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第四十話目~お待ちかねのシカゴピザ~

 チョウザメとのスキンシップを済ませた後、二人は階段を下りて別のフロアへと向かっていた。そこは可愛らしい生物ばかりが集められた人気のフロアだ。子どもたちで賑わい、活気に満ちている。


「リョージ。この生物の名は?」


 ディシディアが張りついている水槽の中にはモコモコとした生物がいた。細長い体を持ち、ゆらゆらと水面を揺蕩っている。

 良二は疲れ切った顔をしつつ水槽の中を注視して、コクリと頷く。


「あぁ……ラッコですね。ほら、あんな風に貝を石で割るんですよ」


 と、彼が言う通り、水槽の中にいるラッコたちは貝を両手に持った石でガンガンと叩いていた。その可愛らしい有様を見て、ディシディアは意図せず口元をにやけさせる。

 が、すぐに元の調子に戻って後方を見やり、疲れ切った良二に優しく語りかけた。


「大丈夫かい? リョージ」


「まぁ、大丈夫ですよ」


 良二はほぼ瀕死の状態だった。それはおそらく――いや、間違いなくチョウザメとのスキンシップをさせられたからだろう。

 実のところ、良二は生物が好きだが触るのは苦手なのだ。特に自分より大きな生物は大の苦手である。仮に大人しい気質だ、と言われたとしてもやはり潜在的恐怖は拭えない。彼は口元を引くつかせながら、ポリポリと頭を掻いた。


「むぅ……もしキツイなら、少し休むかい?」


 不安げに問いかけてくるディシディアに、良二はフルフルと首を振って応える。彼はそのままラッコの水槽を通り過ぎた後で、ペンギンたちの水槽を見やる。

 ここにいるのはキングペンギンたちだ。何十匹ものペンギンたちが一か所に集まり、ぺちぺちと足踏みをしている。

 やはり、ペンギンはどの国に行っても人気なのだろう。ラッコの水槽よりも人だかりができている。特に多いのは女性と子どもだ。無論、ディシディアも例外ではない。


「おぉおおおお……」


 彼女は水槽にべったりと張り付いて中を見やっていた。当のペンギンたちは端から見たらギャグとしか思えない速度で岩場を歩いている。中にはどんくさいものもいて、岩場の凹凸に躓いて転んでいるものもいた。


「……あ、ディシディアさん。あれ」


「ん?」


 ふと、良二が口を開く。何事か、とディシディアが彼の方に視線をやると良二は前方を指さすことをもって答えた。その先には例のペンギンたちがいて、その中に一匹だけ毛色が違うものが混じっている。ペンギンの赤ちゃんだ。

 親と思わしきペンギン二匹に守られながら、大移動に混じっている。ともすれば大人よりもパワフルな動きだが、中々に危なっかしい。親が庇っているからいいものの、何回か転びそうな場面があった。


「ふふ、元気だね。それに、とても愛らしい」


「えぇ。やっぱり赤ちゃんの時っていうのは格段に可愛いです」


 ふわふわの白いモコモコペンギンを横目で見つつ、二人は順路を進む。ペンギンとラッコたちに別れを告げ、階段の方へと向かっていく。良二たちは肩を並べながら階段を上っていき、やがて先ほど映画を見た場所へと戻ってきた。


「さて、ではそろそろ帰るころかな?」


「いや、待ってください。まだこっちに何かあるみたいですよ」


 彼が手で示す方は、屋外のエリアだった。先ほどまでは扉が閉まっていたが、今は開いている。どうやら、ちょうどいい時間に来たらしい。人の流れはまだ少なく、見学できる余裕はありそうだった。


「せっかくだ。行ってみようか」


「ですね」


 頷き合い、そのエリアへと足を踏み入れる。と同時、入った時よりも強さを増している日光が二人に勢いよく降り注いできた。その眩しさに、ディシディアは思わず目を細める。


「う……少し、眩しいな」


 彼女は何度か目を瞬かせてから、エリアの中央――チョウザメの時と似たようなコンクリート製のプールがある場所へと移動する。それを見て、良二はなぜか胸騒ぎを感じていた。

