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第四十九話目~最強無敵のチージーポテト~

 時刻は午前九時。ディシディアと良二はカーラの車に乗ってウィスコンシン大学へと向かっていた。朝の陽ざしは心地よく、窓際に座るディシディアは気持ちよさそうに目を細めつつ、イヤリングを指で弄ぶ。


「私とケントは五時くらいまで仕事だから、それまでは大学にいて頂戴。連絡先は、リョージの携帯に入れてるわよね?」


「えぇ。しっかりと。でも、なるべく大学からは出ないようにします」


「それがいいわ。迷子になったら大変だもの。さぁ、見えてきたわよ」


 カーラが指差す先には大きな建物――どうやら、あれはウィスコンシン大学の中にある棟のうちの一つらしい。

 カーラはそのまま車を進め、敷地内の駐車場に停車させた。それを受け、ディシディアと良二は一緒に外へと歩み出る。


「それじゃあ、楽しんでね。バイバイ」


 カーラは手を振り職場へと向かっていく。彼女の車が見えなくなった頃合いを見計らって、ディシディアは両拳を腰のあたりでグッと構えてみせた。


「さて、それでは行こうか!」


「はい。まぁ、時間もあるのでゆっくりと」


 と、良二はまだどこか眠そうだ。彼はぼさぼさの髪を掻きながら大きな欠伸を漏らす。


「むぅ、リョージ。大丈夫かい? まだ酒が残っているならば、少し休もうか?」


「あ、いや、大丈夫ですよ。ただの寝不足です。時差ボケでなかなか寝られなかったんですよね……」


 それは仕方ない。日本とアメリカではどうしても大きな時差が生まれてしまう。これまで日本暮らしだった良二には中々に酷だろう。

 だが、一方のディシディアはケロリとしている。彼女たちエルフは環境適応能力に優れているため、時差にもすぐ慣れたのだろう。

 ディシディアはしばし唇を尖らせていたが、やがてニッコリと笑みを浮かべてみせた。


「まぁ、今日しか来れないわけじゃない。のんびりと行こうじゃないか」


 自分を気遣ってくれた彼女の言葉を受け、良二は口元を緩ませた。そうして欠伸を噛み殺すと、周囲に視線を巡らせる。


「……確かに、色々と面白そうな場所ですね」


 キャンパス内は緑に溢れている。天然ものの芝生や木々が立ち並んでいる。そうして、そこの枝に乗っているのは小さなリスたち。リーが言っていたように、自然と人間が共生している場所のようだ。

 ディシディアはリスたちがいる木の傍に歩み寄り、そっと手を伸ばす。すると、リスたちはちょこちょこと歩み寄ってきて、彼女の肩に這い上がってきた。


「ハハ、見たまえ。愛嬌のある子たちだね」


 リスたちはディシディアの方に顔を近づけ、ふんふんと鼻をひくつかせている。その愛らしい様に、ディシディアのみならず良二も顔をにやけさせた。


「この生物は確か……リスだったね。やはり、近くで見るのと図鑑で見るのは違うな」


 ここのリスたちは意外に丸々としている。おそらく、ゴミ箱にある食べ残しなどを漁っているのだろう。それにここはリスたちが食べるような木の実もたくさん落ちている。まさしく理想郷、といった感じだ。

 リスたちは別れを告げるように尻尾をヒュンと振ってから、ディシディアの肩から飛び降りる。彼女はひらひらと手を振り、リスたちへと別れを告げた。


「やっぱり、ディシディアさんはすごいですね。動物に懐かれるなんて」


「それほどでもないさ。ところで、リスは大丈夫なんだね?」


 と、どこか含みのある言い方をされる。以前水族館でエイやチョウザメに怯えていたことを覚えていたのだろう。良二は苦笑しながらも答える。


「リスはいいんですよ。小さいし、人懐っこそうですから。でも、ほら。魚とかって感情がわかりにくいじゃないですか。だから苦手なんですよね……」


「確かに、表情には乏しいな。だが、感情がないわけじゃない。いずれ君にもわかるさ」


 年相応の老獪さを垣間見せた彼女は先へと進んでいく。左の方には教会があり、その奥には大きな病院があった。だが、病院はともかくとして教会に入っている人はいない。まだ開いていないのか、それとも別の理由があるのか。

