノンアルコールにできるのかな?」


「えぇ、できると思いますよ。ですから、心配してなくていいと思います」


「わかった。ありがとう」


 などと会話をしていると、やがて左手の方に何やらおしゃれな建物が見えてきた。歯このような建物はほとんどガラス張りで中が透けて見える。二階、一階、地下一階とそれぞれにお店や会社があるようだ。

 良二は一旦大通りに出て、そこで二階へとつながる階段を上っていく。が、


「あれ……おかしいな」


 そこは例のバーではなく、別の店だったようだ。良二は首を捻りながら階段を降り、改めて地図を確認する。目的地には到着しているはずだ。事実、ナビもここを示している。

 一体どういうことだろうか……と、彼が思案していると、


「リョージ。こっちに階段があるよ」


 ディシディアが優しく声をかけてきた。言われるがままそちらに行くと、確かに裏手の方に二階へとつながる階段があった。その階段付近には立て看板が設置してあり、そこには近頃流行のアニメ『モブサイキョ』の『モッブ』や『おそ梅さん』の『おそ梅兄さん』などが描かれていた。

 それを見たディシディアはハッとした様子で耳をぴんと張らせ、その拍子にイヤリングがリンと揺れた。


「なるほど。ここはアニメ関係のバーなのかな?」


「半分正解ですかね。まぁ、入ってみるのがいいと思いますよ」


「それもそうだ。では、行こうか」


 などと言いつつ、ディシディアは階段を上っていく。良二もその後を追っていき、入り口のドアを開けた。

 まず目に入ってきたのはオシャレな照明で彩られた店内と小型のテーブルを囲む女性たちの姿だ。誰もが楽しげに話し合っている。


「いらっしゃいませ、ご予約はお済ですか?」


 数秒もしないうちに女性店員がやってきた。いかにもバーテンダーという格好をした彼女はにこやかに微笑み、伝票らしきものを掲げてみせる。

 良二はそんな彼女に穏やかに微笑んで指を二本静かに立てた。


「えぇ。予約していた飯塚です」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 促されるまま窓際の席へと座る。そこには洒落たキャンドルグラスが置いてあり、中に入れられたろうそくが微かな光を灯している。

 ディシディアは良二にポーチを渡し、それからメニューを見やる。バーということでかなり酒の種類は豊富そうだ。また、食事だってかなり豊富である。ビーフジャーキーやミックスナッツといったつまみ類からオムライスなどのメインまで揃っている。

 先ほど案内してくれた女性はすっと居住まいを正し、ぺこりと頭を下げてきた。


「本日はご来店くださりありがとうございます。キャラカクはご利用になられますか?」


「キャラカク?」


 聞き慣れぬ言葉にディシディアが首を傾げると、女性はメニューをサッと指差した。そこには『キャラクターカクテル』と描かれた項目がある。が、酒の種類は書かれていなかった。

 ますます訳がわからないといった表情をするディシディアのために、女性が解説を入れる。


「『キャラクターカクテル』とは、キャラクターをモチーフにしたカクテルです。アイドルや俳優、アニメ、漫画のキャラクターでも構いませんし、お客様が考えたオリジナルのキャラクターでも大丈夫です。ご注文の際は専用のシートをお渡ししますのでそれに必要事項を書いてもらい、それを元に私たちがカクテルを作成します」


「なるほど……しかし、それはかなり難しいのでは?」


 その言葉に、女性は深く頷いてみせる。


「はい。渡された情報を元にして作るのでお時間はかかります。ですので、先におつまみや別の飲み物を頼んでおくことをお勧めしております。それならばすぐに出せますので」


「ありがとう。では、リョージ。先に注文したまえ」


「とりあえず、キャラカクを一つと……ソルティ・ドッグを一つ。ディシディアさんは何頼みます?」


「オレンジジュースで頼む」


「かしこまりました。では、こちらをどうぞ」


 女性が渡してくれたのは一枚の紙だ。そこにはキャラクターの名前やプロフィール、好きなところを各項目がある。アルコールの有無や苦手な味などもここで決められるようだ。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 女性はそれだけ言ってその場を後にしてしまう。その後で、良二は渡されたシートに目をやった。が、ややあって目を何度か瞬かせる。頼んだはいいものの、どんなキャラクターのカクテルを作ってもらうのか決めていなかったのだ。


