第六十七話目~お別れパーティー!~
ディシディアたちが到着してからというもの、家の灯りと笑い声が途絶えることはなかった。誰もがディシディアたちのことを祝福し、彼女たちとの別れを惜しんでいる。
ディシディアと良二もまた、彼らと別れることを惜しんでいた。
しかし、やはり湿っぽいのは性に合わないのだろう。存分に喰い、飲み、笑い合っている。
「ねぇ、ディシディアちゃん。何か魔法を見せてくれない?」
「んぅ? あぁ、いいよ……ほら」
すっかり酒で赤くなってしまったカーラの言葉に、ディシディアは大きく頷いて手を横に振った。するとそこから赤いもやもやとした霧状のものが発生し、しかし数秒もすると四本足の馬の姿となって天井付近を駆け回る。
「昔、友人に教わった魔法だ。中々面白いだろう? 幻影魔法の亜種だそうだ」
ディシディアは上機嫌になってビールを煽る。彼女の座っているテーブルの脇には瓶や缶が散乱しており、相当飲んだことが伺える。だが、彼女はまだまだ足りないと言った様子で目の前にいるケントと飲み比べをしていた。
そんなディシディアは驚くリナたちを横目で見つつ、やや不満げに唇を尖らせた。
「にしても、こうもあっさり受け入れてもらえるとは……黙っていたのが途端に馬鹿らしくなった」
「まぁ、ウチはこういう家系だからさ。細かいことは気にしないんだよ」
「細かいことではないような気がするが……いや、それもここのいいところだね。私は好きだよ」
「あぁ、俺もですよ……」
彼女の言葉に賛同するように良二も手に持つグラスを掲げた。彼の方はマッドやケントに進められるまま飲んでいたせいですでに許容量をオーバーしているらしく、顔を熟れたリンゴよりも真っ赤にしていた。
「この家って温かいですよね……なんだか、ほっとしますよ」
「ハッハッハッ! 五月蠅すぎるのがたまに傷だがね!」
マッドは豪快に笑いながら良二の背をバンバンと叩く。彼も笑っていたが、時折餌付くような仕草をしているのがやけに不気味だ。
「はいはい。みんなまだまだご飯はあるから楽しんでね」
食堂に立って調理をしていたハーリーとレンが戻ってくる。彼らが抱えているトレイには大量の料理が乗っていた。
「おぉ、やっと来たか」
ディシディアは「待ってました」と言わんばかりに手を打ちあわせ、料理を取りに行く。皿の上にあるのはハッシュポテトとコンビーフをよく混ぜ合わせたものやナチョスだ。
彼女はそれらをこんもりとサラに乗せた後で再び席に戻り、景気づけとばかりに瓶ビールを一気飲みする。元々酒に耐性がある彼女だからできる業だ。
「さてさて、ではいただきます」
まず手をつけたのはコンビーフとハッシュポテトを混ぜ合わせたもの――「コンビーフハッシュ」と呼ばれているものだ。
炒められたコンビーフは香ばしく、ところどころカリッとした食感を残している。そうしてそれが口の中でほくほくのポテトと一体になり、驚くほど味わい深いものへと変貌する。
ナチョスに乗せてみても絶品だ。感覚としてはカナッペのようなものだ。
ナチョスにはチリソースやマイルドなマスタードをつけるのだが、辛いものが苦手なディシディアはコンビーフハッシュと食べる方が好きらしい。
まったりとしたコンビーフハッシュと軽やかな味わいのナチョスの相性は言わずもがな。気が付けばあっという間に皿の上は空になっており、ディシディアは小さくため息をついた。
「むぅ。早いな……っと、ビールももうないか」
缶を逆さにしても、数滴水が落ちるだけ。彼女は落胆を示すように耳と肩をしょぼんとさせ、てこてことビールが置かれたテーブルへと歩み寄った。
その時だ。
