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第三十八話目~後引く美味さのプレッツェルピーナッツ~

 さて、ミレニアム・パークを後にした二人が次に訪れた場所は――最初に出会ったタクシーの運転手がオススメしてくれたシェド・アクアリウムである。外観は日本の水族館とはまるで違う。

 建築様式としては古代ギリシアのものにとても近い。頑丈そうな石の壁や、太くたくましい石柱などは見ていて圧巻だ。

 ただ、中にいる生物がプリントされた巨大な垂れ幕が飾られるなどどこか現代的なニュアンスも残している。


「なぁ、リョージ。ここでも写真を撮っていかないかい?」


 石の階段の前で足踏みをしながらディシディアがそんなことを提案してくる。確かに、水族館をバックにして写真を撮るだけでも十分雰囲気は出るだろう。良二はそれに頷きを返す――が、首を捻って辺りを見渡した。


「誰か、撮ってくれる人いませんかね?」


「あの御仁など、どうだろうか?」


 彼女の視線の先には、腕に青の腕章をつけた眼鏡をかけている知的そうな男性。おそらく、ここのスタッフだろう。

 良二はすぐにスマホを起動させながら、彼の方に歩み寄った。


「すいません。写真、お願いしてもよろしいですか?」


「あぁ、喜んで! じゃあ、早速撮りますよ」


 観光客から写真を催促されることは慣れているのか、男性は手慣れた様子でスマホを構えてピッと人差し指を立てた。それを受け、良二とディシディアは身を寄せ合って満面の笑みを浮かべる。


「セイ・チーズ!」


 男性の掛け声の後、シャッターが切られてパシャリと音を立てた。良二は笑みを浮かべながら彼の方に歩み寄り、スマホを確認する。キチンと水族館はバックに映っているし、もちろん二人はど真ん中に位置している。かなりの腕前だ、と良二は内心呟いた。


「どうもありがとう。助かったよ」


「どういたしまして。受け付けは階段を上がったところだよ。楽しんで!」


 快く送り出してくれる男性に手を振りながら、良二はチラリとディシディアの方を見やった。その視線に気づいたらしき彼女は微笑を湛えながら顔にかかる髪を手で払った。


「どうしたんだい?」


「いや、そういえばディシディアさんって生きてる魚とか見るの初めてだったなって思いまして」


「あぁ、確かにそうだね。こっちの世界では、まだ見たことがない。けれど、とても楽しみだよ。触れたりもするようだからね。存分に堪能してみせるよ」


 その態度に、良二は改めて感心する。

 ディシディアは挑戦するということに微塵の恐れも抱かない。それはおそらく、未知のものに対する期待の方が勝っているからだろうが、だからと言ってここまで貪欲に知識を詰め込もうとする姿勢には良二もある種の畏敬の念を抱かざるを得なかった。


 そんなことを思っている間にも二人は入り口をくぐり、受付の方へと歩み出る。すでに大勢の人たちが集まっており、そこには行列ができていた。

 二人はその行列の最後尾に並び、順番が来るのを待つ。意外に客の捌けはよく、あっという間に順番が回ってきた。二人は黒人の女性がいる窓口の方へと向かう。


「いらっしゃい。二名様?」


「えぇ。お願いします」


「はい、じゃあ、これがチケットね。アクアショーやシアターの時間は決まっているから、注意して」


 言われてみれば、確かにチケットにはそれらしき時刻と名称が描かれていた。良二は後方に並んでいる人が少ないことをあらかじめ確認してから、その女性に語りかける。


「あの、すいません。この二つはどういう内容なんですか?」


「まず、アクアショーはイルカたちがショーをやってくれるわ。それと、シアターは『海の怪物たち』っていう題名。まぁ、これは言ってしまったらつまらないから、行ってみてのお楽しみ。ただ、どっちもとても面白いことだけは保障するわよ」


