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第二十八話目~恐怖の飲み物 ルートビア~

 時刻は午後の八時。ちょうど夕食時だ。ディシディアはパタパタと部屋の中を駆け回りつつ、食器を配膳していく。良二は慌ただしい彼女の後姿を不安げに眺めながらも、調理の手は止めていなかった。

 とは言っても、今日はほとんど手抜きメニューだ。ちょうどもらったものがあるので、それをそのまま出している感じである。


「……よし、と」


 フライパンで炒めていたスパムを皿に盛りつけ、良二はエプロンを取り外しつつ居間へと向かう。すでに配膳を終えたディシディアは座布団の上にちょこんと腰かけて冷たい麦茶を啜りながらテレビを見ていた。そこではちょうど旅番組が行われており、芸能人たちが食レポを行っている。


「……なんか、すみません。こんなメニューで」


 テレビに映し出される豪華絢爛な料理と比べるとどうしても今日のメニューは見劣りしてしまう。あちらはテーブルを埋め尽くさんばかりに皿が敷き詰められているのに、こちらはスカスカだ。それも、とても小さい卓袱台だというのに。


「気にするな。ウチはウチ。余所は余所、だろう? それに、君が作ってくれたんだ。文句は言わないさ」


 その言葉に嘘はないようだった。良二は彼女の優しさに内心感謝を述べながら、持っていたスパムの皿を卓袱台に置く。

 今日のメニューはご飯、卵スープ、生ハム入りサラダと塩コショウで炒めたスパムという、何とも質素で地味なものだった。

 が、それはあくまでも良二にとっての見え方だ。ディシディアからすれば、これらはまさしく未知の食材である。彼女は興味津々といった感じで卓袱台の中央に置かれたスパムを見つめていた。


「待ちきれないみたいですし、食べましょうか」


「あぁ。では、いただきます」


「いただきます」


 まず、ディシディアは卵スープをズズッと啜る。空腹の胃に優しく染みわたっていき、次の料理までの準備を整えてくれるようだ。よく出汁が効いており、目の覚めるような美味しさを感じつつ、彼女はほうっと息を吐く。


「うん。お店の料理もいいが、リョージの料理も好きだな。優しい味がするよ」


「そう言ってもらえるとありがたいです。品数は少ないですけどおかわりはあるので、いつでもどうぞ」


「気が利くね」


「まぁ、ディシディアさんがたくさん食べるのはよく知っていますから」


「ふふ、すべてお見通しというわけか。君も中々やるね」


 ディシディアは口元に怪しい笑みを浮かべながら再びスープを口に含む。

 溶き卵はふわふわでパサついていない。細切りにされたしいたけはスープの味がよく染みていてとてつもなくジューシーだ。本人的には簡素な料理かもしれないが、そこに手抜きは見られない。まぁ、これは彼の性格によるところが多いだろう。

 ディシディアはスープで腹を落ち着けた後、白米に箸を伸ばす。こちらもピンと粒が立っており、艶々と輝いていて見事な仕上がりだ。


「私もだいぶこの『米』とやらが好きになってきたよ。パン食もいいが、これもいい。毎日食べていても飽きないな」


 アルテラでは、パン色が基本だ。と言っても人間界のように種類は豊富ではなく、ましてや大賢者として数百年祠にいた彼女はパサパサのパンしか食べていなかったのだが。


「ディシディアさんって、案外日本人的な味覚かもしれませんね。和食、好きですから」


「そうだね。この世界には色んな料理があると聞くが、和食と呼ばれる類のものは大好きだ。確か、丼なども和食のカテゴリに分類されるのだろう?」


「えぇ。よかったら、今度は海外の料理にも挑戦してみませんか? 例えば……海外限定のご当地グルメ、みたいな……」


「はは、面白そうだ。が、今は食事中だ。別の料理のことを考えては、この子たちも拗ねてしまうだろうよ」


 彼女はひょいっと米を箸で持ち上げながら言ってみせる。それを受け、良二は苦笑した。


「確かにそうですね。以後、気をつけます」


 ディシディアは今一度スッと背筋を伸ばし、白米を口にする。その後、麦茶で口の中をリセットしてから和風ドレッシングがかけられたサラダを口にした。

 ドレッシングの酸味と生ハムの塩っ気が口の中で混じり合う。玉ねぎとレタスはシャキシャキとしていて瑞々しい。生ハムで器用に包み、口に含めばたちまち天にも昇る気持ちになってしまい、ディシディアはとろんと目を潤ませた。