 ――そうして、その予感は的中する。

 なぜなら、そのプール内にいたのは何十匹ものエイだったからだ。ほぼ反射的に、良二の口から掠れた声が漏れ出る。

 そう。ここはエイを実際に触ることができる体験コーナーだ。ちょうどラッコやペンギンたちを見て帰ってきた子どもたちがズラリと並んでいる。

 ディシディアは間近で見るエイに目を輝かせたが、すぐにハッとして良二を見やる。


「リョージ。君はここにいてもあまり楽しめないだろう? なら、もう帰ろうか?」


 彼女は良二を気遣った言葉を寄越す。先ほどは少しだけ大人げないことをしてしまったことを、ディシディアは後悔していた。

 けれど、良二は優しげな笑みを浮かべながら首を振る。


「まぁ、俺は苦手ですけど……ディシディアさんは、見てみたいんでしょう?」


 その言葉に、彼女はグッと言葉に詰まる。本音を言えば、この見慣れぬ生物を触ってみたいと思っていたのだ。

 だからこそ、その心根を見抜いていた良二は静かに告げる。


「ディシディアさん。気遣いはしなくていいんですよ。だって、俺たちはそんな遠慮し合う仲じゃないでしょう? やりたいことがあったら、言ってください。俺だって、やりたいことや行きたいところがあったら色々と提案しますから」


「……そうだな。ありがとう。君はやっぱり優しいね。好きだよ、君のそういうところ」


 ディシディアは微笑を浮かべつつ、手洗い場へと向かって手を入念に洗う。良二も一応手洗い場へと向かい、ディシディアの隣に並んだ。

 プールはかなり巨大だ。チョウザメの時などとは比べ物にならない。数十匹を納めるにはスペースが足りなかったから、屋外にしたのだろう。そう感じることができた。


「……っと、意外に早いな」


 エイといえば鈍重でのっぺりとした印象を受けるが、意外に速力はある。手で触れようとしてもすぐに過ぎ去ってしまう。ディシディアは口元を尖らせながら、濡れた手をパッパッと振った。

 が、間もなく別の一匹がやってくる。数十匹もいるのだ。チャンスはほぼ無限大だ。

 ディシディアは咄嗟に手を伸ばし、エイの背中を撫でる。

 チョウザメの時とはまた違う、つるりとした皮膜のような感触だ。しっかりとした肉感があって、確かな反発が返ってくる。


「ふむ。また行ってしまったか」


 触れたのは数秒程度だっただろう。去っていったエイを見つつ、ディシディアはそう呟いた。しかし、またしても別の一匹がやってくる。それを見て、ディシディアは咄嗟に手を――


「ッ! ディシディアさんっ!」


 伸ばそうとした瞬間、その手がガッと掴まれる。横にいた良二が彼女に制止をかけたのだ。

 良二は心配そうに、けれど確かな芯を持った眼差しでディシディアを見つめる。


「尻尾はダメです。毒があるんですよ?」


「そうなのか……すまない。助かったよ。が、それはいいとして……エイがこっちに来ているよ」


「え……? あッ!?」


 確かにディシディアの言う通り、数匹のエイたちがこちらに向かってやってきていた。良二は刹那的な恐怖に見舞われ、水中からサッと手を引く。

 その様を見たディシディアは目を細めつつ口元を緩めた。


「……君は、優しいね。自分だって怖いだろうに、私のことを気遣ってくれるとは」


 けれど、その言葉は良二には届いていない。彼は顔面を蒼白にして眼前に迫ってくるエイたちを見つめていた。


「はぁ……ちょっと締まらないが、まぁ、いいか。ほら、リョージ。もう行こう」


 ディシディアは彼の手を取って、出口付近の手洗い場へと向かっていく。石鹸を使って手をしっかりと――特に良二に至っては無我夢中で手を洗ってから、このエリアを後にして水族館の出口へと向かっていく。

