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第百四十六話目~ビーフシチュー乗せハンバーグと後遺症~

 良二とディシディアは久しぶりに二人揃って散歩に出かけていた。いつもひとりで散歩しているからか、ディシディアはお気に入りの散歩コースを持っているらしい。良二は道中で説明を加えてくれる彼女を微笑ましげに眺めながら空を見上げた。

 すっかり季節は冬へと変わり、めっきり寒くなってきている。以前はまだ葉のついていた木も、今ではすっかり枯れてしまった。その姿はどこか物寂しく、けれど堂々としている。それを一瞥してから、良二はふと立ち止まって腕時計を見た。

 それはもちろん、ディシディアが以前贈ってくれたもの。デザインもいいので、学校に持っていった時は注目を浴びたほどだ。

 これをもらう前から薄々思っていたが、彼女のセンスはかなりいい。良二は目を細めながら自分の耳にはめられている太陽を模したイヤリングに触れた。これも、以前彼女と共にアメリカに行った際購入したものである。

 流石に学校につけていくことはないが、こういったプライベートの時は付けているのである。もちろん、それは彼女も同じことで両耳に月を模したイヤリングをつけている。


「ん? どうしたんですか、ディシディアさん?」


 と、そこでディシディアがこちらを見てニヤニヤしているのに気付く。腕時計から視線を外して彼女を見据えて問うと、当のディシディアはクスッと愛嬌たっぷりに笑い、前かがみになってこちらの顔を見上げてきた。


「うん? いや、君がそれを使ってくれているのが嬉しくてね」


「なるほど。だって、使いやすいですから。それに、ディシディアさんからもらったプレゼントだから、当然ですよ」


「ふふふ、君は相変わらず私を喜ばせる天才だね。そう言われると、プレゼントを贈った方としてはとても嬉しいよ」


 彼女はほっと安堵のため息を漏らす。

 贈るまでは大変だったが、その言葉があれば救われる。正直こちらの品に疎い彼女は選ぶのにも苦労していたが、結果的にいい方向へと転んだようだ。


(やれやれ、みんなに感謝だな)


 脳内に浮かぶのはプレゼントを贈るにあたって助力してくれた人たちの顔。彼らがいなければ、この結果には至らなかったかもしれない。


(それにしても、この世界にもだいぶ顔なじみができたな。いいことだ)


 この世界に来てから、色々と繋がりができていることを素直に嬉しく思える。誰しも独りでは生きられないのだ。繋がりがあって、初めて生きられる。

 ここ数十年味わっていなかった妙な充足感を覚えながら歩く。気のせいか、いつもよりずっと足取りは軽く、この調子なら空でも飛べそうだ。魔法なしで。


「あ、ディシディアさん。ちょっといいですか?」


 そんな折、クイッと袖を引かれる。後方を見やれば、良二が頬を掻きながら近くにある銀行を指さしていた。どうやら、あそこでお金でも下ろしたいのだろう。ディシディアはグッとサムズアップをしてみせ、彼の横に並ぶ。


「ありがとうございます。昨日ようやくお給料が入ったのでちょっと下ろしたかったんですよね」


「おぉ、そうか。おめでとう。アルバイトも頑張っているようだね」


 三年生になれば多少なりとも余裕が生まれる。学業とバイトの両立はそう難しくないことだ。もちろん、ディシディアと触れ合う時間は確保するようにしている。彼にとって、彼女といる時間は何よりの癒しだからだ。


「ところで、君のバイトは……何でも屋、だったかな?」


「えぇ、そうですよ。不定期ですけど、たまにいい仕事が入るんです。と言っても、ほとんどが肉体労働系なんですけどね」


「だからか。君は結構引き締まった体をしているものね」


 ポンポン、と彼のお腹を叩く。割れるほどではないが、それでも十分筋肉がついている。以前共にお風呂に入った際、それは確認済みだ。

 一方のディシディアは自分のお腹を触り、口を尖らせる。


「むぅ……私も鍛えた方がいいだろうか?」


「ディシディアさんはそのままでいいと思いますよ? ムキムキのディシディアさんって嫌ですもん」


「確かに。ふふ」


 自分でも想像してしまったのか、彼女はプッと吹き出してしまう。

 そうこうしている間に二人は銀行の中へと入り、良二はATMコーナーへとまっすぐ向かう。以前来た時は見慣れぬ機械に興奮していたディシディアだが、今はそんなことはなく、彼がお金を下ろすのを後ろで待っている。

