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第五十話目~君と私とフライドチキン~

 昼食を終えた二人とはいうと、同じ建物内にある売店へと赴いていた。そこはウィスコンシン大学の記念品やオリジナルTシャツ、はたまた本などがずらりと並べられている。バスケットボールや水泳帽子なども置いてある辺り、中々にヴァリエーションは豊富だ。


「見たまえ、リョージ。こんなところにもたくさん菓子が置いてあるぞ」


 彼女の言う通り、レジの前には大量の菓子が並べられていた。グミやアメ、サラミなどこちらもまた中々にいい品ぞろえだ。しかし、ディシディアはそちらに顔を近づけるなり、苦々しく笑ってポッコリと膨れた腹を撫でさすった。

 先ほどチージーポテトを食べた余波がまだ残っている。あの品は全くと言っていいほど癖がなく、どれだけ食べて飽きが来なかった。しかも、後々に給仕のおばちゃんから教えてもらったとおりケチャップやマスタードなどをつければ味ががらりと変化してそれもまた美味だった。


「それにしても、美味しかったですよね、あれ……」


 味を思い出しているのか、良二はうっとりと目を細めていた。ディシディアも頷き、再びあの味に思いを馳せる。

 たかが学食、と侮るべからず。そのレベルたるや、そんじょそこらのレストランをはるかに凌ぐほどだ。今さらながらここを勧められてよかった、と二人は思う。おそらくこれからも学食は利用することだろうから、今回その実力を垣間見れたのは大きな収穫だった。

 ディシディアは手に持ってまじまじと見ていたグミを元の位置に戻し、ひょいと肩を竦めてみせる。


「そうだね。しばらくあの余韻に浸りたい。それにしても面白いところだね、ここは」


 彼女は近くにあったTシャツを売っているコーナーへと歩み寄る。サイズは色々で、当然のごとく子ども用もあった。彼女は紫色のシャツを手に取って、自分の体に当てた状態で良二の方へと向き直る。


「どうだい? 似合うかな?」


「えぇ、とても似合いますよ。後、これもどうですか?」


 と、言いつつ良二が被せてきたのは赤い帽子だ。それは彼女の綺麗な白髪にとてもよく似合っている。ディシディアもそれがわかっているのか、まるでモデルのようにポージングしてみせた。

 その仕草が何とも愛らしくて、良二は無意識で頬を緩ませてしまう。ディシディアもそんな彼の反応が嬉しかったのか破顔していた。


「ふふ。まぁ、今日は下見だからね。色々と見て回ろうじゃないか」


 が、ディシディアはすぐに元の調子に戻って帽子を外し、次のコーナーへと向かっていく。そこは、大量の本が置かれている場所だった。いくつか棚が分かれており、彼女たちが今見ているのは辞書や一般小説の棚だ。


「ほぉ……小説などもたくさんあるな」


「ですね。でも、最近の大学もこれくらいですよ」


「そういえば、君はまだ大学生だったな」


 思い出したような彼女の言葉に、良二は思わずつんのめってしまう。そんな彼に微笑を向けながら、ディシディアはひらひらと手を振った。


「いや、別に変な意味じゃない。ただ、私が来たすぐ後に夏休みに入っただろう? だから君が通学している姿を知らないし、どうしても大学生という印象が薄かったんだ」


「言われてみれば……てか、何気にもう一か月くらい経ちませんか?」


「そうだね。本当に、君には感謝しているよ。行き場のなかった私を保護してくれたんだから」


 ディシディアは感慨深そうに呟き、ぺこりと頭を下げた。が、良二は黙って首を振る。


「それを言うなら俺の方こそ。ディシディアさんがいなかったら、今頃俺は東京湾に沈んでいたかもしれないんですから」


 良二がこうやって自由を満喫できているのは、ディシディアが彼の借金を肩代わりしてくれたからだ。その恩義を彼は一度たりとも忘れたことはない。

 同様に、ディシディアも彼に対する恩義を忘れたことはなかった。いつの間にか見知らぬ世界に来て右も左もわからない、挙句の果てには身元すらも不確かな自分を受け入れてくれた良二にはいつも感謝をしている。

