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第三十二話目~期待を裏切る機内食~

 飛行機に揺られること数時間。ディシディアはスクリーンに映し出される映画を眺めていた。ここに収録されている映画の中には、まだ日本で公開して間もないものや未公開のものが揃っている。ディシディアはその中でひときわ面白そうな洋画を鑑賞していた。

 画面では大迫力の戦闘がくりひろげられ、臨場感がひしひしと伝わってくる。飛行機内という独特の雰囲気があるからだろう。ディシディアはいつもよりも興奮しているように思えた。


「……さて、そろそろいい時間帯かな」


 エンドロールに入ったのを見計らって、ディシディアはヘッドホンを外す。すでに時刻は正午に迫っている。昼食が運ばれるとしたら、この時間帯だろう。

 通路側を見れば、安らかな寝息を立てている良二が目に入った。飛行機が安定したのとほぼ同時、気を失うように眠りに落ちたのである。


「ふふ、こうしているとまだまだ可愛いじゃないか」


 そんなことを言いつつ、ディシディアは微笑を浮かべながら良二の額に手を置いた。その時少しだけ彼の表情が和らいだような気がしたが、彼女はすぐに自分の席に腰を落ち着けて今度は窓の外を見やる。


「ふむ。感覚としては、飛龍よりも高い場所を飛んでいるようだね」


 雲ははるか下に位置しており、下の様子を伺うことはできない。が、前方のスクリーンに映し出される機体情報を見るに、今はどうやら太平洋上を飛んでいるらしい。順調らしく、これならば予定時刻には到着しそうだ。


「乗り心地もいいし、飲み物や娯楽も提供される。ここに住むことだってできそうだ」


 収納式トレーの上に置かれたプラスチックのコップを見つつ、ディシディアはそんなことをこぼす。肘掛のところにあるボタンを押せばすぐに客室乗務員が飛んできて飲み物を注いでくれる。

 ディシディアは先ほど注がれたばかりのゴールデンキウイジュースをクイッと煽る。強い酸味と仄かな甘みが口の中に広がり、眠気を覚ましてくれるようだった。

 ディシディアは欠伸を噛み殺し、次の映画を探しにかかる。邦画、洋画、アニメ映画などなど、ジャンルも様々だ。その中でディシディアはペンギンたちが主役のアニメ映画を選び、早速視聴を開始した。

 無論、アルテラには映画はもちろんアニメなどはなかった。先ほどの風神雷神で興味をそそられたのだろう。ディシディアはそれらを中心に見ようとしているようだ。彼女は目を細めながら、画面の中でアクロバティックな動きをするペンギンたちを見やる。


「ふむ……中々に興味深いな。できれば、あちらでも映画を見てみたいものだ」


 などと言っていると、前方から誰かが来る気配。ディシディアはピクリと耳を動かしてすぐさまそちらに視線を移す。

 するとそこにいたのは――おまちかねの機内食が乗ったワゴンを引いている客室乗務員。彼女たちはにこやかな笑みを浮かべながら注文を聞き、機内食を配っていた。

 その様子を見て、ディシディアはニヤリと笑う。

 実のところ、機内食については予習復習をしてきたのだ。選択を迫られ、戸惑うことはない。

 彼女はあくまでも平静を保ちつつ、機内食が運ばれてくるのを静かに待つ。そうして、客室乗務員が近くにやってきたところで、ごく自然にヘッドホンを外した。


(さぁ、問いたまえ。ビーフオアフィッシュと……ッ!)


 固唾をのんで見守るディシディアをよそに、新人と思われる客室乗務員は精一杯の笑顔を浮かべ――


「本日の機内食はチキン南蛮と炊き込みご飯のセット。もう一つはチーズハンバーグのセットとなっております。どちらになさいますか?」


 ――と、つらつらと述べた。

 刹那、ディシディアの顔が落胆に彩られる。

 せっかく予習してきたのに。あれほど自然に答えられるよう隠れて練習してきたというのに。それを全て足蹴にするような言葉が寄越されたのだ。その反応ももっともだろう。


「俺はチキン南蛮のセットで」


 答えるのは、窓際に座る男性。その声を聴いてようやくディシディアはハッと我に返ったはいいものの、何と言えばよいのかわからないようで口ごもってしまう。


「大丈夫ですよ。ゆっくり決めてください」


 客室乗務員の温かい視線がむしろ心苦しい。ディシディアはグッと唇を噛み締め、


「では、チーズハンバーグを……」


「はい、かしこまりました」


 絞り出すように返すと、彼女は容器に入った機内食を寄越してくれた。その後で、すやすやと眠っている良二に視線を落とし、ディシディアにそっと囁きかける。


「こちらのお客様が起きたら、後でお伺いしますとお伝えください」


「……あぁ。わかったとも」


 そう言葉少なに返し、機内食へと視線を落とす。

 確かに、美味そうだ。色合いもよく、想像していたものよりもグレードが高い。食後のお菓子――あられミックスなどもついているし、これと言って非の打ちどころは見当たらない。

