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第百六十九話目~島グルメ第二弾! 五島うどん!

 すっかり夜も更けたころ、ディシディアと良二は一緒になってこたつに潜り込んでいた。テーブルの上にはいくつかのミカンが置かれている。彼女たちの眼前に座るのはこの家の住人である西住華。彼女はぱくぱくとミカンを食べていたが、ややあって「あ」と小さく声を漏らす。


「そうだ。そろそろ夕飯を作らんと」


「あ、なら俺手伝いますよ?」


「よかよか。ゆっくりしとき。特に今日は長い船旅で疲れたやろうしね」


 華はひょいっと肩を竦め、障子を開けて厨房へと向かっていく。良二は立ち上がろうとしていたが、彼女の行為に甘えることにしたのだろう。その場に腰を落ち着け、部屋にぐるりと視線を巡らせる。

 板張りの床はひんやりと冷たいが、こたつに入っているおかげで暖は取れている。部屋の隅にある巨大な水槽にはアジと錯覚するほど巨大な金魚たちがゆらゆらと泳いでおり、ディシディアは興味深げにその子たちを眺めていた。

 息を吸い込むと、木々の香りが肺の中を満たす。日本建築らしい匂いだ。日本人としての遺伝子が騒ぐのか懐かしさを覚えつつ、良二はみかんをひょいっと口に放る。

 と、その時、ガラッとどこかで扉の開く音がした。それと同時、


「ただいま」


「あ、ばあちゃんおかえり。お客さんきとるよ」


 おそらく西住の祖母と思わしきしわがれた声と華の綺麗な声が聞こえてきた。障子の向こうでの会話なのでどのような状況なのかはわからない。

 が、すぐさま扉が開き、そこからしわだらけの顔をした愛嬌のある女性が顔を出した。

 華の祖母、ということでもっと高齢であると勝手に思っていたのだが、案外若い。背筋はピンと伸びているし、杖などはついていない。顔に刻まれたしわは彼女の人生を物語っているようだ。

 彼女は良二とディシディアを交互に見た後で、にこやかに微笑む。


「いらっしゃい。よう来たね。西住美紀にしずみみき。美紀ばあって呼んでくれればよかよ」


 優しい声音だった。良二とディシディアはともに居住まいを正し、彼女に向かって頭を下げる。


「はじめまして。飯塚良二です。泊めてくれてありがとうございます」


「ディシディア・トスカだ。私からもお礼を言おう。ありがとう」


「そんな、よかよ。もう孫たちも中々帰ってこんけん、さみしかっちゃん」


 美紀ばあはけらけらと陽気に笑いながら居間を突っ切って自室へと向かっていく。服がところどころ汚れているのを見るに、おそらく何かしらの作業をしてきたところなのだろう。もしかしたら、近所の寄合に参加してきたのかもしれない。

 それにしてもすごいバイタリティだ、と良二は思う――が、横で金魚たちと睨めっこをしているディシディアを見て小さく息を吐く。


(こんなだけど、実は俺の十倍は生きてるんだよなぁ……)


 彼女は現在百と九十歳。言葉や態度などは大人びているが、体は完全に子どものそれだ。肉体的な老いがほとんどない彼女だ。ともすれば自分より活動的なのではないか、と思う時すらある。


「ん? どうかしたのかい?」


 ふと、ディシディアがこちらに振り返ってくる。が、良二は曖昧な笑みを持って応えた。


「いや、何でもありませんよ」


「嘘をつくな。私のことをじっと見ていただろう? 水槽に映っていたよ」


 ギクリ、と体を強張らせる。それを見てディシディアがニィッと口元を歪め、良二は対照的に冷や汗を流し始める。


「さてさて、リョージ。白状してもらおうか。いったい私を見て何を……むぐ」


 詰め寄られかけたところで、彼女の口にミカンを一房投入。ディシディアは不満げにしていたがもにゅもにゅとミカンを食べ、最終的には笑顔になる。


「ふふ、食べさせてくれるなら、追求はやめるよ」


「わかりましたよ……」


 最初からこうなることを予期していたのかもしれない。ディシディアは餌を待つヒナ鳥のように口を開け、みかんを待ち受ける。良二は内心苦笑しながらもひょいひょいとみかんを食べさせてやった。


「はいはい、もうすぐできるよ~……って、二人とも仲よかね」


『――ッ!?』


 突如聞こえた声にディシディアたちは同時に飛び上がる。ガスコンロを持ってこちらに歩み寄ってきている華はニヤニヤとしながら二人を交互に眺めていた。


「というか、二人は兄妹?」


「いや、親戚です。今、ディシディアさんは俺の家に下宿してるんですよ」


「へぇ……ウチと龍にいみたいな感じかな? やっぱりお兄ちゃんには甘えたくなるよね」


(すいません、俺の方が年下です)


 内心そんなことを呟く。半眼で横を見ればディシディアも同じく苦笑いをしていた。華は気づいていない様子でガスコンロを設置し、すぐさま厨房に戻って大きめの鍋を手に戻ってくる。そこには山ほどの野菜が入れられていた。

