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第五十二話目~アメリカ風親子丼とゴジラロール~

 翌朝、ディシディアたちはカーラの車に乗ってまたしても大学へと向かっていた。しかし、今日は不幸にも雨模様。窓には絶えず雨粒が打ちつけられ、ワイパーが忙しなく水を払う。


「結構強いわねぇ……」


「まぁ、いいさ。雨の時には雨の時ならではの楽しみがあるからね」


 残念そうに呟くカーラの言に対し、ディシディアはそう返す。彼女は窓の外を見やって楽しげに微笑んでいた。

 こうやってどんな状況においても楽しみを見いだせるのはもはや彼女の特技と言っても差し支えないだろう。良二は彼女の言葉に同調するかのように大きく頷き、


「俺も雨は好きですよ。学校に行く時とかは辛いですけどね」


 と、おどけた調子で言い放つ。その様にディシディアやカーラもクスリと笑う。そうこうしている間に車はキャンパス内へと入り込み、昨日停めた場所までやってきた。

 ディシディアたちはすぐさま外へ出るなり傘を開く。カーラたちが貸してくれたものだ。中々に大きく、二人が余裕で入る。ディシディアは良二にススッと身を寄せ、なるべく雨に濡れないようにしてみせた。


「一応、五時を目安にしておいて頂戴。それじゃあね」


 カーラはそれだけ言ってその場を後にする。ディシディアはひらひらと手を振った後で、良二の腰に回す手に力を込めた。


「では行こうか」


「えぇ。今日はあっちに行ってみませんか?」


 良二が指差すのは昨日向かった図書館とは真逆の方向。そちらには体育館があり、何人か人が入っているのが見てとれた。

 その提案に同意を示したディシディアは彼と歩幅を合わせて進んでいく。良二の方も彼女の体を気遣っているのか、ややゆっくり目のペースだ。


「にしても、今日は酷い雨だな……」


 風はないからいいものの、雨の勢いは非常に強く前方が見えにくくなっている。本来なら家にいた方がよかったのだろうが、今日もケントとカーラは仕事で留守番をしているのも退屈だったためこうやって外出することを決めたのだ。

 ディシディアは目を細めながら天を見上げる。どんよりとした雨雲はどことなく不気味で重苦しい雰囲気を醸し出していた。


「ふぅむ……止むかどうかは微妙なところだね」



 雨雲の切れ目はない。おそらく、これからしばらく振り続けるのだろう。


「どこか建物に入りますか?」


「それは最終手段にしておこう。雨が強くなり過ぎた時にね。今はこれを楽しもうじゃないか」


 などと言いつつ、ディシディアはますます身を寄せてくる。今日の彼女はワンピース姿という軽装なのだが、良二の背丈だと見下ろした時にどうしても服の下が見えそうになってしまう。彼は頬をわずかに紅潮させながらも体育館の方へと向かっていった。

 横断歩道を渡り、体育館の入口へと到着。そこでいったん傘をしまってから、ディシディアたちは中に入った。


「おぉ……ここはすごいな」


 ディシディアは思わず感嘆の声を漏らす。体育館内には温室プールなどがあり、そこでは大勢の生徒たちが水泳にいそしんでいた。ディシディアはその様を興味深そうに見つめている。


「ほぅ……この建物内では水泳もできるのか。面白そうだね」


 あいにく、今日は水着を持ってきていない。ディシディアはそちらを一瞥してから、歩を進めてまた別の部屋を覗き込んだ。そこはいかにも体育館といった感じで、バスケットゴールなどが設置されている。しかし、目を引くのはその奥――クライミングウォールが設置されたコーナーだ。

 本当の岩場を模したクライミングウォールは非常に精巧な造りをしており、単なるアトラクションとしての域をはるかに超えている。すでにそこでは数名の屈強な男性たちがクライミングに興じていた。

 ディシディアたちは体育館の隅を進み、ウォールの近くまで歩み寄る。近くまで来るとかなりの高さがあることが改めてよくわかった。


「これも面白そうだね。ちょっとだけやってみたい気もするが……どうやら厳しいみたいだね」


「たぶん、専用の道具を借りなければいけないんでしょうね。俺たちはここの学生じゃないですから、貸してもらえないでしょう」


 確かに男性たちは専用のグローブやシューズを用いて参加している。ラフな格好の良二はもとより、軽装のディシディアなどは参加することすらできないだろう。彼女は少しだけ残念そうにしていたものの、すぐに笑みを浮かべてみせる。