 ただ、予想を悪い意味で裏切られたディシディアの心持ちは穏やかではなかった。

 かつて見た映画の一場面で「ビーフオアフィッシュ?」と機内食を問われる場面を見てからというもの、それを流暢に返すことこそが目的だったのに、結果がこれだ。ディシディアは肩をがっくりと落とし、その自慢の長い耳もしょんぼりとさせていた。


「……まぁ、仕方ない。これもいい経験だ」


 自分を納得させるように呟き、容器の蓋を開けて箸を取った。


「いただきます……」


 いつもの言葉にも覇気がない。彼女はサフランライスの上に乗せられたハンバーグに箸を伸ばし、一口大に切ってから口に運んだ。


「……美味い」


 ハンバーグはしっかりとした肉の旨みを有している。中にはチーズが入っており、それが一層コクと深みを倍増させていた。また、かかっているホワイトソースと下に敷き詰められたサフランライスを共に食べるとこれまた絶品だ。口の中で混然一体になって喉元を下る時などは得も言われぬ快感である。


「……」


 ディシディアは箸を置き、静かに瞑目する。それからしばらくして目を開けた時には、すでに迷いはないように思えた。


(そうだ。せっかくの旅なんだ。想定外の事態こそ、その醍醐味。しばらくこもりっきりだったせいでそれを忘れるとは……彼らに笑われそうだな)


 彼女の脳裏に浮かぶのは、かつて旅をしていた面々だ。彼らとの旅は奇想天外で、何一つ思い通りにはいかなかった。だが、だからこそ楽しかった。

 懐古の思いを得ながら、ディシディアはサラダに手をつける。こちらは専用のドレッシングをかけることで完成する。スティックのニンジンやゴーヤは夏の暑い日には嬉しいものだ。体の中をゆっくりと冷やしてくれる。シャキシャキとした食感も口の中をサッパリさせるのには最適だ。

 すでに吹っ切れたディシディアは次の料理――カニ肉のゼリー寄せを口に入れる。プルプルとした食感と、中にゴロゴロと入れられた野菜とカニの食感の差が癖になる一品だ。付け合せのポテトサラダも濃厚で、十分に満足感がある一品である。


「機内食、か。中々にいいものだな」


 ヤングコーンを専用のディップソースに浸けながらそんな言葉を漏らす。多少予想とは違ったが、味は期待以上だ。

 意図せず口角を吊り上げながら小皿に入れられたあんかけうどんを啜ると、濃厚な出汁の風味が口内に充満した。そぼろ肉とネギ、きしめん風の麺と餡のコンビネーションも抜群で、小皿ではなく大皿でいただきたいと思ってしまう。

 量的観点から見れば、そこまで多いものではない。だが、味のレベルはかなり高く満足感を与えてくれる。どれも丁寧な仕事がなされているし、これからの空の旅を満喫させようという気遣いが伺えた。


「……さて、お次はこれを頂こうか」


 彼女が手に取ったのはおかきミックスだ。彼女はそれを開いた小皿の上に開け、中身を見つめる。アーモンド、カシューナッツ、ピーナッツの豆類はもちろんあられもいくつか入っている。

 醤油味、塩味、味噌味と飽きさせない工夫がなされており、別の味が移ってしまっているということもない。キチンとまとまった味に感心しながら、ディシディアはキウイジュースで口を潤した。


「……っと、もう終わりか」


 すでにトレイの上は片付きつつある。残っているのは、デザートのフルーツのみだった。

 ディシディアはなるべくその味を堪能しようと、意識的に咀嚼回数を増やす。

 グレープフルーツ、メロン、パイナップル……どれもジューシーで果汁が多いものだ。噛めば噛むほど果汁が出てくるのは必然。酸味と甘味が一体となり、一気に押し寄せてくる。

 ディシディアは感動に身を震わせた後、静かに手を合わせ――


「ご馳走様でした」


 一礼し、容器の蓋を閉じる。最初こそ失敗したように思えたが、結果的に大成功だった。彼女は満足げに腹をさすりながら大きな欠伸をしてみせ、また映画を見始める。

 その時の彼女の横顔は、ひどく満足そうなものだった。


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