 ディシディアはそちらを一瞥した後で、今度は左の建物に視線を移す。そこは――図書館のようだ。夏休みだが開館しているらしく、学生と思わしき人物たちが中へと足を踏み入れていく。


「なぁ、リョージ。私たちも行ってみないか?」


「いいですね。せっかくだし行きましょうか」


 彼らは頷き合い、図書館の方へと向かっていく。スロープを上ると開けた場所に出て、図書館の入り口が見える。そうして自動ドアを潜り中へと足を踏み入れればそこには――大量の本で埋め尽くされた空間が広がっていた。


「へぇ、結構広いんですね……て、ディシディアさん?」


 ちらと見れば、ディシディアは目をキラキラと輝かせつつ両手を合わせ、感動している様子だった。言葉すら出ないようだったが、彼女の耳は雄弁に嬉しさを語っている。

 が、中へ入るのは少しばかり難しいかもしれない。

 なぜなら入り口にはゲートがあり、おそらくは学生証を持っていないと入れない仕様になっていたからだ。


「あ~……これは、ちょっと無理かもですね」


 それはディシディアも何となく察したのだろう。しょぼん、とその肩と耳を垂れさせる。

 もう諦めて別の場所に行こうか――そう考えた時だった。


「ねぇ、あなたたち。入らないの?」


 と、中から声をかけられたのは。見れば、司書服を身に纏った女性がこちらへとやってきている。二十代半ばと思われる彼女はニコニコと微笑みながら、キョトンと首をかしげた。

 良二は彼女の方に向きなおり、説明を始める。


「えっと、俺たちここの学生じゃないんですが、どうしても中に入りたくて……」


「あら、そんなこと? いいのよ、入って入って」


 と、職員用のゲートから手招きしてくる女性司書。だが、良二はブンブンと手と首を横に振った。


「で、でも俺たちここの学生じゃ……」


「いいのいいの。学問の場は誰にでも開かれるべし、でしょ? このゲートがあるのはあくまでも防犯のためで、入りたかったらいつでも言ってちょうだい。さ、どうぞ」


 女性は快く二人を迎えてくれる。無論、それを断る理由もない。ディシディアたちは職員用のゲートから中に入り、彼女に対してぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます、助かりました」


「ありがとう。恩に着るよ」


「まぁ、礼儀正しい。貸し出しはできないけど、色々見ていってね?」


 彼女はそれだけ言って持ち場へと戻っていく。ディシディアは妙な胸の温かさを感じながら、良二を見上げた。


「……親切な人だったな」


「言葉とか文化は違っても、思いやりみたいなのは世界共通ってことですかね?」


「かもしれないな。まぁ、異世界から来た私が言うとややこしくなりそうだが」


 と、愛嬌たっぷりに言い放つディシディアは左に見える通路の方に足を運ぶ。そこはどうやら、資料室のようだ。しかも、生物関係の。そこには大量の生物の剥製や化石が飾られている。

 ディシディアは通路内に足を踏み入れるなり、感嘆の声を漏らした。四方八方に資料やそれに関する説明書きがあり、中々にいい所だ。まぁ、説明書きに関しては読むことができないがニュアンスは伝わってくる。

 それよりも目を奪われたのがやはり剥製だ。平原、山、森などあらゆる場所に生息する動物たちの剥製が置かれている。当然ながら等身大なのでかなりの迫力だ。特にクマなどの肉食獣は、今にも動き出しそうなほどである。

 良二はやや腰が引けているようだったが、ディシディアは興味深そうに剥製たちを見やっている。流石に触れることはできないが、近くで見るだけでもずいぶんと印象は変わるものだ。


「ほぉ……やはり、図鑑だけではダメだな。こうやって見ることで色々な知識が身に付く。この図書館はそういった意味では優れているかもしれないな」


 その言葉に間違いはないだろう。剥製たちが置かれているコーナーはお世辞にも広いとは言えないが、それでも十分すぎるほどの資料は揃っている。クオリティだけならば、博物館などにも引けを取らないほどだ。

 しばらく歩くと、今度は魚たちのコーナーに入った。ここには魚たちが入れられた水槽なども置かれており、実際に動いている姿を見ることもできた。


「おや、お嬢ちゃんたち。見学かい?」


 ふと、そんな声がどこからか聞こえてくる。何事かと思えば、水槽の方に作業着を着た女性が歩み寄ってきていた。恰幅のいい黒人女性は人懐っこい笑みを彼らに向けたかと思うと、水槽の中に胸元から取り出した餌などを入れ始める。

