第五十九話目~甘くてしょっぱい鹿肉ソーセージ~
さて、朝食から数時間後。ディシディアと良二はハーリーやレンと一緒に射撃に興じていた。ケントが持ってきていた猟銃型のエアガンを使って遠くに置いた空き缶に当てるゲームである。
ただ、普通の射的と違ってまず距離が違う。間近に置いてあるものもあれば、十メートル以上離れた場所に置いてあるものもある。その上、ここは屋外だ。BB弾は簡単に風の影響を受けて流されてしまう。
良二は三発ほど撃って唇を尖らせる。撃った弾は全て缶の横を通り過ぎていった。
「はは、まぁ難しいよね。ボクだってこれは厳しいよ」
レンがフォローを入れてくれる。彼は見た目通りの好青年で良二たちにもフレンドリーに接してくれていた。無論、それはハーリーも同様である。
「頑張って、ディシディアちゃん」
彼女はまるで妹に語りかけるようにしてディシディアに銃を渡す。ディシディアはそんな彼女に小さく頷きを返し、前に歩み出てサッと銃を構えた。
そうして、躊躇なく引き金を引く。彼女が打った三発の弾は全て的に命中し、甲高い音を響かせた。
「……ふぅ」
彼女は安堵のため息を漏らしながら良二たちの元に戻る。と、ハーリーたちが惜しみない拍手で迎えてくれた。
「すごいじゃない! 天才ね!」
「いや、それほどでもないさ……ん?」
言葉の途中でディシディアは首を傾げてハーリーを見やった。彼女の方は中腰になって手を掲げている。
「ハイファイブよ。ほら」
「なるほど。そういうことか」
パチン、と手を合わせてディシディアは満足げに近くの椅子に腰かけてコーラを煽った。その姿はどことなく仕事を終えた暗殺者のようにも思える。彼女はニコニコと笑いながら次に銃を持って歩み出したレンを見つめていた。
「お疲れ様です。ディシディアさん」
声をかけてくるのは良二だ。彼はやや疲れたような顔つきでコーラを啜っている。そんな彼を見てディシディアは不安げに眉根を寄せて立ち上がった。
「大丈夫かい?」
「えぇ。ちょっと寝不足で……」
だいぶ爆睡していたようだったが、あれでも足りなかったらしい。ディシディアが思わず苦笑していると、すかさずハーリーがやってきた。
「どうしたの?」
「リョージが疲れているらしいんだ。まぁ、昨日は大宴会だったからね」
「今日はもっとはしゃぐ予定らしいわよ。ほら、これでも食べて」
と、彼女が差し出してきたのは真っ赤な木の実だった。キイチゴのようにも思えるが……。
「これ、何の実ですか?」
「ごめんなさい。名前は忘れちゃったの。でも、食べると元気が出るわよ」
そう言って彼女はまずは自分で食べてみせ、グッと力こぶを作ってみせる。良二はやや逡巡を見せたもののそれを手に取り、なぜかディシディアも便乗して手を伸ばした。
「では、いただきます」
良二はまだ腰が引けているようだったが、ディシディアが先にひょいっと口に放り込む。
刹那、彼女の口がキュッとすぼまった。
甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。が、甘味と酸味のバランスがおかしい。甘味一割、酸味九割、といった感じである。無論、美味いことには美味いのだがこれは不意打ちだった。
ディシディアは耳をぴょこぴょこと動かして酸っぱさに悶えていた。それを見た良二はますます怯えた表情になっていく。が、
「ほらほら、大丈夫だから」
「むぐっ!?」
ハーリーに寄って無理矢理口に入れられ、彼もディシディアと同じように顔をしかめて悶絶する。
食感はラズベリーなどに近い。プチッと身が弾けるにつれて酸味が溢れてきて舌の上で暴れまわる。ただ、時折顔を出してくる甘味があるおかげで苦しみが永遠に続くわけではない。
「どう?」
「……案外、イケるかもしれないな」
ゴクリ、と木の実を嚥下したディシディアの言葉にハーリーは笑みを浮かべた。
確かに超絶酸っぱい木の実だったが、疲れは吹き飛ばすほどのインパクトはあった。元々酸味には食欲増進作用や疲労回復効果もある。この木の実はまさしくそれの体現だ。
「ハーリー。慣れない子たちにはキツイよ」
「そうね。レンも最初食べた時は悶絶していたものね」
諌めるようなレンの言葉にハーリーはしゅんと肩を縮ませる。そのおどけたような仕草にレンはため息を――
パァンッ!