 今日はお金を引き下ろすだけだ。そこまで時間もかからない。良二は数分もしないうちに振り返り、財布を鞄に仕舞った。


「お待たせしました。いい時間ですし、そろそろご飯に行きませんか?」


「いいね。なら、マスターの店に行こう。ここから近いだろう?」


「そうですね。久しぶりにマスターの顔も見たいですし」


 どうやら同意を得られたようだ。二人は銀行を出るなり、ちょうど対角線上にある洋食屋へと足を向ける。その時、ぴゅうっと強い風が吹き、ディシディアは身震いした。


「うぅ……寒いな。この時期は冷えるね」


「大丈夫ですか? 上着、貸しますよ」


「いや、いいよ。こうすれば、温かいからね」


 言うが早いか、彼女は良二の腰に抱きついてきた。彼は一瞬驚いたように身をのけぞらせるが、やがてふっと眉尻を下げてお返しとばかりに彼女の腰に手を回してますます強く抱き寄せた。


「ちょっと力が強いよ。痛い」


「すいません……慣れないもので」


「じゃあ、早く慣れたまえ」


 などと言いつつ二人は店のドアを開ける。チャイムが鳴ると同時、中にいたマスターは二人の姿を視認して微笑ましげに口ひげを撫でた。


「おやおや、仲のよろしいことで。いつものお席が空いてますよ」


 と言うが、ほとんどの席が空いている。近所にできているファミリーレストランにほとんどの客が奪われているのだ。こちらの方が味もいいのだが、いかんせん一人で回しているために回転率が高くない。

 そのため、なるべく早く料理を食べたい親子連れなどはあちらに流れてしまうのだ。今、この店にいるのは良二たちとマスター。そして数人の客だ。彼らは思い思いにくつろいでいる。

 本を読んでいるもの、パソコンと向き合って何かをしているもの、はたまた惰眠をむさぼっているもの、様々だ。

 けれど、マスターは彼らを疎ましく思ってはいないようである。この店を利用してくれることがそもそも嬉しいのだろう。だから、いつも穏やかな視線を向けているのだ。

 良二たちはマスターに軽く会釈をしていつもの席――窓際の席へと腰かける。そこでようやくコートを脱ぎ、二人はメニュー表を見るため互いの額を合わせた。


「どれにします?」


「そうだね……決めかねるな」


「じゃあ、今日のオススメを頼みませんか?」


 と、彼が指差したのは日替わりのオススメメニュー。今日はビーフシチュー乗せハンバーグだ。

 この店に来るとほぼ確実にハンバーグを頼んでいるような気がする。実際、この店の売りでもあるのだ。手ごねハンバーグは一切の妥協がなく、肉からソースにまで気が配られている。これは中々難しいことだが、マスターは軽くやってのけるのだ。

 その点を二人はとても高く評価している。だからこそ、躊躇することなく手を上げた。


「マスター。ビーフシチュー乗せハンバーグ二つお願いします」


「わかりました。では、少々お待ちくださいませ」


 マスターはにこやかに答え、厨房奥へと消えていく。その後ろ姿を見送った二人はまた顔を見合わせ、雑談に興じることになった。


「ところで、リョージ。もうすぐ冬休みだろう? どこか行くのかい?」


「いや、特に予定はないですね。今は計画中です。それに、大学の冬休みって短いんですよ。二週間程度なので」


「むぅ……じゃあ、アメリカには行けないな」


 どうやら、割と本気で考えていたらしい。彼女は心底がっかりした様子で肩を落とす。良二とて、その気持ちはわからないでもない。

 アメリカに行った時のことは昨日のように思い出せる。カーラたちのような素晴らしい人たちと巡り合えたことは一生の宝となることだろう。もう一度あの『家族』たちに会いたいのも事実だ。

 しかし、冬休みの後には期末試験が控えている。正直アメリカに行けば毎日遊ぶだろうし、そうなれば当然の帰結として単位を落とすことになってしまうだろう。ここら辺はとても難しいところで、悩みどころだ。

 海外は難しいかもしれないが、国内旅行なら何とかなるかもしれない。時差もないし、頑張れば勉強の時間だって確保できる。そこはディシディアも容認できるだろう。

 とはいえ、やはりそう簡単な話ではない。


「う~ん……」


 腕組みをして考え込む仕草をしてみせる。もうすぐ彼も四年生になる。となれば、後は就職活動だ。

 特に行きたいところは決まっていないが、だからと言って手を抜くわけにもいかない。それに何よりちゃんとしなければディシディアに合わせる顔がないのだ。


「まぁ、そう考え込まなくてもいい。短期間でもいいから、どこかにお出かけくらいはしようじゃないか」


 ディシディアはケロッとした様子で言う。彼女もこちらの事情は大体把握してくれているのだ。その心意気に感謝しながら、良二もお冷を煽る。


「ありがとうございます。まぁ、春休みにはまた時間が取れると思うので色々と遊びに行きましょう」


「あぁ。美味しいものもいっぱい食べよう。この世界にはまだ知らない食べ物があることを再確認させられたからね」


 彼女が言っているのは先日行った『米とサーカス』のことだろう。確かにあそこには見知らぬ食べ物が多数取り揃えられていた。こちらの世界で生まれて二十年弱の良二ですら驚いたのだ。異世界から来て半年の彼女がどれだけ度肝を抜かれたかは想像に難くない。