「どうしたんだい?」


 見かねてか、ディシディアが優しく問いかけてくる。良二は彼女に力ない笑みを向けた後で、テーブルの上にうつぶせになって呻き声をあげた。


「いや、実はどのキャラクターを作ってもらうのか決めていなかったんですよね……」


「そういうことか。まぁ、存分に悩みたまえ」


 ディシディアはお冷で口の中を潤した後で店内に視線を移す。内装にはかなり力を入れており、随所にこだわりが見てとれる。バーカウンターやその奥にある酒棚などもキチンとしているところを見ても、この店が一流の店であることが伺える。

 また、漫画や小説なども置かれており、店員たちもそれらのコンテンツを愛していることが伝わってくる。『誕生日辞典』という本もあるが、おそらくオリジナルキャラクターの場合にはその誕生日を示し合せてくれるのだろう。自分たちの業務に妥協を許さない姿勢を感じることができた。


「お待たせしました。こちらお通しです」


 いつの間にかやってきていた女性店員がお通しを渡してくれる。そこには輪切りにされたカルパスや細切りにされたチーたら、そしてミックスナッツなどが入っていた。

 それから間もなくして、再び店員がグラスを抱えてやってくる。


「ソルティ・ドッグとオレンジジュースでございます」


「ありがとう。ほら、リョージ。顔をあげたまえ。君のも来たよ」


 ディシディアに促され、良二はゆっくりと顔をあげて飲み物を受け取る。ディシディアもオレンジジュースを受け取って、二人でニカッと笑い合った。


「それでは、ひとまずお疲れ様。乾杯」


「乾杯」


 カチン、とグラスを打ち合わせる。が、ディシディアは自分のグラスを見やって苦笑した。


「そのグラスとは乾杯をするべきではなかったな」


 彼女がそういうのも無理はない。良二の頼んだソルティ・ドッグのグラスの淵にはたっぷりと塩が付着している。グラスを打ち合わせれば、それが付いてしまうのは必然だ。


「うぅ……やっぱりしょっぱいな」


 ディシディアはグラスに付着した塩を指で取って舐めるなり、顔をしかめてみせた。その姿が妙に可愛らしくて、良二はつい吹き出してしまう。

 彼はそれを悟られまいとグラスを煽る。グラスの淵に付着した塩はやはりしょっぱい。だが、清涼感のあるグレープフルーツジュースが入れられているおかげでそれはだいぶ押さえられ、非常に飲みやすい品となっている。

 彼は唇についた塩を舌で舐めとり、それからシートに記入を始める。ディシディアはそれを覗き込もうとしたが、良二に手で制されてしまう。


「見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」


「別にいいだろう? ほら、見せてみたまえ」


「だ、駄目です!」


 彼は意外にも粘ってみせる。ディシディアは見たそうにしていたが、これ以上やると食う気が悪くなると思ったのだろう。一息つき、それからジュースを煽ってつまみに手をつける。

 カルパスにしろ、チーたらにしろどちらも酒と合う品だ。オレンジジュースとの相性もいいのだが、やはりこの組み合わせならば酒と楽しみたかった、とディシディアは思う。

 ミックスナッツにはチョコレートも混ぜられており、時折甘いものを挟むことで塩味をより鮮明に感じることができるのだ。ディシディアはそれらを大事そうにもぐもぐと咀嚼しつつ、良二を見やる。

 彼は黙々と何かを描いていたかと思うとサッと手を上げ、店員を呼んだ。数秒もせずに来た店員はすぐにシートを受け取り目を通す。


「何か、イメージカラーなどはありませんか?」


「イメージ……?」


 チラ、と良二はディシディアを見る。当の彼女は食べるのに夢中で気付いていない様子でもはや眼中にもない様子だった。


「じゃあ、エメラルドグリーンで」


「かしこまりました。では、しばらくお待ちください」


 良二は妙な解放感と達成感に包まれながらソルティ・ドッグを煽り、つまみのチーたらを口に放り込んでメニューを開いた。


「何か食べますか?」


「……いや、今日は遠慮しておこう。この雰囲気を楽しみたいからね。たまには胃を休めることも大事だろう」


「それもそうですね。食生活には気をつけないと怖いですから」


 彼はそう答えて今度はカルパスを口に入れ、そこで奥の方をゆるりと見やった。そこは広めのスペースが取られており、大きめのテーブルやたくさんの椅子が置かれていた。さらにそこにはドデカイテレビが設置されており、その様子は圧巻の一言に尽きる。


