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第六十四話目~一家団欒のオートミール~

 まだ日も昇らない頃、ディシディアと良二は帰り支度を進めていた。予定では明日の昼の飛行機に乗る予定である。そのため、今日の夜には出発しなければ間に合わない。そのため、早めに準備を始めていたのだ。


「それにしても、案外短かったですね」


 良二の言葉にディシディアは静かに頷く。体感としては数か月以上滞在したつもりだったが、実のところ数週間しか経過していない。それほど密な日々を過ごしたわけだが、二人としてはまだ実感が沸かないらしい。


「だな。けれど、今回の旅は絶対に忘れないと自信を持って言うことができるよ。それほど充実した旅だった。できれば、今度はまた別の国にも行ってみたいな」


「まだ帰国してないのに、気が早くないですか?」


「ふふっ。それもそうだね。まずは今日――残された日々を楽しむとしよう」


 彼女は顔にかかる髪を手で払う。その拍子にイヤリングが揺れてチリンと小気味よい音が鳴った。それを見た良二も慌てて枕元に置いていた太陽を象ったイヤリングを装着し、ピンと指で弾いた。


「……さて、私の方は準備を終えたよ。リョージはどうだい?」


「俺も大丈夫ですよ。今すぐにでも出発できるくらいです」


「よろしい。では、そろそろ二階に上がろう。カーラたちも起きているみたいだからね」


 確かに耳を澄ませてみれば階上からは話し声と足音が聞こえてくる。良二はキャリーバッグをしっかりと閉めてからドアを開き、熟練のドアマンのごとき恭しく礼をした。


「どうぞ。レディーファーストです」


「ありがとう。クク、それにしても君も随分と手慣れてきたな」


「まぁ、ずっと一緒にいますからね」


 ディシディアの言葉に良二は少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。それに対してディシディアは可愛らしくウインクを寄越し、ドアの外へと躍り出る。そうして地面に落ちていたダーツを見事的の中央に当ててから階上へと向かっていった。

 トントンと階段を上っていくにつれ、彼女が着ているローブの裾がひらりとはためく。そのローブはかつてアルテラで愛用していたものであり、こちらに来てはめっきり着ていなかったものだ。

 では、なぜそれを着ているかと言われれば答えは二つ。

 まずはそれが彼女にとって一番の正装であること。大賢者として認められた際に贈られるそのローブは彼女にとっても特別な意味があるのだ。

 そしてもう一つの理由は――せっかくエルフであることを明かしたのだから、せめてそれらしい格好をしてカーラたちを喜ばせたいと思ったからだ。どちらかというと、後者の理由が主である。

 そんなディシディアは階段を上りきる前に一呼吸置き、ローブのしわをサッサッと伸ばし、それから大股で階段を上った。


「おはよう!」


「わっ!?」


 直後、ケントの大きな挨拶が聞こえてきて、ディシディアは思わず体勢を崩してしまう。が、後ろにいた良二が彼女の背をそっと押さえ、落下を阻止。二人はほっと胸を撫で下ろしながら階段を上ってケントを見やった。

 彼はワイシャツにジーパンという非常にラフな格好で椅子に座ってコーヒーを啜っていた。少しだけダンディーさを意識しているのか胸元をはだけさせているが、彼のキャラクターのせいでどこかひょうきんな印象を受けてしまう。


「あら、おはよう。もうご飯はできてるから食べましょう」


 一方のカーラはまだ料理をしていたからか、パジャマ姿のまま。彼女はいつも通り優しい笑みを浮かべながらコップをテーブルに配膳していた。

 良二はハッとした様子で彼女に詰め寄り、持っていたトレイを引き受ける。


「手伝いますよ」


「あら、ありがとう。リョージは紳士ね」


「またこのパターン? 勘弁してくれよ……」


 しょんぼりと肩を落とすケントとそれをジト目で見ているカーラ。もう馴染みの光景だ。が、それも今日までだと思うとほんの少し悲しさを覚える。良二はふっと穏やかな笑みを浮かべてからコップを並べていく。


「では、私は料理をよそうのを手伝うよ」


「まぁ、ありがとう。休んでいてもいいのよ?」


 しかし、ディシディアは首を振る。


「いいんだ。させてくれ。せめてもの恩返しだ」


「……ありがとう」


 カーラは何か言いたそうにしていたが、ディシディアの真剣なまなざしを受けて押し黙る。そうして、コンロに置いてある赤い鍋を指さした。


「これだね……って、なんだい、これは?」


 鍋を開けたディシディアは中にあったものを見て首を傾げる。入っていたのは真っ白い粥のようなものだ。が、やや粘土が高く、お玉を沈ませると微かな弾力が返ってきた。


「それはオートミールよ。栄養もあるし、お腹にも優しいから」


「確かに、ここ数日はずっと重い料理ばかりだったからね。ちょっと軽めの料理が欲しかったんだ」


「その割には、昨日はずいぶんタコスを食べていたみたいだけど?」


「む。そ、それは……」


 図星だったのか、ディシディアは顔を真っ赤にして俯いた。長い耳は顔の火照りを冷ますかのようにパタパタと動いており、それが非常に愛らしくもある。カーラはクスクスと笑いながら自分も椅子に腰かけ、料理が来るのを待った。

