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第百四十八話目~彼と私のこたつ戦争・ミカンを添えて~

「リョージ。これは何だい?」


 買い物から帰ってきたディシディアは良二が押入れから取り出してきたものを見て目を丸くする。卓袱台に布団をかけたようなそれからはコードが出ており、コンセントに繋がれている。そこでのんびりとテレビを見ている良二は、彼女が帰ってきたのを見てひょいひょいと手を招いてきた。


「あ、おかえりなさい、ディシディアさん」


「ただいま。ところで、君が入っているのは?」


「あぁ、そういえば見るの初めてですよね? これ、こたつって言うんですよ」


「こたつ?」


 キョトンと首を傾げるディシディアは不思議そうにしながらもとりあえず買ってきたものを冷蔵庫へと入れていく。豆腐、豚ばら肉、味噌やマヨネーズ。それからミカンを野菜室に入れて、一旦手洗い場へと向かう。

 最近風邪が流行りつつあるのは良二から聞いている。以前罹った時にその辛さは体験済みだ。あちらの世界ならば薬を調合するのも可能なのだが、こちらでは材料がそろわないため何かと大変なのだ。

 あの時は良二の看病の甲斐もあって回復したが、流石に二回も味わいたくない。だからこそ、よく手を洗い、うがいをしてから居間へと戻った。

 すると、良二は心底リラックスした様子でこたつに体を埋めている。ディシディアはトコトコと彼の横まで歩いていき、静かに腰かけた。

 と同時、彼がいつものような優しい笑みを向けてくる。


「寒かったでしょう? ほら、入ってください」


「あぁ、ありがとう……って、おぉ。中はこうなっているのか……ッ!」


 こたつ布団をめくると、オレンジ色の灯りで照らされる内部が目に入ってきた。手を中に入れるとこれ以上ないほど温かい。ディシディアは少々怯えながら中に足を入れ、へにゃっと体を弛緩させる。


「あぁ……いい気持ちだ。これは素晴らしいね」


「でしょう? こたつは日本人の誇るべき発明ですよ……」


 二人はすっかりだらけきっている。互いの体に寄り添って、大きな欠伸をしながらテレビを見やる。昼時にやっているいかにもな感じのホラー映画はチープだが、案外面白いものだ。

 画面上ではバンバンフラグが立ちまくる。テンポの良さと勢いだけならば一級品だ。まぁ、シナリオやキャラクターたちの行動には色々と言いたいことがあるのだが。


「ふぅむ……ダメだな、これは。もう出たくなくなってしまった」


「ふふふ……とうとうこの味を知ってしまいましたか、ディシディアさん。こたつの魔力は強力ですからね……いつまででもいられますよ」


 言いつつ、良二はゴロンとその場に寝転んだ。そうして、首元まで布団をかけて体を丸め、


「これがこたつに入ったものの末路『こたつむり』です。やってみてください」


「む、むぅ」


 何やらおかしなテンションの良二に戸惑いつつ、彼と同じように寝そべってこたつに潜り込む。元々彼女は小柄な方だから、こたつにはぴったりフィットした。そのため、温かさの恩恵をこれでもか、というほどに受けられる。


「はぁあああ……」


 深いため息が彼女の口から漏れる。さながら、子宮に戻ったかのような安心感。

 温かくて、非常に心地よい。どんどん意識が遠くなっていって、いつしかこのこたつに呑みこまれてしまうのではないかと思うほどだ。

 が、そこでふと、良二が頬をつんと突いてくる。彼女は猫のように目を細めて、


「ぅん……?」


 艶めかしい声を漏らして彼を見やる。と、良二は少々厳しい視線になりながら告げた。


「ディシディアさん。そろそろ、お腹空きませんか?」


「……あぁ、そうだね。ちょっと小腹が空いてきた」


「食べ物を取りに行くには布団から出なくちゃいけませんよね?」


「……あぁ、そうだね」


 もう、彼が何を言わんとしているのかは察した。そっと台所を見やれば、冷たそうなフローリングの床が目に入る。この極上の天国のような空間に慣れた後に見れば、さながら永久凍土のようにすら思えてしまう。


「……」


「……」


 二人は何も言葉を発しない。ただ黙って身を起こし、互いに向き合ってギラリと目を輝かし、グッと右こぶしを引いた。


『最初はグーっ! じゃんけんポン!』


 困ったときはこうすると決めている。二人は是が非でもここを出たくないのだろう。普段の仲睦まじそうな姿からは想像もできないほど鬼気迫る様相でじゃんけんをしている。

 が、勝負には決着がつきものだ。そして、今、二人の闘いも終結する。


「ば、馬鹿なッ!」


「よし! じゃあ、お昼の用意お願いしますね!」


 ディシディアはわなわなと震えながら自分の右こぶしを見ている。一方の良二はガッツポーズをした後にこたつむりモードになってしまった。


「りょ、リョージ。後生だ。頼む……」


「ダメです。真剣勝負ですからね」


「むぅ……君は意地悪だ」


 頬を膨らませつつ捨て台詞を吐き、こたつから這い出る。良二は少々申し訳なさそうな顔をしていたが、一度言った手前引き受けることはできない。彼はただ身を起こし、彼女が帰ってくるのを待った。