「……さて、お次はこれかな?」


 彼女が次に目をつけたのは、未だ香ばしい匂いを漂わせている長方形の物体――スパムだ。塩コショウで味付けされている、シンプルなものである。表面には微かにおろしにんにくが塗り込まれている。この芳しく、食欲をそそる匂いの正体はそれだ。

 嗅覚をヒリヒリと刺激する匂いに身を震わせながら、ディシディアはそれを口にする。

 表面にできた焦げはカリカリしていて、にんにくの風味を段違いに上げている。単純な味付けだからこそ、美味い。塩加減も絶妙で、ついついご飯が欲しくなる。が、欲を言えば、もう一歩。


「なぁ、リョージ。ビールはないだろうか?」


 そう。ビールだ。スパムのジャンキーな塩味には、ごはんよりもビールが適任である。それに関しては良二も同意見だったようで、静かに首肯を返して席を――


「あ、そうだ。ディシディアさん。変わったビール飲みたくないですか?」


「飲みたいね。是非頼むよ」


 即答だった。良二はグッとサムズアップをして冷蔵庫から二つの缶を取り出す。だが、缶の色合いが日本のものとはまるで違った。缶の表面は茶色に塗装されており、英字が描かれている。その意味は読めないが、ディシディアは見慣れぬビールの登場に心躍っているようだった。


「さぁ、どうぞ」


 ディシディアは受け取った感のプルトップに手をかけ、勢いよく開けた。すると、プシュッという小気味よい音が鳴り響くと同時、ディシディアはスパムと共にそれを口の中に流し込んだ。

 その瞬間だった。

 彼女の口から、茶色い液体が噴水のように噴き出たのは。


「ディ、ディシディアさん!?」


 それまで笑みを浮かべていた良二の顔が真っ青になった。一方のディシディアは口元を押さえながらゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。

 良二が慌てて麦茶を差し出すとディシディアは一息で飲み干し、荒い息をつきながら涙で滲む目で良二をギロリと睨んだ。


「リョージ! 何だ、これは!? 毒か!?」


「ち、違います違います!」


 彼女の手元に集まる真っ赤な光を目にして、良二はブンブンと首を振った。ディシディアはこれまでに見たことがないほどの怖ろしい形相になって体を震わせている。


「じゃあ、何だあれは!?」


「る、ルートビアです! この前貰ったんですよ!」


「ルート……ビア? それは、ビールなのかい?」


「い、いや、違い……ま、待ってください! 外国ではビールのことを『ビア』って発音するんですよ! まぁ、アルコールは入っていませんけど……いや、すいません。ほんの出来心でした。ちょっと驚かせるつもりだったんです……」


 深々と頭を下げ、申し訳なさそうに涙を浮かべる良二を見て毒気を抜かれたのか、ディシディアはそっと両手を下ろした。同時に、手に宿っていた力強い光も消失する。ディシディアは依然としてジト目になりながらも、良二を見つめた。


「とりあえず、あれについて説明をしてもらおうか?」


「は、はい。ルートビアって言って、元は外国の飲み物なんです。さっき、海外のご当地料理にも挑戦してみたいって言ってましたから……」


「確かに言ったが、説明がなくては困るだろう。正直、死ぬかと思ったぞ。ほら、飲んでみたまえ」


 差し出された缶を受け取り、良二は静かにそれを傾けた。

 すると、口の中に広がるのはとてつもない薬品臭さだ。まるで、サロンパスを口に突っ込まれたような感じである。妙な清涼感と、炭酸のシュワシュワが猛威を振るい、味覚を蹂躙する。

 ビールだ、と思って一気飲みすればそれはもう吹き出すしかないだろう。それだけの破壊力を持った飲み物だ。

 良二は涙目になりながら缶から口を離す。と、ディシディアがどこか遠い目でこちらを見ていることに気づいた。


「わかるだろう? 私の気持ちが」


 声と目に力がない。よほど力を削がれたのだろう。ディシディアはややぐったりとしていた。


「……すいませんでした。ドッキリのつもりだったんですけど、やりすぎました。反省します」


「まぁ、ドッキリを仕掛けるのは刺激的だしいいが、今回のは不意打ちだったからね。できれば、最初はソフトなドッキリから頼むよ。と、それはさておき、リョージ。君は私にこんな仕打ちをして、ただ謝れば済むと思っているのかい?」


 その言葉に、良二の肩がビクッと震える。が、ディシディアはふふっと微笑をこぼした。


「そう身構えなくていい。ただ、付き合ってもらうだけだよ」


「ど、どこにでしょうか?」


「決まっているだろう? ルートビアの本場……」


「ま、まさか……アメリカ!?」


 答えは返ってこない。彼女はただ、力強い眼差しを讃えているだけだった。


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