 ディシディアはオートミールを慎重な手つきで深めの皿に移す。それを人数分作ってから、トレイに乗せてトコトコとテーブルの方へと向かっていく。


「大丈夫かい? 転ばないかい?」


「こんな見た目だが、一応君たちの誰よりも年上だ。そんなヘマはしないよ」


 ディシディアにキッパリと言い捨てられ、ケントはガックリとうなだれる。ディシディアはむっと頬を膨らませていたが、それは本心ではない。ほんの少しだけ意地悪な気分になった彼女はわざとらしくふんと鼻を鳴らし、ケントの皿を最後に配膳した。

 そうして、ひょいと椅子に乗り、サッと手を合わせる。


「では、いただきます」


『いただきます』


 と、そこで全員の声が重なる。いつもなら良二とディシディアだけだが、今日はカーラとケントも手を合わせていた。


「この『いただきます』って言葉はいいわね。私たちも好きよ」


「……あぁ、私も大好きだ」


 ディシディアはカーラたちに微笑み返し、手元の皿に視線を移す。先ほどタコスのことを言及されたからか、今回はやや少なめに盛られている。彼女はスプーンを取り、ゆっくりとオートミールを口に運んだ。

 が、


「ん……んぅ?」


 もぐもぐと咀嚼しつつ、キョトンと首を傾ける。

 以前良二が食べさせてくれた粥にはわずかながら塩が入っていたが、これには何もない。食材の味が活かされていると言えば聞こえはいいが、食材の味しかしなかった。


「ディシディアさん。これを入れないとダメですよ」


 良二は机の上に置いてある小皿を指さす。そこには茶色い粉上のものがたっぷりとは言っており、微かに甘い匂いがした。どこかおぼえのある匂いを嗅ぎ、彼女の耳がピンと動く。


「これは、砂糖?」


「そう。このお砂糖を入れて食べるのよ。後、お好みでレーズンもね」


 カーラはスプーンの上にレーズンを乗せながら告げる。ディシディアは感心したように頷き、まずは砂糖を皿の端に振りかけ、次にレーズンを反対側に入れた。


「それでは、改めて……ッ!?」


 まず砂糖をかけた方を口に含んだ彼女の目がカッと見開かれる。

 砂糖を少しまぶしただけだというのに、先ほどとまるで印象が違う。砂糖もオートミールもどちらも優しい味わいで、疲れを癒してくれるようだ。

 やや粘り気があるオートミールは咀嚼するたびに使用された牛乳の風味が口の中に充満する。全体的に非常にまろやかな味で、確かに重いものが続いていた時に食べると格別だった。

 レーズンと食べても中々にイケる。濃厚なレーズンがオートミールとよく合う。レーズンは果肉がぎっしりと詰まっており、これだけでも十分食べごたえがある。柔らかい粥上のオートミールと食べることで食感の違いが生まれ、飽きることがない。


「オススメはたっぷり砂糖を入れて混ぜた後にレーズンをまぶす食べ方ね」


「そうなのかい? じゃあ、そうさせてもらおう」


 ディシディアはすぐに砂糖をたっぷりとオートミールの中にぶち込み、続いてレーズンをどさっと入れた。かき混ぜると砂糖と牛乳の甘い香りがふわりと漂ってきて、それだけで食欲を刺激された。

 やがてよく撹拌した後で、彼女はスプーンを握る。そうしておそるおそる一口かぶりつくなり、耳を激しく上下させた。

 砂糖を入れると甘ったるくなるかと思ったが、そうではない。むしろスッキリとした甘さになっており、非常に食べやすい。レーズンと共に食べればまた違った味わいになり、得も言われぬ多幸感が押し寄せてくる。

 日本の粥とも中国粥ともまた違う味だ。デザートのようでありながら、主食を張れるだけのポテンシャルを持っている。

 事実、粘り気のあるオートミールは咀嚼回数も増えるので満腹感もあり、腹もちもいい。良二はすでに満腹感を感じているようで、スプーンを運ぶ手が遅くなっていた。


「気に入ってくれたかしら?」


 カーラの問いに、ディシディアたちは同時に頷いた。

 別段特別な素材を使っているわけでもない。高級なものでもないし、見た目も華やかではない。どちらかといえば地味だし、平凡そのものだ。

 だが、だからこそ懐かしさを覚えた。優しく、ほっとするような料理だ。


「すごく美味しいよ。毎日でも食べたいくらいだ」


「まあ、嬉しい。じゃあ、後でレシピを渡すわね」


 カーラたちはその後も談笑しながら食事を続けていく。

 この光景だけを切り取ったならば、ほとんどのものが彼らのことを家族だと思うだろう。

 一家団欒――そんな言葉が似合う朝だった。


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