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第百九十八話目~女主人と肴とスルメ~

 よく晴れた日、ディシディアと良二はある場所へと向かっていた。無論、良二のバイト先である。少々入り組んだ道を進む必要があるものの、二人が住んでいるアパートからはそう遠くない。

 徐々に民家が少なくなっていき、道も狭く細くなっていく。裏路地を抜けたあたりの閑散とした道を歩きながら、ディシディアは良二に問いかけた。


「もうすぐ着くかい?」


「はい。ほら、あれですよ」


 と、彼が指差したのは……昭和の香りを残している店だった。もしかしたら、駄菓子屋などを改良したものかもしれない。表にはたばこの自動販売機が置いてあり、その隣にはボロボロのママチャリが停められている。

 目を凝らしてみれば、店内にはいくつかの棚が置いてあった。そこには古ぼけた骨董品たちがズラリと並んでいる。その様に目を剥くディシディアをよそに良二は店内へと足を踏み入れる。


「おはようございま~す!」


 彼の後に続いてディシディアも中へと足を踏み入れる。案外埃っぽくはなく、中はきちんと整頓されていた。ただし、何に使うかわからない物などがいくつも置いてある。当然ディシディアはおろか良二にすらわかっていない。

 二人はそのまま進み、店内にあるカウンターの前に置いてあった椅子に腰かけた。奥の方は居間となっており、住居を兼ねているらしい。

 しばらくすると、居間の方からのしのしと誰かが歩み寄ってくる気配がした。ディシディアは自然と背筋を伸ばすが、良二の方は若干疲れた様子でがっくりと肩を落としていた。

 そうして、居間の方からやってきた何者かによってふすまが開かれた――次の瞬間、ディシディアはわが目を疑った。


「おぉ、リョージ……おはようさん。早速だけど、仕事あるから……」


 ふすまの近くに立っていたのは長身の女性だった。しなやかな体つきをしており、長い髪を腰のあたりまで伸ばしていて、かなり若い。おそらく、まだ二十代半ばだろう、とディシディアはひとり頷く。

 しかし、当の彼女は右手に一升瓶を抱えたまま頬を赤く染めてふすまにもたれかかっている。しかも一呼吸ごとに一升瓶を傾けて中身を煽る始末だ。

 着ている服もディシディアがよく着ているものと同じイモ臭いジャージだし、色気の欠片もない女性だ。本来なら言い寄られることも少なくないはずなのに、この状態を見たら声をかけてくるのは宴会をやってくるおっさんたちだろう。それも、ただ単に飲み仲間を誘うという意味で。


(だ、大丈夫だろうか……?)


 珍しく、ディシディアが困惑する。あちらの世界の何でも屋も結構自由なイメージがあったが、これは流石に予想していなかったのだろう。不意を突かれたらしき彼女は目を泳がせながら良二を見るが、当の彼はひどく落ち着いた様子で、


「店長。また朝っぱらから飲んでるんですか? 体壊しますよ?」


「え~……いいじゃん、リョージのケチ」


 打ち上げられたクラゲの如くぐで~んとしている店長の方に寄り、その体を起こして柱の陰に添えた。その時になってようやく、彼女の鳶色が混じった美しい瞳が良二の後ろにいるディシディアを捉える。


「ん? リョージ、その子は?」


「俺の親戚の子です」


「ディシディア・トスカだ。リョージがいつも世話になっている」


「へぇ、親戚ねぇ……いや、こちらこそいつもお世話になっています」


 場をわきまえることはできるのだろう。ピシッと背筋を伸ばし、綺麗な礼をしてみせる。


(まぁ、悪い御仁ではなさそうだな)


