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第二十七話目~試食会だ丼! 変わり種編~

 翌日、ディシディアたちはまたしても試食会に参加していた。だが、ディシディアはどこか寂しげにしている。だが、それも当然だろう。なぜなら、今日が最後の試食会だからだ。

 相変わらず鮮やかに盛り付けられている丼を見ても、今日が最後だと思ってしまうとどうにも気分が盛り上がらないのか、彼女は大きなため息をついた。


「しょうがないですよ。今度はお客としてくればいいじゃないですか」


「いや、それはそうなんだが……ここまで豊富な種類の食事を取れる機会は中々ないだろう? できれば、もう少しやってみたかったな、と思ってね」


「ごめんなさいねぇ。今回は試験的な感じだからそこまで本格的じゃないのよ」


 と、珠江が謝罪を述べると、ディシディアは慌てて首を振った。


「いや、謝ることではない。むしろ、感謝しているよ。これほどまで美味しい食事を頂けたのだから」


「ふふ、ありがとう。じゃあ、今日もたっぷり食べていってね」


 珠江はそう返し、厨房へと消えていく。どうやら今日から試食会で出たメニューを夜の部で本格的に出し始めるらしく、大将は忙しそうに下準備を行っていた。珠江はそんな彼の元へと歩み寄り、サポートに入る。


「冷めないうちに、いただきましょうか」


「そうだね。それでは、いただきます」


 手を合わせたのち、ディシディアはテーブルの上に置いてある丼たちに視線を巡らせる。今日のメニューは『油揚げ丼』、『マーボーナス丼』、『衣笠丼』や『かき揚げ丼』。それから『かに玉丼』と、かなりバラけている。どうやら、今回は変わり種をメインにしているらしい。

 そんな中で、ディシディアが手に取ったのは油揚げ丼だ。醤油がかけられた油揚げはオーブンで焼かれており、香ばしく芳醇な香りを醸し出している。この油揚げというのもかなり大きく、丼から少しはみ出しているくらいだ。ステーキ顔負けの大きさと厚さを持つ油揚げは見ているだけでよだれが出てしまう。

 油揚げの下には釜揚げしらすがたっぷりと敷き詰められており、上には細かく刻まれた青ネギがたっぷりと乗せられている。とても簡素な見た目だが、だからいい。変に気取っていなくて、丼としては最良の品だ。


 ディシディアはゆっくりと箸を丼へと伸ばす。あらかじめ一口大にカットされていた油揚げとご飯をしらすごと掬い取り、一口で食べる。

 その瞬間、焦がし醤油の強烈な香りが鼻と口に広がっていき、意識が一気に覚醒する。油揚げはカリッとしていて、肉に負けないほどの力強さを有している。

 元々、油揚げの原料である大豆は『畑の肉』とも呼ばれている。肉と同じほどのたんぱく質を有しているからだ。インドネシアには『テンペ』と呼ばれる豆腐の加工品があり、これは主に肉の代用品として用いられている。これは、栄養面だけではなくこれらが肉に負けないほどの風味と味わいを持っているからだ。

 分厚い油揚げは非常に食べごたえがあり、空腹感を存分に満たしてくれる。また、ふっくらとしたしらすの塩っ気と微かな苦みが油揚げとご飯と絶妙なハーモニーを織りなす。

 ネギは箸休めにちょうどよく、食べれば口の中をサッパリとさせてくれた。

 これが試食会でなければ、おそらくおかわりを頼んでしまっていたほどだろう。ディシディアは空になってしまった丼をテーブルに置き、次の丼を手に取る。

 それは『衣笠丼』だ。が、名称を知らない彼女はキョトンと首を傾げてみせる。


「リョージ。これは何という料理だい?」


「えっと……それは、あの……」


「衣笠丼よ。関西では結構有名な料理なの」


 口ごもっていた良二に助け舟を出したのは、珠江だ。彼女は調理の手を止めることなく、話を続ける。


「前、修学旅行で京都に行ったのだけど、そこで出会ったのがこれだったの。一応再現してみたから、食べてみて。美味しいわよ?」


「美味しいとは思っているさ。だって、この店の料理だからね」


「ハハッ! 相変わらず人たらしだなぁ、ディシディアは!」


 大将と珠江は二人して顔を見合わせて笑う。ディシディアはそんな二人にぱちりとウインクをした後で箸を丼に沈ませる。

 油揚げと九条ネギを卵で閉じてあり、黄色い大地に箸を入れれば下からは白い白米が顔を出す。口に入れれば甘辛い味が口の中に広がり、油揚げからはじゅわっと汁が溢れ出てくる。