 その途中で、良二がチラリとディシディアに視線を寄越してきた。やがてピタッと視線が合うと、ディシディアはクスリと笑みをこぼす。


「楽しかったかい?」


「チョウザメとエイを除けば……楽しかったです」


「ならよかった。この後はご飯を食べに行こう。その後、もし行きたいところがあれば行ってくれ。先ほどのお礼だ。お代は持つよ」


 と、がま口をちらつかせるディシディア。良二は微かな首肯を返してから、前方に見えてきたお土産屋を指さした。


「どうします? お土産買いますか?」


「う~ん……いや、今回はいいかな。もう色々と買ったしね」


 確かにプレッツェルピーナッツを大人買いしたばかりだ。それに、食べ物に関しては先ほどの売店とそこまで品目に差があるわけじゃない。

 他のお土産も、もちろん魅力的だ。が、基本的には良二もディシディアも花より団子派である。つまりは実用性を完全重視だ。ぬいぐるみやスノードームには目もくれないまま、二人は共に出入り口を潜った。


「よし、後はタクシーを拾ってシカゴピザを食べに行こうか」


「あ、いいですね。ディシディアさん、楽しみにしてましたし」


「君だってそうだろう?」


 ディシディアの見透かしたような発言に肩を竦めつつ、良二はタクシー乗り場へと足を向けた。そこにはすでに多くのタクシーが集められている。その中で二人は一番手近にあった一台へと歩み寄る。

 すると、中にいた中年男性が二人に視線を寄越してきて、ドアを開けてくれた。


「すまない。どこかシカゴピザの美味しい場所まで」


 中に乗り込むなり、ディシディアはそう告げた。すると運転席に座る白髪の男性は穏やかに微笑み、すぐにギアを入れる。どことなく、紳士的な雰囲気を感じさせる男性だった。

 次第にスピードを上げていくタクシーに揺られながら、二人は窓の外を見やる。時刻は十二時。ちょうどピークの時間なのか、水族館には続々と人が集まりつつあった。ディシディアはその様子を見て、少しだけほっとしたように胸を撫でさする。


「どうやら、混雑は回避できたようだね。何よりだ」


 二人が行った時にはすでに大勢の人がいたが、前に進めないほど混雑はしていなかった。だから、それなりにゆったりと見物することができたのである。

 それに、ディシディアはまだ人混みが苦手だ。それをよく知る良二は、彼女に同調するように首肯する。


「早めに出て正解でしたね。明日からもなるべく早めに出ましょうか」


「あぁ。だが、無理はしないようにね。旅行で体調を崩した、なんてことになったら台無しだろうからさ」


「それもそうですね。ディシディアさんも、十分気をつけるようにお願いします」


「わかっているとも。ありがとう」


 それだけ言って、ディシディアは窓の外へと視線を移した。すでに水族館からは遠ざかっており、街の中心部へと向かっている。それにつれ、車の流れも徐々に早くなってきていた。


「流石シカゴって所ですね。すごく賑わってます」


「だね。ほら、見てごらん。あそこでもホットドッグを売っているようだよ」


 ディシディアの言う通り、街の至る所にホットドッグを売る屋台があった。ただし、次の目的はあくまでもシカゴピザを食べることである。ディシディアはそれらに目を奪われることなく、街の様子を観察し続ける。


「お二人とも。私のオススメの料理屋に行っていますが、よろしいですか?」


 運転手から、静かで落ち着いた声が聞こえてきた。運転手はバックミラー越しに二人の様を眺めている。



「えぇ。お願いします。美味しければ、何でも」


 彼の言葉に応えたのは、良二だ。運転手は良二に微笑みかけ、ハンドルを切る。


「観光客にも優しいお店なので、きっと気に入りますよ。ほら、見えてきた」


 細い路地に入るなり、運転手は右の方を指さす。と、そこにはオシャレな建て構えをした店があった。パッと見は、カフェにしか見えない。テラス席があり、全体的に優雅な感じがしている。