「して、リョージ。君はどんなキャラのことを書いたんだい?」


「内緒です」


「つれないな。私と君の仲だろう?」


「だから駄目なんですよ……」


 ディシディアには聞こえないようにぽそりと呟く。一方の彼女はキョトンと首を傾げて不思議そうな顔をしていた。

 その時だ。チリン、と小気味よいベルの音が鳴り響き、そこから複数名の女性客たちが入り込んでくる。彼女たちは店員とも面識があるようで和やかにあいさつを交わした後で、例のテレビが置かれているフロアへと移動。そこで数名の女性たちが更衣室らしき場所へと向かっていった。

 頬を染めて顔を背ける良二をよそにディシディアはそちらを見やる。十分ほどすると女性たちは更衣室から戻ってきたが、服装が先ほどまでと違う。おそらく、何かのアニメのコスプレだろう。和服を着て、ウィッグをつけていた。


「なるほど……こういう楽しみ方もあるのか」


 おそらく予約はいるのだろうがそのような楽しみ方があることにディシディアは舌を巻く。彼女たちは仲良さ気に話しつつ椅子に腰かけ、テレビの方を見やった。いつの間にかやってきていたスタッフが機材を操作するとそこに映像が映され、女性たちからは黄色い歓声が上がった。


「ふふ、それにしてもいい店だな」


 彼女はポツリと呟き、クイッとオレンジジュースを煽った。店は客で溢れており、しかも誰もが楽しげにしている。こういった店は中々に貴重だ。居心地も店員たちの雰囲気もいい。時間が許すならば、いつまでもこうしていたいほどだ。


「すいませ~ん」


 と、そこで新たな声と共にまたしてもチリン、とベルが鳴る。後ろを見れば、そこには三名の男性たちが立っていた。彼らは店員を見るなり、やや躊躇いがちに問いかける。


「すいません。予約をしていないんですけど、入れますか?」


「申し訳ございません。当店は予約制となっておりまして……当店ホームページから予約をしていただく形になっているのですが……当日予約の場合にも電話対応なら行っていますので、次からはお願いいたします」


「あ~……そうですか。いつぐらいに空きますかね?」


「当店は時間制限を設けていないので何とも……ただ、十時以降には空くかもしれませんので、十時前後になればご連絡ください。空席があれば飛び入りでも大丈夫ですので」


「わかりました。では、失礼します」


 男性たちは店員にぺこりと頭を下げ、階段を下りていく。彼らの姿を視界の端に納めた後で、ディシディアは良二の目を見つめた。


「なぁ、リョージ。ここは予約必須なのかい?」


「えぇ。今は数か月待ちですよ」


「数か月!? なら、予約は大変だったんじゃ……」


「いやいや、そうでもないですよ。たまたま空いていたので、意外にあっさりといきましたし」


 彼はひらひらと手を振って快活に笑う。ディシディアはそんな彼を見て苦笑したが、悪い気はしていないようだ。

 たまに良二は掴みどころがないところを見せる。その点も含めてディシディアは彼のことを気に入っているのだが。


「お待たせしました。キャラクターカクテルでございます」


 ちょうどソルティ・ドッグが半分まで減った折、店員がキャラクターカクテルを持ってきた。

 テーブルに置かれたそれを見て、二人はほぅっと感嘆のため息を漏らす。

 ゴブレットのようなグラスに入れられ、綺麗な装飾が施されている。そこには澄んだスカイブルーのカクテルがなみなみと注がれ、さらにはクラッシュアイスも入っている。マドラーの先端はダイヤモンドのような形をしており、その美しさたるやまるで王家の杖のようだ。

 また、グラスの淵にはエメラルドグリーンのチェリーと月を象った飾りが掲げられている。どちらもグラスとカクテルに非常にマッチしており、見ているだけで神聖さと神々しさが伝わってきた。


