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第四十四話目~自作の軽食と高所恐怖症~

 さて、昼食を終えた後、ディシディアは最初に来た場所に戻ってまたしても水面に映る自分の姿を見つめていた。

 はたと前方を見やれば、広々とした水辺が広がっていた。そよ風が髪とイヤリングを揺らし、ディシディアは目を細めながらも嬉しそうに口角を吊り上げる。


「それにしても、ここはいいな。海に面しているテーマパークとは、中々に洒落ている」


「ふっふっふ……ディシディアさん。それが、実は違うんですよねぇ」


 良二はもったいぶったように言いつつ、フルフルと首を横に振る。肩を竦めて「やれやれ」とでも言いたげだ。ディシディアは怪訝な表情を浮かべつつ、そんな彼の傍に身を寄せて問いかける。


「何が違うんだい?」


「実はこれ、海じゃなくて湖なんですよ」


「何!?」


 よほど驚いたのか、ディシディアの耳がピコンッと上に跳ね上がりピンと張った。彼女は目をゴシゴシと擦った後で、再び湖の方を見やる。とても広大で視界全てを埋め尽くし、対岸を拝むことすらできない。ここだけを見れば、誰もが海と思ってしまうだろう。

 だが、先ほど良二が言ったとおり、ここは湖。ミシガン湖だ。相当の大きさを誇っており、対岸が見えないということはままある。


「ほぉ……アルテラにもここまでの湖はそうなかったよ。もしかしたら、今日一番驚きかもしれない」


 その言葉は決して誇張ではないだろう。ディシディアは目をパチクリさせながら何度も湖の方を見やっており、開いた口が塞がらないという感じだった。


「俺だって初めて見たら海だって思いますよ。すごい大きさですよね」


「あぁ。言われてみれば塩の匂いはしないし、ウミネコの姿もない。だがこれは……うぅむ。巨大生物でも潜んでいそうなくらいだ」


「ハハ、かもしれませんね」


 実際いるとしたら、ディシディアは間違いなく捕獲に乗り出すだろう。そう考えると背筋が凍る思いだ。たまに突拍子もないことを言い出す彼女なら、提案しかねない。良二はわざとらしく咳払いをし、タクシーのある方を指さした。


「あの、ディシディアさん。今日はどうしても行っておきたいところがあるので、もう行きませんか?」


「む? ああ、構わないよ。じゃあ、そこに……」


「いや、そこはまだ行ったらダメなんです」


「どういう意味だい?」


 ディシディアはキョトンと首を傾げて問いかける。良二はやや含みのある笑みを浮かべつつ口元に人差し指を当て、パチリとウインクをしてみせた。


「秘密です。行ってからのお楽しみって奴ですよ」


「ふふ、面白いね。君がそこまで言うのならば、よほどなのだろう。楽しみにしているとするよ」


 ディシディアはその言葉に頷き、彼の後を追ってタクシーに乗り込んだ。良二は運転手に「とりあえず近くにあるオススメの場所を巡ってくれ」と頼む。すると、運転手はピッとサムズアップをしてみせて、車のギアを入れた。


「ちなみに、その目的地にはいつごろ行くつもりなんだい?」


「大体、夜の八時ごろですね。それまでは街を散策しましょう」


「わかった。それにしても、時間まできちんと決めているとは。さては君、ずっと計画を練っていたな?」


 見透かしたようなディシディアの言葉に苦笑いしながら、良二はバツが悪そうに頭を掻いてタクシーの座席に体を委ねた。中々に座り心地がよいので移動中体が痛くなることはない。

 良二はこれ以上追及されないように顔を背け、窓の外に視線を移す。すでにネイビーピアからは遠ざかっており、少しだけ物寂しさを覚えてしまった。


 ――さて、それから約六時間後。二人はようやく目的地へと向かっていた。無論タクシーを使って、である。

 後部座席に座るディシディアと良二はどちらも満足そうで、ニコニコと微笑んでいた。良二の膝には本が入った大きめの紙袋が乗っており、ディシディアの脇にはお菓子が入ったビニール袋が置かれている。