 大体、良二が認めた人なのだ。彼の人を見分ける嗅覚はディシディアも評価している。元の調子に戻った彼女は上に着ていたコートを脱ぎ去り、コホンと咳払いをする。


「で、店長。今日はどんな依頼が入ってるんですか?」


「ん? これ」


 渡されたのは小さなメモだった。そこにはズラリと今日やるべきことが書かれている。ディシディアもひょっこり後ろからそれを見て、眉根を寄せた。


「むぅ……犬の捜索に、庭の雑草むしり、子どもの世話? 本当に何でもアリだな」


「まぁ、何でも屋だからね。んじゃ、行ってらっしゃい。その子はこっちで面倒見とくから」


「面倒見られる、の間違いじゃないですか?」


「ハハッ! かもね! 気をつけていっといで!」


 そんなやり取りをしている二人を見ていて、ディシディはひとり胸に手を当てていた。

 少なくとも目の前の女性は彼と軽口を叩ける間柄にある。そう考えると、なぜだか胸が痛んだ。キリキリと糸で縛られているような、そんな微細ながらも確かにある痛みだ。


「で、ディシディアちゃん……だよね? そこ寒いでしょ? 中おいでな」


「ッ! あ、ああ……」


 声をかけられてハッとしながらも居間へと上がり込む。中は自分たちの住んでいるアパートとそう変わらなかった。畳があり、卓袱台があって少々古びたテレビがある。やはり昭和の香りが漂う家だ。


「まぁ、早速だけどさ、暇つぶしに付き合ってもらえるかな? リョージが帰ってくるまでは暇だから」


 彼女はそう言うなり、部屋の隅からヒノキでできたそれなりに立派な将棋盤を持ってくる。手慣れた様子で駒を並べつつ、彼女はディシディアを見やる。


「にしても、お人形さんみたいに綺麗だねぇ……あ、そうそう。言い忘れていたけど、アタシは北条理恵ほうじょうりえ。一応、ここの店主だよ。よろしく」


「あぁ、よろしく頼む……」


 彼女と握手をした瞬間、ディシディアはハッとした。その大きな手はとてもごつごつしていた。おそらく、マメが何度も潰れることで硬質化していったのだろう。見た目はこんなだが、その実はかなりの傑物であるかもしれないと認識を改めつつ盤上を見やる。


「むぅ、これは何と言うものだい?」


「将棋だよ。あ、外国の生まれだから知らないか……チェスはないんだよなぁ……」


「いや、これでいい。ルールを教えてくれれば付き合うよ」


「お、いいね。そういう子、お姉さん嫌いじゃないよ」


 わざとらしくおどけてみせる彼女を見てふっと頬を綻ばせる。最初はちゃらんぽらんかと思っていたが、そうではなかったらしい。ただ単にだらしがないだけで、礼儀や道理などはわきまえていることが伺えた。

 理恵は駒を盤上に並べ終えると、駒が入っていた箱に付属されていた小さな髪をやる。そこには駒の動かし方や将棋の簡単なルールが示されていた。


「ちょっとそれ見ててよ。アタシはいいもの持ってくるから」


 などと言いつつ席を立つ理恵。一方のディシディアは首を傾げながらもルールを確認する。


(なるほど……あちらの世界で言う『カテナ』と似たようなものか。確か、師匠には一度も勝つことができなかったが、懐かしいものだ)


 カテナ、とはこちらの世界で言うところの将棋によく似ている。ただ、全ての駒が一定条件を満たすと『成る』ことができたり、盤がジオラマのようになっているなど細部に違いはあったが、大半は似ている。

 とりあえずは細かいことは抜きで駒の動きを記憶する。これはそう苦なことではない。


「お待たせさん……っと!」


「ん? 何だい、それは?」


 しばらくして理恵が持ってきたものを見て、ディシディアは小首を傾げた。それに対し、理恵はドヤ顔で返す。


「七輪だよ。この上でこれを炙ると美味いんだ、これが」


 彼女が持ってきたものは七輪だけではなくスルメもだった。それも小型なものではなく、かなり大きい。姿のままのスルメは重厚感たっぷりだ。

 呆気にとられるディシディアに構わず、理恵は七輪の準備を始める。その間、彼女は手を休めることなく問いかけてきた。


「ねぇ、ディシディアちゃんってリョージの家に住んでるの?」


「ん? ああ、彼の家に厄介になってるよ」


「ふぅん……それってさ、もしかして七月くらいじゃない?」


「ッ!? な、なぜ、わかったんだい?」


 理恵は彼女の方を見ることなく、しかし口の端をニヤリと吊り上げ続けた。


「いやさ、あの頃からなんだよね、リョージが元気になったの。色々と大変だったみたいでさ。この前も驚いたよ。だって、冬休みが開けただけですごい晴れ晴れした顔になってるんだから」


