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第二十六話目~試食会だ丼! 海鮮丼編~

「さて、では今日も試食会といこうか」

 綺麗に配膳された丼を見ながら、ディシディアが箸を構える。まだ昨日の興奮が冷めやらぬ中での試食会だ。期待で胸と腹がうずき、よだれが溢れてくる。もう待ちきれないのか、ディシディアはもじもじと体を捩っていた。


「さ、食べて頂戴。今日のも自信作よ」


「まぁ、自信作しか出さねえがな!」


 二人の言う通り、今回の品も中々によく作られているものだった。色合いもよく、何より美味そうだ。試食とは言えそこに一切の手抜きがなく、プロとしての魂と誇りが感じられた。


「では、早速頂こう」


 ディシディアが手に取ったのはマグロの漬け丼だ。漬けにしてあることで味が引き締まっている。マグロを食べるならば、これが一番だとでも思ってしまいそうなくらいだ。

 本来、漬けにしていたのは保存が効くためであるが味の面に関してもかなりプラスになる。漬けにしたからと言ってマグロ本来の味わいが消えるかと言ったらそうではなく、むしろ強化されていた。

 ご飯に乗せた時にびちゃびちゃにならぬようキチンと処理がなされており、米はその形を綺麗に保ったままだ。そのため、マグロと共に掻きこんだ時は互いのよさが交互に味わえるのだ。

 さらに、シソを巻いて食べれば清涼感が鼻を突きぬけ、マグロの風味をグンッと強めてくれる。おそらくわさびをつければまた違った趣向のものになるのだろうが、辛いものが苦手なディシディアにとっては無理な話である。

 しかし、十分満足がいくようだったのか、ディシディアはニコニコと微笑んでいる。その笑顔を見ている大将と珠江も頬を綻ばせていた。

 良二はというと、鮭といくらの二色丼をもぐもぐと頬張っている。鮭の身は新鮮でパサついておらず、ぷりぷりとしていて口の中で跳ねるようだ。

 いくらもまた絶妙で、プチプチっと口の中で弾けてご飯や鮭と絡み合う。少しでもその味を堪能しようとして、自然と咀嚼する時間が長くなってしまう。

 いくらと鮭という組み合わせは、親子丼に似ている。つまりは、格段に相性がいいということだ。いくらの風味が舌にじんわりと広がってきたところで、鮭が強烈な一撃をお見舞いする。これが絶え間なく口の中で繰り広げられれば思わず意識が飛びそうになってしまうほどだ。

 いくらも醤油につけてあるので魚臭さはほぼ消えている。いや、微かに残った魚臭さがむしろ食欲をそそると言ってもいい。野趣というものは敬遠されがちだが癖になるものであるのだ。

 整っていて、キチンと処理された味……確かにそれも素晴らしいだろう。だが、大事なのはバランスだ。こぢんまりとしていては、いずれ飽きが来てしまう。そこに野趣が加わることで新たな味の門が開くのだ。

 良二は口内に入っていたそれをごくりと嚥下し、ワサビを丼の端に乗せる。それを見ていたディシディアはいぶかしげに顔をしかめてみせた。


「毎度思うが、君はよく食べられるね。辛くないかい?」


「まぁ、辛いですけど……それがいいんじゃないですか」


「わからない……あの時は死ぬかと思ったんだからな」


 と、彼女はブスッと唇を尖らせてみせる。確かに初めてわさびを食べた時は慌てふためいていて普段の彼女らしからぬものだった。

 その時のことを不覚にも思い出してしまった良二はクスッと笑ってしまい、ディシディアから脇腹を小突かれる。彼は微かな痛みに苦笑しながらも、近くの丼に手をつけた。


「へぇ、キスの天丼ですか」


「そうよ。生ものばかりじゃ飽きるでしょ?」


「確かに。ありがたいです」


 海鮮丼といえば、どうしても生魚が用いられがちになってしまう。だが、この試食会においてもそれだけを出していては飽きられてしまう。そう思ったのか、テーブルの上には生魚以外が用いられた丼が乗っていた。


「む? これは何だい?」


「あぁ。なんちゃって蒲焼丼だな。上に乗ってるのはサンマだ」


 ディシディアは持っている丼に視線を落とす。白米の上にはたれがたっぷりとかけられたサンマが載せられている。皮をあえて残してあり、それがカリッと香ばしく焼けて芳醇な香りを届けてくれた。

 箸を入れれば驚くほど簡単に切れる。身はふんわりとしているが、皮はパリッとしていて口に含んだ時の対比が得も言われない。ご飯を掻きこめば香ばしくも優しい風味が体を突き抜けていく。