「お気に召していただけましたか?」


 店員の問いに二人は無言で頷く。よほど感動しているのか、言葉も出ない様子だった。

 店員はにこやかに微笑んだかと思うとカウンターの奥から一本のボトルを持ってきて良二たちのテーブルに置き、中腰になってカクテルを指さした。


「では、カクテルの説明をさせていただきます。まず、このカクテルはディシディア様をイメージしたものです」


「え?」


 その説明に思わずディシディアが目を丸くした。彼女は良二を見やったが、そこで彼がだらだらと冷や汗を流していることに気づく。まさか、こうやって堂々と言われるとは思っていなかったのだろう。彼の目はあちらこちらに泳いでいた。

 しかし、そんな彼には構わず店員は説明を続ける。


「まず、グラスについてです。ここには魔方陣をイメージした装飾などがあり、そこでディシディア様の神聖な感じをイメージしました。また、エルフということでしたので今回は美しさに重きを置いた形になっています」


 ディシディアと良二は顔を真っ赤にして俯いていた。カクテルに用いられるのは『好きなところ』だ。つまるところ、これは良二が彼女に抱いている『好きな』イメージを用いたことになる。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで頬を紅潮させるディシディアたちには構わず、店員は二の句を継げる。


「クラッシュアイスを入れておりますので、ディシディア様の冷静で大人びた態度をイメージしたものとなっております。本来はそうではないのですが、表面上はやや冷たい印象を受けるということでしたので」


 店員は一息つくと同時に先ほど置いたボトルをサッと前に押し出した。


「では、次にカクテルについての説明です。主に用いているのはグレイグースウォッカ。フランスのものです。度数は四十度と比較的高めですが、非常に飲みやすく女性らしいお酒ですので、ディシディア様のイメージに合うものと考えました。また、先ほど言いましたが表面上はクールに見えるけれども実は優しく時折子どもっぽい麺も見せるということでしたので中層には甘いシロップを入れ、グレープフルーツジュースで清涼感をプラスしております」


 もうこの段階で二人の顔からは火が出そうな勢いだった。特に良二などは自分の考えていることが彼女に伝わっていることがたまらなく恥ずかしいのか、もはや両手で顔を押さえている。

 だが、まだまだ説明は続く。


「底には時折見せる表情の陰りをイメージしたシロップを入れております。しかしこれをこちらのマドラーで混ぜますと清涼感の中に深い甘みがプラスされ、より奥深い味になること間違いなしです。また、イメージカラーがエメラルドグリーンということでしたのでグリーンチェリーを用い、月のアクセサリーを用いました。以上が、このカクテルの説明でございます。こちらのお客様がコスプレをしておられたので、比較的イメージが固まりやすくすぐにお作りできました」


 と、店員から指を刺されディシディアはどこか安心したような顔になって胸を撫で下ろす。どうやら店員は『ディシディア』というキャラが別にいて、今店に来ている少女――つまりはディシディアがそれのコスプレをしていると思ったらしい。

 なんにせよ、正体がばれていないことにホッとしたディシディアは安堵のため息を漏らしてだらんと身体を弛緩させた。


「それでは、どうぞごゆるりと」


 彼女は恭しく礼をしてこの場を後にする。良二はそっと指を開き、その隙間からディシディアの方を見やる。彼女は依然として顔を真っ赤にしていたが、嬉しそうに顔を綻ばせてグラスを指でつついていた。


「ふふ、なるほど。私のイメージカクテルか。中々に乙なことをしてくれるじゃないか」


「い、いや、違うんですよ。まさかああやって説明を受けるとは……」


「まぁ、いいじゃないか。少なくとも、私は嬉しいよ。君がそれだけ好意を持っていてくれたということだからね」


 確かに彼が書いたシートにはギッシリと文字が書きこまれていてほとんど隙間がなかった。良二は彼女の言葉を聞いて今にも顔から湯気を出しそうだったが、そこでディシディアからカクテルを差し出される。


「まぁ、飲みたまえ。あまり時間を置くと味が薄まってしまうかもしれないからね」


 クラッシュアイスを入れているから、それは十分にあり得る話だ。良二はゴクリと息を呑んだ後で顔の火照りを冷ますべくカクテルをチビリと口に含んだ。

 清涼感があり、とても後味がスッキリとしている。クラッシュアイスのおかげでキンキンに冷えているが、ウォッカ自体のアルコール度数が高いからか次第に体の内側からポカポカと温まってくる。