 二人はしばし見つめあっていたが、やがてぷっと噴き出してお互い照れくさそうに視線を逸らした。


「は、ハハ……なんだか、ちょっとこそばゆいですね」


「……だな。だが、ありがとう。君と出会えてよかったと私は思ってるよ」


「俺だって、ディシディアさんに会えてよかったです。それと、これからもずっと一緒にいたいと思っています」


 良二は素直に自分の気持ちを打ち明けた。ディシディアといる時に退屈したことは一度もない。

 普段から見せる大人びた雰囲気はまるで母のようであり、しかしその風貌とたまに出す無邪気さは妹のようであり、また一緒にいると心が温かくなる感じは恋人のようにも思える。彼にとって、すでにディシディアはなくてはならない存在だったのだ。

 ディシディアはそれに応じた――が、少しだけその表情が陰る。それは自覚しているのか、彼女はそっと視線を下に落として唇を噛み締める。

 その様子を見て、良二は不安げに眉を潜めた。


「あの……俺じゃ、駄目ですか?」


「……いや、そうじゃない。ただ……人間の寿命は、長くて百年だろう? だが、私たちエルフは違う。数百年……あるいはもっとだ。いずれ、君とは別れてしまうことになる。私だって君とは一緒にいたいが、いずれ死がやってくるんだ」


 彼女は苦しそうに呟いた。事実、死は彼女から多くの物を奪っていった。

 心優しい友人たちも、大事だった恩師も、何もかも。だからこそ、彼女は死の恐ろしさをよく知ってる。

 ずっと一緒にいる――人間同士なら、それはとても素晴らしい言葉に思えるだろう。遅かれ早かれ残された方にも死はやってきて、いずれ二人を巡り合わせてくれるのだから。

 だが、長寿のエルフ族は違う。数百年、あるいはもっと長い時間、愛するものを失った喪失感に苛まれるのだ。

 事実、今もディシディアは時折来る喪失感に苦しめられている。

 もし、友人たちがいたら。

 もし、恩師と共にここに来られたら。

 そんなことを思ってしまうたび、彼らがすでに死んでいるという事実を突きつけられることになる。

 ディシディアは少しだけ辛そうに顔を歪めた後で、無理に笑ってみせた。が、良二はそんな彼女に向かってキッパリと告げる。


「……確かに、俺の方が早く死ぬかもしれません。でも、自分勝手かもしれませんが、俺は死ぬまでディシディアさんと一緒にいたいと思っています。死ぬまでこうやって、一緒に楽しくやれたらって思うんですけど、ディシディアさんは嫌ですか?」


 その問いに、ディシディアは激しく首を振って否定した。


「そんなことはない! 君は私にとっても大切な存在だ! だからこそ……怖いんだよ。君がいなくなったことを考えるだけでね」


「俺だってそうです。だって、俺も母を亡くしていますからその気持ちはよくわかります」


 その言葉にディシディアはハッとした。彼はすでに母を亡くしているのだ、と。自分と同じ喪失感を彼もまた味わっているのだ、と。

 彼はしっかりとした口調で告げる。


「正直、俺もいつまで生きられるかわかりません。でも、この時間がずっと続けばいいなと思っています。だって、すごく楽しいじゃないですか」


「……あぁ、そうだね」


「それに……いや、これは俺がたった二十年ぽっちしか生きてない俺が言っても説得力はないかもですが、いつまでも亡くなった人たちに縛られているのはその人たちも嬉しくないと思いますよ。俺はよく知りませんけど、ディシディアさんの友人やお師匠様はディシディアさんのことを大事に思っていたんですよね?」