漏らした時、どこからか銃声が聞こえてくる。おもちゃの銃などによるものではない。実銃によるものだ。
ディシディアは耳をピンと張らせて周囲を見渡し、良二がサッとディシディアの前に歩み出る。が、レンやハーリーたちは至ってケロッとしていた。
「二人とも、危ないですよ!」
「大丈夫よ。だって今のは別の場所からだもの」
ハーリーが笑いながら言う。彼女は手をひらひらと振りながら後方に視線を送った。
「ここから少し行ったところに射撃訓練場があるの。間違ってもここには来ないから心配しないで」
ハーリーの言う通り、ここからしばらく行った場所には射撃練習場が備えられており、連日ハンターたちで賑わっている。しかしそこは完全に隔離された場所なので流れ弾が飛んでくるということはないのだ。
「それにしても、リョージは勇敢だね。女の子を庇うなんてさ」
やや盛り下がったムードをあげるようにレンがおどけたように言う。それにハーリーもうんうんと頷きを返して同意した。
「そうね。ディシディアちゃんの前にサッと出てきた時はカッコよかったわ。まるで騎士様みたい。いや、日本人だから侍って所ね。全く、レンも見習ってくれない?」
ジト目でレンを見やるハーリー。その姿はどことなくケントとカーラを連想させた。
「はは、気をつけるよ。それより、そろそろご飯だ。行こう」
レンは銃をキャンピングカーに立てかけ、いつもの集合場所へと向かっていく。ディシディアたちもその後を追って先へと進んでいき、ケントたちと合流する。すでに食事はできあがっているようでいい匂いがこちらまで届いてきた。
「やぁ、みんな。楽しんだかい?」
「もちろん。ディシディアちゃんってすごいのよ。ハンターみたいだったわ」
「はは、まぁたまたまさ」
とは言うものの、かつてはハンターの真似事をしていた時期もある。彼女は冷や汗をかきながらカーラの元へと歩み寄った。
「はい。どうぞ」
彼女から渡されたのは紙皿とその上にデンと乗ったソーセージ。ただ、普通のものとは違って少しだけ甘い匂いがした。それに、色合いもやや違う。焼かれているはずなのに、ほんのりと赤かったのだ。
「すまない。これは?」
近くにいたマッドに問いかけると、彼は目をキラキラと輝かせながら両手を翼のように広げて答えた。
「それは鹿肉ソーセージさ!」
「鹿肉?」
「そう! 鹿肉! 美味しいから食べてごらん!」
こう勧められたときはたいてい美味しいのは経験上よく知っている。ディシディアはマッドの隣に腰掛け、静かに手を合わせた。
「いただきます」
ソーセージは案外小ぶりなので持ちやすかった。ペーパーでくるみ、一口パクリ。そこで彼女はわずかに眉をピクリと動かした。
まず感じたのは甘味だ。肉の甘みなどではない。ソーセージに入れられた砂糖の甘みだ。それが肉の香ばしさと混じり合って得も言われぬ味わいを醸し出している。最初こそ意表をつかれて驚いたが、中々イケるものだ。
「どうだい? 鹿肉って臭みが強いだろう? だから加工肉にするときはこうやって臭みを取っているんだよ」
なるほど。言われてみれば確かに臭みはまるで感じない。このわざとらしい甘みも最初は抵抗感があったが慣れればむしろ癖になっていく。
こんがりと焼かれているおかげで香ばしさもプラスされてやや甘じょっぱい味わいになっている。皮はパリッとした感じではなく、歯を入れるとスゥッと切れるタイプだ。しかしそれが普通のソーセージとは一線を画す要因となっている。
「むぅ……普通のソーセージもいいが、これもいいな」
「でしょ? まだまだあるからいっぱい食べなよ」
「あぁ、もちろんだ」
そう言って嬉々としてソーセージを手に取り、かぶりつこうとした――直後、彼女の体が硬直する。何事か、と思った一同が彼女の視線の先に体を向けるとすぐに理由がわかった。
どこからかやってきていた鹿がこちらをじっと眺めていたのだ。それを見て、カーラは頭を抱える。
「タイミングが悪いわね……そういえばここには鹿たちもいるんだったわ」
カーラの言う通り、ここには大勢の生物たちが生息している。鹿やリス、はたまたウサギなど様々だ。
だがしかし、このタイミングで来なくてもいいだろう。なにせ、今食べているものは鹿肉を用いたソーセージなのだから。
場に何とも言えない気まずい空気が流れる中、良二がディシディアの方に手を伸ばした。
「ディシディアさん。あの、無理なら……」
「……いいや、無理ではない。食べるさ」
ディシディアは鹿を一瞥した後でソーセージを喰らう。が、横にいたマッドが彼女の手をそっと押さえてきた。
「無理しなくていいんだよ?」
しかし、ディシディアはフルフルと首を振る。
「いや、無理ではない。リョージが教えてくれたんだ……『いただきます』とは食材に感謝するということだとね。確かにあの鹿の前でこれを食べるのは気が引けるが……食べることは他のものの命を頂くということだ。だから、食べるよ。それが礼儀だからね」
彼女はぱくぱくとソーセージを喰らっていく。それを見ていたマッドは意味ありげに頷き、カーラとケントに向きなおる。
「いいね。この子は将来大物になるかもしれないよ」
「でしょう? ディシディアちゃんはとってもお利口なのよ」
「なんたって、俺たちの娘だからね! もちろん、リョージもさ!」
「ハッハッハッ! なら、私の孫たちということになるね。全く、いい家族を持ったよ」
マッドは陽気に笑い、自分も鹿肉ソーセージを食べる。良二も周りの人々を見渡した後で、
「……いただきます」
と、噛み締めるように呟いてからソーセージに手をつけた。