 女性はパチッとウインクをした後で、右の方を指さした。そこには、お土産屋がある。だが、まだ開いてはおらず開店準備をしているところだった。


「この水族館は円形になっていて、右の入り口から入って左の出口から出ることになっているの。出口から出たらお土産屋があるから、是非とも買ってちょうだい。ちなみに、私のオススメはぬいぐるみよ。まぁ、かさばるけどね」


 と、女性は肩を竦めて言った後でカウンターの下から二つの細長いパンフレットを寄越してくれた。


「はい、これがパンフレットね。これがあれば迷わないと思うから、楽しんで」


「ありがとうございます。助かりました」


「よい一日を」


「そちらも」


 良二は彼女に会釈を返した後で右の入り口の方へと視線をやり、それからディシディアに向きなおる。彼女はすぐにでも行きたいようで、うずうずしているようだった。


「行きましょうか」


「あぁ。早く見てみたいよ。楽しみだ」


 ディシディアたちは肩を並べて入り口をくぐる――すると、迎えてくれたのは巨大な水槽とそこに暮らす魚たちだった。

 ここは『アマゾンエリア』。名前の通り、アマゾンに住む生物たちが揃っている場所だ。このエリアもアマゾンを再現しようとしているのか、照明を弱くしたりと工夫が凝らされている。入口から、とてつもないインパクトと期待感を与えてくれた。


「りょ、リョージ。こんなに生き物がいるのか……?」


 ディシディアは生物の多さに目を剥いていた。だが、それも当然だろう。水槽には無数の魚と、彼らが暮らす水草がズラリと並んでいる。水族館、というものを初めて堪能するディシディアはすでに心を奪われているようだった。

 彼女はふらふらと近くの水槽に歩み寄る。そこではまだら模様をしたエイが悠々と泳いでいた。

 エイと聞くとどうしても海をイメージしがちだが、淡水エイという種類も存在している。特にアマゾンはこれらに恵まれており、固有種までいるほどだ。

 エイは水底すれすれをひらめくマントのようにして泳いでいき、時折ふわりと浮上してくる。ディシディアは水槽を食い入るように眺めており、その目はこれまでにないほどキラキラと輝いていた。


「む?」


 それに反応したわけではないだろうが、エイがディシディアの方にふわふわと寄ってきた。かと思うと次の瞬間には浮上を開始し、水槽にぺったりと張り付いてみせる。その時、エイの下部分が明らかになり、辺りからは感嘆の声が漏れた。

 エイの下腹部を見れる機会というのは中々にない。口はのっぺりとした表情からは想像もできないほどに可愛らしかった。


「ふふ、ずいぶんとサービス精神が旺盛な子だね。ありがとう。いい勉強になったよ」


 ディシディアは水槽――ちょうどエイの腹部がある辺り――をそっと撫でてやる。エイはブルリと身震いした後で再び下降を開始し、今度は水底に体を沈めた。


「なんだか、ディシディアさんのことを気に入っているみたいでしたね」


「そうかもしれないね。こう見えて、案外私は動物に好かれやすい性質だから」


 動物というのは本能にとても正直だ。だからこそ、人間では気づかない深層に気づくことが多々ある。エイはディシディアの心根の優しさを敏感に感じ取ったのだろう。

 もしくは……彼女の人外性とも呼ぶべき、ある種の強さを。

 だが、当の彼女はすでに別のケージに興味を示している。そこにいるのは――人間の握りこぶし以上の大きさを誇るタランチュラだ。良二は一瞬だけ身を強張らせてしまったが、ディシディアは愛おしげにクモを眺めている。


「素晴らしい……アルテラにも、このような学びの場があればいいのに」


 ぼそり、と不満を呟いてから彼女はまたしても別の水槽へと移っていく。

 亀、ピラルク、蛇など、様々な生物がここには存在している。だが、その中でも特に目を引くのがカエルたちだ。

 アマゾン原産の変わったカエルたちが至る所におり、そこには人だかりができている。どうやら、魚に次ぐ人気者らしい。ディシディアは人ごみを掻き分けてケースに寄るなり、パァッと顔を輝かせてみせた。

