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第百四十五話目~奇怪! 米とサーカス・後編!~

注意! 今回は少々グロテスクな料理を食べます!

特に男性読者の皆様! もしダメだと思ったら即回れ右、お願いします!


 入店から数十分後、ディシディアたちはジビエ料理に舌鼓を打っていた。


「ディシディアさん! カンガルーのたたきめちゃくちゃ美味しいですよ!」


 良二が興奮気味に語りかける。眼前にあるのは彼が言う通り、カンガルーのたたき。だが、はたから見たら牛肉のたたきとしか思えないだろう。

 実際に食べてみると牛肉のように柔らかで、かつ味わい深い。意外に臭みがないが、これはおそらく料理人の腕によるものだろう。

 たっぷりのたまねぎと青ネギ、そして特製のタレと一緒に付け合せの刻みニンニクを巻いて食べれば天にも昇る美味さだ。これぞ『肉!』と言った感じである。


「うん、これもイケるね。こっちのトド刺しも美味しいよ?」


 ディシディアが差し出してくるのはトド刺し。これは『ルイべ』と言って凍らせた状態で提供されている。

 口に運ぶと少々生臭さを感じるが、ルイべ特有のシャリッとした食感とトド特有の風味が意外にも酒に合う。また、生臭さの点に関してはたたきにも付属されていた刻みニンニクによって緩和されるのだ。

 いい意味で獣らしさを感じさせるトド刺しをもぐもぐと食べながら、良二たちは改めてメニューを見つめる。もう、どれだけ頼んだだろう? 今テーブルの上にある以外もすでに注文済みだ。


「そろそろ、シメも考えておかないといけませんね」


「そうだね。これから色々とくるし、たぶんお腹も膨れるだろう。とはいえ、どれを頼む?」


 言われて、良二は唸る。実際、シメの料理はどれを頼めばいいのかわからないのだ。

 猪鍋や鹿鍋などの鍋類は魅力的だが、いかんせん量が多い。おそらく、食べきれないだろう。

 かと言ってご飯物は……正直言うと、どれもこれも普通だった。

 いや、白米やワサビ飯など居酒屋らしい品ぞろえではある。が、このジビエ料理の後だと霞んでしまうように感じてしまったのだ。二人は顔を見合わせ、首を捻る。

 そのまま気まずい沈黙が二人の間を流れるが、そんな折カウンターからまた新たな品がやってきた。


「お待たせしました。山羊のキ○タマ刺しです。こちらもルイべとなっておりますので、生姜醤油をつけてお食べ下さい」


「……ん?」


 一瞬、良二は耳を疑った。普通、こういった飲食店では絶対に聞かないような単語が耳朶を打った気がしたのだ。

 差し出されたのはピンク色の肉。薄切りにされたそれの上にはゴマが散らされ、実に美しい様相を醸している。少なくとも、先ほど聞こえた単語とは結びつかない。

 良二は数度咳払いをし、改めて店員に問う。


「す、すいません。これ、何て言いました?」


「はい。山羊の○ンタマ刺しです」


 言った。確かに言った。

 キン○マ……つまりは、睾丸ということだろう。

 良二は股間がヒュンッと縮む錯覚を覚えながら、改めて薄切り肉を見やる。本当に、キンタ○なのだろうか? イメージとはかけ離れた色合いと形に戸惑う良二だが、彼に構わずディシディアは箸を伸ばそうとする。


「ま、待ってください!」


 が、すんでのところで良二が制止をかける。ディシディアはまず驚いたように目を見開き、続けて不機嫌そうに唇を尖らせた。


「むぅ……何をするんだい?」


「いやいやいや! 聞きましたか!? これ、キ○タマですよ!? 食べるんですか!?」


「? どうしてそんなに慌ててるんだい?」


「そ、それは、その……」


 ごにょごにょと口ごもる良二。彼の両手が股間に置かれているのを見て、ディシディアは「ははぁ」と口元を吊り上げた。


「そういうことか。別に気にすることはないだろう? キン○マかもしれないが、食べられるんだから」


「おおおおおっ! ディシディアさん! 女の子がそんなこと言っちゃいけません!」


「? キンタ○と言ったくらいでどうしてそう取り乱すんだい? 別にいいだろう?」


 実を言うと、ディシディアは生物の睾丸を食べたことはこれが初めてではない。あちらの世界では毎日がサバイバルだ。必要な栄養は全て摂る必要があり、そのため狩った獲物は骨を残して食べたものである。