「まぁ、面白いものが見れただけいいさ。では、次に行こうじゃないか」


「はい。ディシディアさん」


 良二は彼女の後を追ってそこを出て、建物の外へと歩み出る。それから傘を差し、彼女の体を自分の方へと抱き寄せた。


「ふふ、ありがとう。優しいんだね。ただ、君ももう少し中に入りたまえ」


 と、自分の肩をトントンと指先で叩きながら言ってみせるディシディア。彼女の言う通り、良二の右肩は雨に濡れていた。そのため、ますます密着する形になって二人は先へと進んでいく。その間も、ディシディアは辺りに視線を配ることを忘れなかった。

 道中見えてくるのはバスケットコートやビーチバレーのコートなど。ここのエリアは寮などが密集している関係からか、こういった娯楽施設が充実しているようだ。雨でなければ、もしかしたら二人でも遊べていたかもしれない。


「にしても、今日は動物たちがいませんね」


「この雨だからね。仕方ないさ。おそらく、木のうろにでも隠れているのだろう」


 昨日は歩けばリスやウサギなどを拝むことができたのだが、今日は全くと言っていいほど見当たらない。また、動物だけでなく人間の姿も皆無だ。そもそも夏休みである、と言うのも関係しているのかもしれない。

 しかし、ディシディアは存外楽しんでいるようだった。雨を弾く花は儚くも美しく、見ているだけで心が癒させる。息を吸えば肺に雨の匂いが充満していく。自然に満ちているからか空気も澄んでいてどことなく故郷の森を連想させられた。


「ディシディアさん、寒くはないですか?」


 徐々に雨の勢いは増していっている。良二はスニーカーを履いているものの、ディシディアはサンダルだ。体温が失われていてもおかしくはない。

 彼女は悩ましげに首を捻った後で、自分の体を抱くジェスチャーをしてみせた。


「確かに、少しだけ冷えた。どこか建物に入ろうか」


「わかりました。でも……」


 ここには雨宿りできそうな場所はない。良二は彼女の体を労わるようにしながら先へと進んでいき、寮から少し離れた場所へとやってきた。大通りに出ると車が通っているのが見え、いくつかの店が見えてくる。その中で、良二は右の方に見える大きな建物を指さした。


「あそこに行ってみますか?」


「いいよ。君に任せるさ」


 二人は大通り沿いに進み、そちらへと向かっていく。横断歩道を渡ってしばらく行くと建物の入り口に到着。そこでようやく二人はそこが大型スーパーマーケットであることに気が付いたようだ。


「もしかして、リーが言っていたところかな?」


「かもしれないですね。とりあえず、入るとしましょう」


 二人が中へと足を踏み入れると、小奇麗な店内が映りこんできた。食品やおもちゃ、はたまた洋服などが売っている。

 ディシディアは少しだけ身震いした後で、


「……すまない。何か羽織るものを買っていってもいいかな?」


 と、彼に尋ねた。それを断る理由はない。良二は彼女に頷きを返し、洋服コーナーへと向かった。そんじょそこらの店に負けないくらいの品ぞろえだ。しかも安い。ディシディアは近くにあったチェック柄のシャツを手に取ってみせ、良二の方に向きなおった。


「これはどうかな?」


「似合ってますよ。可愛いと思います」


 赤と黒のチェックは彼女の白い肌によく映える。ディシディアはすぐに首肯し、レジへとそれを持っていった。


「すまない。これを頼む」


「はい。すぐに着ていきますか?」


 その言葉に頷くと店員は几帳面に値札などを取っていき綺麗に畳んだ状態でディシディアに渡す。彼女はそれを受け取るなり、サッと体に羽織ってみせた。ややサイズは大きめだが、寒さをしのぐためなのでそこまでこだわりはない。

 彼女はシャツのボタンを全て留めた後で今度は食品コーナーへと視線を移す。何が言いたいのかは見ても明らかだった。


「……わかりましたよ」


「話が早くて助かるよ」


 会計を終えた二人は食品コーナーへと移りずらりと並んだ棚を見やる。そこにはギッシリと様々な食材が詰め込まれていた。マシュマロ、ポテトチップス、あるいはシリアルなどなど。かなり種類が豊富である。

