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第百九十五作目~ダイエット前のキューブシュー~

「ふぅ、ご馳走様」


 ディシディアが神妙な様子で手を合わせる。彼女の眼前には空になった食器たちが並んでいた。今日の夕食は良二謹製の炊き込みご飯と関西風のタヌキうどんだった。関西風のレシピは以前長崎に旅行に行った際華たちから教えてもらったものである。


「お粗末さまでした。喜んでもらえたなら何よりです」


 良二は満足げに茶を啜る。こうも喜んでもらえるなら、作った甲斐があるというものだ。

 正直、関西風はちょっぴり失敗してしまった。出汁の調整に気を取られたせいで麺の方がおろそかになってしまい、少し伸びてしまったのだ。一応炊き込みごはんで挽回はしたつもりだが、不安はあった。

 しかし、それは杞憂だった。ディシディアは終始笑顔だったし、不満を漏らすことはなかった。一応「まずかったら残していい」と言ったが、その時には首を捻られた。

 うどんもそうだが、炊き込みご飯などは相当気に入ってくれたようで山盛りにして食べていたほどだ。ひょっとしたら、うどんはスープが割と最初から割り切っていたのかもしれない、と今さらながらに思う。


「さて、次はデザートだね」


「まだ食べるんですか!?」


 今日だけで彼女はずいぶん食べたはずだ。ご飯は大盛りを三倍近く平らげているし、うどんだってスープを含めればそれなりの量があったはずだ。

 最近、彼女はますます大食漢になってきている気がする。胃袋が徐々に拡張されていっているのだろう。

 ふと、良二の脳内につい先日二郎系の店――以前ディシディアが相当苦戦していた店――に行った時のことが思い浮かんだ。


『大盛りラーメン全マシマシで』


 たぶん、良二が学校に行っている時にでも通い詰めていたのだろう。明らかに手慣れた注文の仕方であり、店員も彼女に温かな視線を向けていたのは記憶に新しい。

 しかも、彼女は常人なら食べられるはずもないであろう山のごときサイズのラーメンをぺろりと平らげてみせたのだ。それだけじゃなく、口直しのソフトクリームまで帰りにねだる始末だった。

 一々食事情に口を出すのは気が引けるが、流石にこの量を食べるのは異常だ。良二は彼女が持ってきた紙箱を見て目を細める。つい先日できたばかりのシュークリーム、エクレア専門店の品だったな、と良二は記憶をたどる。

 一方のディシディアは彼を尻目にパクパクとキューブシューを食べている。

 キューブシューとは文字通り箱型のシュークリームだ。先ほどまで冷蔵庫で冷やされていたからだろう。よく冷えていて、舌触りがとてもいい。

 ふんわりとした生地の下から溢れてくるのはとろ~りとしたカスタードクリームとホイップクリームだ。それ等全てが混然一体となり、得も言われぬ風味を醸す。


「ふふ、これも美味しいな。癖になりそうだ」


 上に乗っている花柄のデコレートが施されたチョコ板を齧る。パキッとした食感が舌に心地よい。キューブシューを握る反対の手でそれを持ち、中のクリームにディップさせるとまた一風違った味わいになる。

 上にまぶされているシュガーパウダーも実に上品な味わいで、ビジュアル的にもいい役割を果たしてくれている。


「ん? 君も食べるかい?」


 席に腰掛けたディシディアは食べかけのキューブシューを差し出してくる。が、良二はそれを手で遮り、ジト目で彼女を睨んだ。


「ディシディアさん……最近食べ過ぎじゃないですか?」


「そんなことはないだろう。ほら、デザートは別腹というじゃないか」


(ダメだ……太る人の典型じゃないか)


 額に手を当て、大きく息を吐く。まぁ、彼女が喜んでくれるのは嬉しいのだが、身体を壊して困るのは他でもない彼女だ。

 良二は嘆息しながら、


「太りますよ?」


 ギクッとディシディアの体が強張った。どうやら自覚はあるようだ。その視線が脱衣所の方――さらに言うならそこにある古ぼけた体重計の方に向いていることを良二は即座に理解する。

 だが、追撃はやめない。良二はさらに追い打ちをかける。


「大体、俺がいない時ってどうしてます? 外食ばかりしてません? 食生活偏りますよ」


「べ、別にいいだろう! 私のお金で買っているのだから!」


「ダメです! 体を壊したら美味しいものが食べられなくなりますよ! 甘いものばかり食べて糖尿病になったりでもしたら大変です!」


 グッと言葉に詰まるディシディア。糖尿病の恐ろしさはテレビなどでもよく取りざたされているので彼女もよく理解している。

 長い生を誇るエルフ族だ。糖尿病にでもなって人生のほとんどを台無しにしてしまうのはあまりにもったいないだろう。それがわかってはいるらしく、ディシディアは食べかけのキューブシューを箱の中に戻した。