 そこにいたのはヤドクガエルの一種――『モウドクフキヤガエル』だ。全身は黄色であり、いかにもな警戒色である。だが、黒くてクリッとした目は愛嬌があって、どこか可愛らしい感じがする。

 よくよく見ればとても小さい手をしていて、その性質の恐ろしさからは想像もできないほどか弱さを感じさせられた。


「はぁ……リョージ。見てみたまえ。この愛らしい生物を。ウチで飼いたいくらいだ」


「飼えませんよ」


 良二はぴしゃりと言って、別の場所へと歩いていく。ディシディアも彼とはぐれてはまずいと思い、その後を追った。

 良二の視線は、右の水槽へと向いている。そこにいるのは鋭い牙を持った魚――ピラニアだ。

 俗に凶暴な生物と言われているピラニアだが実はそうではなく、血のにおいをかがない限りは非常に憶病で繊細な魚だ。牙は恐ろしげであるものの、水槽内をふよふよと泳いでいる様はとても可愛らしいものだ。

 二人は顔を見合わせてクスリと笑いつつ、先へと足を進めていく。と、前方に巨大な魚のオブジェがあるのが見えた。

 どうやら、アマゾンで実際に釣れた魚を模したオブジェらしい。その高さはなんと、八メートルを優に超えている。ごくりと息を呑む良二をよそに、ディシディアは妖しげな笑みを浮かべていた。


「ほぅ。この世界にも中々骨がありそうな生物がいるじゃないか」


「怖いこと言わないでくださいよ……」


 アルテラには八メートル越えの魚など掃いて捨てるほどいた。まぁ、凶暴性や攻撃能力などを比較すれば人間界の魚など比べ物にもならないのだが。


 戦慄する良二をよそにディシディアは先へと足を進ませて――ピタリと立ち止まった。


「リョージ。どうやら、ここで終わりらしい」


 確かに、後はいくつかの水槽があるだけでもう出口は間近だった。次はまた別のエリアに入るらしい。二人は近くの水槽を一通り眺めてから、出口を潜って次のエリアへと向かっていった。


「おや? あそこにもお土産屋があるようだね」


 ディシディアの言う通り、前方にはお土産屋があった。だが、先ほど受付の近くにあったものとは大きさがまるで違う。こちらはこぢんまりとしていて、品ぞろえもそこまでではないようだった。

 とはいえ、中々に興味深そうなものは揃っている。良二はディシディアの手を引きながら中へと足を踏み入れた。


「あ、ぬいぐるみですよ、ディシディアさん」


 良二は手近にあったピンク色のペンギンのぬいぐるみを持ち上げ、ギュッと抱きしめる。ふわふわとしたそれはとても抱き心地がよく、うっとりとしてしまうほどだった。


「ッ! リョージ! 見てくれ!」


 ふと、ディシディアが声を張り上げた。何事かと見てみるとそこには――大口を開けたサメを模した帽子を被っているディシディアがいた。


「ふふ、ほら、今にも食べられそうだろう?」


 言いつつ、ディシディアは首をブンブンと横に振ってみせる。普段見せないようなおちゃめな素振りの彼女を見て、良二はついぷっと噴き出してしまった。

 そんな良二を見て、ディシディアも満足げに口の端を吊り上げながら帽子を所定の位置に戻した。それからも、彼女は色々なものに手を出していく。

 チンアナゴを模したステッキ、ゴム製の魚たちや愛らしいパペットなど。それらに目を輝かせるディシディアの横顔は、非常に輝いて見えた。


「っと、そういえばショーの時間ってもうすぐですよね?」


 ディシディアと一緒にパペットを装着して会話をさせ合っていた良二がふとそんなことを呟く。確かにチケットに指定されている時間は十時三十分。そして、今は十時二十分。今のうちに行っておいた方がいいだろう。

 幸いにも、ここからはそう遠くないようである。二人はパペットを外して近くに置いてから、ゆっくりとショーが行われる場所へと向かっていった。

 その間も、ディシディアはニコニコとして楽しげな様子を露わにしていた。それを見ているだけで、胸がポカポカと温かくなってくるようである。


(よかった。楽しんでいるみたいで)


