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第六十五話目~チーズ工場でチーズの試食会!~

 朝食を終えた後、ディシディアたちはカーラの車に乗ってある場所へと向かっていた。窓からは心地よい朝日が差し込み、その眩しさにディシディアはわずかに目を細めつつも景色を眺めている。

 この景色をまともに見れるのも今日限りなのだ。彼女は可能な限り景色を記憶の中に残そうとしているように見えた。一方の良二も、窓の桟に頬杖をつきながら遠い目をして窓の外を見やっている。まぁ、彼に関しては単に車酔いしているからかもしれない。

 やがて車は大学の近くを通り過ぎ、それからずっと先へと向かっていく。遠くに見える教会を見て、ディシディアは口元を緩ませた。


「ミランダにも随分と世話になった。思えば、この旅行は多くの人たちがいたからこそ楽しめた、と言えるかもしれないな」


「そうですね……シカゴについても色々親切な人たちが助けてくれましたし、俺たちだけじゃ絶対ここまで来られなかったですよ」


「あぁ。人の繋がりを感じられるよい旅だった……まぁ、まだ終わったわけじゃないがね」


 ディシディアは可愛らしく言い放ち、前方を見やる。住宅は徐々に見えなくなっていき、郊外らしくうっそうと茂った木々などが視界に映ってきた。


「そういえば、どこに向かっているんだい?」


「ディシディアちゃんが絶対に気に入ってくれるところよ」


 カーラは含みのある言い方で答え、ふと前方を指さした。そこには大きな建物があり、駐車場には多くの車が停まっている。そしてカーラたちが乗っていた車も駐車場の脇に入り、動きを止めた。


「さぁ、行こうか。ディシディアちゃん。絶対ビックリするよ」


 ケントはニヤニヤとしながらグッとサムズアップをしてみせる。良二とディシディアは顔を見合わせて首を傾げたが、すぐに彼の後を追って建物の扉の前に立った。

 看板などは見えないが、もしかしたらここは喫茶店などかもしれない。店先にはテラス席のようなものがあるし、中からは人々の笑い声が聞こえてくる。それだけでディシディアは待ちきれないようで、耳をぴょこぴょこ、足をパタパタさせていた。


「さぁ……ショータイムだ!」


 ケントはもったいぶった様に扉を開く。すると、その先にあったのは――大量のチーズだ。視界を埋め尽くすほどのチーズが陳列され、大勢の人々が買い物かごに入れているところだった。


「これは……素晴らしい!」


 アメリカに来て以降、チーズはディシディアの大好物だ。種類も大きさも何もかもが違うチーズを前に、ディシディアの興奮は最高潮。彼女は勇み足でケースに近寄ろうと――


「待った。先にこっちだよ」


 したが、ケントに遮られる。彼が指差しているのは上に続く階段だ。正直すぐにでもチーズを買いあさりたい気分だったが、せっかく勧めてくれているのを無下にするわけにもいかない。ディシディアは頷き、階段を上っていった。  階段はそこまで長くなく、あっという間に二階に到着。そうしてしばらく通路を歩き、開けた場所に出て、ディシディアはまたしても目を剥いた。

 そこにあったのはチーズに関連する品々だ。かつて手作業で行われていた時に使われていたような機械や、樽などが置かれている。ガラス張りの棚にはオシャレな食器や小物などが置かれており、時代を感じさせられた。


「ディシディアさん! こっちこっち! すごいですよ!」


 珍しく良二が興奮気味に叫ぶ。何事か、とディシディアが彼の方に歩み寄ると、そこには夢のような光景が広がっていた。

 二人が見ているのはガラス張りの窓。その向こうにはチーズ工場があり、そこでは大勢の人々が働いていた。その上、よくわからない機械たちが動いてチーズを形成している。それも一つや二つじゃない。種類によって分かれているようで、その工程の複雑さはもはや素人にはよくわからないほどだ。


「チーズはこうやって作られているの。食材がどうやって作られているのか知ると、またありがたみが増すでしょ?」


「確かに……小さなチーズに、これほどまでの手間がかかっていたんだな」


 ディシディアは心底感心したように呟き、改めて工場に視線を巡らせる。ここでは袋詰めなどは行っておらず、あくまでチーズの生成や加工を担当しているようだ。


「あ、こっちに手を振ってますね」


 良二が手を振りながら微笑む。彼の視線をたどると、クレーンのような機会を操っている職員がにこやかに手を振っていた。それを受け、ディシディアもひらひらと手を振る。

 このフランクさもアメリカならではだ。サービス精神が旺盛というか、わざとらしく機械を大きく動かしてくれる辺りは流石としか言いようがない。


「さて、そろそろ下に行こうか。そろそろいい頃合いだろうしね」


「頃合いとは?」


「行けばわかるさ。ほらほら、ちょっと急ぐよ」


 ケントから急かされ、ディシディアたちは慌てて階段を下りていく。そうして向かったのは、念願のチーズ売り場だ。職員たちがチーズの解説などを行っており、活気に満ちている。