 たれが染みたご飯は最上の味に近い。これだけでも十分箸が進む。


「美味い……ご飯をおかずにご飯が食べられそうだ」


「気持ちはわかりますが、太りますよ?」


「こら、良くん。女の子にそんなこと言っちゃダメよ?」


 カロリーなど知ったことかと言わんばかりのディシディアに良二がツッコミを入れ、その彼に珠江が注意を寄越す。その様を見ていた店主は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


「いいなぁ……俺たちにも子どもがいたら、こんな感じかもな」


「そうねぇ。早く子どもが欲しいわ……」


 その時、二人の横顔がやや陰っているのをディシディアは見逃さなかった。

 人には個人差がある。それは人によって様々だ。

 背が小さかったり、太りやすかったり……子どもができにくかったり。

 珠江も、その体質だった。中々子どもができにくく、結婚してもう数年となるのに妊娠した、という話題すら上がらないのだ。

 良二はまだ丼を食べているが、ディシディアは二人を見て少しだけ表情を険しくする。子どもができにくいのは、エルフ族も同様だからだ。

 エルフ族は長命の種族だ。だからこそ、子孫を残す力が他の種族――例えば劣悪な環境で生きていかねばならないドワーフやホビットなどよりも生殖能力がうんと弱い。

 エルフ族が生涯で子を産めるのは、長い生涯の中でほんの数回だ。他種族とのハーフに限ってはそうではないが、エルフ族同士だと子はなしにくく、いずれは絶滅してしまうかもしれない。

 が、ディシディアはさして憂慮しているわけでもなかった。

 彼女の師曰く「生物はいつか滅びるもの。流れに身を任せることこそが肝要」だそうだ。それを心に留めている彼女は、種を残すことに対してそこまで積極的ではなかった。

 しかし、それはあくまでも自分の話だ。少なくとも、目の前の夫婦は違う。

 ディシディアは大きな息を吐き、二人の元に歩み寄る。


「あら? どうしたの、ディシディアちゃん?」


「いや、すまない。少し、いいか?」


 言いつつ、ディシディアは珠江の腹部に触れる。その時、彼女の口が小さく動いた。だが、俯きがちなせいで珠江や大将からは見えないようになっている。

 彼女はしばし何かを呟いていた後で、そっと手を離してニコリと笑みを浮かべた。


「おまじないだよ。早く、子どもができるようにとね」


「まぁ……ありがとう、ディシディアちゃん!」


「いい子だなぁ、本当! うちの子にならないかい!?」


 熱烈な歓迎を受けるディシディア。そんな彼女を良二はややジト目で見つめていた。

 その視線に気づいたらしきディシディアは彼の方に身を寄せ、そっと語りかけてくる。



「……わかってると思うが、口外しないでくれ。頼むよ」


「……はい。にしても、何をしたんですか?」


「彼女の体内に巡る生命エネルギーを少し弄った。どうやら、下腹部にはあまり巡っていなかったようなのでね。その詰まりをほぐしたんだ」


 パッと見た感じは、素人である良二にはよくわからない。だが、魔力に優れるディシディアには珠江の体から溢れるエネルギーがより潤滑に巡っていくのが目に見えた。

 彼女はしばし目を細めた後で、ぼそりと呟く。


「……しかし、勝手に手を出してよかっただろうか? もしや、迷惑だっただろうか?」


 その言葉に、良二は大将たちにばれぬよう小さく頭を振る。


「いえ、よかったと思いますよ。珠江さん、子どもが欲しいのに中々できなくて辛そうだって、大将から聞いてましたから。それに、見てくださいよ、ほら」


 言われて、ディシディアは二人へと視線を送った。


「ふふ、おまじないをかけてもらったんだもの。今度はきっと大丈夫よね」


「ああ! 俺もお前がちゃんと産めるように頑張るぜ!」


 先ほど、ディシディアがやったのは単なるおまじないではなく、れっきとした魔術を用いた治療であるのだが、当然のごとく二人は知らない。だが、それでも十分勇気をもらえたのだろう。二人は心底嬉しそうに笑っていた。


「あ、そうだ! ねぇ、ディシディアちゃん! もし産まれたらあなたが名付け親になってくれないかしら?」


「もちろん。私でよければ、いくらでも」


「ふふ、ありがとう。やっぱり、ディシディアちゃんはいい子ねぇ……きっと、ご両親の教育がよかったんでしょうね」


 その言葉に、ディシディアの耳がピクリと揺れた。だが、彼女は依然として笑みをたたえたまま首肯する。

 しかしその笑みは、どこか強張っている。少なくとも、彼女と暮らし始めて長い良二にはそう映った。


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