 水族館を好んでもらえるかは、正直言ってわからなかった。女性は爬虫類や両生類が苦手な場合が多いし、ディシディアもそうではないかと思っていたからだ。

 だが、結果としてそれは杞憂に終わり、良二はそっと胸をなでおろす。そうこうしているうちにショーの会場に到着していた二人は階段を上り、椅子へと腰かける。すでに人は集まってきており、がやがやと賑わっていた。


 その数分後――突如として軽快な音楽が鳴り響いた。直後、海面に一つの影が浮かび上がる。それはすさまじいスピードで移動を繰り返し、人々の視線を集めていく。


「リョージ。あれは?」


「たぶん、すぐにわかりますよ」


 その言葉が聞こえていたかのように、その影は一度海中深く潜った。その直後、すさまじい跳躍を持って空へと飛びあがる。そこでようやくその姿が明らかになり、観客からは喝采と拍手が同時に巻き起こった。

 その生物とは――イルカだ。よく訓練されており、器用にジャンプを繰り返してから、再び海中へと潜っていく。


『ようこそ! シェド・アクアリウムへ!』


 そんな折、どこから威勢のいい声が響いた。その声の出どころは、出入り口のところに立っているスタッフ。精悍そうな顔つきをした青年だ。彼は慣れた調子で観客たちの前に立ち、ぺこりと頭を下げてみせる。


「さぁ、皆さん! 楽しんでいただけたでしょうか!? ただいまより、アクアショーを開始いたします!」


 刹那、割れんばかりの拍手が巻き起こる。流石アメリカ、ノリと勢いならば他の追随を許さない。あっという間にショーの準備は整ったようだ。


「さぁ、ではステージをご覧ください!」


 促されるままステージを見ると、そこにはイルカと三名の飼育員たちがいた。飼育員たちは全員ダイバースーツに身を包んだ状態で水に浸かっている。その様を見て、ディシディアはグイッと前傾姿勢を取った。惜しむらくは、到着が遅れたせいで後方の席になってしまったことだろう。


「では、行きましょう! ショーの始まりです!」


 それから、怒涛の勢いという言葉がふさわしいショーが始まった。

 イルカはその圧倒的な遊泳速度をもってステージ中を泳ぎ回り、三か所に配置された飼育員たちの指示によってそれぞれ違ったトリックをしてみせる。

 また、飼育員を横に連れて並走してみたり、はたまた背中に乗せたりとかなり懐いているのが見てとれた。

 日本のショーで見られるような、玉やフープを用いたりする芸はない。ここで重視されているのは、飼育員とイルカとの絆のようだ。

 ともすれば、地味に映るかもしれない。だが、よくよく考えてみればすごいことだ。

 イルカは全ての飼育員の指示に完璧に応え、飼育員たちはその都度的確な対応をしている。イルカの進度に合わせて位置を変え、ハンドサインを返す。一切の淀みがなく、相当の練度がなければ成立しない技だということが理解できた。


「まだまだいきますよ!」


 司会の男の進行も板についている。よく通る声で、観客たちを飽きさせないように時折ジョークを交えたりもする。中々にいいショーだ。


「……なぁ、リョージ。あの生物は何だ?」


 ディシディアが指差すのは、ステージの左端。そこには、真っ白い姿をした生物がいた。

 ステージの横にある水槽に住んでいるシロイルカだ。自分のところにも観客はいるだろうに、興味深そうにイルカたちのショーを眺めていた。しかも、時折歓声をあげるかのように鳴き声を上げている。

 それを見て、ディシディアはクスリと笑った。


「ふふ、可愛い観客だね」


 シロイルカはイルカたちのショーのファンらしく、トリックを決める度にぱちゃぱちゃと水しぶきをあげる。ただ、やはり自分の水槽に戻ってお客を楽しませてもらいたいのだろう。飼育員は掌で彼を向こうに押しやり、シロイルカも渋々ながらそれに従った。