 ディシディアは、静かに首肯を返す。その肩は小さく震えていた。


「あぁ……とても大事に思ってくれていた。私のことを、心から思ってくれていた」


「なら、やっぱり笑っていてもらいたいと思ってますよ。だって、好きな人の泣き顔なんて見たくないでしょう?」


 そう言って、良二は自分の胸元に手を置いた。


「喪失感はあると思います。死はいつか来て、その度に胸にぽっかりと穴が開いたみたいな虚無感を感じると思います。でも、それは埋めることができる。そうでしょう?」


「……そうだね。ありがとう、リョージ。少しだけ、気持ちが軽くなったよ」


 ディシディアは俯いたまま、目元をゴシゴシと擦った。かと思うと、すぐに顔をあげて満面の笑みを浮かべてみせた。


「ああ、そうだね。この胸にある虚無感は埋めることができる。きっと、君となら埋められるだろう」


 ディシディアはそっと彼の手を握り、静かに微笑んでみせた。


「……ありがとう、リョージ。いつまで君と一緒にいられるかはわからない。だが、死がやってくるまで君と一緒にいたい。それは、私だって同じことだよ」


「……ありがとうございます、ディシディアさん。俺も、貴女と一緒にいたいです」


 良二はそっと自分の手を彼女の手に重ねた。そうして二人はしばらく見つめあっていたが、やがてハッとした様子で辺りを見やる。

 見れば、こちらをニヤニヤと見ているカーラがいた。彼女の姿を視認するなり、良二とディシディアはサッと離れてみせる。


「か、カーラ!? い、いたのかい!? それに、まだ仕事では!?」


 珍しく顔を真っ赤にして狼狽えるディシディア。カーラは相変わらずニヤニヤしながら、二人を交互に見つめていた。


「えぇ、見てたわ。今日は珍しく仕事が早く終わったのよ」


 チラリと時計を見れば、確かに今は三時。予定の時間よりも二時間ほど早い。

 当のカーラは特に気にした様子もなく、ただにこやかに微笑んでいた。


「学食に行くって言ってたし、もしかしたら、と思って売店に来たら見つかってよかったわ。それにしても、ずいぶんと仲がいいのね」


 二人は今にも顔から火を出さんばかりだった。ディシディアに至っては恥ずかしさがピークに達しているのか、耳を激しくピコピコと動かして顔を冷まそうとしているようだった。

 カーラは何度か頷いた後で、ひょいっと自分の後方に手をやった。


「さぁ、帰りましょう。あ、その前にちょっとだけ何か食べていく?」


 二人は戸惑いがちに頷いた。正直、腹はまだまだ膨れていたが気を紛らわすものが欲しかったのである。それを受けカーラはそそくさと車を泊めているであろう場所へと向かっていく。

 その後を追おうとして良二も足を踏み出すが、ディシディアは彼の服の裾を引っ張って制止をかけた。


「リョージ。さっきの言葉、とても嬉しかったよ……」


 蚊の鳴くような声だった。彼女は俯きながら言ったが、すぐに顔をあげてわざとらしく笑ってみせる。


「ふふ、さっきの言葉はプロポーズのようだったな。将来、君に好きな人ができた時にでも言ってあげるといい。さぁ、早く行こう。カーラを待たせては悪いからね」


 彼女は恥ずかしさを隠すようにその場から駆けていった。一人ポツンと残された良二は先ほど自分が言ったことを思い出し、またしても顔を真っ赤にする。

 ディシディアの言ったとおり、あれではまるで――恋人に囁く言葉のようではないか!

 だが、あれは間違いなく自分の気持ちだ。それに嘘偽りはない。が、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 良二は気持ちを紛らわせるように全力でディシディアの後を追った。


 ――さて、それから十分後。タクシーに揺られる三人はとある場所へと向かっていた。キャンパスを抜け、少しばかり外れた場所へ向かう。


「二人とも、フライドチキンは好きかしら?」


 ディシディアと良二は同時に頷きを返す。カーラはバックミラー越しにそれを見た後で、満足げに鼻を鳴らす。


「ならよかった。きっと気に入ってくれると思うわ……ほら、見えてきた」


 彼女が指さす方を見て、良二は「ああ」と言葉を漏らした。

 そこにあったのは……『クウェンタッキー・フライドチキン』。日本でもチェーン展開されている有名店だ。カーラはドライブスルーに入り、順路を進む。

 そうして定位置まで来ると、マイクから店員の声が聞こえてきた。


『いらっしゃいませ、ご注文は?』


「二人とも。何か食べたいものはある?」


 良二たちは窓際に寄ってメニューを見やった。その際、背中にピトッとディシディアの手が触れ、良二は頬を紅潮させた。が、なんとか平静を装って答える。


「お、俺はツイスターセットをコーラで」


「私はチキンバーガーセットを頼む」


「じゃあ、その二つをちょうだい」


『かしこまりました!』


 マイクから音声が途切れるのを合図に車は先へと進み、受取口へと到着。それから数分もしないうちに大きめの紙袋がカーラへと渡された。


「はい、二人とも。どうぞ」


「ありがとう」


 ディシディアは受け取り、良二の分を手渡した。その後で、チキンバーガーが入っていると思わしき箱をじぃっと見やり、静かに開けた。

 刹那、フライドチキンの香ばしい香りが立ち上って鼻孔を刺激した。先ほどまで腹が膨れていたはずなのに、腹の虫がぐうぐうと喚きたてる。

 ディシディアはごほんと咳払いした後で、そっと手を合わせる。


「いただきます」


 そうして、バーガーを手に取った。かなりのボリュームで、ずっしりとした手ごたえが返ってきた。中に入っているチキンは相当でかい。あまりに大きすぎてバンズからはみ出しているほどだ。

