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第百九十九話目~せんべいと女子(?)トーク~

 翌日もディシディアは理恵の元を訪れていた。しかし、二人がしているのは将棋ではない。オセロだ。黒がディシディア、白が理恵。今のところゲームは拮抗している。


「むぅ……やっぱりディシディアちゃんは上手いなぁ」


 片膝を立てて頬杖をついたまま理恵が感心したように言う。彼女は盤上のオセロをパチパチと動かしながら、思ったよりも取れなかったことに対して顔を歪めた。


「そんなことはないさ……よし、角はいただきだ」


 ますますもって顔をしかめる理恵に対し、ディシディアはコホンと咳払いをしてから問いを投げかける。


「ところで、リョージはいつごろ帰ってくるかな?」


「ん? あぁ、昼過ぎじゃないかね? たぶん今日はそこまで忙しくないと思うから」


「そうか」


「ディシディアちゃんさ。春休み何か予定立ててるの……っと」』


 今度は理恵に角を取られた。一瞬の隙を突かれたことを後悔するよりもこれからの展開に備えて脳をフル回転させる。一時長考に入る彼女をよそに、理恵は傍らに置いてある一升瓶を取って煽った。

 ディシディアが次の一手を導き出すまで理恵は彼女を見つめ続ける。やはりこうしていても、彼女は自分よりも年上には見えない。少なくとも、見た目は。


(目が、違うんだよねぇ……)


 理恵とて、この稼業を先代から受け継いできて相当経つ。父の仕事の関係で多くの人間と触れ合うことがあったが、その中でも彼女のような目をしたものは中々見れたものではない。

 老人のように達観した深みを讃えているのに、どこか子どもっぽい無邪気さも兼ね備えているのだ。美しいエメラルドグリーンの瞳はまさしく浮世離れした様相を醸していた。

 そんな彼女はようやく最適解を見つけたらしく、自分のオセロを端の方にぱちりと打つ。一気に数を取るものではないが、立派な布石だ。これは後からじわりじわりと効いてくる。


「さて、先ほどの質問だが、特に予定は組んでいないよ。風の向くまま、気の向くまま。勝手にやるのが私たちさ。前は思いつきでアメリカに行ったこともあったか」


「ああ、聞いてる聞いてる。お土産ももらったしねぇ」


「そうかい? いや、すまない。リョージがバイトをしていることは知っていたのだが、色々と都合が合わなくてね」


「いいさね。何分、異世界からのご客人だ。大変だったろう? こっちの世界に馴染むのは」


 ディシディアは「まあね」と言って肩を竦めてみせるが、そこにある種の余裕があったことを理恵は見過ごさなかった。

 彼女は独りではなかった。苦労した、と言ってもそこまでではなかったのだろうと解釈する。

 理恵は腕組みをしながら、ガシガシと髪を掻き毟る。が、すぐに口の端を吊り上げてパチパチとオセロを裏返していく。一気に五枚ほどが持っていかれた。ディシディアの端正な顔が歪む。

 理恵は嬉しそうに微笑みながらまたしても酒を口に含み、


「んじゃさ、暇な時あったら遊びおいでよ。アタシの家にさ」


「? ここは違うのかい?」


「違う違う! たまに泊りがけの仕事になる時はあるけど、誰が好き好んでこんなボロ家に住むよ!」


 けたけた、と心底おかしそうに笑っている理恵を見ているとつられて頬が緩んだ。

 ――タイプは違うが、自分と理恵はよく似ているとディシディアは感じていた。

 彼女もおそらくは孤独を知っているものであり、かつ自分のように世界の中にある無数の楽しみを発掘する技術に長けた者だ。たぶん良二と打ち解けていたのもそういう理由だろう。彼も中々に楽しみを見つけ出すのが上手い男だ。

 一方の理恵はグッと背伸びをして目尻に浮かんだ涙を指の腹で拭い、


「いやさ、ウチの旦那と息子も紹介しておこうと思ってね」


「お子さんがいるのかい?」


「まぁね。生意気盛りでさ。でも、これがまた可愛いんだわ」


 彼女はそう言って胸元から取り出したスマホの待ち受け画面を見せてくれる。そこには少々気の弱そうだが優しそうな旦那と思わしき男性と、見目麗しい少年の姿があった。理恵の血が濃く出ているのだろう。彼女と同じく鳶色の混じった瞳をしている。