 ディシディアは彼女の仕事ぶりを見ながら、静かに問いかける。


「仕事中にすまない。この魚はどういった生物なんだい?」


 彼女が指さしているのは、まだら模様の魚だ。水草の陰に隠れ、のんびりと体をよじらせている。それを見た女性は「ああ」と首肯し、ポンと手を打ちあわせた。


「あぁ、それはナマズの一種よ。ほら、ひげがあるでしょう?」


 確かに、魚の口元からはひょろ長いひげが生えていた。ディシディアは感心したように頷き、続けて質問する。


「ここの魚たちは喧嘩はしないのだろうか?」


「う~ん。少なくともしているのは見たことがないかなぁ? 案外うまくやっているんだと思うよ?」


 確かに水槽内にはいくつもの種類の魚たちがいたが、縄張り争いなどをしているようには見えない。やはり色々な事情はあるとはいえ、貴重な同居人たちだ。仲良くやりたい、というのは魚たちも同じなのだろう。


「なるほど。勉強になったよ、ありがとう」


「どういたしまして。他にも聞きたいことはないかい?」


「むぅ……リョージ。君はどうだい?」


「俺ですか!?」


 急に話を振られ、つい声を荒げてしまう。が、ディシディアと女性から「し~っ!」と注意を受け、ハッと口を閉じた。が、しばらくしてひっそりと声を潜めて問いかける。


「えっと……魚じゃないんですけど、ここの剥製って多いですよね。で、思ったんですけどほとんどがアメリカ原産の動物たちじゃないですか?」


「そうよ。アメリカにいる生物たちを中心に集めているの。ほら、アメリカって広いでしょう? 生物の分布って面白くてね? 同じネコ科でも、それぞれ違った進化をしているっていうことがあるの。でも、ほら。こうやって剥製を見れば、違いが分かりやすいでしょう?」


 確かに剥製たちを見比べればその違いは一目瞭然だ。動物園に行くのとはまた違う。剥製は動かないが、だからこそしっかりと観察することができるのは大きな利点だ。

 良二とディシディアは興味深げに彼女の話に聞き入っていた。一方の彼女は解説を続けた後で、満足げに鼻を鳴らす。


「参考になった?」


 二人は同時に首肯を返す。女性はほっと胸をなでおろして安堵のため息をついた。


「ならよかった。楽しんでいってね?」


「あぁ。本当に楽しかったよ。どうもありがとう」


「勉強になりました。それじゃ」


 二人は彼女に手を振り、再び出入り口の方へと戻っていく。それから、二人は図書館の棚を一列ずつ見て回った。

 当然ながら、読めそうな本はない。どれもこれも英語だし、難しそうだからだ。かろうじて一般向けの小説などはあるが、それでも英語が読めないディシディアは元より英語が苦手な良二だって読むとなれば数時間かかってしまうだろう。

 ただ、眺めているだけでも中々に楽しい。理路整然、という言葉がぴったりの図書館は清潔感に満ちていて勉学のための体制が全て整っていた。


「……っと、ディシディアさん。そろそろ時間じゃないですか?」


 と、良二が腕時計を見せてくる。確かに今の時刻は午前十一時。ランチタイムには絶好の時間だ。これ以降になれば、混むことは間違いなしである。


「では、行こうか」


「えぇ。あ、でもその前に……」


 良二は近くにいた女性――先ほどディシディアたちを迎えてくれた女性の元へと歩み寄る。彼女はこちらに気づくなり、パァッと花の咲くような笑みを向けてくれた。


「あ、さっきの二人。どうだった? 楽しめた?」


「あぁ。とても楽しめたとも。本当にありがとう」


「俺もここに来れてよかったです。入れてくれてありがとうございました」


「どういたしまして。それで? これからはどうするの?」


「ちょっと昼食を取りに行こうとね。学食は利用できるのだろう?」


「えぇ。お金を払えばね。図書館を出て右に行くと大きな建物が見えるから、そこの二階に行ってみて。美味しいご飯が食べられるから」


 なんとも親切な女性だ。良二たちは彼女とがっしりと握手を交わしてから、図書館を後にする。ゲートをくぐって外へと歩み出ると、すっかり強くなった日差しが差し込んできた。