 良二は先ほど買ったばかりの棒付きキャンディーを口の中で転がしながら、ディシディアが抱えている袋に視線を寄越す。そこからは大量のチョコレートが顔を覗かせていた。


「かなり買いましたね……」


「あぁ。まさかレジのお姉さんから『チョコが好きなの?』と聞かれるとは思わなかった」


 そう。ディシディアが近所のスーパーでチョコレートを大人買いしていると、レジのお姉さんがそう言ってきたのだ。ディシディアはもちろん否定したが、彼女はただニコニコと微笑んでいるだけだったのは記憶に新しい。

 まぁ、多少おまけはしてもらえたが。

 ディシディアはトリュフチョコを舌の上で溶かしながら目をとろんと潤ませる。トリュフチョコは口内の温度でじんわりと溶けていき、優しい甘みを与えてくれる。疲れた体に染みわたるような感じだ。

 ディシディアは甘い吐息を吐きながらチラリと窓の外を見る。すでに月は高く上り、街灯は道を照らしている。人の流れも徐々に落ち着いてきていて、昼の喧騒からは想像もできないほどの静かさが街を包んでいた。

 ディシディアは再びトリュフチョコを口の中に放り込みつつ、今度は良二が持っている袋を見て口元を不敵に吊り上げた。


「そう言う君も、ずいぶん本を買ったね」


「えぇ。現地の小説って結構レアですからね。面白そうでしたし、安かったですから」


 先ほど良二は近くの古本屋に寄ったのだが、そこでいくつかの本を買っていた。そこはかなりおしゃれな店で、ともすればカフェテリアを経営していてもおかしくないほどだった。

 もちろん品ぞろえも中々によく、良二も目当ての本が買えたのだ。が、やはりこういった観光の時は気が大きくなるものである。つい目についたものを買ってしまったりもしたが、結果的に満足したようだ。


「さて、もうそろそろですかね?」


「もしかして、あれかい?」


 ディシディアが指差す先にあったのは――巨大なタワーだ。シカゴを観光している時、何度も目に入ってきたものである。

 良二はぺチンと額を叩いた後で、コクリと首肯を返す。


「やっぱりわかりましたか。そう、あそこですよ。ウィリスタワーって言うんです」


「なるほどな。見たところ、この街のシンボルとも呼べそうなもののようだな」


 実際、彼女の言葉は正しい。

 ウィリスタワーはかなりの歴史を持った建造物であり、有名な観光スポットの一つでもある。目立つ見た目もあいまって、シカゴの名物的建造物として数えられているものだ。

 ディシディアは窓に額をつけながらも、タワーの方を見やる。日本にあるスカイツリーやパリのエッフェル塔とはまるで違って、大きさの違う長方形を何個も積み重ねたような見た目をしている。少し変わっているが、荘厳さはスカイツリーなどに勝るとも劣らない。


「おぉ……あれは、登れるのかな?」


「もちろんですよ。まぁ、入場料はかかるみたいですが」


 と、肩を竦めつつ良二は窓にぺったりと額をつけているディシディアを見て微笑んだ。よほど楽しみらしい。彼女は早く外に出たいようでうずうずと落ち着かない様子だった。

 そうこうしているうちにタクシーはウィリスタワーの近くで動きを止める。良二は会計を済ませた後でディシディアと共に外に出て、改めてタワーを見やる。

 近くに来るとますます巨大に思える。ディシディアなどは見上げすぎて後ろに転びそうだ。良二は咄嗟に彼女の後ろに立ってその背を支え、ニコリと穏やかな笑みを向けた。


「さぁ、中に入りましょうか」


「あぁ。早く入ろう」


 言うが早いか、二人は足早に入口へと向かっていく。予想はしていたが、かなりの混雑だ。人で溢れかえっており、会計にはいくつもの列ができている。

 しかし、ベテランばかりが集められているのだろう。数分もせずに自分たちの番が来て、良二たちは手早く会計を済ませた。そうして入場券をもらって、エレベーターへと並ぶ。


「階段ではないのか。少しだけ安心したよ」


「いや、これを歩くとしたら相当大変でしょう……」


 などと軽口を交わしている間にエレベーターのドアが開き、二人は中へと足を踏み入れる。そこまで密集しているという感じはなく、隙間はそれなりにあった。

 緩やかな初動を経た後で徐々に加速していくエレベーター。ディシディアはその間、右端にあるスクリーンに目をやっていた。そこには、今自分たちが地上からどれくらいの高さにいるのかを示す図が映し出されている。