 醤油ベースのスープはキツネ色をしていて、綺麗に澄んでいる。スゥッと息を吸い込むと芳醇な出汁の香りが漂ってきた。結局朝飯兼昼飯しか食べていなかった二人の胃袋は過敏に反応する。すでに涎が溢れそうだ。

 華は意外にもテキパキとした所作で鍋の準備をしていく。それと並行して取り皿や箸を配膳し、一息ついたところでもう一度台所に戻り小皿に盛られたスティック状の何かを持ってきた。


「よし、お待たせ。って、ばあちゃんは……寝てるのかな?」


 念のため自室の前まで行ってみて、コンコンとふすまを叩く。返事がなかったので扉を開けてみれば、すっかり疲れてしまったのかぐぅぐぅと寝てしまっている美紀ばあの姿があった。それを見た華は残念そうにしながらも居間に戻る。


「あ~ごめん。ばあちゃん寝とるみたい。やっぱり年かな?」


「……そこで私を見るな」


「いてっ」


 ディシディアは半眼でこちらを見ていた良二の膝を軽くつねる。彼は少しだけ顔を苦悶に歪めるも、すぐに箸を手に取って手を合わせる。


「それじゃ、いただきます」


『いただきます』


 後の二人もそれに続き、思い思いに鍋の具を取り皿に移していく。そんな中でディシディアはスティック状の何かを見つめていた。


「すまない。これは何だろうか?」


「え、あぁ、明太チーズ春巻き。と言っても、そこまで立派な物やないけどね」


 華は謙遜してみせるが、そうは思えない。普通の春巻きよりもずっと細く、パッと見はお菓子のように見える。クンクンと匂いを嗅いでみれば、実に香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。


「……」


 しばし観察をしていたが、やがて覚悟を決めたのかえいっとかぶりつくディシディア。すると、中から熱によってトロトロになったチーズとピリ辛の明太子が溢れてきた。それはカリカリになった春巻きの皮との相性も抜群で、舌にガツンと響いてくるようである。

 これは単体でも美味いが、ここにビールがあれば違っただろう。実際、良二や華はビールと合わせて食べている。その時の横顔があまりにも幸せそうだったので、ディシディアはつい口元を尖らせてしまった。


「あ、ディシディアちゃんもビール飲む?」


「いいのかい!?」


 つい目を剥いてしまう。が、すぐに平静を取り戻して咳払いを一つ。


「む、しかし、私は未成年で飲酒は……」


「よかよか。ばれんときゃ犯罪じゃなかけん。ただし、一杯だけね。子どものころから飲み過ぎるとパーになるけんね」


 一杯だけ、という条件付きだがそれでも嬉しいものだ。彼女の耳が激しく上下しているのを見て、良二はつい吹き出しそうになる。華も彼女を微笑ましげに眺めながら自分の缶ビールの中身を空いているコップに注ぎディシディアに手渡す。


「どうぞ、召し上がれ」


「おぉ……いただきます」


 アツアツの春巻きを素手で掴み、勢いよくかぶりつく。そして、間髪入れずにビールを流し込んだ。

 塩味の効いた春巻きと苦みのあるビールが実によく合う。キンキンに冷えたビールをごくごくと喉を鳴らして飲んでいく姿は官能的ですらある。ディシディアはあっという間にコップのビールを飲み干すと、上機嫌な様子で鼻を鳴らした。


「よし、満足だ。さて、次は鍋を頂くとしようか」


 中に入っているのはネギ、油揚げ、白菜、シイタケだ。肉は入っていないようだが……。

 ディシディアはまず大きめにカットされた白菜を口に入れて、驚きに身を震わせた。

 ――甘い。

 そう、白菜が甘いのだ。砂糖のように甘いのではない。野菜本来が持つであろう素朴な甘さだ。苦みやエグミが強い芯の部分ですらそうなのだ。葉の部分など言うまでもない。

 醤油ベースのスープをよく吸った野菜たちは格段に美味くなっている。特にスープの恩恵を受けているのは油揚げとシイタケだ。どちらも噛むとじゅわっと旨みが溢れてきて、次から次へと箸が伸びる。

 ネギもシャキシャキとしていて、これまた甘味がある。おそらく、野菜嫌いの子供がいたとしてもこれならば食べられるだろう。それほどの鮮度と出来のよさだ。


「うまか? 野菜はウチの畑で採れた奴よ」


「む、畑があるのかい?」


「あるある。裏口から出ればすぐよ。あぁ、そうそう。明日、ウチは車使わんけん、よかったら使い」


「いいんですか?」


 良二の問いに、華は深々と頷いた。


「うん。島って言っても広かけんね。それに、観光するなら車があった方がいいやろ。あ、もしかして免許持ってないとか?」


「いや、一応持ってますが……」


「ならよかよ。車もそがん通らんけん、怖かったらスピード落とせばよかし」


 島に住んでいた期間が長かったからかもしれない。華は基本的に楽観的な性格だ。

 沖縄時間、というものがあるように島に住んでいる人たちはのんびりとした気性になりやすい。ズズッとスープを飲んでいる華を見て良二はしばし考え込んでいたが、


「じゃあ、ありがたくお借りします」


「うん。気をつけていきね。車は通らんけど、たま~にイタチとかが飛び出してくるけん」


 サラッととんでもないことが言われたような気がしたが、それにツッコミを入れる暇はない。華は空になりつつある鍋を見るや否やバッと右手を前に突き出して良二とディシディアに制止をかける。


