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第六十八話目~甘くて優しいフラペチーノ~

 ウィスコンシンからアメリカまでは相当の距離がある。その上途中休憩などを挟んでいたため、結局空港に到着したのは朝の七時だった。

 ディシディアは大きな欠伸と共に車外に歩み出し、大きく背伸びをした。それと同時、眩しい日差しが降り注いできて、彼女たちは目を細めた。


「もうアメリカともお別れか……」


「やっぱり、名残惜しいかい?」


 キャリーバッグを下ろしつつ、リーが問いかけてくる。それにディシディアは首肯を返し、悩ましげに息を吐いて額に手を置いた。


「あぁ。正直ね。ただ、チケットの都合もあるし、リョージの学校も始まるそうだからね」


「それは言わないでくださいよ……あたたたた」


 良二は顔をしかめつつ、苦しそうに呟いた。昨日飲み過ぎたことと長距離の運転は相当の負荷がかかったらしい。彼は顔面を蒼白にして口元を抑えていた。


「全く……ほら、水でも飲みたまえ」


 ディシディアは彼に向かってひょいっと水の入ったペットボトルを投げ、自分はポーチをしっかりとホールド。パスポートやチケットなどがあることをきちんと確認して、ほっと胸を撫で下ろした。


「ふぅ。いい感じだな。後は帰るだけだ」


「長旅ご苦労様。まぁ、帰るまでが旅だからね。気をつけて帰るようにね」


「それは彼に言ってあげてくれ……なぁ、リョージ?」


 ディシディアは腕組みをしてニヤニヤしながら良二を見上げる。彼はそんな彼女の視線から逃れるべくぷいっとそっぽを向いた。が、その先に飛行機があるのを見て顔を真っ青にする。

 寝不足、二日酔い、乗り物酔いまでが重なった状態で苦手な飛行機に乗ることは彼にとって苦行に等しい。良二は見てわかるほど困惑しているようだった。

 けれど、すぐに水を煽って気分を入れ替える。


「……じゃあ、行きましょうか」


「あぁ。では、リー。ここまでありがとう。ジェシカやカーラたちにもよろしく言っておいてくれ」


「もちろん! 本当なら見送ってあげたいんだけど、仕事がね……」


 申し訳なさそうに頭を掻くリーに対し、ディシディアはフルフルと首を横に振る。


「気にしないでくれ。ここまで送ってくれただけでもありがたいよ。色々世話になったね。また機会があれば会おう」


「そ、そうですよ。またアメリカには来る予定ですから、その時にでも会いましょう」


 良二もそれに同調し、何度も頷く。

 リーは人当たりのいい笑みを浮かべてひらひらと手を振った。


「あぁ、その時はまた連絡してよ。まぁ、俺たちも行くかもしれないから、その時はよろしくね」


「あぁ。もちろんだ」


 ディシディアたちは彼とがっしりと握手を交わし、それから空港内へと足を踏み入れる。リーは彼女たちに向かってしばらく手を振った後でタクシーに乗り込み、颯爽と去っていった。

 ディシディアは彼の姿が見えなくなった辺りでチラ、と良二を見上げた。


「では、私たちも搭乗手続きをするとしようか」


「えぇ。行きましょう……正直、気が重いですけどね」


「ははは、まぁ、頑張りたまえ」


 ディシディアはしょんぼりと肩を落とす彼の背をトントンと優しく叩きながら中へと入っていく。最後に感じたアメリカの風は心地よく――まるでこちらの心を溶かしてくれるようだった。


「……よし、後はここを潜るだけだね」


 それから数十分後。ディシディアは金属探知機のゲートの前まで来ていた。肩に下げていたポーチの入った籠をコンベアで流し、それと共に歩いていく。


「ここって潜る時緊張しません?」


 そう告げる良二はベルトを外して落ちかけているズボンを抑えていた。それを見たディシディアはぷっと吹き出してしまう。


「確かに、そうだね。ブザーが鳴ると反射的にびっくりしてしまうよ。にしても、この世界はすごいな。このような機械があるとは」


「あっちにはなかったんですか?」


「あぁ。いや、一応それに類した魔法はあったのだが、いかんせん人間がやるものだから時間がかかるんだ。しかし、これならば潜るだけでわかってしまう。正直こちらの世界には利便性が高い道具が多いと思っているよ」