「……そうか」


「ぶっちゃけさ、アタシはあの子がこっちの大学に来てから色々と面倒見ているから……まぁ、借金取りの件で力を貸してやれなかったのは今でも公開しているけどね。この家を見なよ。人に金貸せる余裕ないってば」


「……」


 ディシディアは何も言わない。ただ、彼女の告白を聞いているだけだ。

 そして、同時に直感する。

 おそらく、彼女は自分よりも彼を知っている。年月のアドバンテージがある。自分が知らない彼を知っているのかと思うと少々胸が切なくなった。

 一方の理恵は七輪の準備を整えた後で、ディシディアの方に向きなおる。


「改めて、ありがとう。何となくの勘だけど、リョージが変わったのは君のおかげじゃない? 正直嬉しいよ。あの子があんな風に笑うようになったのはさ。その、心から笑うって意味で」


 真摯な態度を取り続ける彼女を見て、ディシディアは口元を緩めた。同時に、警戒心も緩める。

 一息ついて、目の前の彼女を見据えた。

 鳶色の瞳は曇りがなく、自分ではなくどこか遠くを見据えているかのような達観したものだ。力強く、それでいて覚悟のある目をしている。このような目をした人物は概して芯のあるものだ。

 どこか自分に似ている、と感じたのだろう。ディシディアはポリポリと頭を掻く。


「……君になら、話してもいいかな」


「ん? 話してみなよ。こう見えて、口は結構固いよ。守秘義務ってのがあるしね。てか、んな軽くペラペラ言っているようじゃ何でも屋として信用失うから」


 軽口を言い続ける彼女に小さく微笑みかけ、ディシディアは告げる。

 己のことを。そして、なぜ彼と出会ってこうなったのか。全てを包み隠さず話し続ける。

 やがて話し終えた時、そこには困惑している理恵の姿があった。彼女はぼさぼさの癖っ気を掻きながら腕組みをして考え込む仕草をしてみせる。


「そっか……にわかには信じられないけど、なんとなくわかった。うん、やっぱりディシディアちゃん……あ、いや、さん?」


「ちゃん付けでいいよ。そっちの方が可愛くて好きだ」


「ハハッ! だよね、女の子はいつだって可愛いのが大好きだ! まぁ、それは置いとくとして、ディシディアちゃんがリョージを助けてやったんだ」


「一応ね。だが、私も彼に救われたんだよ」


 理恵はその言葉に大きく頷く。彼女も良二の事情についてはよく知っており、ディシディアについても似た匂いを感じていた。孤独を知っているものの匂いだ。

 きっと二人が出会ったのは偶然ではないだろう、何てキザなことを思ってしまった自分を皮肉るように笑いつつ、彼女の方にズズイッと身を寄せる。


「でさ、ディシディアちゃん。単刀直入に聞くけど……リョージ、可愛いでしょ?」


「あぁ、可愛い。食べてしまいたいくらいに可愛いよ」


「ククッ! やっぱりね。リョージって年上キラーだなって思う時あるし。いやぁ、アタシももうすぐ四十だけど、たまにキュンときちゃうもんね」


「四十!? ま、待ってくれ! てっきり二十代かと……」


「いや、ディシディアちゃんが驚くの? アタシの方が驚いたんだけど。その見た目で二百歳近いってヤバいでしょ!」


 二人は顔を見合わせていたが、やがて同時に笑い合う。互いにシンパシーのようなものを感じたのだろう。無言で頷き合い、盤上を見やる。


「事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだねぇ。いやはや、面白いなぁ」


「同感だ」


 理恵はディシディアの言葉に頷き、先ほど持ってきていたスルメを七輪の上に置く。菜箸でちょいちょいと弄りながら、再び盤上に視線を戻した。


「さあ、やろうか。ルールは大丈夫?」


「もちろん。子どもではないんだ。手加減は無用だよ」


「クックックっ! いいねぇ、やりがいがありそうだ」


 パチパチ、と駒を打つ音だけがしばし室内に響く。その攻め手の鋭さに、理恵はつい唇を歪めた。

 ディシディアが見ているのは盤全体だ。隙を突くことは至難の業である。

 理恵とて、将棋歴はそれなりに長い。だが、確実に駒得をしながら進んでくるディシディアを正直恐ろしいと思った。


(やれやれ、年の功、って奴かねぇ……とてもそうは見えないがね)