「どれ、私も一口」


 ディシディアは周囲を気にしながら、ちょいとグラスを煽って笑みを作る。


「うん。美味い。非常に飲みやすいな」


「胸がスゥッとする感じですよね。これならいくらでも飲めそうですよ」


 彼はしばしカクテルを堪能した後でマドラーを手に取り、クルクルと撹拌する。それによって色合いが徐々に濃くなっていき、先ほどまでとは少し違った様相を見せ始めた。

 先ほどがスカイブルーならば、今はマリンブルー。より深く雄大で、全てを包みこむような色へと変化していく。まさしく、寛大で懐の深い彼女のイメージにぴったりだ。

 だいぶ混ぜられ味が均等になったあたりで良二は満足げに頷いた。


「よし、じゃあ、いただきます」


 良二はマドラーから手を離し、グラスを口につけた。

 すると、先ほどとはまるで違うカクテルの一面が顔を出してくる。

 清涼感はそのままで、しかしこちらの心をほっとさせるような優しい甘さが口の中に広がった。クラッシュアイスのおかげで舌の感覚が鋭敏化されているおかげでその甘さは何倍にも増幅されている。良二はうっとりと目を細めて静かにグラスから口を離した。


「混ぜるともっと美味しいですよ。飲みますか?」


「もちろんさ。いただきます」


 ディシディアはカクテルをクイッと煽り、すぐに頬を緩ませる。


「あぁ、これは……私の好きな味だ。甘くて、涼やかで、心地いい」


「気に入っていただけて何よりです。じゃあ、これもどうぞ」


 良二は月のアクセサリーに刺さったグリーンチェリーを取り、彼女の口に持っていく。ディシディアは小さく口を開けてチェリーにかぶりつき、ほにゃっと頬を綻ばせた。

 ねっとりと濃厚な甘さが舌にじんわりと広がっていく。そこにカクテルを流し込めば完璧なハーモニーが口の中で生まれる。甘いのにスッキリとした味わい。しかしインパクトは強く、喉元を過ぎても圧倒的な存在感を放っている。

 ディシディアはこくこくとカクテルを飲んだ後で、嬉しそうに口の端を吊り上げた。


「……ありがとう。美味しかったよ」


「どういたしまして。気に入ったならよかったですよ」


「さて、では次は私が君のイメージカクテルを頼むとするかな?」


「え!?」


 思わず立ち上がる良二をジト目で諌めつつ、ディシディアはメニューをトントンと指で叩いた。


「いいだろう? 君だって頼んだんだから」


「いや、あれは、その……まさか説明が来ると思っていなかったからで」


「いいじゃないか。私だって君の好きなところはいくつも思い浮かぶんだ。まずは優しいところだね。人のために涙を流せるような清い心や誰にでも平等に接することができるような対等さも好きだ。後、寝顔だね。子どもっぽい寝顔をしているところや自分より大きい動物には怯えたりするところも可愛らしくて……」


「ワーッ! ワーッ! も、もう大丈夫ですから!」


 彼は慌てて手をブンブンと振って彼女の言葉を遮る。一方のディシディアは「そういうところも好きだよ」と付け加えてクスクスと笑う。

 結局時間も中々に遅くなってきて終電を逃しそうではあったのでカクテルを頼むことはそれ以上なかったが、また近いうちに訪れるであろうことは明らかだった。


さて、今回書いたのは実際にあるお店です。西荻窪の『CafeBarKirin』さまに先日お邪魔させていただきましたので、ディシディア様と良二君に行ってもらいました。時系列としては、アメリカ旅行後ですね。

と、それはさておき本当にいいお店でした。ディシディア様のイメージカクテルも素晴らしく、思わず拝んでしまったほどです。店員さんたちも親切でしたので、創作者の方もそうでない方も一度行ってみてください。きっといい経験ができるはずですから。

念のため『CafeBarKirin』さまのホームページのアドレス(http://barkirin.moo.jp/)と私のツイッターのアドレス(@KabkabEcchan)を書いておきますので、参考程度に。ツイッターの方ではディシディア様たちがこれまで食べてきたものなどの写真なども載っておりますし、今回のカクテルの総まとめもありますので、よろしければ。

それでは最後に『CafeBarKirin』さま。レポの許可を下さってありがとうございます。機会があれば是非とも行きたいと思っておりますので、その時はよろしくお願いいたします。

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