「ちょいと待っといて。いいシメを入れてくるけんが」


「シメ? なんだい?」


「うどんよ、うどん。ただ、普通のじゃないけどね」


 瞬間、ディシディアたちの脳裏に浮かんだのは福岡で食べたうどんだ。極太の麺は見かけによらずつるつるとしていてコシがあって、非常に美味だった。

 が、あれを食べたことが仇になるかもしれない。いやがおうにもハードルが上がってしまうのだ。

 けれど、華は飄々とした様子で鍋を持って厨房へと消えていく。ディシディアと良二は彼女が戻ってくるまで、しばし歓談する。


「リョージ。君は免許を持っていたんだね」


「えぇ。言ってませんでしたっけ?」


「聞いてない。君が運転しているのを見たことがないから、てっきり持っていないかと思っていたよ」


「ハハ……いや、バイトの関係上あると助かるので」


 確か彼のバイトは何でも屋だったか、とディシディアは想起する。だとすれば、あるのとないので業務の幅が広がってくるだろう。


(ふむ……そうだ。彼のバイト先にも顔を出しておきたいな)


 色々と忙しくて時間が取れなかったが、ここから帰るころには落ち着いているだろう。とすれば、世話になっている彼の分も礼を言っておかなければならない。

 ディシディアが静かに頷いたその時、ガラッと障子が開く。華は器用に足で扉を開けたかと思うと、大股でこちらに歩み寄ってきた。その手にはもちろん、湯気をもうもうと立てている鍋がある。

 彼女はそれを下ろしながら、意気揚々と告げた。


「はい、五島うどん、お待ち!」


「五島、うどん?」


 鍋の中を覗き込んで、ディシディアは驚愕する。てっきり福岡で食べたような太い麺かと思っていたが、中に入っていたのはうどんとそうめんの中間ほどの太さを持つ麺。これが『五島うどん』なのだろう。


「これも島の名物やけんね。食べて食べて」


 華は非常に手慣れた様子で麺をよそってくれる。取り皿の中にある麺は普段見ているようなものとは違って見えて、とても魅力的に映る。色は普通のうどんと同じだが、味や食感はまるで見当がつかない。


「じゃあ、早速……」


 ゆっくりと麺を持ち上げる。が、つるっと滑ってまた取り皿に落ちてしまった。仕方がないので、多少行儀が悪いが取り皿を口元まで持っていってスープと一緒に面を啜る。


「これは……」


 絶句する。これまで食べたうどんとは一線を画している。

 そうめんのように滑らかな喉越し。けれど、うどんらしいコシを持っている。太さがないので、噛み切る力はそこまで必要とされない。これこそシメにはもってこいの品だ。

 鍋にかすかに残っている白菜やネギと一緒に食べればまた風味がガラッと変わる。福岡で食べたうどんが『剛』だとするならば、こちらは『柔』だ。一口ごとのインパクトでは劣るかもしれないが、喉越しの良さは完全に勝っている。もちろん、満足感だって負けていない。


「ほぅ……いいな。お土産に買いたいくらいだ」


「ですね。売っているお店ってあるんですか?」


「あぁ、ターミナルのお土産売り場にあるけん、帰る時にでも買えばよかよ。それにしても、ウチらの島んもんば気に入ってもらえると嬉しかね」


 てへへ、と照れたように笑う華。彼女はずいぶんと気立てがいい美人だ。高校時代はさぞモテたことだろう。そんな感想を抱きながら、良二はうどんを啜る。


「そうだ。華。この島の見どころを教えてくれないかい? 明日観光する時の参考にしたいんだ」


「もちろん! 何なら、今教えるよ!」


 華はどたどた、と自室へと駆け込み、そこから巨大な地図を持ってくる。どうやら島の見取り図だ。彼女はそれを地面に広げ、ひとつひとつ指さしをしながら説明をしていく。

 それを聞くディシディアの目は非常にキラキラしていて、活き活きしている。いい反応を返してもらえば饒舌になるのが人の性だ。結局二人はそのまま話に没頭してしまい――良二は麺が伸びないようにとほぼ三人分を食べる羽目になってしまっていた。


一言メモ;実家に帰った時知ったのですが某モ○タリングで○代目Jソウルブラザーズの方々がいらしてくれたそうです。名所巡りで触れる場所もあるので、見てみると理解が捗るかもしれません

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