 ただし、生鮮食品は売っていない。ジュースなどはあるものの、それらは専門外のようだ。

 シャツを買って寒さを軽減できたのか、ディシディアはすっかり元の調子に戻っている。彼女は目をキラキラと輝かせながらチョコレートの棚を見やっていた。

 流石はアメリカ。チョコレートが山のように置いてある。棚もかなり巨大で天井に届かんばかりだ。とてもじゃないが、ディシディアはでは届きそうにない。

 ……まぁ、魔法を使えば余裕で届くのだろうが。


「何かいいものはありましたか?」


「あぁ。いくつかね。ただ、今日は買わないでおこうと思う。この雨だ。荷物が増えるのは厄介だろう?」


 最悪ディシディアの魔法で仕舞うことはできるが、仮に人に見られてしまった場合の対処が難しい。それに、ここに来る機会はまだあるだろう。ならば、その時に万全の態勢で買い物をするべきだ。

 ディシディアはお菓子の棚を一瞥した後で入口へと向かおうとする。が、良二の視線が別のところに向いていることに気づき、はたと足を止めた。


「どうしたんだい? 何か気になるものでも?」


「えぇ、実は……」


 と、彼が指差す先にはおもちゃの棚。そこにはアメコミヒーローのフィギュアなどが飾られていた。それを見つめる良二の目は子どものように輝いている。

 ディシディアは彼に対して優しく微笑み、


「いいよ。行こう」


 と言って、その手を引いておもちゃの棚へと寄る。近くに来てようやくわかったが、アメコミヒーローのみならず日本のヒーロー……『覆面ライダー』や『ハイパー戦隊』のフィギュアなどが置かれていた。これらはこっちでも人気らしい。


「おぉおおおお……ッ!」


 良二は心底嬉しそうにフィギュアなどを手に取って見比べている。その無邪気な様相に、ディシディアの顔もついつい綻んでしまった。


「欲しいものはあったかい?」


 良二はすぐに頷きかけるが、ピタッと動きを止めた。


「……いや、前も言いましたけどフィギュアは買わない主義なので……」


 などと言いつつ、彼の手はあるヒーローのフィギュアをがっしりと手に掴んでいる。日本でも映画化されたばかりの『レッドプール』のフィギュアだ。比較的安価で、大きさもそれなり。置き場所にも困らないだろう。


「あ、こ、これは……」


 良二は慌ててフィギュアを棚に戻そうとするが、もう遅い。ディシディアはそのフィギュアを彼の手からかすめ取り、手の中で弄んでみせた。


「いいよ。買ってあげるさ」


「えっ!? いや、それは……」


「遠慮するな。欲しいのだろう?」


 その言葉に彼はグッと言葉に詰まる。確かに欲しい。だが、フィギュアに使う金を別のものに使うべきではないかとも思っていた。

 その考えを見透かしたディシディアは不敵に笑う。


「言っただろう? 買わない後悔より買って後悔だ。次ここに来た時にはもうないかもしれないからね」


「……まぁ、それもそうですね。じゃあ、買います。ただし、俺のお小遣いで」


 良二は彼女の手からフィギュアをかすめ取る。ディシディアは驚いたように目を見開いたが、すぐにふっと淡い笑みを浮かべた。


「私が買ってあげてもよかったのだが?」


「いや、流石にそうしてもらうと……俺がヒモみたいになるんで」


 彼はヒモになることを恐れているらしい。まぁ、実際生活費やらアメリカまでの旅費は賄ってもらっているので半ばヒモ状態だ。ディシディアとしてはこの世界を案内してくれる報酬と思ってるらしいが。


「さて、まだまだ見るべきところはありそうだ。色々と巡ってみないかい?」


 確かにこのスーパーマーケットは広く、まだまだ見ていないところも多い。良二はその言葉に首肯を返して散策に移っていく。

 スポーツ用品、工具、はたまたカードゲームの拡張パックやゲームなども売っている。ガーデニング用品などもそろえてあり、生活に必要なもののほとんどは賄えそうだ。

 二人はしばらく店内を回った後で、ようやくレジへと向かった。結局、良二が買ったのはフィギュアだけ。ディシディアが買ったのもシャツだけだ。

 しかし、見ているだけでも十分楽しめる場所だった。日本のスーパーマーケットとはやや趣が違う上、見たこともない品がズラリと並んでいる。二人は大満足で買い物を終え、入口へと向かっていった。