 良二はひとまず息を吐き、諭すように続ける。


「いいですか? 美味しいのはわかりますけど、暴飲暴食はダメですよ? たまに羽目を外すならいいですけど、今日は明らかにやりすぎです。大盛りご飯三杯、うどん一杯……炭水化物のオンパレードじゃないですか。いや、俺の献立が悪かったのも認めますけど」


「き、君が悪いんじゃないか……美味しい料理を作るから」


 媚びているわけではなく本心から言っているであろうことは目を見ればわかった。わずかに頬を染めながら、そっぽを向いてぼそぼそと口ごもっている。

 けれど、なぁなぁで終わってはいけない。ここらでバシッと決めておかねば。何かが起こってからでは遅いのだ。


「今日は許しますけど、節度を持ってくださいね? じゃないと本当にぶくぶく太ってしまいますよ」


「ふ、太る太ると、しつこいな、君も!」


 それまで黙り込んでいたディシディアが今日に声を荒げ、どこぞの弁護士の如くビシィッと良二を指さす。


「というか、君だって太っているんじゃないか!? 私と同じ食生活をしているのだから!」


「いや、俺はバイトとかで肉体労働があるのでそこまで……」


「ぐ……ぬぅ」


 切り札が封じられたためか、苦しそうな声を漏らす。顔を歪め、がっくりとうなだれた。

 だが、考えてみればディシディアはほぼ運動というものをこちらに来てからしていなかった。エルフの集落でも軟禁状態だったとはいえ、油分や炭水化物が少なめな食事だったので太ることはなかったのだ。

 ――が、こちらの世界に来てからは違う。食事の量も増えたし、何より脂物を食べる機会が格段に多くなった。珍しい食べ物を目の前にして気分が高揚し、いつもより大きめに食べてしまうということも少なくない。

 すがるような視線を彼に向けるも、一蹴される。いつもは自分の味方である彼だが……いや、だからこそだろう。自分の身を案じてくれている。少々言い方に棘があったが、それも自分に気づかせるためだ。


「……わかった。しばらくは自制しよう」


「わかってくれたなら何よりです……俺こそ、嫌な言い方してごめんなさい。少なくとも、家での食事くらいは俺が調整しますから」


「ありがとう。それと、運動でも始めようかな……朝の走り込みは気持ちよさそうだ。よければ、リョージもどうだい?」


「……気が向けば、やります」


 ギギギ、と壊れたロボットのように横を向く良二を見てぷっと吹き出してしまう。


「まぁ、期待しておくよ。早速、明日からやってみようかな、健康のために」


「それがいいですね。まぁ、食べ過ぎには気をつけてくださいよ」


「わかってるさ。体重が元に戻るまではダイエットを続けるよ」


「ちなみに、元の体重はどれくらいだったんです?」


「女性にそれを聞くのは失礼だよ、リョージ」


 グイッと身を乗り出し、良二の鼻をつまむ。彼は「いてて」と涙目で痛みを訴えていた。

 ひとまず彼を解放し、ゆっくりと瞼を降ろす。


(まぁ、すぐに痩せるだろう。運動をすればすぐだ)


 元々、彼女は代謝がいい方だ。今は確かに――認めたくないことではあるが太ってしまっている。と言っても、いつもの体重から数キロほど太ってしまっただけ。元に戻すのはそこまで苦ではない。

 それにしばらくおあずけを食らった方がいつもよりおいしく感じるというものである。


「……よし、頑張ろう。ダイエットか。初体験だな」


「やったことないんですか?」


「まぁね。旅をしている時はしょっちゅう歩きづめだったし、魔獣と戦う時もあった。自然と体が引き締まるさ。師の元にお世話になっている時は水以外口にしなかったりしたこともあったな……懐かしいことだ」


「いや、最後の奴ってもはや断食じゃないですか?」


 異世界トークに驚きを隠せない良二に対し、ディシディアは潤んだ瞳を向ける。

 彼が怯んだ隙を見逃さず、


「で、だ。食べかけをそのまま残すわけにもいかないし……これは食べてもいいだろうか?」


 ちょっとだけ声を甘くして、キューブシューを取り出しながら言った。彼は何か言おうとしていたが、やがてポリポリと頭を掻く。


「まぁ、ダイエットを頑張るならいいですよ」


「ふふ、ありがとう。君は優しいな。大好きだ」


「褒めても何も出ませんよ」


「失礼な。素直に言っているだけじゃないか」


 フンッと鼻を鳴らし、少しだけ不機嫌な様子になってそっぽを向く。

 だが、キューブシューを口にした瞬間その顔に笑みが戻ったのを見て良二はガックリと肩を落とした。


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