 だから、彼女としてはどうして良二がそこまで拒否反応を示しているのかわからないようで、ただひたすらに首を傾げる。やがて疲れて突っ伏した彼の肩を優しくポンポンと叩きつつ、彼女は山羊のキンタ○刺しを一切れ取って生姜醤油をつけてから口に運んだ。


「おぉ、これは……面白い」


 ルイベにされているせいか、シャリシャリとした食感と元々有しているであろうトゥルッとした食感が感じられる。生姜醤油をつけることでサッパリとした口当たりになり、つるっと喉を下っていくのだ。

 少なくとも、○ンタマと言われて想像するような苦さやエグさは感じられない。むしろ、目を閉じていれば新食感の刺身のようにすら感じられた。


「リョージ。食べないのかい? 美味しいよ?」


「俺はいいです……うぅ……山羊に同情したのって生まれて初めてですよ」


 男ならわかるだろう。この感覚。そう。股間が縮み上がり、全身の毛が泡立つような感覚だ。目の前でチュルチュルとキン○マを啜っていくディシディアを見る度にその感覚が蘇っていく。


「ほら、もうなくなってしまうよ? さっき言っただろう? 食べず嫌いはダメだ、と。それに、以前君が教えてくれたじゃないか。私たちは生き物を頂いているから感謝をするのだ、と。なら、君が食べてあげることが犠牲になった山羊への供養じゃないかな?」


「うぅ……わかってます。わかってます……食べますよ」


 良二は涙ながらにキンタ○刺しを一切れ口に運ぶ。案外美味しく、このチュルンッと喉を下っていく感覚は癖になるのだが、やはり先入観というのは恐ろしいものでまだ少し恐ろしい。

 だが、それでも、


「うぅ……山羊さん。美味しい、美味しいよ……」


「頑張ったね。偉い、偉い」


 良二はキ○タマを食べ進めていく。ディシディアはぽろぽろと涙を流す彼の頭を優しく撫でてあげながら自分も最後の一切れを口に運んだ。

 そうこうしている間にも料理は運ばれてくる。

『ラクダの豚ペイ焼き』。馬、鹿、山羊の肉が盛られた『馬鹿女~盛り』。そして良二が注文したスズメバチ酒だ。彼は涙ぐみながら、酒をクイッと煽る。

 最初に呑んだサソリ酒はキリッとした味だったが、こちらはまろやかで軽い飲み口だ。正直言うと、あまりお酒に強くない良二にとってはこちらの方が口に合う。あっさりとしていて、非常に飲みやすい酒だ。


「よし、こっちを食べてみるか」


 ディシディアが箸を伸ばしたのはラクダの豚ペイ焼き。簡単に言うと、お好み焼き風オムレツのような感じだ。ふんわりとした卵の中に一センチほどのラクダ肉が包まれていて、噛み締める度に肉の旨みがじゅわっと溢れてくる。

 ラクダというと少々獣臭そうなイメージがあったが、味は繊細だ。卵の味を邪魔することなく、むしろ互いを引き立てあっている。上にかかっているおたふくソースとマヨネーズとの相性も最高だ。

 もしかしたら、豚肉よりもラクダ肉の方が豚ペイ焼きには合うかもしれない。適度な柔らかさを持つ肉は口の中でふわふわ卵と絶妙に絡み合う。この感覚は中々得られるものではないだろう。

 パンチが効いた味なので、印象にも残りやすい。ジビエらしさはないが、だからこそ初心者でも十分楽しめる品だ、と二人は思う。


「ふむ、これはまた面白そうだね。三種の切り身か」


 ディシディアが視線をやったのは三種の肉が盛られた皿。馬、鹿、山羊だ。

 まず、ディシディアが食べたのは一般にもよく知られている馬。きめ細かい刺しが入った馬肉はとろりと口の中で溶けていき、濃厚な味わいを醸し出す。ニンニクや生姜を巻いて食べれば、また違った一面が覗けた。

 一方の良二はそんな彼女を横目に見つつ、鹿肉を口に入れる。すると、彼の目が再び驚きに見開かれた。

 鹿肉はかなり柔らかく、けれど適度な肉感を保っている。赤みが多い分サッパリとしている。濃厚さという点では馬肉には劣るかもしれないが、肉らしさならば負けていない。むしろ、余計な脂身がないからこそダイレクトに鹿の風味を感じることができるのだ。