 タクシーはゆっくりと速度を緩めていき、店の近くで動きを止めた。


「はい。着きましたよ。どうぞ楽しんで」


「ありがとう。そちらもよい一日を」


 すっかり上機嫌になっているディシディアはそう返し、タクシーの外へと躍り出る。良二もそれに続き、タクシーを見送ってから店の扉に手をかけた。

 そうして、扉をゆっくりと手前に引く。と同時、中から一名のウエイターがやってきた。


「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


「えぇ、お願いします」


「では、こちらへとどうぞ」


 ウエイターはニコニコと笑いながら、二人を窓際の席へと寄越してくれる。良二は自分のカバンとディシディアのポーチを空いた椅子に置き、メニューを手に取った。

 が、すぐに口元を引くつかせ、メニューをバサッとテーブルの上に広げた。


「これは……読めないね」


 当然ながらここはアメリカであり、母語は英語だ。メニューに書かれている英語を見ながら、ディシディアたちは目を瞬かせる。


「と、とりあえず店員さんを呼びましょうか……」


 良二はサッと手を上げて先ほどのウエイターを呼び出し、メニューを彼の方に向けた。


「すいません。オススメを教えていただけますか?」


「もちろん! 一番のオススメはポピュラーなシカゴピザですね。パスタや前菜などもありますが、いかがしますか?」


「じゃあ、パスタのオススメも教えてください」


「それなら、シーフードパスタですね」


「なら、それでお願いします」


「かしこまりました。では、しばらくお待ちください」


 ウエイターは仰々しく礼をして、その場を後にした。そんな彼の後姿を見てから、ディシディアはほうっと息を吐く。


「感じのいい店だね。それに、内装も凝っている」


 外装にたがわず、内装もかなりお洒落だ。バーカウンターのようなものがあり、テーブルなど食事に直接は関わらないものにまで最新のこだわりが見てとれた。

 聞こえてくるジャズの心地よい音色に耳を傾けながら、ディシディアはうっとりと目を細めた。


「それにしても、今日は楽しかったね」


「いやいや、まだお昼ですよ? もう帰るわけじゃないでしょう?」


「まぁね。まだまだ遊び足りないさ」


 ディシディアは小悪魔的な笑いを浮かべつつ、パチッと目配せをする。その愛嬌のある姿に口元を緩め、良二はガシガシと髪を掻き毟った。


「にしても、やっぱりここは外国なんですよね」


「あぁ。人も、景色も、空気だって日本とは違う。ずっと日本暮らしなら、全てが新鮮に映ることだろう。まぁ、私が言えた義理ではないと思うがね」


 などと肩を竦めつつ、ディシディアはグラスに注がれた水でのどを潤した。ずっと歩き回っていたからか、キンキンに冷えた水は体にすぅっと染みこんでいく。ディシディアはため息交じりに天井を見上げて、そっと瞼を下ろした。

 脳裏には、まだ朝の出来事が鮮明に浮かんでいる。まだ半日しか経っていないのに、それでもすごく内容の濃い一日だった。見るもの、感じるもの全てが初めてで飽きることがない。それに、良二のまた違った一面を見ることができた。


(きっと、彼が弟子だったら私は退屈しなかっただろうな)


 思わず彼が弟子となった様子を想像して、ディシディアはぷっと吹き出してしまった。エルフの修業服に身を包んだ良二というのは、中々にシュールなものだろう。彼女は笑いを押し殺すべく水を口に含み、一息をついた。