「てか、ぶっちゃけ聞くけど、ディシディアちゃんって独身?」


「あぁ。エルフ族は寿命が長いからね。二百年くらいで相手を見つけるのが普通だよ。私は……本来ならばもう少しで結婚相手を探すところだったんだがね。こっちの世界に来たらから今は特に考えていないよ」


「なるほどねぇ……二百年か。でも、大半の種族は死ぬでしょ?」


「まぁね。だから、エルフ族はエルフ族と結婚するのが通例だ。まぁ、例外はあるがね。巨人族と結婚したエルフや龍族と結婚したエルフとか……もちろん、妖精族のような短命の種族と結婚するエルフだっているさ。寿命だけで結婚相手を決めるわけではないんだよ」


「いやはや、それはまた面白い話だねぇ……あっちの世界も面白そうだ」


「面白いよ。まぁ、自由があればだけど、ね」


 言いつつ、白の陣地を黒で塗りつぶしていく。先ほどの理恵の一手が無駄だったと思えるほどの大量得点だ。理恵は大げさに身を仰け反らせ、額に手を当てる。それを見て、ディシディアは笑いを隠せなかった。

 彼女は口元に手を当てながら、理恵を見やる。


「本来なら、私は大賢者としてよそからいい血筋のものを迎え入れる予定だったのだが……正直、顔も知らないような相手はごめんだと思ったね」


「お見合いみたいなものか。大変だったんだねぇ、ディシディアちゃんも」


「そうでもないさ。まぁ、大賢者になった瞬間から自由はなくなったが、それからの時間が全て無駄だったとは思っていないよ。こうやってここに来れたのも、たぶん軟禁生活のストレスあってこそだろうしね」


「違いない」


 ククッと理恵は含み笑いをしながら一升瓶を煽った……が、逆さにしても数滴が落ちてくるばかりだ。彼女は不満げにしながらも席を立つ。

 のしのしと奥の方へと消えていった彼女だが、何かを思い出したのか柱の影からひょっこりと顔を覗かせてくる。


「あ、そうだ。いいもの食べさせてあげるよ」


「ん? 何だい?」


「おせんべい。好き?」


「? あぁ、一応食べたことはあるが……」


「おけおけ。んじゃ、ちょいと待っててねっと」


 彼女はそれだけ言って奥の方へと消えていき、しかし数分もすると昨日使っていた七輪とともに市販のせんべいを持って帰ってきた。訳がわからない、といった風なディシディアに彼女は優しく微笑みかける。


「おせんべいをさ、炙ると美味しいんだよね。まぁ、焼き立てには劣るけど相当だよ」


 言いつつ、彼女は七輪の準備をしていく。だが、時間をかけている間にも脳内ではシミュレーションを重ねていたのだろう。これまた絶妙なところに白の陣地が築かれる。ディシディアは唸りながらも、楽しげに頬を緩める。


「ところで、君のお子さんは今いくつだい?」


「十歳。旦那は三十五。アタシは三十八さね」


「年下なのか、旦那さんは」


「そそ。大学の後輩でね。いやぁ、人生わかんないもんだよ。あのなよっちいのが今ではアタシの旦那だってんだからさ……っと、ほい、できた」


 理恵は満足げに頷き、七輪の上にせんべいを乗せていく。徐々にだが、醤油の焦げるいい匂いが漂ってきた。彼女は菜箸を器用に使って裏返していく。その手際の良さにディシディアが目を見開いた。


「伊達に台所仕事やってるわけじゃないさ。まあ、アタシよりも旦那の方が料理は上手いんだけどね」


「ふふ、惚気かい?」


「惚気だね」


「ご馳走様……さぁ、これならどうだ」


 ゲームはいよいよクライマックスだ。置く場所は限られてきている。まだ逆転の目はどちらにも転ぶ可能性はありだ。理恵は長考に入ろうとするも、せんべいが焦げかけているのに気付き慌てて皿の上に乗せ、ディシディアの方にズイッと差し出す。