 先ほどの油揚げ丼はカリッとした食感だったが、こちらの油揚げは違う。じっくりと煮込まれたおかげで柔らかく仕上がっており、噛めば噛むほど濃厚な煮汁が染み出てきて、まろやかな卵とこれまた味の染みたネギが合わさって何とも言えないコンビネーションを発揮する。

 七味を入れれば、より香り高い品へと昇華していく。ピリリとした唐辛子が甘辛いたれと絶妙にマッチし、ますます箸が進むのだ。

 つゆだく気味のご飯に半熟の卵を絡めれば、するすると食べ進められる。濃厚な味付けのはずなのに、後味が非常にいい。しつこくなく、それでいて「また食べたい」と思わせるようだ。

 ディシディアは額から汗の粒を滲ませながらも丼を掻きこんでいる。よほど夢中になっているのか、その目はすでに丼しか見えていないようだった。


「美味しい?」


「あぁ! 特にこの油揚げ、というのは面白い食材だな。さっきとは全く食感も味も違って、どちらも大変趣深い味だった」


「でしょう? 油揚げって意外と面白い食材でね。どんな料理にも使いやすいの。汎用性が高い、って言うのかしら? 単品でもいいし、別の料理と一緒に食べてもいいし、煮ても焼いてもいいの。たぶん、癖がないからね」


「ほぅ……」


 ディシディアは感心したように相槌を打つ。また自分の知らない知識を得ることができたのがよほど嬉しかったのだろう。彼女は耳をぴょこぴょこと動かしており、興奮気味だった。


「まぁ、どんな食材でも使い方次第ってことだ。癖が強いのもきちんと処理をしてやれば美味しくなるし、その逆もある。要は、料理人の努力次第ってことだ」


「なるほど……改めて、二人の実力には敬服する。リョージ。彼らに弟子入りしてはいかがかな?」


「え!? いやいやいや! 何言ってるんですか!?」


 良二は驚きを露にするが、大将と珠江は「ああ」と同時に頷く。


「そうねぇ。良くんなら真面目だし、いいと思うわ」


「おう! それに、結構しっかりした味覚を持ってるしな」


「そ、そんなことないですって……」


 良二はこれ以上追及されることを恐れてか、丼をがつがつと掻きこみはじめる。流石にこれ以上続けていては、ほぼ間違いなく勧誘を受けることになっていただろうから正しい判断だろう。


「……むぅ。そうか。まぁ、君の人生だ。私が口出しするのはやめておこう」


「ねぇ、すご~く今さらだけど、ディシディアちゃんって結構大人びてるわよね。なんだか、私たちよりも年上みたい」


「はは、まさか」


 ディシディアは軽く流すが、良二は内心動揺しているようだった。ディシディアはそんな彼にふっと笑いかけ、次の丼を持ち上げる。『かに玉丼』だ。

 白米の上にはふわふわのかに玉が乗せられ、たっぷりと甘酢餡がかけられている。ディシディアは備え付けのレンゲを取り、かに玉丼を口にする。

 とろみのある餡がご飯とかに玉に濃厚に絡みつく。卵はふんわりとした口当たりで口の中で溶けていくようだ。中に入っているカニと、かかっている甘酢餡の相性は言わずもがな。これ以上ないほどの絶妙な相性だ。

 すでに三杯目の丼だというのに、ディシディアは依然としてバクバクと丼を食べ進めていた。甘酸っぱさが食欲を促進させ、かに玉はしっかりとした卵とカニの旨みを有しながらも重たくはなく、軽い口当たりだ。


「はふぅ……」


 アツアツの餡を頬張れば、思わずそんな吐息が漏れる。火傷しそうなほどなのに、どうしてもやめられない。ディシディアは口の端についていた餡を指で拭い、空になった丼をテーブルに置いた。


「ディシディアさんって食べるの早くないですか?」


 ほぼ同時に食べ始めた良二はまだ半分も食べていない。ディシディアはそんな彼の言葉に、ひょいっと肩を竦めてみせた。


「まぁ、美味しいからね。気づいたらなくなっているんだ」


「気持ちはわからなくもないですけどね」


 良二も微笑を浮かべながら再び咀嚼を開始する。ディシディアは彼を一瞥してから今度は『かき揚げ丼』を口にした。

 かき揚げは絶妙な揚げ具合で、たれがかかっている部分はじゅわっと、とかかっていない部分はカリッとしていて、この食感の対比が得も言われない。

 かき揚げに用いられているのは、玉ねぎ、にんじん、そしてイカだ。玉ねぎとニンジンは野菜の甘さを持っており、臭みは感じられない。イカも新鮮で、歯ごたえが抜群だ。かかっているたれとの相性ももちろんよく考えられており、丼としての完成度はかなり高い。