 世界遺産のどこを越えた、だとかが図で示されるたびに辺りからは感嘆の声が上がった。


「この国の人々は随所に遊びを忘れないね」


「えぇ。いいことです。俺は結構好きですよ」


「私もだ。と、もう到着するね」


 数秒後、チンッという音と共にドアが開かれた。

 直後二人の目に移ってくるのは――美しく趣深いシカゴの夜景だった。


「おぉおおおおお……ッ!」


「これは……すごいですね」


 中へと歩みつつ、二人は感心していた。百万ドルの夜景、という言葉があるがそれはまさしくこれのことだろう。

 視界いっぱいに広がる夜の街にビルの灯りがぽつぽつと灯っている様は筆舌に値する美しさだ。しかも、別にこれはライトアップされたわけではない。だからこそ、作られていない自然体の美しさがあった。

 しかも、道路を行く車の灯りや広告の灯りなどもあるので実に色鮮やかな夜景だ。赤、青、黄、あるいは緑。様々なライトによって街が照らされ、幻想的な風景を醸し出している。

 ストリート沿いに設置されたライトが灯ると、それはまさしく天へと続く光の道のようにすら思えてくる。しかも、このウィリスタワーの展望台は全方向がガラス張りになっている。だからこそ、三百六十度シカゴの夜景が楽しめるのだ。


「……あぁ。これは素晴らしい。君が見せたがっていた理由がわかったよ」


「でしょう? 俺も来れてよかったです」


 ディシディアに肯定を示しつつ、良二は辺りを見やった。今見ている夜景の中には、昨日、あるいは今日行った場所も含まれている。どれもこれも、これまで見ていたのとは違う一面を見せてくれていた。

 二人はその場にずっととどまっていると他の人たちの邪魔になると思ってか、少しずつ横に移動しながら街を眺めている。と、その時だった。


「なぁ、リョージ。あそこ、面白そうじゃないかい?」


 ディシディアがふと左の方を指さしたのは。そこには人だかりができており、一際賑わっているのが伺える。

 好奇心を煽られた良二とディシディアはそちらへと歩み寄り――ハッと息を呑む。

 観光客たちが集まっていたそこは、下がガラス張りになった場所だったのだ。おそらくそこは撮影専用なのだろう。その場所だけがフロアからやや出っ張っている。外から見ればそこだけが飛び出ているように見えるだろう。

 それを見たディシディアは目をキラキラ輝かせながら、ピコピコと耳を上下させる。


「なぁ、リョージ! あそこ、行ってみないか!?」


「い、いいですよ……」


 その時、彼の返しがぎこちないように……思えた気がしたが、興奮状態のディシディアにとってはどうでもいいようだった。彼女は列の一番後ろに並び、自分の番が来るのを待つ。

 一応撮影回数は決まっていないようだったが、列ができているからだろう。ほとんどが数回写真を撮った程度でその場を後にしていく。そのため、あっという間に良二たちの番になった。


「リョージ。スマホを貸してもらえるか?」


「ど、どうぞ?」


 若干声を上ずらせる彼からスマホを受け取ったディシディアは、ちょうど自分たちの後ろに並んでいた老夫婦にスマホを預ける。


「申し訳ないが、写真を撮っていただけないだろうか?」


「もちろんいいですよ。はい、並んで並んで」


 老婦人は微笑みつつスマホを構えてくれる。ディシディアは直立不動の良二を自らの方に引き寄せ、ピースサインをする。


「セイ、チーズ」


 掛け声の後に、何度かのシャッター音。老婦人はよたよたと歩み寄ってきて、ディシディアにスマホをそっと差し出した。


「はい、どうぞ。いい旅をね、お嬢ちゃん」


「ありがとう。さて、リョージ。早くどこう。今度はこちらの方々が……リョージ?」


 そこでようやく、ディシディアは良二が直立不動のままだらだらと脂汗を流していることに気が付いたようだ。彼の視線は自分の下に向いている。当然のごとく、そちらはガラス張りであり地上が透けて見える。