「……さて、皆様。楽しみ頂けましたでしょうか?」


 それとほぼ同時、司会の男が語りかけてくる。彼はぺこりと頭を下げ、後方を指さした。


「このショーを行ってくれた飼育員と、何よりすばらしきイルカに盛大な拍手を!」


 最初よりも数倍大きな拍手と喝采、口笛が入り乱れる中でショーは幕を下ろした。イルカは最後までトリックを決めつつ去っていき、飼育員たちも手を振りながらその場を後にする。

 しばらくの余韻が場を包んだ後、ディシディアはほぅっと息を吐いた。


「いや、堪能させてもらったよ。素晴らしいショーだった」


「ですね。で、次は映画を見に行きますか?」


 とは言ったものの、まだまだ時間はある。ディシディアは悩ましげに首を捻った後、ポンと手を打ちあわせた。


「そうだ。確か、先ほどの土産屋で菓子が売っていただろう。ちょっと食べないかい?」


「あ、いいですね。そうしましょうか」


 良二たちは頷き合い、その場を後にして先ほどの売店へと向かう。その近くにあるシアターはすでに開場の準備をしていた。だが、上演までにはまだまだ時間がある。これはあくまで、早めに入れておこうという運営の配慮なのだろう。

 ディシディアはそちらを一瞥した後で売店の食べ物コーナーへと歩み寄った。そこには奇妙奇天烈な食べ物がいくつも売られている。

 虹色をしたワーム型のグミや、紫色のカエルグミなど、かなりグロテスクなものが多い。


「うぅむ……どれにしたものか」


 ディシディアは小さく呻きつつチラリと良二を見やり、それから一つの菓子を手に取る。それはプレッツェルピーナッツというものだ。ディシディアにしては無難な選択だが、おそらく良二と分け合うことを考えてここは比較的普通なものを選んだのだろう。

 彼女はそれをレジに持っていき会計を済ませるなり、良二と共に通行の邪魔にならないよう通路の端によって袋を開けた。


「ほら、リョージ。手を出しなさい」


「あぁ、ありがとうございます」


 良二は彼女に礼を言った後で掌に出されたピーナッツのうち一つを口に放り込む。濃厚な蜂蜜の甘みと、まぶされた塩の塩っ気がたまらない。『プレッツェル』の名に恥じることなく歯ごたえも抜群で、カリッという快音が響いた。

 ローストされているおかげで香ばしさも底上げされており、やめられない美味しさになっている。袋に入っているのは、おそらく百グラム程度だ。二人で分けるには少なすぎる。

 無論、それは二人もよくわかっている。だからこそ、少量を味わって食べることにした。


「むぅ……ビールが欲しくなるね」


「確かに。絶対合いますよ。あ、これバニラアイスに乗っけても美味しいんじゃないですか?」


「ッ! 名案じゃないか。冴えているね」


「はは、どうも」


 素直に褒められたせいか、良二は照れ臭そうに頬を掻く。ディシディアは彼にふっと微笑みかけてから、再びピーナッツを口に入れた。

 塩味と甘味のバランスが絶妙で、手が止まらない。いや、止められない。もしバケツ一杯あったとしても、あっという間に食べてしまうだろう。そう思ってしまうほどの美味しさだった。


 やがてすべてのピーナッツが二人の胃袋に吸い込まれていった後で、良二がハッと目を見開いた。


「ディシディアさん。入場始まったらしいですよ」


 彼の言う通り、すでに入場は始まっていた。ディシディアはそちらを見やった後で首を捻り、曖昧な笑みを浮かべてみせる。


「なぁ、リョージ。開場はしたが、すぐに始まるというわけではないだろう?」


「えぇ。まぁ、言いたいことはわかりますよ……『おかわり』、ですよね?」


 その言葉にディシディアは首肯する。無論、良二もそれに諸手を挙げて賛成する。

 結局、二人はおかわりとしてもう一袋。ホテルに戻ってアイスと合わせるためにもう二袋を買ってしまったのだった。


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