「なんだか、あれを見た後だとチーズひとつひとつが愛おしく思えるな」


 ディシディアは近くにあったプロセスチーズを眺めつつ、そんな言葉を漏らした。

 その時だ。


「おひとつどうですか?」


 ふと、前方から声をかけられたのは。

 慌てて視線をそちらに向けると、ニコニコと笑っている女性が見えた。胸元に光るバッジがここの職員である、ということを示している。

 彼女はディシディアが持っていたチーズを優しく手に取り、パッケージを破いた。唖然とするディシディアをよそに彼女はコロコロとしたブロック型のチーズを手に取り、ディシディアたちに差し出す。


「さぁ、どうぞ。試食です」


「ま、待ってくれ。今のは売り物では?」


「あぁ、気にしないでください。比較的安い奴ですから」


 確かにパッケージには『二ドル』と書かれている。だが、だからとして勝手に破いてもいいものか。新たなカルチャーショックを感じている良二たちだが、対してケントたちはマイペースにチーズを頬張っている。

 女性の方もけらけらと陽気に笑いながら、ススッと手でチーズを示す。それを受け、ディシディアたちはチーズを口の中へと放り込んだ。

 刹那、チーズの濃厚な風味が口内を満たす。噛み締める度に旨みが溢れだし、思わず体が震えるほどだ。

 女性はあまりの美味しさに目を細めているディシディアたちに満足げな視線を向けた後で、


「美味しいでしょう? こちらもオススメですよ」


 と、今度は備え付けの試食品を差し出してくれる。それはチョコレートのような色合いをしており、スプーンに乗せられていた。ペースト状の何か……だが、ここで売られているということは確かにチーズなのだろう。


「あ、もしかしてこれを見るのは初めて? 『ピーナッツバターファッジ』って言うの。食べてみて?」


「む、では、いただきます」


 ディシディアは意を決したようにパクッとスプーンを口の中に入れた。

 直後、彼女のきつく閉じられていた目がクワッと見開かれる。


「これは……美味い!」


 ピーナッツバターのまろやかな風味とチーズの濃厚さが意外にもよく合う。これをクラッカーやビスケットなどに塗っても美味しそうだ。

 先ほどのチーズがおつまみだとしたら、こちらはデザート。後味もサッパリしており、しつこさは微塵もない。

 この品はまさしくチーズの新境地。これまでのチーズの概念をぶち壊す品だ。

 加工されたものではあるが『造られた味』という感じはしない。むしろ自然な感じで非常に食べやすく、味わい深い。味に奥行きがあり、色々と応用も効きそうだ。


「他にもこれなんかはオススメよ」


「これは……うどん?」


「え? うどん? 何、それ?」


 差し出されたひも状の白い麺のようなものを見てディシディアは呟いたが、目の前の女性は不思議そうに目を瞬かせる。が、彼女はすぐにポンと手を合わせ、解説を寄越してくれた。


「うどんが何かは知らないけど、これもれっきとしたチーズよ。美味しいから食べてみてちょうだいな」


「もちろんだ。では、いただきます」


 彼女はそれを受け取り、口に入れた。

 もにゅもにゅとした独特の食感で、これまた普通のチーズとは違う。弾力に富み、気を抜けば押し返されてしまいそうだ。

 味の方も格別だ。乳臭さはなく、あっさりとしている。これならばスナック感覚でいくらでも食べられるだろう。

 形としてはうどんとしか思えないが、ちゃんとしたチーズ味だ。見た目にも新鮮なこの品を相当気に入ったらしく、良二はもぐもぐとひたすら咀嚼を繰り返していた。


「他にもあるわよ。いっぱい食べて」


 女性は喜んでもらえたのが嬉しかったのだろう。トテトテと店の奥に消えていったかと思うと形が悪い失敗したチーズなどを大量に持ってきてくれた。そして当然のごとく、彼女の周りには人だかりができていく。


「こ、これはすさまじいな……」


 その様にディシディアは呑まれているようだった。が、すぐに目先のチーズに視線を戻す。

 結局、その後大量のチーズをお土産として購入したのは言うまでもない


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