「さて、では楽しい食事の時間といこうか」


 ディシディアはスキップをしながら右に見える大きな建物へと向かっていく。その後ろをついて歩きながら、良二は大きく伸びをした。

 アメリカの気候は中々に過ごしやすく、カラッとした暑さだ。日本のようなじめじめした気候だったら今頃ぐったりしていただろう。時差ボケの辛さはあるが、それでもまだマシだ。

 その上、先ほどから現地の親切な人々との触れ合いがあったおかげか非常に充足感がある。人との触れ合いも旅の醍醐味だ。リーやカーラのみならず、その他の人物たちとの出会いも間違いなく二人の糧になることだろう。


「リョージ。どうした?」


 問いかけを受け、ハッとする。彼は慌てて首を振り、小走りで彼女の横に並んだ。


「何でもないですよ。それより、ほら。見てください」


 彼が指差すのは入口の自動ドアだ。そこには『銃持ち込み禁止』の張り紙が張られている。流石はアメリカ。こういったところはキチンとしているようだ。

 またしてもカルチャーショックを覚えながら中に入ると、そこは小奇麗なホテルのような場所だった。中々に清潔で、落ち着いた雰囲気をしている。二人は道なりに進んでいき、角を曲がった先にあった階段を上っていく。

 すると、右の方にカフェテリアが見えた。どうやら、そこがリーたちが言っていた美味しい学食が食べられる場所らしい。実際、すでに美味そうな匂いが漂っていた。


「リョージ。早く入ろう」


 ディシディアは早く入りたいようで、その場で足踏みをしていた。良二は入口の方で会計を済ませ、中へと足を踏み入れてそこにいる生徒たちを見やる。夏休みだというのに、カフェテリアは人で賑わっていた。

 二人はとりあえずトレイを取って辺りを見やる。生徒たちは一列に並んで食事を受け取っているようだ。ディシディアたちもそれに倣い、最後尾に並ぶ。


「いらっしゃい。食べたいものは?」


 と、給仕のおばちゃんが問いかけてくる。ディシディアは今日のメニューを見やるなりピッと人差し指を立てた。


「とりあえず、全部を少しずつもらえるかな?」


「はいよ。もしかして、ここを利用するのは初めてかい?」


 ディシディアがためらいがちに首肯すると、給仕のおばちゃんは豪快に笑って後ろの方を指さした。そこにはサラダバーが設置されており、生徒たちが並んでいるのが見てとれる。


「あっちはサラダバー。ドレッシングも色々あるから試してみなさい。後、あっちはアイスクリームゾーン。もちろん食べ放題。それから、あっちの機械は見ての通りドリンクバー。種類も豊富だからたっぷり飲んで」


「何から何までありがとう。助かるよ」


「当然のことよ。困ったときはお互い様。はい、どうぞ」


 給仕のおばちゃんが寄越してくれたのは――パンケーキとソーセージ、それからポテトが乗った皿だった。しかし、そのポテトは普通のものとは違う。ハッシュドポテトのようにざく切りにされ、チーズと一緒に焼かれている。


「あぁ、それはチージーポテトよ。オススメだから、食べてみて」


「なんと! これがか!」


 確か、リーがオススメしてくれていたのがこれのはずだ。ディシディアは目を剥き、それを見やる。が、すぐに後ろに他の客が並んでいるのに気付き、慌てて列を離れた。


「飲み物は俺が取ってきますよ。席をお願いします」


「ありがとう。では、炭酸を頼むよ」


 ディシディアは良二といったん分かれ、二人が座れそうな席を外す。ほとんど埋まっているようだったが、幸いにもソファ席は空いていた。ディシディアは小走りで歩み寄り、皿を置いて場所を確保。それから満足げに息を吐いた。


「お待たせしました、ディシディアさん」


 ほぼ同じタイミングで良二がやってくる。彼はコーラが入ったグラスを器用に抱えながらこちらに歩み寄ってきて、席に腰掛けた。


「はい、どうぞ」


「っと、フォークを取り忘れていたか」


 良二からもらったフォークとナイフを手元に引き寄せながらそんなことを呟く。彼女は若干気恥ずかしそうにしながらも手を合わせ、一礼。


「いただきます」


 彼女はフォークとナイフを器用に扱ってパンケーキを一口大に切り、かぶりつく。

 比較的薄めに焼かれたそれは非常に食べやすい。薄いといって侮るなかれ。その味は十分合格点だ。ふわふわの生地は優しい甘みに満ちている。

 バターの風味も活きており、それが味に奥深さを与えている。はちみつなどはいらない。むしろはちみつやジャムなどをつけてしまえば、味のバランスが崩れてしまうかもしれない。このパンケーキは日本で言うご飯のような感覚で、毎日食べても飽きない味わいだ。