 一方のディシディアは氷のように冷たいフローリングを爪先立ちで歩いていき、冷蔵庫へと到着。だが、彼女はすぐさま野菜室を開け、そこから買ってきたばかりのミカンを取り出してきた。

 その数は約二十。八百屋の主人がお使いに来た彼女のため、とおまけしてくれたものだ。


「さぁ、リョージ。今日はこれを食べよう」


「み、みかんオンリーですか?」


「嫌なら、自分で取りに行きなさい」


「俺ミカン大好きです。いただきます!」


 よほど外に出たくないのだろう。良二は即答し、ミカンを剥きはじめた。それを横目で見つつ、ディシディアも手を合わせて、


「いただきます」


 まずは手元にあった一番大きいミカンを手に取って皮を剥く。良二がやっているように丁寧に、なるべく中身を傷つけないように剥いていく。すると、白い皮――内皮に包まれた橙色の身が露わになった。

 一房がかなり大ぶりであり、手に持つとずっしりと重い。ディシディアはゴクリと喉を鳴らし、ひょいっと口に放る。

 そうして噛んだ瞬間、甘酸っぱい果汁の爆弾が弾けた。

 身はギッシリ詰まっており、かつ酸味と甘味のバランスが絶妙。フルーティーな甘さの後にキリッとした酸っぱさがやってくれば目が覚めるようだ。

 何より、直前まで野菜室で冷やしていたのが功を奏している。ポカポカとこたつで暖まりながらひんやりとしたミカンを食べる。これ以上の幸せがあるだろうか? いや、ないだろう。

 ぷちゅっと果実が潰れる感触すら心地よい。冷たくなっているからこそ、より繊細に味を感じることができるのだ。シンプルながら、いい味わいだ。


「あの八百屋はいいな。今度また利用しよう」


「なんか、ディシディアさんってこっちの世界に馴染んできてますよね」


「私もそう思う。ふふ、まぁ、悪くないよ。この世界は好きだからね。もちろん、君と同じくらい」


「ほ、褒めても何も出ませんよ?」


 不意打ちで褒められたのに狼狽える良二だが、そこで何かを思い出したかのようにミカンを手に取り、ゴロゴロと手で揉んで皮を剥きはじめた。

 が、普通に剥いているのではない。その様にディシディアは目を瞬かせたが、数秒後、驚きに目を見開くことになる。

 その様子を見た良二はドヤ顔をした後で邪気のない笑みを浮かべ、


「じゃーんっ! イカです!」


「おぉっ! すごいじゃないか!」


 ミカンの皮はゴミではなく、イカを模したアートへと変貌していた。良二はやや得意げに胸を張り、ディシディアにそれを渡す。彼女はまるで宝物をもらったかのように恭しく受け取り、目を輝かせながらそれを見やる。


「君は相変わらず手先が器用だね。どこで習ったんだい?」


「これはウチの母ですね。子どもの頃、色々教えてくれたんですよ」


 良二は懐かしげに目を細めながらまた別のアートに取り掛かる。一方でディシディアは顎に手を置いた後でポンと手を打ちあわせ、右手人差し指でミカンイカを指さした。

 刹那、彼女の指先から黄金色の光が放たれ、ミカンイカに直撃。すると、ぽわっと仄かな明かりが放たれると同時、ミカンイカが宙に浮いた。


「えっ!?」


 その様に目を剥くのは良二だ。先ほどの意趣返し、とばかりにディシディアは胸を張る。


「以前見せた雪を操る魔法と同系列のものだよ。私のこれは、友人たちから教わったものだがね」


 彼女が指を動かすたびに、ミカンイカが宙を舞う。彼女の姿はさながらオーケストラの指揮者だ。


「さぁ、もっと作ってくれ。この部屋をミカンの皮でいっぱいにしてみせよう」


「いや、流石にそこまではいいですよ……」


 などと言いつつも、手は止めない。彼も彼女の魔法を見たがっており、ディシディアも彼のミカン皮アートを見たがっているのだ。

 だが、この時二人は完全に失念していた。

 ミカンというのは、かなり匂いが移る。

 その後二人はいくつものミカン皮アートを作り、操ってみせたのだが部屋がとてもミカン臭くなってしまったのはまた別の話。


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