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第四十三話目~アメリカンサイズのポテトとコーラ~

 朝食を終えた二人は再びタクシーに揺られてある場所へと向かっていた。そこは『ネイビーピア』と呼ばれているいくつものレクリエーション施設が立ち並ぶ場所だ。パンフレットにもでかでかと取り上げられており、人気であることがうかがえる。


「楽しそうだね。色々と買い物もできそうだ」


 そう告げるのは、ディシディアだ。彼女は目を輝かせながらパンフレットを見やっており、その耳は上下に忙しなく動いていた。


「色々買いましょうね。アトラクションもあるみたいですけど、どうしますか?」


 確かに、そこには遊覧船や観覧車などもそろっている。全て見て回るとしたら、とてもじゃないが一日では足りないだろう。買い物だけで一日を終えられそうなほどなのだから。


「むぅ。まぁ、これは言ってから決めるとしよう。とりあえず、私は洋服が買いたいな」


「わかりました。じゃあ、その方向性でいきましょう。俺もちょっと服を見たいですし」


 そう言って、良二はパンフレットをパタンと閉じる。そうこうしているうちにタクシーはネイビーピアの方へと順調に進んでいき、遠くの方には巨大な観覧車まで見えてきた。


「おぉ、あれが観覧車か……初めて見た。むぅ、あれも乗ってみたいが、買い物を優先したい……」


 ディシディアはこれまでにないほど葛藤していた。少なくとも、食べ物以外でここまで悩んでいるのは初めて見る。良二は少しだけ意外そうな顔をした後で、観覧車をチラリと見やってブルリと体を震わせた。


「お客さん。そろそろ着くよ」


 タクシーの運転手が不意に語りかけてくる。ディシディアたちはその言葉を受けて身支度を整え、降りる準備をした。

 それから数分もしないうちにタクシーは駐車場へと到着し、ピタリと止まる。ディシディアはすっかり慣れた手つきで代金を払って外に出るなり、感嘆の声を漏らした。


「おぉおおおお……ッ! なんという絶景だ! 見事なものだな!」


 ディシディアはトテトテと桟橋の方に歩み寄り、すっとしゃがみ込んで下を覗き込む。と、水面に映る自分とバッチリ目があった。ディシディアはニコニコとしながら、スキップまじりに入口の方へと向かっていく。

 水辺が近いからか風は冷たく心地よく、夏には嬉しいものだ。朝も早いというのにもう人で賑わっており、辺りは喧騒に包まれていた。流石は観光地、といった感じである。


「リョージ! 早く行こうじゃないか!」


「待ってください。走ると危ないですよ」


 良二はそんなことを言いながら、てくてくと彼女の後を追っていった。その間も、周囲に視線を配らせるのを忘れない。出店はまだ開いていないようだったが、準備を始めている。その中には当然のごとく、シカゴ・ホットドッグを売っている店もあった。


「まずはどこを見ます?」


 入り口付近に置いてあったパンフレットを取り、良二が語りかける。ディシディアは小さく唸っていたが、やがてある一点を指さした。そこは、ショッピングができそうな店が集まっているエリアである。どうやら、アトラクションなどには乗らず買い物中心に回るという考えは変わっていないようだ。


「わかりました。じゃあ、ここに行きましょうか」


「あぁ、色々買おう。幸い、買っても移動の時には困らない」


 言いつつ、ディシディアは良二にしかわからないように掌の内に光の玉を出現させる。移動の時にかさばらないよう、すぐに使うもの以外は異空間に仕舞いこんでいるのだ。原理的には、がま口財布と同じである。


「……本当、便利ですよね」


「私から言わせれば、君たちの言う『科学』の方が便利だと思うがね。魔法だと、どうしても習熟度によって差が出てしまうが、その反面科学だと誰でも平等に使える。これは大きな利点だよ」


 実際、魔力量が少ないものだと異空間にアクセスすることすら叶わない。そもそも、ディシディアが使っているのはかなり高コストの魔法だ。半端なものなら、それだけで一日分の魔力を使ってしまうことになる。

 しかしそれを連発して平然としているのは流石大賢者と言わざるを得ないだろう。彼女はいわゆる努力をする天才タイプだ。生まれた時から桁違いの魔力量を持っていた彼女は大抵の魔法を使えるのだから。