 眼前の少女はただ美しい妖精のようにすら思えた。

 煌く白い髪。キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳。肌は張りがあって瑞々しく、とてもじゃないが二百歳になるロリババアとは思えない。

 初心者にしては中々の腕前である彼女を認めつつ、応戦する。経験というアドバンテージがある分こちらにはとても有利が働く。実際、ディシディアは何度か最善手を逃していた。

 徐々にだが、場が動いていく。今のところは理恵が押しているだろうが、それはあくまでも表面上だ。王までの道のりが恐ろしいほど遠い。ガッチリと守りを躱しつつ、虚を突くように別の場所から攻め込んでくるのだ。これほど厄介な相手はそういないだろう。

 理恵はどちらかというと定石を崩す派だ。穴熊、振り飛車、相手のスタイルによって打ち方を変える。だが、裏を返せば定石がそもそも存在しない相手にはどう対応すればいいのかわからない欠点が存在する。

 将棋をしている、というよりは自分が軍師になって指揮を取っている錯覚すら覚えてしまう。それほどまでに、目の前の少女は強敵だった。


「げっ!」


 功を急いたせいか、せっかく敵陣まで踏み込んだ飛車が包囲された。取られることは予想できる。理恵はしばし長考に入ろうとするが、ふと鼻を引くつかせた。


「おとと、おうできてたか。いったん中断ね」


 七輪の上にあるスルメを取る。素手だったので非常に熱かったが、熱さをこらえながらハサミを使って短くカットしていく。あらかじめ取ってきた皿の上にそれらを乗せれば完成だ。


「ほい、これでもつまみながらやろうや。噛むと脳にいいって言うしね」


 言葉通り、理恵はゲソを咥えてくちゃくちゃやりながら考え込む。ディシディアも彼女に倣ってゲソを口に運んだ。


「む、イケるな」


 炙られたからだろう。香ばしさが市販のものとは段違いだ。ゲソ特有の吸盤はカリカリっとしていて、歯ごたえがいい。もちろん、噛み締める度にイカの旨みが溢れてくる。

 乾物であるスルメは旨み成分の宝庫だ。少々顎が疲れることを除けば、これほどうってつけのつまみはないだろう。深みがあって熟成された旨みだ。

 彼女と同じくくちゃくちゃやりながら、ディシディアは口を開く。


「少し、話を聞いてもいいかい?」


「もちろん、どうぞ」


「リョージはちゃんと仕事をこなせているかな?」


「当然。いや、ぶっちゃけさ、あの子以外にもバイト雇おうかと思った時あるけど、実際あの子だけなんだよね。ちゃんと仕事をやってくれる子ってさ」


 理恵は居住まいを正し、腕組みをしながら続ける。


「仕事って言っても、そりゃまぁ雑用みたいなものが大半だよ。でもね、あの子はちゃんとそれをやるだけじゃなくて、依頼人とのコネクションも繋いでるんだよね。あれはすごいことだよ。中々できることじゃない」


 その言葉にディシディアも深々と頷く。彼がバイト先からもらってきた、と言って食べ物や洋服などを持ってきたことは記憶に新しい。

 彼は人当たりがいい方だ。誠実で、紳士的で、典型的なお人よし、とも言える。好かれることはそう難しいことじゃないだろう。


「うん、リョージはさ、すごくいい子だよ。お客さんたちからの評判もいいしね。正直、この稼業を継いでもらえると嬉しいんだがね……」


「彼はそれを冗談、だと受け取っているみたいだったよ」


「マジで? まぁ、そっかぁ。アタシいっつも言ってるから受け流されてるのかもね……っと」


 ようやく長考から抜け出した理恵は飛車を捨て、別の場所に先ほど取ったばかりの銀を打ち込む。それは一見無駄駒のようにも思えるが、キチンとした布石となっているものだ。飛車を取れば、その隙に攻め込んでくるだろう。今度はディシディアが長考に入る。