「熱いから気をつけて。でも、美味しいよ」


「いただきます」


 熱い、と先に言われていたのであらかじめティッシュをナプキン代わりに使わせてもらう。おかげでやけどすることは免れた。

 口元に持ってくるだけで醤油の焦げるいい匂いが漂ってきた。ピリッとした刺激が混じっているが、奥深さがある。食欲を無理矢理引き出すような、そんな暴力的な香りだ。

 ふーふーと息を吹きかけ、おそるおそる齧る

 刹那、パキッという快音が鳴り響いた。続けて、香ばしさが一気に口の中を駆け抜ける。


「おぉ……これはいいな」


「でしょ? 炙ると美味いんだよ。ま、調節が難しいんだけどね」


 きっと、これは醤油せんべいだからこそできた代物だ。ところどころにできた焦げが調味料の役割を果たし、味に奥行きをもたらしている。

 もちろん、このせんべいは至って普通の代物だ。それこそ、スーパーで安売りされているようなものである。しかし、それがここまで化けるとは予想外だったのだろう。ディシディアは言葉を失いながらもせんべいを齧り続ける。


「ほうじ茶があればよかったな……今度仕入れよう」

1

 理恵は一人そんなことを言いながらパリパリとせんべいを齧っている。

 一足先に食べ終えたディシディアは一息をつき、


「……それにしても、助かったよ。私の素性を知ってもなお対等に接してくれるとは」


「いやいや、案外そんなもんよ。そこまで神経過敏にならなくてもいいんじゃない?」


「そうなのだろうか? 私としては、まだ身の上を明かすことに抵抗があるのだが……」


「う~ん……アタシが思うに、ディシディアちゃんが話したいと思ってるなら話していいんじゃない。少なくとも信頼している相手くらいにはさ。隠すのも辛いっしょ? 今のところ素性を知っているのはアタシとリョージと……」


「アメリカにいる家族たち、それからリョージの後輩の女の子だけだね」


 脳裏に浮かぶのはカーラや玲子たちの顔だ。カーラたちは共同生活を送る中で違和感に気づき、自分から問いかけてきた。

 玲子の時はやむを得ず、正体を明かす形になった。

 そして理恵の時は、どことなくシンパシーを感じ話していた。

 今のところ、自分から積極的に話した例というのは少ない。大半が成り行きや、問われたから、というだけだ。

 けれど、


「……そうだね。ちょっと考えていたんだ。こちらの世界で多くのつながりができた。その中で、信頼できる者たちとも出会えた。彼らになら話してもいいのではないか、と思える者たちもいた。うん、決心がついたよ、ありがとう」


「どういたしまして。何でも屋は人生相談も請け負っておりますので」


 などとどことなく畏まった調子になる理恵を一瞥し、大きく息を吐く。


(……そうだな。こちらの世界で世話になっている珠江や、マスターたちにはいずれ明かすとしよう)


 関わった人物全員に正体を言いふらすわけにはいかない。けれど、今名前を挙げた者たちはこの世界でも特に信頼を置いている者たちだ。

 珠江たちの店では常連となりつつあるし、かつ自宅に呼ばれるなどプライベートでの交流も深い。それに、彼女たちも自分のことを『家族』だと言ってくれた。言いふらす可能性は皆無に近い。

 マスターも同様だ。意図せずとはいえ、彼の店を救ったことがきっかけで彼は自分たちにとてもよくしてくれている。それに、口が堅いのは確認済みだ。彼ならば大人の対応を心掛けてくれることだろう。

 考え込んでいると、理恵がため息まじりに言った。


「まぁ、不安だよね。自分のこと話すって。特に異世界から来たんでしょ? 最悪の場合、こっちの世界にいられなくなるかもしれないしね」


 大きく頷きを返す。彼女が正体を明かすにあたって躊躇していたのはそこだ。

 異世界から来た、と言うだけならばまだ子どもの戯言、と思われるかもしれない。幸いにも彼女の見た目は完全に子どもだ。

 が、実際に魔法などを見せてしまい、それを誰かに録画されていたとしたら、間違いなく日常が破綻する。テレビの取材が押し掛け、昼夜問わず写真を撮られ、最悪の場合は良二の元から引き離される。想像するだけで、身の毛がよだつ思いだ。

 息を呑むディシディアに対し、理恵はわざとらしく軽い口調で告げる。


「ま、アタシにできることなら何でもやるよ。ディシディアちゃんはリョージの『家族』だからね。特別に無料でいろいろしてあげる」


「……ありがとう、リエ。助かるよ」


「どういたしまして」


 二人はそれ以上何も言わず、ただ無言でせんべいを齧りながらオセロを打ち続ける。

 その間、ディシディアの脳内はこれからどうするかでいっぱいだった。


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