 山羊肉はそれらとはまた一線を画している。シャッキリとした歯ごたえで、それでいて喉越しは抜群。噛むたびにうまみ成分が噴出し、口の中に宇宙を広げていくようだ。

 正直山羊のキ○タマを食べたせいで気が引けていた良二だが、ディシディアと共に食べて同時に顔を弛緩させる。これまで食べてきたどの肉とも違う味と肉質に、驚愕するしかリアクションを示せないでいるのだ。


「ふふ、これはお得だね。三つのお肉が一度に味わえるのだから」


「ですね。これは大当たりかもしれません……で、シメはどうします?」


 その問いに、馬肉を頬張りかけていたディシディアは難しそうに顔をしかめて腕組みし、唸りながら小首をかしげる。


「さて、どうしたものか……すまない。ちょっとオススメを教えてもらえないか?」


 と、彼女が声をかけたのはここに来てから何かと説明を寄越してくれた女性店員。彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがてすぐに笑みを作る。


「えぇ、いいですよ。私のオススメは……そうですね。『烏賊わたバター炒め』をご飯と一緒に食べると美味しいですよ?」


「ふむ、じゃあ、それを頼むよ」


「はい! 白米二つと烏賊わたバター炒め一つですね!」


 その声に導かれるように、厨房の男性スタッフが慌ただしく動き出す。その様子を見ながら、ディシディアたちは再び卓上の料理に手を伸ばした。

 最初こそおっかなびっくりだった良二も、今では普通に食べられている。この時になって、やっと彼はディシディアの発現の意図に気づいた。

 何かに挑戦する時、先入観というのは大きな阻害になる。思考を阻害し、行動すらも阻害してしまうのだ。が、それを脱ぎ去ればこんなにも世界は広がって見える。それを実感しながら、良二は山羊肉を口に入れた。


「いい店だね。また来たいものだ」


 ディシディアは相当気に入っているらしい。まぁ、異世界から来た彼女からすればこの空間全てが異質に映るだろう。少々値は張るが、それでも来る価値は十二分にある。


(今度はもっとお金と……心の準備をして来よう)


 良二は内心反省の言葉を呟くと、ふとカウンターの向こうから大皿が寄越される。それは――『烏賊わたバター炒め』。香ばしいバターが香る一品だ。わたは溶かされているらしく、赤褐色のスープの中にゲソや輪切りのイカが浮かんでいる。


「おぉ! これまた美味しそうな……では、いただきます」


 ディシディアは我先に、とご飯を手に取りイカをワンクッションご飯に置いて口に運ぶ。と、わたのホロ苦さとバターの濃厚さ。そしてイカの身が持つほのかな甘さが口の中に広がる。

 イカは新鮮なものを使っているのだろう。わたは小苦いが、決して不味くはない。むしろ、これがバターと合わさることで美味さを何倍にも引き上げているのだ。

 輪切りのイカなども歯ごたえがよく、もきゅもきゅと快音を響かせる。実にいい出来栄えだ――が、二人の表情は、どこか寂しげである。

 だが、それも無理はない。


「……何か、美味しいですけど普通ですね」


「……あぁ。イマイチ、パンチがないな」


 二人の感覚はすでに麻痺していた。もう普通の料理では満足できない身体になっていたのである。

 確かに美味い。だが、それだけだ。

 見た目が奇抜なわけでも、これと言って特別な食材を使っているわけでもない。

 もちろんかなりの出来栄えなのは確かだが、虫やジビエを食べつくした二人の味覚にはついてこれなかったのだ。

 その後、二人はちゃんと烏賊わたバター炒めを完食するのだが、やや表情が晴れなかったのは言うまでもないだろう。


さて、今回は高田馬場にある米とサーカスさんにお邪魔してきました。いや、本当にいいお店でした。色々な料理を食べられましたし、店員さんたちも質問に答えてくれたりと楽しかったです。やはり、色々なうんちくを聞くと料理がますますおいしくなる気がしますね。

今回はゲテモノが多く、見る人によっては不快だったかもしれません。が、怖がる必要はありません。もし勇気があれば、一度でいいので食べに行ってみてください。たぶん、驚くと思います。最初は抵抗感があるかもしれませんが、それをこらえて一歩を踏み出す。その大切さを、私はこのお店から学びました。

さて、最後に謝辞を。米とサーカスさん、美味しいお食事と掲載許可を下さりありがとうございます。また機会があれば是非行きたいので、その時はよろしくお願いいたします

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