 入り口をくぐり、しばらく進んだ辺りでディシディアがはたと足を止めて辺りを見渡し、首を捻った。


「む? リョージ。どうやらここは……露店商のようなものたちが集まっているらしいね」


 確かに、ショッピングのエリアの中央には屋台のようなものが並んでおり、そこにはシルバーアクセサリーやドリームキャッチャーなどのお土産品を売っている店が見られる。

 そして、意外にもそれらが大半を占めていて、キチンとした店を構えているものはむしろ少数派だ。ディシディアはごくりと息を呑みつつ、パンフレットを確認する。


「……なぁ、リョージ。私は英語が読めないからわからないが、ひょっとして服屋はないのではないだろうか?」


「……みたいですね」


 ないことはない。だが、本格的な服屋という感じでないのは否めない。スポーツショップなどもあるが、それは違うだろう。ディシディアは少しだけ耳をしょぼんと垂れさせたものの、すぐに笑みを作って近くにあった露店商の元へと歩み寄る。

 そこは、指輪を売っている店だ。日本にあるものとは種類も大きさもまるで違う。どれもこれも精巧な造りがなされており、見ているだけで楽しくなりそうなものだった。


「いらっしゃい。着けてみても構わないよ」


「ありがとう。リョージ。君はこういったものには興味がないのかい?」


「ないわけじゃないですけど……ちょっと、派手ですかね?」


 良二は近くにあった目玉を模したリングを手に取って困ったような笑みを浮かべてみせる。ディシディアはひょいと肩を竦めつつ、一番無難な形をしたシルバーリングを手に取った。

 おそらく人工の石と思わしきものが付いており、中々に可愛らしい。天にかざしてみると薄桃色の水晶のような石がキラキラと輝きを放った。


「リョージ。これはどうかな?」


「似合ってますよ。でも、俺としてはこっちもいいと思うんですよね」


 彼が渡したのは、大きな黒い石が付いた指輪だ。ディシディアはそれを左手の薬指にはめ、ニマリと口元を緩ませた。かと思うと、左手をサッと良二の方に突き出してみせる。


「ふふ、見たまえ。結婚指輪みたいだろう?」


「そんな重々しい結婚指輪があってたまりますか」


「全く、君は冗談が通じないな……何なら、君がはめてくれてもよかったのだが」


 自分の言をぴしゃりと切って捨てられ、ディシディアは唇を尖らせながらその指輪を見やる。瑪瑙を模した人工石は本物に勝るとも劣らない美しさだ。

 ただ、その大きさに比例してかなり重い。ディシディアの細い指には合わなかったのだろう。彼女はそれを外して所定の場所に戻し、今度は自分が良二の方へ指輪を手渡した。


「君には案外こんなものが似合いそうだ。着けてみなさい」


「えぇ、それじゃ」


 良二が受け取ったのは渦の模様が随所に描かれた指輪だ。普通の指輪よりも幅があり、しっかりとした造りをしている。はめてみると意外に着け心地もよい。値段はそれなりだが、それに見合うだけのものではあった。


「どうする? それを買うかい?」


「う~ん……いや、やめておきます。やっぱり、指輪があると家事とかがやりにくいので」


「今は旅行中だが……まぁ、いいだろう。すまない。それでは、失礼する」


「はいは~い。よかったらまた来てね~」


 店員は最後までにこやかな調子だった。案外、買ってもらえるかどうかは問題ではないのかもしれない。

 ディシディアたちが次に寄ったのは、イヤリングなどを売っている店だ。ディシディアは近くにあった三日月を象ったイヤリングを取り、ピンと張った長い耳に着けてみせる。

 エルフ耳とイヤリングの相性は言わずもがな最高だ。彼女は耳にかかる髪の毛を掻き上げながら、少しだけ照れ臭そうにイヤリングを見せてくる。


「ど、どうだろうか……?」


「とても似合ってますよ。やっぱり、綺麗ですね」


「ふふ、ありがとう。故郷ではよくイヤリングをしていたのだがな」


 イヤリングをぴんと指で弾きながらそう答え、ディシディアは再び棚へと目を戻す。そうして、今度は太陽を模した形のイヤリングを取ってみせた。


「リョージ。これはどうだい?」


「イヤリングですか? 実は着けたことがないんですよね……」


「ピアスとは違うから試してごらん。穴もあけなくていいから」


「じゃあ、少しだけ……」


 良二はおそるおそるイヤリングを受け取り、そろそろと耳に着けてみせる。ディシディアほどではないが、彼も耳の形はいい。太陽のイヤリングは存外に似合っており、それは彼も自覚しているようだった。