「まだ降ってますねぇ……」


「そうだな。そろそろ昼時だし、どこかで雨宿り代わりに店に入るか」


「賛成です。でも、どこに行きますか?」


「ふぅむ……ちょっと待っていたまえ」


 ディシディアはそう告げ、レジにいる女性の元へと走り寄る。そうしてしばらく話し込んでいたかと思うと、ニコニコとしながらこちらへと戻ってきた。


「リョージ。あそこの日本料理屋なんてどうだい?」


 彼女が指さしているのは反対側の道路。雨が降っているせいで見えづらいが、確かに日本語らしきものが描かれた看板を掲げている店があった。

 すでに時刻は十二時近く。腹も空いてきている頃合いだ。ディシディアと良二は頷き合い、そちらへと向かっていく。道路を渡り、店の入り口に到着。見た感じは普通のレストランだ。

 ディシディアは引き戸を開け、中へと足を踏み入れる。

 中はやはりレストランを改装した感じだ。ただ、特徴としては鉄板焼きができるようなスペースがある。おそらく、お好み焼きや鉄板焼きなどもメニューにはあるのだろう。


「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」


 ウエイトレスに案内されるまま窓際の席に腰掛ける。中々に座り心地のよい椅子でこれならば食べる時にストレスにもならないように思えた。


「じゃあ、早速食べましょうか」


 良二はメニューをひょいとディシディアの方に寄越してみせる。そこには当然のごとく英語が描かれているものの、ローマ字とカタカナも描かれていた。これならばディシディアでも読める。彼女はメニューに目を走らせ、小さく唸った。


「結構種類があるのだな」


 寿司、丼、はたまた日本の惣菜などがある。しかもアメリカ独自のアレンジが加えられているようなものもいくつかあった。


「……よし、決めました」


 良二はそう呟き、そっと手を上げる。彼は数秒もせずに来た店員に向かってメニューのある一点を指さしてみせた。


「この『ゴジラロール』っていうのを下さい」


「はい。そちらのお客様は?」


「私は親子丼を頂こう」


「かしこまりました! しばらくお待ちください!」


 店員はすぐさま厨房へと戻っていく。その後ろ姿を見送った後で、良二はディシディアに笑いかけた。


「ディシディアさんって丼物好きですよね……」


「まぁね。その中でも親子丼は大好きだ。だから、食べ比べをしようと思ってね」


 彼女は期待に胸を弾ませている様子だった。その証拠に、耳はピコピコと絶え間なく上下している。

 そんな彼女を視界の端に納めた後で、良二は店内へと視線を巡らせる。昼時というのも関係しているかもしれないが、人で溢れかえっていた。また、壁などには感じが描かれた掛け軸がかけられている。雰囲気作りは満点、といったところだろうか?


「お待たせしました。まずはお水をどうぞ」


 先ほどの店員がグラスを持ってくる。こちらはガラス製のゴブレットのようである。そこには並々と水が注がれていた。


「さてさて、どんなものが来るのかな?」


 ディシディアはこくこくと喉を鳴らしながら水を煽っている。その後で、ほぅっとため息をついた。


「これからはどうしようか?」


「う~ん……そうですねぇ。あ、そうだ。教会に行ってみませんか? 昨日行けなかったですし」


「いいね。ただ、開いているかな?」


 問題はそこだろう。この天気だし、今は夏休みだ。もしかしたら閉まっている可能性の方が高い。ディシディアはしばし思案気に眉を寄せていたが、やがて静かに目を閉じた。


「まぁ、その時はその時で考えればいいか。今はまず、料理を楽しもうじゃないか」


 その言葉に応えるように店員がトレイを抱えてやってくる。その上には小さな椀が乗っていた。そこからはなんとも懐かしい匂いが漂ってきていた。


「お待たせしました。味噌スープです。どうぞ」


 そう。渡されたのは味噌汁だ。しばし嗅いでいなかった味噌の匂いは心を落ち着けてくれる。ディシディアはスッと背筋を正し、


「いただきます」


 箸を取って味噌汁をズズッと啜った。

 使われているのは田舎味噌。心が穏やかになるような懐かしい匂いの正体だ。中に入ってる具は豆腐とわかめといういたってシンプルなものだ。だが、このシンプルさが受けるのだろう。事実、豆腐は甘くわかめはシャキシャキとして歯ごたえもよかった。


