第百九十二話目~ポテチと映画と堕落生活~
たまには一日引きこもって映画漬けになるのも悪くない。そう思ったことがディシディアにもあった。
「な、なんだ、この映画は……」
ディシディアはあんぐりと口を開けてテレビを見つめていた。そこでは頭が百個もあるサメが空を飛びまわり、下半身がイカのサメと死闘を繰り広げているところだった。
無駄にハイスペックな役者たちの縁起を台無しにするチープなCG技術とこれまた意外に洗練されている……かと思いきや無理な展開を力技で通そうとする脚本。二人はいわゆる超B級映画を見ていた。
ちなみに今見ている映画は『ワンハンドレッドヘッドジョーズ対クラ―ケンシャーク』というものだ。見続けてからようやく一時間が経ったが、体感としては数時間以上が経過したような錯覚を覚えてしまう。
(なぜ、こんなことになってしまったのだ……?)
無茶苦茶な戦いを繰り広げるサメたちを眺めながら、ディシディアはそんなことを考える。事の始まりは、この前ラーメンを食べた帰りのことだった。
ビデオ屋に寄った時、ディシディアは確かに言った。
『どうせなら、今まで見たことがないようなものが見たい』
――と。その時に気づくべきだった。良二がやや悪そうな顔をして映画を物色していたことに。
隣をチラリと見ると、そこには自分と同じく口をあんぐりと開けている良二の姿があった。けれど、その口には確かな笑みが浮かんでいる。呆気にとられながらもこの映画を楽しんでいることだけは間違いなかった。
やがて二頭の間にチェーンソーを持った男が割って入り、あれよあれよという間に二頭を解体していく。ピンチになればこれまで足を引っ張るしか能がなかったヒロインがライフルを持ち出し、兵士顔負けの精密射撃でサメたちをけん制した。
強大な脅威に対して人間たちが力を合わせて立ち向かう――ここだけ聞けばとてもいいはずなのに、これまでの展開がハチャメチャすぎてどことなく他人事のように思えてしまった。
「ふぅ……ようやくエンディングか」
画面が暗転し、スタッフロールが流れ出す。実に長かった。
「どうでしたか? 中々面白いでしょう?」
この時彼が言う『面白い』は映画の素晴らしさを表現しているのではない、とすぐに気づくことができた。
「まぁ、面白くはあったね。しかもこれ、シリーズなのだろう?」
脇に積まれているディスクの山を見る。実を言うと今のはシリーズ第一作目で、実に四作目までが日本でも公開されているのだ。もちろん、人が来るのか来ないのかわからないようなマイナーな映画館にて。
専用のボトルに入れたコーラをストローでズズッと啜る。と、ふいに抵抗がなくなった。どうやらなくなったらしく、中にはコーラ色になった氷だけが残っていた。
「む、もうなくなってしまったか」
「映画見ているとすぐなくなりますよね。おかわり入れますか?」
「そうだね、頼むよ。ついでに何か食べ物も頼む」
「了解です」
良二はゆっくりと立ち上がり、てくてくと厨房の方へと向かっていく。ひとり残されたディシディアはソファ代わりにしている畳んだ布団に背中を預け、近くにあったディスクを手に取った。
今見たものを除けば残りは九本。しかし、どれもこれも劣らぬ精鋭たち――簡単に言うと超B級映画ばかりだった。意外にも、ジャンルは多岐にわたっている。
モンスターパニック系やパロディ系のコメディ映画。はたまたシリアスの皮を被った超問題作などなど。正直、どれも地雷臭がしてイマイチ手が伸びない。
「お待たせしました。いいもの持ってきましたよ」
「ん、あぁ。ありがとう」
差し出されたボトルを受け取り、まずは喉を潤す。コーラのシュワシュワとした炭酸が心地よく喉を下っていき、適度な甘さが疲れた脳を癒してくれた。
一方の彼が持ってきたのはポテトチップス。もちろん薄味だけじゃなく、のり塩やコンソメ、サワークリームなど種類は多岐にわたる。良二は非常に慣れた手つきで大皿にそれらを出していく。
「ほぉ……目移りしてしまうな」
「カウチポテトは大事ですからね。さぁ、次はこれを見ますよ」
良二はプレイヤーからディスクを取り出し、今度は『ゾンビパフォーマーズ』という映画のディスクを入れる。簡単な概要としては路上パフォーマーたちがゾンビに噛まれたせいで次々とアクロバティックな動きをするようになり、それを認めたプロデューサーが彼らをユニットとして扱うも、やはりゾンビの本能には抗えず……というものだ。
こういった映画に限って意外に面白そうな予告映画を撮ることは周知の事実である。実際、映画が始まる前の予告映像では非常に面白そうな印象を受けた――が、良二は横でなにやらうんうんと頷いている。どうせこれも先ほどと同じなのだろう、とディシディアは覚悟を決めた。
「……さて、それではいただきます」
「あ、待ってください。忘れ物をしました」
手を伸ばそうとすると、良二から静止がかかった。何事か、と思っている間に彼は食器棚から長めの箸を取り出してくる。
「手が汚れないように、これを使いましょう。いいですよね?」