「へぇ……意外に違和感はないんですね」


 良二は店先にある鏡を見ながらイヤリングを弄んでいた。その様子を見ていたディシディアは大きく頷き、店員の方へと歩み寄る。


「すまない、店主。私たちが着けているイヤリングを買いたいのだが」


「はい。どうもありがとうございます」


 売り子の女性はニコリと微笑み、代金を提示する。ディシディアはそれを払い終えた後で、良二の方にクルリと向きなおった。が、そこで彼が不意に口を開く。


「あの、奢ってもらってよかったんですか?」


「もちろんだ。旅の記念、という奴だよ。それに君らしいじゃないか、そのイヤリング。優しく、温かい心を持っている。まさしく太陽だ」


「それを言うなら、ディシディアさんも月っぽいですよね。ミステリアスで、でもとても綺麗で美しくて……って」


 言葉の途中で、良二はハッと口を閉じた。ディシディアがニヤニヤとこちらを見ていることに気づいたからである。


「ほぅ。ずいぶんと私に対していい印象を持っているみたいだね」


「……忘れてください」


 顔を真っ赤にして髪を掻き毟る良二をよそに、ディシディアは心底嬉しそうな顔をして自分のイヤリングを弄んでいる。そして当然の如く耳をピコピコと上下させながら、歌うように口を開いた。


「いや、忘れられないな。ふふ、そうか。君は私のことをそう思ってくれていたのか……ありがとう」


 最後の一言だけは、とても小さなものだった。彼女は胸の前でキュッと両手を握りこんだ後で、ニパッと輝くような笑みを耳まで真っ赤にしている良二へと向ける。


「さぁ、まだまだ買い物は終わらないよ。次はあちらへ行ってみよう」


 良二は去りゆく彼女の姿を視界の端に納めた後で、静かに瞑目してそっと息を吐いた。


(……本当、自由な人だ)


 彼は自分の耳に着けたばかりのイヤリングをちょいと指で弾いた後で、彼女の後に続く。その時、彼の口元には確かな笑みが浮かんでいた。


 ――さて、それから数時間後。ちょうど昼時になった頃、二人はフードコートへとやってきていた。

 そんな二人が並んでいる店は――日本でもチェーン店を展開している大型ハンバーガーチェーン『ワクドナルド』だ。本場の人気はすさまじく、行列ができている。やはり老若男女に人気があるらしく、大勢の人で賑わっていた。

 その列の中腹に並ぶディシディアはチラリと良二の顔を見上げて言った。


「それにしても、いい買い物ができたね」


「えぇ。結構買いましたよね」


 良二が持っているビニール袋はパンパンだ。そこにはスポーツショップで買ったシャツや露店商の一つで買ったネクタイ、はたまたお土産屋で買ったお菓子などが詰め込まれている。

 当初の目的である洋服を揃えることは叶わなかったが、二人は十分ショッピングを満喫したようだ。どちらも満足げにしている。


「ところで、珍しいな。君から行きたい店を提案してくるとは」


「えぇ、まぁ……あれがありましたので」


 良二が指差す先には――ワクドナルドの名物メニュー『ラッキーセット』についてくるおもちゃがあった。どうやら今はアメコミヒーローの『バッドマン』のキャンペーンをやっているらしい。

 それを見て、ディシディアは「ははぁ」と頷いた。


「なるほど。あれが欲しかったんだね?」


「いや、だって日本じゃなかなかないんですよ。子供向けが多くて……まぁ、それはいいんですけどね」


 どことなく言い訳がましく弁解を述べる彼を見るのは中々に新鮮だ。ディシディアは首肯を返しつつも温かな視線を向けており、良二はそれに気づいてまたも顔を真っ赤にさせた。