「よかったら、食べるかい?」


 どうやらこれは親子丼を頼んだ者にだけ与えられるようで、良二は未だ手持無沙汰だった。ディシディアはそんな彼の方へと味噌汁の椀をそっと寄越す。


「ありがとうございます」


 良二はそれを受け取り、ゆっくりと飲む。そうして口を離すなり、ほぅっと大きな息を吐いた。


「あぁ、なんだか落ち着きますね」


「だね。アメリカ料理もいいが、日本料理も恋しいよ」


 ディシディアは味噌汁を飲みながらそんなことを言う。異世界から来たはずだが、すっかりこちらの生活に馴染んでいるようだ。


「お待たせしました。親子丼とゴジラロールです」


 と、そこで新たな料理がやってくる。店員はにこやかに微笑みながらそれらを配膳して奥へと消えていった。


「おぉ……おぉ?」


 ディシディアは親子丼を見るなり頭の上に疑問符を浮かべてみせる。確かに美味そうな匂いはする。が、見た目は日本の親子丼とは違った。

 卵でとじられておらず、中には鶏肉のみならず細切りにされたしいたけやニンジン、玉ねぎなどが入れられている。見た感じはスクランブルエッグに他の具材を混ぜた感じだ。つゆはかかっているものの、見知った親子丼とは似ても似つかない。

 しかし、ディシディアはむしろ嬉しそうに口元を綻ばせる。


「ふふ、面白いね。同じ料理でも国によってここまで違うとは」


 彼女はスプーンを取り、親子丼を口の中に入れた。刹那、その目がカッと見開かれることになる。


「これは……日本のものに勝るとも劣らない味わいだ!」


 確かに日本のものと形式は違う。だが、味は確かに親子丼だ。

 具だくさんなのにもキチンと理由がある。シイタケや玉ねぎなどにはしっかりとつゆがしみ込んでおり、口の中に入れるとじゅわっと溢れてくる。

 スクランブルエッグ風の卵はぼそぼそとしておらず、ふわふわでご飯との相性もよい。また、ご飯だってピンと立っていてしっかりとした処理がなされていることは疑いがなかった。

 鶏肉はジューシーで噛めば噛むほど力強い肉の旨みが広がっていく。こちらはアメリカ風で大きめにカットされている。大きさが味わいに直結するとは言えないが、インパクトならば日本のものよりも上のように思われた。

 一方で、良二もゴジラロールに舌鼓を打っている。

 ゴジラロールの中に入っているのはエビフライ。その周りに海苔が巻かれ、一番外側はご飯になっている。普通なら具材を米で包み、海苔で巻くのだがこちらも中々に美味だ。

 上にかかっているのはマヨネーズとワサビを混ぜたもの。辛味はマヨネーズによって中和され、風味が強調されている。その上、まろやかな味わいが酢飯とエビフライに意外に合うのだ。

 振りかけられているとびこは口の中でプチプチと弾けていく。ゴジラの尻尾に見立てたそれは食べごたえも十分だ。普通の寿司とは違って邪道と呼ばれるかもしれないが、邪道には邪道のよさがある。

 このジャンキーな感じは病みつきになりそうだ。ワサビマヨネーズと酢飯、エビフライが合わさるとここまで美味いのか、と思ってしまう。

 付け合せのガリも日本のものに負けていない。口の中をサッパリとさせてくれて、おかげでよりまろやかな味わいを舌で感じることができる。


「リョージ。よかったら食べ比べしてみないかい?」


「いいですね。はい、どうぞ」


「うむ。では、私も」


 二人は互いの皿を引き寄せ、それから一口頬張るなり破顔してみせる。

 親子丼は日本人の味覚に寄せているが、ゴジラロールはアメリカ人の味覚に寄せているように思える。ベクトルは違うが、どちらも絶品だ。


「このゴジラロールも美味いな。ワサビが苦手な私でも食べられる」


「あ、そういえば、普通に食べられてますね」


 言われてみるまで良二も気づかなかったようだ。ディシディアはワサビなどの辛味があるものが苦手なのだが、ゴジラロールにかかっているワサビマヨネーズは気に入ったらしい。

 彼女は小皿に醤油を入れ、ちょいちょいとつけて食べている。そうするとますます味に深みとコクが増すのだ。


(……やっぱり、ディシディアさんって美味しそうに食べるなぁ)


 ディシディアがあまりに美味しそうに食べるものなので、ついそんなことを思ってしまう。そして、そう思ったのは良二だけではない。

 他の客たちも彼女が美味しそうにゴジラロールや親子丼を食べるものなので次々とそれらを注文する。

 この日、親子丼とゴジラロールが店の売り上げの半数を占めたのはまた別の話。


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