 彼女は小さな口を目いっぱいに開けてかぶりつく。

 その直後に感じるのは、フライドチキンから溢れてきたジューシーな肉汁だ。それはバンズやチーズと絡み合い、絶妙のハーモニーを奏でる。


「……うん、美味い」


 スパイスが効いたフライドチキンはジューシーだが、脂っぽくない。中に挟まっているレタスと特製のソースのおかげかもしれないが、とてもあっさりと食べられるのだ。

 また、チーズはバンズとチキンの熱で温められトロトロになっている。チキンとチーズの相性は言わずもがな。舌の上で流麗なワルツを繰り広げるようだ。

 バンズは肉などの味やボリュームに負けないようかなり厚めにカットされている。しかし、固くはない。むしろふかふかとしていて簡単に噛み切れた。


「美味しい?」


 ディシディアは口の中にあったものを嚥下し、コクリと頷いた。


「あぁ、とても。アメリカの料理は美味しいな」


「あら、それじゃ今日の夕飯も張り切らなくっちゃね」


 カーラは愛嬌たっぷりに言い放ち、運転に集中する。そんな彼女を視界の端に納めてから、ディシディアは横にいる良二へと視線を移した。それに気づいた彼は少し身構えたが、すぐにいつものような人のいい笑みを浮かべてくる。

 ディシディアはそんな彼にそっと自分の持っているバーガーを差し出した。


「……よかったら、どうだい?」


「いいんですか?」


「……あぁ。楽しみは共有しなければな」


「じゃあ、遠慮なく……」


 とは言ったものの、やや小さめに口を開けてバーガーにかぶりつく。それから彼は満面の笑みを浮かべ、グッとサムズアップをしてみせた。


「お、美味しいですね……」


「だろう? よかったら、君のも食べさせてくれないか?」


「いや、それは……」


 良二は口ごもるが、ディシディアは悲しそうに耳を垂れさせた。


「嫌かい? それならいいんだが……」


「いや、そうじゃなくて……これ、ほら」


 と、わざわざツイスターを広げてくれる。見れば、中には赤々としたソースがたっぷりと入っていて、チキンやレタスなどにかかっていた。


「これ、めちゃくちゃ辛いですけど食べますか?」


 ディシディアはグッと言葉に詰まった。が、次の瞬間。


「えっ!?」


 勢いよくツイスターにかぶりついた。良二はその様に、思わず驚きの声を漏らす。

 ディシディアはもぐもぐと咀嚼したかと思うと、再び頬を紅潮させた。

 それは別によくよく考えれば今の行為が間接キスにあたるものだったから、などという甘い理由ではない。

 ただ単にツイスターが辛かったからだ。

 チキンを噛むとじゅわっと肉汁が溢れ、こんがりと焼かれた生地がそれを逃がさない。ハンバーガーとはまるで違った趣向だ。こちらは香ばしさに重点を置いている。

 ここだけ見れば、相当な完成度だ。が、続けてサルサソースが舌の上で暴れまわる。

 舌を刺すような刺激を与え、呼吸をすることすらできなくさせる。チキンや生地とは相性もよく、レタスによって辛さはだいぶ緩和されているものの、それでもディシディアには厳しかったようだ。

 彼女は涙目になって口元を押さえ、行き場のない感情を表すかのように両足をばたつかせた。


「こ、これ飲んでください!」


 良二は咄嗟に自分のコーラを差し出した。ディシディアは涙目でそれを受け取り、ストローを勢いよく啜る。そうして一滴残らず飲み干した後で、力ない笑みを浮かべた。


「お、美味しいな……」


「……無理しなくていいんですよ?」


 しかし、彼女は首を振る。


「いいや、美味しいさ。だって、大事な人と食べる食事ほど美味しいものはないだろう?」


「あらあら、やっぱり仲がいいわね。妬けちゃうわ」


 またしてもカーラから茶々が入り、二人は今日何度目かわからないくらい顔を真っ赤にさせる。その微笑ましい姿をカーラはニコニコと眺めていた。


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