 そして、彼の膝はガクガクと震えていた。


「も、もしかして、リョージ……」


「……すいません、ディシディアさん」


 良二はギギギ、という効果音が付きそうな動きでディシディアに視線を向け、弱弱しい笑みを浮かべた。


「俺、高所恐怖症なの、忘れてました」


 そう告げる彼の目には、涙が浮かんでいた。


 ――それから数十分後。勇士たちによって救助され、無事回復した良二と共にディシディアはホテルのエレベーターに乗っていた。

 やがて目的の階に到着し、自分たちの部屋に歩く途中でディシディアがチラリと良二の顔を見上げる。


「……大丈夫かい?」


「……お騒がせしました」


 良二は顔を真っ赤にしつつ、顔を手で押さえる。ディシディアはそんな彼の腰の辺りをポンポンと優しく叩いた。


「気にするな。誰しも苦手なことの一つや二つはあるものだ」


「……うぅ。情けないです。途中までは大丈夫だったんですが、下を見ちゃったら」


「気持ちはよくわかる。辛かったね。とりあえず、今日は休もう」


 ディシディアは右手に掲げているビニール袋を彼に見せつけた。そこにはアイスクリームやら、ビールやらがぎっしりと詰みこまれている。


「ありがとうございます、ディシディアさん」


 良二は項垂れつつも部屋のドアを開け、中へと足を踏み入れた。その後に続いたディシディアは彼の手にキンキンに冷えた瓶ビールを押しつけ、ニマリと笑んだ。


「酒はいい。辛いことを忘れさせてくれる。ほら、飲みたまえ。せっかくつまみも買ってきたんだ。いいだろう?」


「ですね。それじゃあ、乾杯」


「乾杯」


 二人は瓶ビールをカチンと合わせ、蓋を握る手に力を込める。

 アメリカの瓶ビールの蓋は簡単に手で取れる。きゅぽっという音と共に蓋が開かれるなり、二人はすぐに自分たちの口に瓶ビールを持っていった。

 仄かな苦みが口の中に広がり、シュワシュワと弾ける感覚を得る。だが、これがとても心地よい。喉越しもよく、しかも水のようにサラリと飲みやすい。


「こちらのビールは美味いな。飲みやすい」


「結構後味がスッキリしていますよね。アルコール度数は日本のと変わらない……というか、ちょっと強いみたいですが」


「何か秘密があるのかもね。ほら、つまみも食べたまえ」


 彼女が渡したのはビーフジャーキーだ。口に入れるとスモーキーな塩味が広がり、これがまたビールに合う。噛めば噛むほど旨みが溢れ、時折ブラックペッパーのピリリとした刺激が舌を刺す。酒のつまみとしては、これ以上ないくらいだ。

 良二はぐびぐびと瓶ビールを煽り、次の瓶に手をつける。一方でディシディアはチビチビと少しずつ味わっているようだった。


「これも食べてみましょうか」


 良二はディシディアが買ってきていたスモークチーズの袋を開け、ぽいっと口に放り込む。燻されたことで数倍以上に膨れ上がった風味と香りが鼻を抜けていく。これまたジャンキーな塩味だ。しかしまろやかで、ビールがグイグイ進む。