「お待たせしました。先に、パスタをどうぞ」


 先に到着したのはパスタだった。白い大皿にパスタがたっぷりと乗っている。

 フィットチーネ状の幅広の麺に、トマトソースがよく絡んでいる。具には輪切りにされたイカがどっさりと加えられていた。

 ディシディアは耳をパタパタさせ、興奮を滲み出しながらパスタを取り皿によそい、それから手を合わせた。


「では、いただきます」


 フォークを器用に操ってクルクルとパスタを巻き取り、一口。刹那、魚介の旨みがこれでもかと染みたトマトソースの味わいが口の中に広がった。

 トマトソースはもちろん芳醇な香りと味を残しつつ、魚介の美味さによってブーストをかけられている。それが幅広の麺とよく合い、食べる手が止まらない。

 麺はつるつるモチモチとしていて、舌触りも喉越しも最高だ。茹で加減も抜群で、ぼそぼそしていない。ピザばかりを期待していたが、このパスタもオススメの名に恥じない美味さだ。

 イカはぷりっぷりで、口の中で踊っているようだ。噛めば噛むほど魚介のエキスがしみだしてきて、さらに食欲を倍増させる。

 ともすれば、日本のシーフードパスタよりは簡素に見えるだろう。具はイカだけで、麺とトマトソースくらいしかないのだから。

 しかし、このシンプルさが逆にいい。変にゴテゴテしていないからこそ素材のよさが際立ち、調味料として用いられたオリーブオイルの芳醇な風味までも楽しむことができる。

 素材の味を際立たせつつ、協調させている。これはよほどの腕前でなければ不可能だ。


「失礼します。シカゴピザでございます」


 二人がパスタに舌鼓を打っていると、ウエイターが鉄鍋を持ってきた。否、その中にはギッシリとピザが詰まっている。見た感じは、パイやキッシュのようだ。

 鉄鍋の淵に沿うように作られた皮は分厚く、全体的にどっしりとした印象を受ける。おそるおそる付属のへらであらかじめ切られていたピザを取ると――とろりとしたチーズが重力に従って下へと伸びた。


「ッ!」


 ディシディアは器用にチーズを掬って皿へと移す。そこで改めて、これが日本のピザとは一線を画していることを認識させられた。

 生地は厚く、ソースやチーズ、もちろん具材はたっぷりとトッピングされている。ちなみにチーズはトマトソースの下。ここも日本とは違う手法だ。そしてやはり、形的にはキッシュに近い。

 ディシディアはゴクリと喉を鳴らし、フォークを使ってピザを下から支えつつ、ガブリと一口頬張る。

 その瞬間、とてつもない多幸感が津波のように押し寄せてきた。

 チーズはトロトロ。微かな塩味が感じられ、舌を喜ばせてくれる。

 トマトソースはパスタに使われているものとはまた別で、こちらはトマトの風味をより強化している。おそらく、香辛料などをあらかじめ混ぜていたのだろう。何とも奥深い味だった。

 具材はピーマン、ソーセージ、そして玉ねぎだ。ソーセージはジューシーで噛むと肉の脂がじゅわっと溢れ出てくる。ピーマンと玉ねぎはよく火が通っていて甘みがあり、シャキシャキとした食感をしっかりと残してある。これにより、味と食感に変化が生まれるのだ。

 もちろん、生地だって素晴らしい出来だ。鉄鍋の淵に面していた部分はカリカリとしており、チーズなどが乗っている部分はモチモチしている。シカゴの名を冠しただけあって、相当な美味さの料理だ。

 一噛みごとに腰が抜けそうなほどの旨みが全身を駆け巡る。生地、チーズ、具材、そしてソース。この四層構造の中に無限の宇宙が広がっているようだ。

 アメリカの料理らしく、見た目はとても豪快だ。が、味は繊細の一言に尽きる。奥深くて、病み付きになる美味さだ。

 もはや行儀よく食べるということを忘れて、二人はガツガツとシカゴピザを頬張っていた。手が汚れようが、口元が汚れようがお構いなしである。

 冷めてしまえばこの美味さは半減する――それを本能的に察知した故の行動だ。

 あっという間に空になった鉄鍋を一瞥した二人は顔を見合わせて頷き合い、サッと手を上げる。


「すいません。シカゴピザを後一つ」


 見事に声をハモらせた注文に、ウエイターのみならずその場にいた全員が温かな視線を向けた。


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