「んじゃ、次はアタシが質問する番ね。ディシディアちゃんさ、リョージのこと好きでしょ?」


「あぁ、そうだね。大好きだ。愛してると言っても過言ではない」


「ひゅぅ。お熱いねぇ。まあ、そんなことだろうと思ったけど。だって、アタシとリョージが話している時すごく複雑な表情をしていたもん」


 ポロッと、ディシディアの口からゲソが落ちる。落ちる前に左手でキャッチした彼女は、おずおずと理恵を見やる。


「……顔に出ていたかい?」


「それはもう。いやいや、別にリョージを狙ってるわけじゃないよ。アタシもこう見えて所帯持ちだからね」


 言いつつ、理恵は左手を示してみせた。そこには確かに結婚指輪のきらめきがある。が、


「ま、待ってくれ。私は……」


「わかってる。好きって言っても色々種類があるもんね。そこには踏み込まないよ」


(まぁ、無自覚って言うか、その『好き』が理解できていない感じかな?)


 などと考える理恵をよそに、ディシディアは一息をつく。


「……そうか」


「まあ、アタシだけじゃないでしょ? ディシディアちゃんの事情を知ってるの。行き詰ったら誰かに相談でもしなよ。後悔がないようにするのが一番さ」


「……ありがとう」


 言いつつ、銀を奪い去る。しかしその隙に飛車は包囲網のわずかな隙間から脱し、安全地帯まで非難。ディシディアはすかさず奪い取った銀を王の護りへと配備させる。その後で、理恵は大きく唸った。


「うむ……難しいなぁ! いや、ちょっと待って……少し時間ちょうだい」


 彼女はそれだけ言って、一旦居間から消えた。かと思うと、冷蔵庫からマヨネーズと七味、それから缶ビールを二つ持ってやってきた。


「ディシディアちゃんイケる口でしょ? 付き合ってよ」


「いや、今は禁酒中なのだが……」


「いいじゃん、いいじゃん! アタシに迫られたって言えば、なんだかんだリョージは許してくれるからさ。ね?」


 言いつつ、冷たい缶ビールを押し付けられた。

 これを、このスルメと一緒に合わせたらどうなるだろう?

 考えるだけで涎が出てきた。意図せず、プルトップを引っ張っている自分がいる。


「クク、んじゃ、乾杯」


「乾杯」


 カチン、と缶ビールを打ち合わせる。その間、理恵は片手間ながらマヨネーズを皿の端に出し、その上に七味を振りかけてスルメの切り端をつけて頂く。続けてビールを煽り、


「く~~~~っ! やっぱり昼間っから飲むビールは格別だね!」


「……君、相当自堕落な生活を送っているようだね。まぁ、私が言えた話ではないが」


 マヨネーズをたっぷりとつけたゲソを口に入れる。と、先ほどまでとは違う味わいが口に広がった。

 マヨネーズの濃厚さとまろやかさがプラスされたゲソは味わい深く、後を引く。時折顔を出す七味の香り高さとピリッとした刺激はいいアクセントになってくれた。

 確かに、これとビールは合う。とてつもなく合う。キンキンに冷えたビールとまだ温かさを保っているゲソ。ほろ苦さと芳醇さの織りなすハーモニー。ビールの後にまたゲソを咥えれば、無限ループが生まれそうだ。

 理恵は喜びを露わにするディシディアを見て含み笑いをしていたが、


「まぁ、さ。こうやって出会ったのも何かの縁だ。保護者同士、仲良くやろう」


「あぁ。できれば、リョージの恥ずかしい話も聞かせてくれると嬉しいな」


「ククッ! いいよいいよ。いやさ、あの子も入った頃は若くてねぇ……」


 二人は顔を突き合わせつまみとビールを煽りながら語り合う。

 時に人の話というのは何物にも勝る肴となる。結果としてビールが進むのは自明の理だ。

 この数時間後、ビールをダース単位で消費した二人が良二から説教を受けたのはまた別の話。


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