「次の方、前にどうぞ」


 などと話し込んでいる間に、ディシディアたちの番がやってきた。二人は前に進み、あらかじめ決めていたメニューを告げる。


「私はチーズバーガーのLセットで」


「俺はラッキーセットを」


「かしこまりました。では少々お待ちください」


 とは言ったものの『早い安い美味い』がワクドナルドのポリシー。あっという間にトレイに乗った料理が到着し、二人はギョッと目を見開いた。

 だが、それも無理はないだろう。なぜなら、日本のものよりも圧倒的に大きかったのだから。

 特に、ディシディアが頼んだLセットはものすごい量だ。ドリンクのカップは超巨大でディシディアでは片手で持つことすら難しい。ポテトは何をどうやったらこうなるのかと思ってしまうほどの量でもはや容器は意味をなしていないほどだった。


「と、とりあえずあそこに座りましょうか」


 良二はディシディアと共に窓際の席に腰掛け、改めて自分の頼んだ品――というよりはおもちゃを見やる。半透明の袋に包まれたそれを丁寧に破くと――ピエロのような姿をした緑髪の男がバイクに乗っているおもちゃが現れた。

 それを見て、ディシディアはおずおずと良二に語りかける。


「りょ、リョージ? 気を病むな。こういうものには当たり外れが……」


 が、彼女は言葉の途中で良二が満面の笑みを浮かべていることに気づいた。彼はそれを天に掲げ、キラキラとした瞳をこちらへと向けてくる。


「見てください、ディシディアさん! ほら! バッドマンの宿敵のショーカーですよ! しかもこれ、早く走れるんですって!」


 どうやら、良二はそれが存外気に入ったようだ。もしかして主役が当たらなくて気落ちしているのでは、と思ったがそれは杞憂だったらしい。

 ディシディアは胸を撫で下ろしつつ、そっと手を合わせた。


「では、いただきます」


 最初に手を伸ばしたのはもちろんハンバーガーだ。日本のものとは比べ物にならないほどの重量感とボリュームに、食べる前から期待が高まっていく。

 がぶりとかぶりつくとパティの肉汁がじゅわっとあふれ、そこにトロトロになったチーズが絶妙のアシストをしてきた。濃厚でガツンと脳髄に響く旨みが電撃のように全身を駆け巡る。

 酸味の強いケチャップとまろやかなマスタードもまたいい仕事をしている。ふわふわのバンズはキチンと肉汁とチーズを受け止め、旨みを一切逃がしていない。

 大きく切られたピクルスは味をキリッと引き締め、食欲を倍増させてくれる。最初に食べたハンバーガーに勝るとも劣らない味わいだ。

 が、唯一難点があるとすれば一つ。ディシディアには大きすぎるということだ。彼女はそっとハンバーガーをトレイの上に置いて、ひらひらと手を振った。


「中々に力がいるね。いや、単に私が力不足なのかもしれないが」


 そう告げる彼女が手を伸ばしたのはポテトだった。大きさは日本のものと同じくらいだが、量が半端ではない。それに、味の方も抜群だ。

 ほくほくとしていて、塩味がよく効いている。アメリカにはいくつもポテトが有名な州があるが、おそらくそこから仕入れたのだろう。大味だが確かな旨みがあった。

 さて、次に口をつけたのはコーラだ。これに関しては、巨大の一言に尽きる。

 本場アメリカでは、どうやらこれが普通らしい。リットルサイズのカップなどを見たのはディシディアはもちろん、良二だって初めてだ。

 彼はおそるおそる、ディシディアへと問いかける。


「食べられますか?」


 その問いに、ディシディアはコクリと首肯を返した。


「もちろんだ。どれもおいしいから、いくらでも食べられるよ」


 言いつつ、パクパクとポテトを頬張ってみせるディシディア。その姿を見て、良二は口元を緩めた後で再び自分のおもちゃへと目を寄越す。

 日本にいるとどうしても頼みづらいというのもあったが、外国なら話は別だ。旅の恥はかき捨て、という奴である。

 良二はおもちゃを大事そうに鞄に仕舞いこんだ後でハンバーガーにかぶりついた。もちろん、これもアメリカサイズで完全に子ども向けではない。

 しかし、このアメリカサイズのハンバーガーに苦戦はしたものの、二人はやがて完食。ただし、あまりの満腹感でしばらく動けなかったのは言うまでもない。


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