「食べ物だけじゃなくて色んなところにも行きましょうよ。そうですね……世界遺産とか、そういったものを見るのもいいんじゃないですか?」


「世界遺産……あぁ、歴史のある建築物などのことだった、かな? うん、あれは私としても興味があるんだ。この世界の文化や歴史についてはまだ知らないからね」


 彼女の目がギラリと妖しく光る。こういう時は、知識欲に飢えているのだ。

 元々彼女は好奇心旺盛であり、気になったことは片っ端から調べる性質だ。が、知識は経験が伴って初めて身になるとも言う。だからこそ、彼女は実地体験というものをとても大事にしているのだ。

 早くも旅行に胸を躍らせているらしきディシディアを見つつ、良二は財布を開いた。


(お金、足りるかな?)


 旅行の金は中々馬鹿にならない。ディシディアはいつも出す、と言ってくれるが甘えてばかりではメンツが立たないためなるべく自分で賄うようにしているのだ。

 もう少しバイトを増やすべきか……と、彼が思案していると、眼前に二つの皿が差し出されてきた。


「お待たせしました。ビーフシチュー乗せハンバーグです。それと、付け合せのバケットもどうぞ」


「おぉ、これはまた美味しそうだね」


 テーブルに乗せられたハンバーグは実に芳しい。ゴロゴロとしたサイコロ状の牛肉が乗せられており、ビーフシチューによく絡んでいる。

 皿の上にあるのはそれだけじゃない。コールスローサラダも乗せられている。付け合せのトマトも彩りを与えるいい役割を果たしていた。


「さて、それでは……」


「えぇ」


『いただきます』


 まず二人が手を伸ばしたのは拳大の大きさのバケット。出来てからまだ時間が経っていないらしく、ほんのりと温かい。これにバターを塗れば実にいい匂いが辺りに充満する。

 溢れる涎をゴクリと飲みこみ、ディシディアは大口を開けてパンにかぶりつく。ガシュッという快音が口の中で響き、同時にバターとバケットの風味が同時に口内で広がった。

 外はカリッとしていたが、中はふんわりとしている。バターによって微かな塩味が付与されており、このままでも十分いけるが少し千切ってビーフシチューにつければ味わいがグンと深くなった。

 ――が、なぜか二人は首を傾げている。確かに美味しいのだが、少々違和感があるのだ。


(いや、気のせいか)


 脳内に浮かんだ疑念を振り払うようにフォークとナイフを手に取るディシディア。彼女はすっと姿勢を正し、まずは角切り肉を取って口に入れる。

 じっくりと煮込まれているのだろう。よく味が染みこんでおり、驚くほど柔らかい。口の中でほろりと溶けていき、うまみ成分の塊となって喉を下っていく。ここでバケットを口にすれば、これ以上ないほどのハーモニーが生まれた。

 一方の良二は一口サイズにカットしたハンバーグにビーフシチューをよく絡めさせ、まずは一口。ビーフシチューの濃厚さとハンバーグの繊細な味わいが絶妙にマッチしている。どちらもメインとなりうる品だが、見事なまでの調和だ。

 これはマスターの腕によるものだろう。ほんのわずかでも互いのバランスが崩れれば、途端におかしな味になってしまう。その点、これは完璧に近い。

 ――けれど、少しばかり物足りない気がするのだ。その違和感の正体がつかめないまま二人が食べていると、いつしかマスターがこちらへと歩み寄ってきていた。


「失礼します、お二人とも。何か、お気に召しませんでしたか?」


 彼は少々悲しげに目を伏せている。それを見てディシディアは慌てて手を振った。


「い、いや、そんなことはない! とても美味しいんだ……が、何か違和感があるんだ」


「違和感? 味付けに、ですか?」


「いや、違う……味付けも見た目もいいのだが……」


「あッ!」


 と、そこで良二が突然大きな声を上げる。彼は驚くマスターとディシディアをよそに、スマホを取り出してとある写真を見せてみる。


「あの、マスター。実は俺たち、こういうお店に行ったんです。もしかしたら、そのせいかと……」


 彼が撮った写真というのは先日訪れた『米とサーカス』で食べたもの。奇怪な品が並ぶのを見て、マスターはむぅっと唸ってみせた。


「なるほど……これだけの量を食べたら、舌がそちらに慣れてしまったのでしょうね。はて、どうしたものやら……」


「すいません……せっかく美味しい料理を作ってもらったのに」


「いえいえ、お気になさらず。それには劣るかもしれませんが、口直しにいいものを用意しましょう。現在は試作段階ですのでお気に召すかはわかりませんがね」


 マスターは控えめに言ってみせる。が、その目はめらめらと燃えていた。

 もしかしたら、料理人魂に火がついたのかもしれない。

 新たに見る彼の一面に驚きつつも、二人は次の品への期待値を高めていくのだった。


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