 これまで食べてきた丼――特に揚げ物系にはキャベツなどの口内をサッパリさせてくれるものが添えられていた。だが、かき揚げ丼にはそれがない。ただ、白米の上にかき揚げが乗っているだけだ。

 だが、脂っぽくはなくもたつかない。それは、このかき揚げ自体がそこまで重たくはないからだ。野菜をメインにしているおかげもあるが、何より揚げ具合が素晴らしいのだ。揚げる時間を間違ってしまえば、べたつく感じは否めない。だが、これは中に火がちゃんと通り、それでいて脂っぽくならないギリギリのラインを見極めている。だからこそ、丼にした時にバランスが取れた品となる。

 丼は白米とのバランスが少しでも崩れれば、たちまち崩壊してしまう。それでは、別々に食べるのと変わらないからだ。だが、このかき揚げに限っては丼にした時にこそ輝くものである。

 噛むたびに野菜とイカの旨みが白米と共に舌の上で暴れまわるのを感じながら、ディシディアは瞑目する。少しでもこの余韻に浸っていたい――そう思ってしまう品だ。

 しかし、いずれ終わりは来るものである。すっかり空になった丼をテーブルに置き、最後の品に手を――伸ばそうとして、彼女は頬を引くつかせた。

 なぜならそこにあったのはスパイシーな香りを放ち続ける一品――『マーボーナス丼』があったからだ。

 彼女は人間界に来て以来、あらゆる料理にチャレンジしている。だが、その中で唯一苦手なのが辛いものなのだ。

 一味唐辛子、七味唐辛子のように微かな辛味をアクセントとして加えるものならば食べられるし、楽しむことができる。だが、マーボーナスのような辛さを前面に押し出しているものはどうしても苦手なのだ。

 意図せず、油汗が流れ出る。だが、ディシディアはグッと唇を噛み締め、丼を持ち上げた。


「だ、大丈夫ですか?」


「あらあら。辛いものが苦手なの? 無理しなくていいのよ?」


 しかし、その言葉にディシディアは小さく首を振る。


「い、いや、大丈夫だ。たぶん……それに、この店の料理は少しでも味わっていたいからね」


 言って、レンゲを用いて白米とマーボーナスを同時に持ち上げる。と同時に漂ってくる香辛料の香りにディシディアは体を震わせた。

 が、意を決したようにパクッと口に放り込んだ。

 その、直後だった。


「~~~~~~っ!?」


 彼女がその場でパタパタと足踏みをして、その耳を激しく上下させたのは。


「た、珠江さん! お水! お水!」


「はい、これ!」


 良二は珠江から受け取ったコップをすぐさま悶絶しているディシディアに渡す。彼女はごくごくと水を飲み干ししばらく放心したようだったが――すぐににっと口元を吊り上げて再びレンゲを取った。

 それを見て、良二は血相を変えて制止に入る。


「ディシディアさん! やめた方がいいですよ!」


「そうよ。無理しちゃダメよ?」


「いや、確かに辛くて死ぬかと思った……が、なぜだろうな。また食べたいと思ってしまったんだ。舌が痺れるほど辛くて、涙も汗も出てくるのに、やめられないんだ」


「ハハハハハッ! どうやら気に入ってくれたようだな! 辛いものって、それが醍醐味だからな」


 大将が豪快に笑い、珠江に目配せをする。それだけで彼女は彼の意図を受け取ったのだろう。静かに頷き、それ以上は何も言わずに厨房へと帰っていく。それと入れ替わりでカウンターの方にやってきた大将は嬉しそうにディシディアに微笑みかけた。


「まぁ、無理はすんなよ。美味い食事をする秘訣って、知ってるか?」


「いや、知らない。できれば、教えていただけるだろうか?」


「いいぜ。美味い食事をするコツはな……無理をしないこと、それだけだ。満腹なのにもったいないからって無理矢理食べたり、それこそ辛くて舌が痺れてるのに無理して食べるのは絶対にダメだ。せっかく作ってくれた、とか思うのもなしだ。食事ってのは自由でなくちゃいけねえ。義務感とかそういうの抜きで、好きなように楽しみな」


 大将はディシディアの頭をガシガシと大きな手で撫でる。それを受け、彼女はビクッと肩を震わせ、それを見た大将はサッと手を離した。


「っと、わりぃ。嫌だったか?」


「……いいや。誰かに頭を撫でてもらうというのが随分と久しぶりでね。その……よければ、もう一度撫でていただけないだろうか?」


 大将は一瞬だけキョトンとした顔をしていたが、すぐに笑みを取り戻して彼女の頭を優しく撫でてくれる。それを見た珠江も彼女の頭に手を置いた。

 その間、ディシディアはどこか懐かしそうに、幸せそうに笑みを作っていた。


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