 魔法は確かに便利だが、万能ではない。人によって向き不向きがあるので習熟度に差が出るし、相性によっては全く使えない者も存在する。

 その点、機械ならばやり方さえ知っていれば誰だってできる。そういう意味では、ディシディアは機械の方が優れていると思っていた。

 と、話している内にも列はどんどん流れていく。気づけば自分の前の男性がゲートを潜っているのを見て、ディシディアはハッとして歩みを進めた。

 そうしてふふん、と鼻を鳴らして門を潜った――その直後だった。

 ビーッ!

 という、耳障りなブザー音が鳴り響いたのは。

 それに良二はびくりと体を震わせるが、それよりも驚いているのは当然ながらディシディアだった。彼女は目をパチクリさせながら歩み寄ってくる巨漢の黒人警備員を見上げる。くちゃくちゃとガムを噛み、サングラスをかけている。服の上からでもわかる筋肉の盛り上がりはさながらオーガのようですらあった。

 ディシディアはゴクリと唾を飲みこみ、慌てて手を振る。


「ま、待ってくれ。私は別に怪しいものは持って……」


「ヘイ」


 と、その言葉の途中で黒人男性が口を開く。地の底から響くような低く重い声だった。

 ディシディアは何が何やらわかっていないようだったが、そこで彼はそっと彼女の耳を指さす。


「イヤリング。外し忘れてないかい?」


「……え? あっ!」


 彼女は自分のエルフ耳を触ってようやく気付く。確かにそこには三日月を象ったイヤリングが着けられていた。


「す、すまない! 失念していたようだ……」


「じゃあ、もう一度潜ってみて」


 ディシディアは慌ててイヤリングを外し、彼の指示に従って門を潜る。今回は何も鳴らず、彼女は心底安心したように体の力を抜いた。


「ご協力感謝します」


 黒人警備員はビッと綺麗な敬礼をしてから元の位置へと戻っていく。見た目こそ怖そうだったが、実は真面目な人だったようだ。


「いや、ディシディアさん。期待を裏切りませんね」


 後ろから聞こえてくるのは良二の楽しそうな声。彼はクスクスと笑いながら流れてきた荷物を取り、ディシディアに渡した。

 一方の彼女はむっとした表情になって彼を半眼で睨む。


「君だって、外し忘れていたじゃないか」


「あ、ばれました?」


 くしゃっと顔を歪ませる良二を見ていると、ディシディアの頬もつられて緩んだ。二人はやがて笑い合い、その場を後にしていく。


「さて、これからどうする?」


 搭乗口の位置は把握しているので、後はそこに行くだけだ。が、まだまだ時間は残っている。ディシディアは近くにあるターミナルの見取り図を見た後で、コクリと頷いた。


「とりあえず、この中をしばらく探検しよう。まだまだ時間はあるからね」


「それもそうですね。じゃ、早速あそこに行きますか」


 良二が指差すのは旅先の退屈を潰す本を買うことができる本屋。英語が読めない二人でも眺めているだけで楽しめるようなラインナップだ。漫画や写真集なども置いてある。当然のごとく、そこにはアメコミも置いてあった。

 子どものように目をキラキラと輝かせる良二を宥めるようにしながらディシディアはそちらへと向かっていく。一方の良二の方は今さらながら財布の中身を確認していた。


 それから小一時間後。ディシディアは満足げな顔で搭乗口に並んでいた。

 このターミナル内は本屋だけじゃなくお土産屋や飲食店なども立ち並んでいた。中にはターミナル内で食べ歩きをしている人などもおり、ポップコーン片手に歩いている人などもいたほどだ。