 が、そこでディシディアが何かに思い至ったかのようにハッとして額に手を置いた。


「あ、クラッカーを買ってくればよかったな。失策だ」


「まぁ、しょうがないですよ。これだけでも十分美味しいですし」


 しかし、クラッカーがあればもっと美味しく食べられたであろうことは明白だ。

 クラッカーの上にビーフジャーキーとスモークチーズを乗せて食べ、続けてビールを流し込む――これを考えただけでよだれが溢れ出てくる。

 体にはよくないかもしれないが、いや、体によくないものが美味いのはある種自然の道理だろう。オーガニックもいいが、ジャンクなものを体が欲しがるのは必然である。


「なぁ、リョージ。そういえば忘れていないかい?」


 ディシディアはニッと口元を吊り上げたかと思うと冷蔵庫の中から以前水族館で買ったプレッツェルピーナッツを取り出してみせた。かと思うと、先ほど買ったばかりのアイスクリームの蓋を開け、プレッツェルピーナッツを数粒散らした。


「さぁ、召し上がれ」


「あ、ありがとうございます」


 良二はアイスを受け取り、スプーンで掬って一口パクリ。刹那、彼の体がブルリと震えた。


「美味しい!」


 濃厚なバニラアイスクリームと塩味が効いたプレッツェルピーナッツの相性は抜群だ。じんわりと口の中に広がるアイスクリームの風味を追って、プレッツェルピーナッツのキリリとした塩味がやってくる。

 半溶けのアイスクリームとカリカリポリポリとしたプレッツェルピーナッツのハーモニーがたまらない。

 塩味があるから甘みが際立ち、とろけたアイスクリームがあるからピーナッツの力強い食感がより鮮明になる。

 ただ組み合わせただけ、という者もいるかもしれない。だが、その組み合わせを考えるのもまた料理の楽しみだ。

 良二も、もちろんディシディアもプロの料理人ではない。だが、食材を組み合わせ、未知の味を作り出すことならばできる。その結果が、これだ。

 良二は先ほどまでの疲れた様子はどこへやら、一心不乱にアイスを頬張っている。

 瓶ビールをくぴっと煽ったディシディアは、慈愛に満ちたまなざしを浮かべつつ息を吐いた。


「どうやら調子は戻ったようだね」


「……本当に、ご迷惑をおかけしました」


「気にするな。まあ、いい旅の思い出ができたと思えばいいさ」


「いい思い出……ですか」


「今は辛くても、いつかは笑って話せるようになるさ」


 年相応の老獪さを垣間見せたディシディアは小悪魔的な仕草で口元に人差し指を当て、それから良二のカバンを指さした。


「なぁ、リョージ。ちょっとガイドブックを見たいのだが、いいかな?」


「えぇ、いいですよ。はい、どうぞ」


 良二はガイドブックをディシディアに渡す。と、彼女はそれを開き、ニヤリと口角を吊り上げた。


「確かダーツが当たった場所を観光する、という番組があっただろう。私たちはまだまだアメリカに滞在するだろう? やってみるのはどうかな?」


「いいですね、やりましょうよ!」


 酒で気が大きくなっているのか、良二が即答する。同時に頬をほんのり朱に染めたディシディアはガイドブックに指を這わせた。すると、それはぷかぷかと宙に浮きはじめる。簡単な《浮遊》の魔法を使ったのだ。


「さて、どこにいくかな?」


 彼女はまだ使っていないスプーンを構え、ひゅっと投げる。魔法によって吸着力を付与されたそれはガイドブックのある一点に刺さった。ディシディアはニコニコとしつつガイドブックを自分の方に引き寄せてそこに顔を寄せる。


「どれどれ当たったのは……ウィスコンシン州、スティーブンスポイント?」


 ちらと良二を見たが、彼もそこはよく知らないようで肩を竦めていた。が、ディシディアはむしろ面白そうにくぐもった笑いを漏らす。


「ふふ、いいじゃないか。二人とも何も知らないんだ。ここに行ってみようじゃないか」


「そうですね。ま、それより今日は呑みましょう! せっかく買ったんですからね!」


「もちろんだ。さて、今日は朝まで呑みかわそうじゃないか」


 しかし、この数時間後。旅の疲れか二人はぐったりとベッドに横たわっていた。しかも、途中でトランプをやっていたせいでカードはバラバラに散らばっており、良二の体は半分以上ベッドから落ちかけていた。

 一方のディシディアは、キチンと布団にくるまってすやすやと穏やかな寝息を立てている。ただし良二の布団で、だが。


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