「もちろん。しかし、いいアイデアだね。手が汚れるのは……確かに、ちょっと気になってしまう」
映画館だとおしぼりをもらえたりするので手が汚れても安心してポップコーンを食べられるのだが、家でやるとなると用意する手間がかかる。そういった点において、箸を使うというのはいいアイデアだ。
「じゃあ、改めていただきます」
長めの箸を受け取ったディシディアは手を合わせ、まずはうすしお味のポテチを口に入れる。パリッとした快音と共にキレのある塩味が感じられた。
無駄な味がついていないからこそ、ポテトの旨みがダイレクトに伝わってくる。噛み締める度に旨みが溢れ、続けてコーラを煽ればつい笑みがこぼれてしまった。
ポテチとコーラの相性は最高だ。映画館で採用されないのは音が鳴りやすいためだが、それはもったいない、とディシディアは思う。
パリパリした食感のポテトチップスは軽めの後味で、ついつい食べ過ぎてしまう。
「む、コンソメもイケるな」
たっぷりとコンソメパウダーがまぶされたポテトチップスを口にする。塩味とは真逆のように思えるが、奥の方からポテトの旨みがやってくる点は同じだ。
「あ、映画始まるみたいですよ」
「……そうか」
映画を見るべく、視線をポテトチップスから外す。けれど、箸だけは動かし続けた。
四種類のポテトチップスはどれもこれも微妙に食感が違う。サワークリームはサクサクとしていて、風味がとても強い。のり塩派歯ごたえが強めで硬質な感触が味わえた。
一口にポテトチップスといってもメーカーごとに製法などが異なる。それを意識してか、良二はわざと違う会社のポテトチップスを買い揃えている様だった。
「……しかし、君がまさかこんな映画が好きだったとはね」
ポツリと呟くと、隣にいる彼がわずかに頷いた。
「えぇ。だって、面白いじゃないですか。予想外の展開になりやすいですし」
それはそうだ、とディシディアも同意の頷きを返す。
いかにもなお涙ちょうだいものや勧善懲悪ものだとある程度ストーリーがテンプレ化する傾向がある。実際、アルテラにいたころの劇にもそういった例がいくつもあった。
もちろん、完全に一致しているわけではない。細部が違うし、テーマも違う。ただ、それでもやはりある程度展開が予想できてしまうし、少々物足りなく思えていたのも事実だ。
そう考えてみれば、この作品群は確かに『面白い』。予想の斜め上をぶっちぎる感じだ。それに、こうやって売り出されるということはそれなりに愛好家がいるということである。やはりそこには何かしらの魅力があるのだろう。
「まぁ、だからと言って一日中見続けるのは辛そうですけどね……」
簡単に言えば、拷問。いや、まだ起承転結がハッキリしているだけマシかもしれない。
ヤマもオチもクソもない映画を一日中見続けた時のことを考えながら、良二は頬をひきつらせた。
「おっと、すまない、リョージ。コーラがなくなってしまった」
「もうですか?」
返ってくるのは恥ずかしそうな頷き。潤んだエメラルドグリーンの目を見て、良二はついドキリとしてしまった。が、すぐに我に返り、
「じゃあ、すぐにコーラのおかわりを……」
「いや、待ってくれ。私が行くよ」
立ち上がっていく彼女のために、映像を一時停止させる。ゾンビがブレイクダンスをしているところで止まってしまったが、まぁいいだろう。
ちょいと冷蔵庫の方を見やると、ディシディアは缶のコーラ――ではなく、缶ビールを取ってきているところだった。冷蔵庫から出すなりその具合を確かめるように頬ずりをして、こちらに駆け寄ってくる。
「真昼間からビールですか?」
「もちろん。休みの日ぐらいはいいだろう?」
カシュッという快音が耳朶を打つ。ジト目の良二は彼女がごくごくと喉を鳴らしてビールを煽るのを眺めていた。
「……ぷはぁ~! やっぱり、ビールはいいね。ポテチにも合う」
一度に数枚を重ねて頬張りながら言う彼女を見ると、思わずプッと吹き出してしまった。すさまじい飲みっぷりといい、口の周りに泡をつけているというところといい、まるで中年オヤジのようだ。
「ん? 君も飲むかい?」
視線に気づいたのか、こちらにビールを差し出してくる。一瞬ためらいを見せるも、良二はすぐに缶ビールを受け取り、ゆっくりと煽った。
コーラとはまた別物の清涼感が一気に押し寄せてくる。ほろ苦さが美味い、と思えるようになったのはいつごろからだっただろうか? 少なくとも、ディシディアと飲むようになってからはことさら感じられるようになった気がする。
「……まあ、たまには昼間っから飲むのもいいかもですね」
「ふふ、だろう? 君も持っておいで。一緒に堕落しようじゃないか」
元大賢者の言葉とは思えなかったが、今が楽しいようなのでよしとする。良二もすぐに立ち上がって冷蔵庫からビールを取ってきて、彼女の隣に腰掛けた。
「じゃあ、乾杯だ」
「はい、乾杯」
カチン、と缶を打ち合わせて同時に煽る。互いに大きなため息をつき、ポテチを貪る。
そうして二人は就寝までの実に十二時間を、超B級映画群を見るのに費やしたのだった。