 当然、ディシディアたちも買うものは買っている。


「ディシディアさん。お待たせしました」


 パタパタと小走りで良二が駆け寄ってくる。彼の手にはストローが刺さった二つの容器がある。それを見て、ディシディアはパァッと顔を輝かせた。


「おぉ、こちらもそろそろ列が動き出しそうだよ。ありがとう」


 彼女は受け取ったそれを見て、キョトンと首を傾げる。


「ちなみに、これはどういう料理なんだい?」


「キャラメルフラペチーノですよ。店員さんがオススメしてくれたので買いました」


「ほう、キャラメルか。いいね。ちょうど甘いものが欲しかったんだ……それでは、いただきます」


 ディシディアは手を合わせ、ストローに吸い付く。すると、ひんやりシャリシャリとした食感が舌を刺激した。


「ッ! これは……面白いな」


 甘くひんやりしていて、かき氷のようにも思えるがあれよりももっと濃厚で力強い。何より、上にかかっているクリームが全体の味をまろやかにしてくれていた。

 シャリシャリとした食感は中々に新鮮で、眠気も吹き飛ぶようだ。

 やや感じるコーヒーのホロ苦さとキャラメルソースの甘さもちょうどよい塩梅で非常に飲みやすいものとなっており、しかし喉元を過ぎても圧倒的な存在感を放っている。

 そのままの状態で飲むもよし。ストローで撹拌してクリームを溶かすもよし。どちらも違った良さがあった。


「ふふ、これはいい。リョージはどうだい?」


「俺は……いいです。あまり重いものは飲めそうにないので」


 彼が持っているのはただのアイスコーヒー。どうやら相当参っているらしい。


「大丈夫かい?」


「たぶん、大丈夫ですよ……っと、ディシディアさん。列動いてますよ」


「おっと、ありがとう。続きは入ってからにしようか」


 ディシディアは一旦言葉を切り、中へと進んでいく。その間もフラペチーノを飲みつつ、通路の窓から外を伺っていた。すでに飛行機たちはどんどん空へと飛び立っており、豪快なエンジン音を響かせている。

 ディシディアは飛行機が割と好きなようだが、良二は違う。彼の手はガタガタと震えており、怯えているのが見てとれた。

 が、そうこうしているうちに席に到着。ディシディアは一番窓際、良二はその隣に腰掛ける。通路側はどうやら空席のようだ。これならば、手洗いに行く時遠慮する必要もない。良二はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、俺は寝ます。絶対に寝ます」


 良二は繰り返し言い、座席に体を預ける。アイマスクを着け、必死に寝ようとしている彼の頭を撫で、ディシディアは子守唄のようなものを謳う。彼女の故郷――エルフたちの間で親しまれていたわらべ歌の様なものだ。

 聞き覚えはなかったが、その穏やかなメロディーに誘われるように良二は眠りへと落ちていく。するとそれを見計らったかのように、飛行機は離陸の準備を始めた。


「っと……結構揺れるな」


 離陸するため滑走する機体はガタガタと揺れていた。ディシディアは改めて、良二が寝付いてよかったと心から思う。もし起きていれば、今頃パニックになっていたか……あるいは胃の中のものをぶちまけていただろう。

 すやすやと心地よさそうに眠っている良二の手をギュッと握るディシディア。その温かさと脈動を感じているうちに飛行機は離陸。そこで、ディシディアは窓の外を今一度見つめた。

 見えてくるのはシカゴの街並み。続けて、うっそうと茂った森やいくつも連なる山など。それらを見ているだけでアメリカに滞在した時の記憶がありありと蘇ってくるようだ。


「……ありがとう。みんな……またいつか来るよ」


 彼女は窓に指で文字を描く。それは彼女の故郷の文字――『魔法文字』である。

 彼女は感謝と再会を誓う言葉を描いてから、もう溶けてしまったフラペチーノを啜る。

 なぜだか、先ほどよりも甘くなっているような、そんな気がしながらディシディアは静かに目を閉じた。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

Thukuneつくねさん(@thukune0421)さんが描いてくださった最初のファンアートたちをここに納めます! どんどん素晴らしくなっていくので是非ご覧ください! ツイッターもやっているそうですので、興味がある方はどうぞ!


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