 ソーセージは噛むとじゅわっと肉汁が溢れ出てくる。その濃厚な風味は脳髄をずどんと揺らす。気を抜けば、意識が持っていかれそうなほど力強い旨みだった。火入れの加減も抜群で、中までしっかりと火が通っているのもポイントだ。

 アメリカ料理と聞くとどうしても豪快な感じをイメージしがちだが、細かい仕事がなされていないわけではない。いや、むしろ豪快さがあるからこそそのような繊細さが重要視されているのかもしれない。

 大味という言葉があるが、それはキチンとした土台がなければ雑な味となってしまう一面を秘めている。

 ディシディアはコーラで口の中をサッパリと洗い流してから、ようやく目当てのチージーポテトに視線を移した。未だ湯気が上っており、こんがりと焼かれたチーズとポテトの芳しい匂いが鼻孔を貫く。

 それだけでまた腹の虫が騒ぎ出してしまうほどだ。ディシディアは今一度フォークを構えなおし、チージーポテトを口の中へと運んだ。


「~~~~~~っ!?」


 その瞬間、彼女の目がくわっと見開かれ、声にならない声が漏れた。彼女は耳を激しく上下させながらゴクリと口の中のものを嚥下する。


「美味い! 何だ、これは!?」


 焼かれたチーズとポテトはカリカリになっている。が、時折とろりとしたチーズがあってそれが口の中に広がっていく様はもはや官能の域だ。舌が喜びを感じているのが自覚できる。

 塩味が効いており、それが炭酸飲料とよく合う。しかも、この塩味は決して塩だけによるものではない。チーズが持つキリッとした塩気があるからこそ、この味が出せるのだ。

 さらに、ポテトは表面はカリッとしているのに中はホクホク。ポテトとチーズの相性は言わずもがなだが、これは別格だ。どちらも地元の食材を使っているからだろう。その親和性はかなり高い。

 ブラックペッパーがかかっているが、これもまた味に変化を与えてくれる。スパイシーさはポテトとチーズの味を引き立てるだけじゃなく、舌にピリッとした刺激を残していき食欲を増進させる。

 チージーポテト……おそらく、チーズとポテトを合わせた造語だろう。しかし、これほどまでに魅力的な料理だとは思っていなかった。

 おそらく、アメリカに来てから食べたものの中では一、二を争う美味さである。軽い後味でサッパリと食べられるし、何より食感が多彩だ。表面はカリッと、中はホクホク、そして時折とろ~っとしたチーズが口の中で踊る。

 おそらく、ケチャップをつけてもまた違った味わいになってくれるだろう。中々に応用が効く料理だ。

 しかし、これを日本で再現できるか、と問われたら首を捻るところだ。きっと、チーズとポテトの相性はかなり考え込まれているはずだ。

 チーズもポテトも、それぞれ数多くの品種がある。その組み合わせを全て試すとなると、それこそ膨大な時間がかかるだろう。

 きっとこの料理は偶然から生まれたはずだ。たまたまウィスコンシン産のポテトとチーズを組み合わせたら、ここまでの味わいと化したのだ。そして、この偶然は奇跡とも呼べるものである。

 良二もディシディアも気に入ったらしく、ガツガツと頬張っていた。パンケーキやソーセージも確かに美味かった。だが、チージーポテトに比べると一歩劣る。

 この品は人の舌をガツンと震わせる旨みに満ちている。その衝撃たるや、口の中で爆発が起こったのかと思うほどだった。チーズとポテトのコンビネーションのよさは知っていたつもりだったが、あれは本来のポテンシャルからすれば一割にも満たなかったのだと再認識させられる。

 あっという間に食べ終えた二人は顔を見合わせ、無言で頷き合って席を立った。

 その後、二人が山盛りのチージーポテトを持って席に戻ってきたことは言うまでもない。


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