家のベルがチリンチリンと鳴り響き、その場が一瞬で静まり返ったのは。
「あぁ、出るよ」
レンは行こうとするカーラを手で遮り、ドアへと向かう。そうして扉を開けるとそこに立っていたのは――長身の黒人男性、リーだ。彼は一同を見渡し、人の好い笑みを浮かべて手を上げる。
「や、久しぶり、みんな。ディシディアちゃんとリョージも元気そうで……って、リョージ。大丈夫かい?」
「う、あぁ。大丈夫、大丈夫……うぷっ」
問われた良二はそう返すものの、結構酔っているようだった。が、何とかそんな声を絞り出し、ゆっくりと椅子から立ち上がり大きな欠伸と共に背を伸ばす。
「う~ん……じゃあ、そろそろ行きますか?」
シカゴ空港までの距離は相当ある。もう少しゆっくりしていたいのも山々だが、早く行かねば乗り過ごしてしまうのも事実だ。
だからこそ――ディシディアも良二も名残惜しそうにしながらも席を立つ。
ディシディアは静かに席を立ち、ドアの前に立って一同に礼。そこで顔を上げ、言の葉を紡いだ。
「みんな……私は君たちに出会えてよかった。ここで多くのことを経験させてもらったし、何より貴重な思い出をもらった。もし、機会があればまた来るよ……本当に、本当に、ありがとう」
「……俺も、皆さんに会えてよかったです。正直、ウチは大家族じゃなかったんで、こういうのに憧れていたってのもありますけど……とにかく、この時間をみんなと共に過ごせてよかったと思っています。ありがとうございました」
彼らが頭を下げると同時、カーラとケントがやってきた。かと思うと、彼らは力いっぱい良二たちの体を抱きしめる。
「……じゃあね、二人とも。絶対においで。君たちはもう俺たちの家族だ」
「そうよ。愛しい息子と娘だもの。いつだって帰ってらっしゃい。ここはあなたたちの家だと思っていいんだから」
抱きしめられた温かさと心地よさに目を細めながら、ディシディアはカーラの背をトントンと叩き……戸惑いながら、小さく口を開いた。
「なぁ、カーラ。もし、もしよければ……君のことを母と呼んでいいだろうか?」
「もちろん。いいわよ」
「ありがとう……母さん。父さんも、ありがとう」
ディシディアは涙ぐみながらケントの方に歩み寄り、その体をぎゅぅっと力強く抱きしめる。良二もカーラの元に寄り、涙を流す彼女を慰めるように優しくハグを返した。
「はは、俺たちも混ぜてよ」
いつの間にかマッドたちもやってきていて、ディシディアたちは彼らとハグを交わした。そうして、最後にもう一度両親たちの体を抱きしめた後で、ディシディアは家の外に停められているタクシーに目を止めた。
「……じゃあ、行こうか」
「えぇ」
良二は彼女の肩を抱くようにしてドアを潜る。
「二人とも!」
そこで、カーラが珍しく大声を張り上げた。それを受け、二人はハッと後ろを振り返る。
「愛してるわよ、私の家族たち」
そう告げる彼女は慈母のように優しい笑みを湛えていた。だからこそ、良二たちは彼女に満面の笑みを返す。
「俺もだよ、母さん」
「私もだ。愛してるよ」
胸に心地よい温かさを得ながら二人は外へ歩み出す。すでに荷物は搬入し終えているらしく、リーはカーラたちの車に寄ろうとするディシディアたちを手で遮った。
そうしてタクシーに乗り込み、やがて緩やかな挙動とともに車が動き出す。それから家が見えなくなるまで、カーラたちはずっと手を振っていた。
もちろんディシディアもそれに手を振り返し、物憂げな視線でポツリと呟く。
「……いいものだな。家族とは」
その声は車のエンジン音にかき消されていく。が、彼女はもう一度愛しき家族たちに目をやって、満足げに息を吐いた。




